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シャーロットの憂鬱 ~女性限定のフェミニズム文学賞に、誤っておっさんが応募して大賞を取ってしまったら~  作者: フーラー


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1-9 エンパワメント?素敵な言葉だ。正しい人が使うなら

「無断欠勤したのをサボりって思われた? ううん、そうじゃないわ! あなたのその欠勤は、本当はあなたの無意識の心が『もう働かないで』って訴えたことなのよ! いいかえればあなたの無意識の魂の嘆き。……ええ、勿論私には分かるわ」


まるで子どもをあやすような口ぶりで、ポリーは電話の向こうにいる相手ラフィーナに続ける。


「ええ、そうよね! 凄い分かる! デートだって、本当はボロボロに傷ついたあなたの心を癒すための心の治療だったんでしょ? 男社会に過剰適応して、相手の心の傷にも気づけない、おっさん上司の方が悪いに決まってるわ! ……フフ、私はあなたの味方よ」

(……ち、ちょっと……それは違うんじゃないかい?)


そう思ったが、エレーナは今度は口ごもった。

……自分の価値観が古いのか? 彼女のいうことの方が今の時代は正しいのか?

そう、一瞬躊躇したためだ。


「だから、あなたは間違ってない。女性を働かせようとしない会社なんて、そっちから捨てちゃいなさいよ! ……うん、そう! 私たち『シスター』がついているから、安心して! 全力で力になるから!」


力になるなら、彼女の再就職の世話でもしてあげるのか?

もしそうなら、私も力になりたい。知り合いのワイン職人に弟子入り出来るか頼んでみようか? そう思っていたエレーナだったが、次に続くポリーの言葉を聴いて絶句した。


「それで、これからどうやって食べていくかって? ……うん、もうあなたは男社会に屈しなくていい。……だからさ、起業してみない? あなたにはきっと、キッチンカーの仕事が向いているわよ! 私の知り合いに、優秀な業者がいるのよ」

「ちょっとあんた! 何のつもりだい!」


思わずエレーナは叫んだ。


(ろくに飲食店で働いたこともない素人がキッチンカーに入る? それで上手くいくわけがないでしょ! なにどっかのバカ夫みたいなこと勧めてんだい!)


今まで夫が無理に自営業を始めたせいで、莫大な借金を押し付けられた女性をエレーナは山ほど見てきた。彼女らの自己破産の手助けをしてきたため、そのことをよくわかっている。


だがポリーは、エレーナが叫ぶのを無視して、電話を続ける。


「今の時代ならスムージーがおススメね。私の知ってる業者から、粉末を仕入れて提供するだけでいいのよ。栄養たっぷりのドリンクは、働く女の子のエンパワメントにもなると思うわ。男社会で頑張る女性の癒しにもなれてウィンウィンじゃない!」


粉末のスムージーということは、当然仕入れ先もポリーの息のかかった業者になるに違いない。それに粉末の粗悪な商品なんかで今の時代、繁盛するわけがない。



……ポリーは、フェミニストの名を借りた悪徳商売人だ。



エレーナはそう確信しながらも、歯噛みするようにその様子を眺めていた。


(相手はポリーを心から信頼、いや崇拝しているみたいだね……。この状態で、何を言っても無駄だね……ここは黙ってるしかないのが悔しいねえ……)


せめてその子が路頭に迷うようなことになったら手を差し伸べたいが。

そう思いながらも、ポリーの熱弁を聴き続けた。


「あなたには眠ってる才能があること、私には分かるの。だから、自分の力で道を切り開くべきよ。……え? 夫に相談? ダメよ! きっと、あなたが成功するのを妬んで、絶対に邪魔するもの! うん、そう。だから内緒で今度サロンに来て?」


よくある『ドリームキラー』という言葉を利用して、相談をさせなくさせるやり方だ。

そもそも何でもかんでも彼女の言動を全肯定していたのも、他責思考をこじらせて、周囲から孤立させる手段だったのだろう、とエレーナは理解した。


「心配しないで。私たちの絆は不滅よ? あなたの才能ならきっと、月商4千ドルは軽いわ! 一緒に自己投資して『経済的自由』を得ましょう? ……フフフ、いいのよ、お礼なんて。私たちはシスターじゃない? それじゃ、来週『投資資金』を持ってきてね」


あくまで「月収」ではない言い方をした点にも、エレーナは眉をひそめた。

そういってポリーが電話を切ったのを見て、吐き捨てるような口調でエレーナは尋ねる。


「……大したタマだね、あんたは。これでいくら、その子からむしり取るんんだい?」

「むしるなんて心外ね。これは『エンパワメント』よ。私は彼女に魚を釣ってあげるんじゃない。魚の釣り方を教えてあげたの」


自己啓発セミナーの常とう句であるその発言に、エレーナは鼻で笑う。


「ハッ! そういうのはね、日本のことわざで『武士の商法』っていうんだよ! ボロボロの釣り竿をバカ高い値で売りつけて、魚のいないドブに案内させてるくせに!」

「いいじゃない。あの子たちはそれを求めているんだもの。……あら、お迎えが来たみたいだから、私はこれで」


いつの間にかロビーの向こうには車が止まっていた。

彼女はブランドバッグを乱雑に持ち直すと、車を運転していたメキシコ人の女性に乱暴な口調で怒鳴りつけた。


「遅いわよ! あたしのこと、どれだけ待たせるの? あんたと違って忙しいのに!」

「す、すみません。ポリー社長。この雨のせいで渋滞が酷くて……」

「言い訳無用。遅れた分は時給から引いとくわね」

「え、待ってください! それは……」

「これ以上文句言うなら、クビで構わないわよ」

「……く……」

(ったく……なんだい、あの娘は! ……ちょっと許せないね!)


ポリーはいわゆる『カモ』に甘く従業員に厳しい典型例なのだとエレーナは理解した。

そして一発かましてやろうと近づいてきた彼女の様子を見て、ポリーは慌てるように車に乗り込むと、後部座席から運転席を蹴り飛ばした。


「ほら、早く出しなさい、あの怖い婆さんが来ちゃうから」

「……はい……」

「あ、ちょっと待ちな!」


すると、エレーナが呼び止める間もなく車は勢いよくホテルから走り去っていった。



ーーーーーーーー


(くそ! ……やっぱり、あんな奴をのさばらせるわけにはいかないか……)


走り去っていく車を見つめながら、一人残されたエレーナは雨に濡れながら駅に向かって歩きながらそうつぶやいていた。


彼女のいう理論に一瞬でも納得した自分が許せない。

自分たちが必死になって作り出した女性の立場、そして市民権を得た『フェミニズム』という言葉を悪用して、食い物にする連中には一度灸を据えるべきだ。


そう思いながら地下鉄の乗り入れ口まで近づいたところで、ふと彼女は足を止めた。


(……そうだ、思い出した……)


ずっと彼女が引っかかっていた『シャーロット』、その名前が記憶から掘り起こされたためだ。



(なんで忘れてたんだい! シャーロットっていったら……あの有名なシャーロット・ブロンテじゃないかい!)


シャーロット・ブロンテ。

19世紀に活躍した女性作家だ。ただ当時は女性が文学界に出ることが許されなかったため、男性の名前を使っていたことでも知られている。



(……ということは……ひょっとして、この本を書いたのは『逆』……つまり、作者は男なんじゃ……)


もしそうなら、面白いことになる。

散々『シスターフッド』の重要性を訴えながら『当事者性』を強調していた彼らが全員彼のペテンにかけられるということだからだ。


そうすれば彼女のメンツを丸つぶれにできる。

そうすれば、彼女を慕っていた子たちも少しは目を覚ますかもしれない。



(こりゃ、面白くなってきたねえ……文学界の膿を徹底的に出してやるチャンスじゃないかい……)


そう思いながらエレーナはニヤリと笑みを浮かべた。

……これはある意味正しかった。


ただ一つ違いがあるとすれば、著者であるイーノスに何ら他意はなく、偶然母親の名前が『シャーロット』だったことだけだが。

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