2-2 キッチンカーはそうそう繁盛するものじゃない
ここはアメリカのとある街角。
キッチンカーの中で、魂が抜けたような表情で一人の女性がぼーっと行きかう人たちを眺めていた。
「今月も赤字……先月も赤字……きっと来月も……」
そう絶望的な表情でスムージーの粉末を眺めながら彼女はそうつぶやいていると、突然彼女のスマホが鳴りだした。
……やっぱりポリー社長だ。そう思いながら彼女は電話をとる。
『今月の売り上げはどうかしら、スージィ?』
「す、すみません、ポリー社長……。今月の売り上げは2000ドルで……」
『フフフ、頑張ってるじゃない。流石は私の妹ね。そんなに売れているなんて才能あると思うわ? その調子で、もっとセールを続ければもっと売れるわ」
「ですが、その……この値段で売っていてはいつまでも赤字のままで……」
『あら、けど4ドルじゃそのあたりは売れないって言っていたの、あなたよね? もう私のSNSではセールって告知したから、値段は変えられないわ』
「う……ですが、せめてロイヤリティを下げてくれませんか? 売り上げの2割は流石に多すぎて……」
『ゴメンなさいね。私の方でも広告宣伝費やデータ装備費その他もろもろ、かかるものがあるのよ。だからこれ以上は妹のあなたでも厳しいわ』
「そ、そうですか……」
『あと来月の原料代、今週中に振り込んでね?」
「え? あ、あの……」
だが、スージィが言葉を発するのを遮るようにポリーは電話越しに強い言い方で叫んだ。
『あなたには期待してるわ! それじゃあ頑張ってね!』
そして、ポリーは一方的に電話を切ってきた。
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「……どうしよう……どうしよう……」
そう絶望的な表情をしながら、スージィは青ざめた顔をしていた。
「今週の家賃すら払えてないのに……! もうカードももうブラックリストに乗っちゃったし……破滅する……破滅する……!」
彼女は元々は会社員として働いていたが、上司とそりが合わずに退職した。
そんな折に足を運んだ『女性のための起業セミナー』で出会ったポリー・ウォーカーから『あなたが鍛えた社畜スキルを最高に生かす方法がある』『あなたは男社会で潰される人材じゃない』と、おだてられてキッチンカー営業を始めたものだ。
ポリーが『誰でもすぐに始められるビジネス』と称した粉末スムージーの販売だが、そもそもそんな代物はアメリカでは家で1ドルもあれば飲める代物だ。
そんなものが飛ぶように売れるわけがない。
(ポリー社長は起業なんて簡単なんて言ったけど……『起業すること』が簡単ってだけだったなんて……まさか、毎月あんなにお金が飛ぶなんて思わなかった……!)
スージィの店では車両の燃料代や維持費、そして駅前一等地の場所代が全て合わせて毎月5000ドルかかる。これは削ることの出来ない固定費だ。
加えて本来原価率が低い粉末スムージーだが、原料の仕入れ先をポリーに指定されている。そのため、原価率は30%にもなっている。
(極めつけにロイヤリティが売り上げの20%……ひどすぎる……!)
彼女の言う通り、これはありえないレートだ。
この数字だと、スムージーが一杯6ドルだとすると、ロイヤリティと原価を除くと3ドルの儲けになる。
即ち毎月1700杯売ってようやくスージィ自身に100ドル札が1枚入る計算になる。売り上げにしたら一万ドル以上という凄まじい月商になるのに、だ。
「もう、家に売れるものもないし……父さんに泣きつくしかないのかな……けど、もうそれは一回やっちゃったし……」
当然スージィのキッチンカーは毎月大幅な赤字を叩き出している。ただでさえキッチンカーの購入でなけなしの貯金の大半を溶かしたスージィは、今では彼女が提携しているローン会社で借金をしているありさまだ。
ご丁寧に『起業1年以内に廃業する場合は解約金を請求される』という形になっているため、借金を積み重ねるしか彼女には許されていない。
「……くそ……! この投稿さえなければ、こんな商売始めなかったのに……」
無論、元は仮にもエリート会社員だった彼女が冷静な状態であれば、こんな無茶な計画にのることはなかった。
スージィは恨みがましい目で自身のSNSに描かれているアカウント『チャド@真の男女平等主義者』のコメントをじっと見つめた。
「バカじゃね? 女さんごときに起業するなんて無理に決まってるだろ。絶対口だけだね、こいつ」
この一言がバズり、世界中のミソジニー男のアカウントから自分をバカにするコメントが流れてきたことが、彼女の理性を狂わせたのだ。……言うまでもないが、そのアカウントのいくつかはポリーの手先によるものだ。
(しかもこいつら、愚痴を吐くたびに『やっぱ女さんらしい失敗www』『絶対無理だと思ったwww』なんてコメント残すし……。そのたびにポリー社長に慰めてもらってたから、辞めるタイミングを逃したのよね……)
それもこれも全部自分のせいだ。癪に触るが、自身の失敗を彼らの責任に出来るほど私は愚かじゃない。
(どこで道を間違えたんだろう……。やっぱり、起業するのは自分には向かなかったのか? 会社の中で上司に媚びへつらいながら、やり過ごすべきだったの?)
「すみません、一杯貰えますか?」
そんな風に考えていると、一人の客が彼女のキッチンカーの前にやってきた。
「あら、いらっしゃい……」
数少ない客だ。
スージィは精一杯の笑顔を店ながら粉末のジュースをミキサーで拡販した後、その客に渡した。
「お待ちどうさま」
「フフ、ありがと。お釣りは結構よ」
そういうと彼女は10ドル札を渡してくれた。数値上2杯以上売れた分の儲けになる。
「あ、ありがとうございます……」
「ごめんなさい、こんな格好で申し訳ないけど、ここで食べていいかしら?」
「あ、はい。どうせお客さんも来ないですので……」
その女性客はボロボロのつなぎを身にまとい、油まみれで黒ずんだ爪をしている。だが、その外見にに使わない立派な革製の鞄を身に着けており、どこかアンバランスな印象を受けた。
「……あの、お仕事大変なんですか?」
彼女もまた、男社会の中でボロボロに傷ついて来たのだろうか。そう思いながらスージィは尋ねてみた。
「ええ。けど私が選んだ道だから、楽しくって」
そう答える彼女は生き生きとした表情でそう笑いながら答えた。
その表情は、スージィが初めて店を始めた時と同じものだった。それを見て思わず尋ねてみた。
「あの……何の仕事をされているんですか?」
「革職人よ。親方のジジイに毎日怒られて大変だけどね。このバッグも私が作ったのよ」
やや無骨だが、頑丈でよく手入れされているそのバッグを彼女は誇らしげに見せてきた。
よく見ると爪が長くても止めやすい磁石性の留め具やマチを広げられる仕組みなど、女性が使いやすいデザインにもなっている。それを見てスージィは思わず目を奪われた。
「凄いですね……。元々そういう家業の出身だったんですか?」
彼女はスムージーを美味しそうに飲みながら穏やかな様子で首をふるふると振るった。
「ううん……。私も昔は会社員だったんだけどさ。なんか競争ばかりの毎日に疲れちゃって。おっさん上司のご機嫌をとって、嫌味な言葉を笑って受け流してね。……ああ、勿論頑張ってる人たちのことは今でも尊敬しているわよ、その上司も含めてね」
「そうだったんですか……」
「それで、思い切って会社を辞めようとして、相談してみたの。フェミニスト作家で有名なエレーナ先生にね。ちょうどその時、講演をやっていたから」
「そ、そうだったんですか!」
そこまで聞いて、スージィは驚いた表情で口に手をあてた。
境遇が自分と酷似していたからだ。
「それで、そこでエレーナ先生に親方を紹介してもらったのよ。『ここで修行すれば、時間はかかるし辛いことも多いけど、きっと女性でも自分の足で立って生きていけるわ』って。10年勉強してやっと、商品がお店にも置いてもらえるようになってきたのよ」
「…………」
スージィは、ポリー社長に言われた時の言葉を思い出した。
『女性でも、今の時代は自分の足で立って生きていける時代よ』
講演の時には、スージィも同じことを言われていた。
だが、境遇は同じだったのに、何が自分と違ったのだろう。そう思いながら彼女を見つめた。
「……ところで、さっきあなた、ポリーって言わなかった?」
「あれ、ご存じなんですか?」
「ええ……。最近、色々良くない噂を耳にするもの」
そういって、彼女はスマホを取り出した。




