2-3 職人はいつの時代も尊敬されるべきだろう
その女性が取り出したサイトには、ある女性の嘆きが書かれていた。
『ヨガインストラクターになったけど、全然客が来ない。その癖内装工事や家賃で滅茶苦茶金取られて最悪。もうローンも組めないし、破滅するしかないんだけど……』
そんな感じで書かれていた。
「この人も、噂ではポリー社長に起業を勧められたそうなのよ。『女性のエンパワメントに繋がる、インナーマインドを鍛えるお手伝いをしてみない?』『あなたには、男社会で身に着けた『不屈の精神』があるから向いてるわ』ってね」
「……そ、そうなんですか……」
「もしかして、あなたも同じような言い方をされてたの?」
スージィは黙ってうなづいた。
ヨガ講師は始めるのに元手が少なくて済む。それに加え、女性に人気が大変人気が高いこともあり『ヨガを受けたがる奴』を探すよりも『講師になりたがる奴』を探すほうが遥かに簡単なビジネスだ。
無論ポリーの場合には、起業する際の内装工事や不動産選びなども行っており、そこでマージンを受け取っていたのだが。
(私に特別な才能があるっていうのも、ただのリップサービスだったのね……)
そう心の中で毒づきながら、そのヨガインストラクターの愚痴を調べていくうちに、ふとスージィの目に止まったつぶやきがあった。
「え、まさか……! この人のアカウント……もう少し見せてください」
「え? ……いいわよ」
「……やっぱり」
そこには『チャド@真の男女平等主義者』のコメントが、そのヨガインストラクターの起業日に書かれていた。内容は……
「バカじゃね? 女さんごときに起業するなんて無理に決まってるだろ。絶対口だけだね、こいつ」
だった。
文章が一言一句変わらない。いくら何でも、偶然にしては出来すぎだ。
(まさか……このアカウントって……なりすまし?)
無論彼女以外にも明らかに『本物』のミソジニーアカウントはいくつもある。
だが、そう疑ってみると明らかに『工作』のアカウントがあると感じ取れるものだった。
それを見せながら、女性はスージィに不思議そうに尋ねた。
「なぜか、フェミニストもそうだし途上国の支援もそうだけど……。『女性支援』って、やたらSOHO(自宅でできる副業)ばかりやらせたがるのよね」
「……そういえば、そうですね……」
途上国支援の広告でも、女性が『足踏みミシンで自立した』『家畜を飼い始めた』というような起業型の支援ばかりが目につく傾向がある。工場で雇用された、出稼ぎに行けるようになったなどの支援の話はあまり効かない。
……その方が『映える物語』だからだろう。しかもすぐに分かりやすい結果が目に見えることも支援を『する側』にとって都合がいいという側面がある。
「エレーナ先生が勧めてくれた仕事は違うの?」
「ええ。貨物運送の仕事や私みたいな職人、後はエアコンの工事をしている人もいるわね。どれも映えないしハードだけど、自分の腕で稼いでる気がして、やりがいがある仕事よ。女性のエアコン業者は需要も高いしね」
「…………」
それを聞いて、スージィは押し黙った。
……自分も、地味で遠回りでもそちらの道で着実に歩んでいくべきだったかもしれない。
だが一刻も早く会社を辞めたい。
手っ取り早く起業してチヤホヤされたい。
結果を出して周りを見返したい。
そんな気持ちをポリーに利用され、今の自分があるのだ。
(……くそ……)
そう思うと、自責の念は勿論だが、それ以上にポリーに対する怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「……私……騙されたんだ……」
そう思いながらも、スージィは尋ねる。
「ところで……えっと……その、あなたの名前は……」
「レティシアよ」
そうレティシアは同情するような目をしながら答える。
「レティシアさんは……。会社員から職人さん……こっちも男社会ですよね……の中で働いていたんですよね? 差別というか……色々女性だからと言われたことはなかったんですか?」
スージィは、前の会社でも上司に舐められたことがあるから、そのことには敏感だった。
そしてエリーヌは深くうなづきながらも複雑そうな顔をして答える。
「そうね。けど、親方だって人間だもの。自分のずっとやってたやり方を変えるなんて難しいから、その気持ちは分かるわ。それに、あっちのいうことが正しいこともあったからね」
「どういうことですか?」
スージィの質問に、レティシアはフウ……と昔を思い出すような目をして、恥ずかしそうに答えた。
「昔ね、女性のためにと思って、肩ひもを軽い素材に変えたのよ。そうしたら、強度が足りなくてブチっと切れちゃってね。……親方に叱られちゃったんだ。『昔からのやり方を甘く見るな』って」
「そうなんですね……」
レティシアはフフっと笑いながら空を仰ぎながら、目を閉じて優しい声色でつぶやく。
「エレーナ先生がいつも本を書いている中で大事にしてることがあったのよ。『論破は楽しいけど、対話はもっと楽しいことだ』ってね」
「え?」
「ポリーさんが動画で勧めている本って『間違っている相手』を『正しい主人公』が、やっつける物語が多いでしょ?」
そういわれて、スージィはハッとしたような表情をした。
ポリーの勧める『フェミニズム文学』には、いつも明確な敵がいる。横暴な夫やDV彼氏。或いは時代錯誤な上司といったものだ。
それを利発なヒロインが覚醒して、女友達と徹底的な論破を行ってやりこめる。
話としてはシンプルなものであり、彼女の顧客からはいつも『最高でした!』『気分良かったです!』という感想が飛び交っていた。
「そういうのも、やってる瞬間は面白いかもしれないけど……。結局それで幸せになる人なんていなかったもの。怒鳴って説教して相手が改心するなら、私たちは今でも誰かに怒鳴られて、奴隷として『改心』させられてたと思わない?」
「そうですね……」
一方で、エレーナの作品はそれがない。
白黒思考で『こっちが正しい』『あっちが間違っている』ではなく『女性はこの世界をどう生きるか』『どうすれば幸せに一生を送れるか』に重点を置いた作品が中心だ。
……無論、そういう作品が売れなくなっていたのをエレーナは嘆いていたのだが。
レティシアはそっと空になったスムージーをゴミ箱に捨てた後、ゆっくりと立ち上がった。
「フフ、ごめんなさいね、なんか説教臭くなっちゃって。それじゃあまたいつか、ね」
「あ、あの! ……ちょっと待ってください!」
だが、スージィは最後にもう一つ聴きたいことがあり、思わず彼女の服の裾を掴んだ。
「……その、レティシアさんは今の人生を選んで正しかったと思っていますか?」
「うーん……」
腕を組みながら少し悩んだ後、レティシアは答える。
「分からないわ。会社員の頃の方がずっと給料も良かったし余暇もあった。友達と愚痴を言いながらランチしたり、彼氏とデートしたりするのも素敵な思い出だったもの」
「彼氏いたんですね、レティシアさん」
「うん。修行が忙しくて別れちゃったけどね」
恥ずかしそうに苦笑しながらも、レティシアは深くうなづいた。
「後悔をあげたら尽きないけど……。正しくてつまらない人生よりは、間違ってても面白い、今の人生を選んで良かったと思うわ、少なくとも私はね」
「……そう、ですね……」
「それじゃまたね。……スムージー、美味しかったわ。ありがとね」
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レティシアの後姿を見送りながらも、スージィは釈然としない面持ちで自身のキッチンカーを睨みつけていた。
(レティシアさんは、人に恵まれたからあんなことを思えるのよ……)
彼女のいうことは正論だ。
だがはやはり、マッチポンプで自分に莫大な借金を負わせて、しかも味方面をしていた、あのポリー・ウォーカーのやったことをスージィは許せなかった。
「……間違ってても、面白い人生……ね……。分かったわ。私も同じよ」
そうつぶやきながら、スージィはそのヨガインストラクターのアカウントにメッセージを送ることにした。




