2-1 『女の敵は女』なんて偏見は大嫌いだけど
『24歳Cカップの女子社員の後輩。あのクソアマ、俺に気があると思ってたのに、別のチャラい25の男と結婚しやがった。あいつのために俺は40になっても彼女作らなかったのに、浮気しやがって。やっぱ女に結婚の自由与えたの失敗だな』
薄暗い雑居ビルの一室で、日本人の女性『サナ』はSNSに投稿する文章を見直しながら、問題ないと判断して投稿した。
アカウント名は『チャド@真の男女平等主義者』という名前で、AI出力したマッチョ男性のアイコンだ。
「はあ……我ながらくっだらない文章……。けど、いい感じで釣れてるわ……」
サナはそう呆れた様子で呟きながら、その返信欄を見つめた。
女性からの猛反発と、ごく一部の男性からの擁護が飛び交っていく。
『こういう勘違い男、マジキモい。こういうやつがいるから会社に来れなくなんだよ』
『ハッキリ言って、こういう男が自分を優しいっていってるの、マジキモい』
『俺は同感。マジで女って優しい男を無視して悪いチャラ男ばかり好きになるよ』
『こういうやつがいるから、結婚の自由が出来たって分かってないの笑える』
そんな男女たちの怒りや怨嗟の声が流れるのを見て、サナは『カレン@女性を抑圧から解放を』という名前のアカウントで『チャド』の呟きに返信した。
『こういう勘違いしている男性に私も遭遇した。本人はあれで『優しい男』のつもりなんだからキモい。サロンの友人に弁護士居たから接近禁止命令出してもらってやっと解決したけど、あれなかったらマジ会社辞めてたと思う。こういう奴、いなくなってほしい』
どっちのアカウントも自分だから、過激な発言をしても訴訟されることはない。
そんな風に思いながら送信ボタンを押したところで、後ろから声をかけられた。
「調子はどう?」
彼女はサナが働いているサロン『マリアの雫』の社長、ポリーだ。
こんな深夜に嫌な奴がきやがったな。サナはそう思いながらも全力で愛想笑いを浮かべる。
「ええ、コメントもいいねも上々の成果です」
「どれ、ちょっと見せて? ……まあまあね。給料分は働いているみたいね、結構」
男性アカウントで『過激かつ穴だらけの呟き』を行って炎上させ、それを女性アカウントで『理知的な論破』を行うという対立煽り。当然これをサナは好きでやっているわけではなく、バイトの一環としてポリーにやらされている。
「後はもうちょっと、論理的な根拠を示して。例えば『男の恋愛妄想のせいで女性は毎年40億ドルもの損が出ている』みたいにね」
「ですけど、そんな研究なんてありましたっけ?」
サナが困惑するのをあざ笑うようにポリーがフン、と鼻を鳴らす。
「バカじゃない? 研究結果なんて捏造すりゃいいのよ。どうせSNS見る奴なんてバカばっかだから、それっぽいグラフがあれば皆納得するもの」
「ですけど、もし研究が嘘だってバレたら……」
「問題ないわ。『研究は嘘だけど、実際にこれは現実にあり得ること』とでも言えばいいの。根拠なんて無くても人は信じたいものを信じるから」
そういわれてサナはギリ……と歯を食いしばった。
サナはこれでもアメリカの一流大学で女性学を学んだ身だ。無論ジェンダー研究もきちんとしたエビデンスに基づいて行ってきた。
そんな自分が、仮にも『フェミニスト団体』を名乗る組織でそんな捏造記事を作るように命令されていることが何より許せなかった。
(本当に、なんでこんな会社に入っちゃったんだろう……)
現在アメリカでは若者の失業率が急上昇している。
それに加えていまだに人種差別が根強く、アジア人の女性であるサナが就職するのは困難だった。
そのため、最低賃金でこんな仕事を行わせているポリーにも彼女は従うしかなかったのである。無論これは彼女だけでなく、先日給仕をやっていた女性もポリーの送迎をしていた女性も同様だ。
「ああ、それともう一つやってほしいことがあるの」
そしてポリーはスマホを取り出すと、今度は『ジャンヌ@サロン経営始めました』と書かれているアカウントを呼び出した。
「あと、このアカウントに『チャド』のアカウントでアンチコメを送っておいて」
「え……どうしてですか?」
「決まってるじゃない。こいつも私と同じような女性向けのサロンを近所に開こうとしてるもの。商売敵には『あいさつ』しておかないとね」
「はあ……」
サナがやらされている仕事の目的は大きく3つある。
一つは勿論、注目を集めることによるインプレッション広告を稼ぐこと。
そしてもう一つは、女性アカウントが所属している(ということになっている)自社のサロンにそれとなく案内させること。
そして最後に、気に入らない相手や自分のビジネスの邪魔になる相手に『男性アカウント』で嫌がらせを行って、潰すことだ。
「それじゃ、宜しくね。後、残業するなら地球環境にも優しくね」
そういうとポリーはエアコンの電源を切り、リモコンを自身のバッグに入れて去っていった。
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「くそ、何が『マリアの雫』よ……何がシスターフッドよ……」
ポリーが去って間もなく、エアコンが切れたオフィス内に凄まじい熱気が立ち込め始めた。
扇風機をガンガンに付けてやけくそ気味にアイスキャンディーをかじりながら、そうサナは吐き捨てるように叫ぶ。
「私たちアジア人や黒人は『シスター』じゃないっての? ほんっと最低!」
ポリーの所属する『マリアの雫』のサロン会員になるには莫大な年会費が必要だ。
そのため、必然的に白人の女性ばかりが所属することになる。
……そして彼女たちは、言外にアジア人や黒人への差別意識を持っているのか、従業員であるサナ達には露骨に傲慢な態度をとってくることを知っていた。
ふと自分のスマホを見ると、同じく『マリアの雫』で働いている女性たちの愚痴がずらっと並んでいる。
『マジ、ポリーぶっ殺したい! 黒魔術が使えたら最初にあの女に使う!』
『昨日なんて、深夜に運転手やらされた上、遅れた分給料から引かれたんだけど!』
『もう、あの会員に料理運ぶのはうんざり! 私がアジア人だから絶対下に見てる!』
……といった感じだ。
サナも我慢が限界にきている。無論、対立煽りをやることによって男女の分断を進めることも許せない。
だが一番許せないのは、自分が『男性なりすましの女性』としてアンチ活動を行うことによって『本当のミソジニストのアカウント』も『女の自作自演』と疑われるようになりかねないことだ。
「くそ……やってらんない! 絶対に復讐してやる、あのバカには……」
わざわざポリーのいうとおりに女性を傷つけるようなコメントを残すなんてバカげてる。
そう思ったサナはやけくそ気味に送信しようと思ったコメントを削除した後、ポケットに隠し持っていたウイスキーをグビリと飲んで帰り支度を始めた。




