第2章 第55話 魔王を犯す猛毒
少し更新が空いてしまいました。
私生活が多忙でして、執筆の時間が取れずにいました。
僕は人差し指を内側に曲げる。
すると、ヴェガを貫いた暁灯瑠刀フォルラリスが飛んで返ってきた。
それを掴み、前に向き直る。
「さっき、僕の卓越した魔法技術を見て、稀代の天才だと言っていたよね」
「そんな称賛をした記憶はありませんが~」
「わざわざ、僕をヨイショするために《次元歪曲》で追ってきたの?」
「いえいえ~、まさかそんな。これでも私は忙しい身でしてね~」
「そうは見えないなー」
「あはは~、少々手違いがあり、女神ベルザの不興を買ってしまいまして~」
実に面倒なことです、と妖亜が頭を振った。
女神ベルザか。
あの人、いま何してるんだろ。
直近で会ったのは、ノワールに転生をした日の、旧ベルザ教会だった。
まあ、あれも修道女――零花の身体を介しての接触だったけど。
僕を滅ぼそうと画策して、メノア様と結託していた。
しかし、その共謀者に約束を違えられ、計画は瓦解した。
『哀れなものだ、可哀想に』
白々しい。
『この私を信じるほうが、悪いとは思わんか? 普通、信じないだろ。私みたいなクソ女神』
自覚があるようで。
それには僕も同感です。
僕が女神ベルザの立場だったら、メノア様にだけは話を持ち掛けない。
世界に災厄を齎すかもしれない外敵、〈邪神族〉を滅ぼすのが目的であるなら、管理者の閲覧会に連絡する。
実際、管理者の閲覧会の執行者カノンも、僕の滅殺を狙っていたわけだし。
共闘とは言わずとも、折り合いを付けれる箇所はあったのではないかな。
『それは無いな。たとえ、利害が一致しようとも、ベルザが管理者の閲覧会に頼むことはない。絶対にな』
政治的な理由で、ですか。
〈神族〉と管理者の閲覧会は、不用意な干渉を避けていたり――。
『違う。単なる私情だよ。ベルザ個人のな。アイツは世界の管理者を気取ってる管理者の閲覧会を、良いように思っていない。特に管理者の閲覧会の第一席をな』
「ほーん」
『ベルザは良い意味でも悪い意味でも、典型的な〈神族〉だ。世界の理と秩序の安定を善とし、それを揺るがす事象を排除する。うさぎの尻尾みてぇな奴だな』
その喩えは、全然分かんないですが……。
『飽きずに色々と文句を垂れちゃいるが、結局のところはアイツは、〈神族〉でもない成り損ないに、世界を調停するルールを、勝手に作られたのが気に食わないんだろ』
メノア様が鼻で笑い飛ばした。
管理者の閲覧会の創設は、僕が転生をした後のことでしたっけ。
『ああ。お前の転生後、レネイストを含めた数多の世界同士で星間戦争が勃発してな。……主に神々のだが』
そう話すメノア様はどこか、上の空だった。
戦争、物騒な話である。
『そうだな。戦争など無い方が良い』
平和主義にでも目覚めましたか。
『馬鹿を言え。戦争が起きるとな、増えるんだよ……〈神族〉としての仕事が』
「あー……」
――なるほど。
と、僕は内心で空笑いをこぼす。
『世界平和、冠婚葬祭、家内安全。ああ、大いに万歳だ』
何か関係ないの混ざってませんか。
『その当たり前の平穏な日常が、二度と崩されないよう〈神族〉の代わりに、世界の秩序を調整する役割を担う機関という名目で立ち上げられたのが、管理者の閲覧会なわけだ』
「へー」
僕は聞き流しながら、右掌を顔の前に。
直後、衝撃波と共に僅かな痺れが走った。
妖亜の強打だ。
それにより発生した旋風が、地面の枯れ葉を舞わせる。
「君、こんなに力強かった?」
かりにも、妖亜は〈魔王〉だ。
彼女とは前世の付き合いもあるので、力量は把握している。
だけど、妖亜の本領は改造。
肉体的な戦闘は得意としない。
基本、戦いでは奴隷などの自慢の傀儡を盾にして、自身はその操作に徹する。
それが〈魔王〉妖亜の戦い方だ。
「転生をして、ノワールさんが鈍っただけでは~。身体も未成熟な男児のものですしねぇ~」
「そうかな?」
「ええ~。《禍根を啄む爪》」
妖亜が両手に嵌めていた黒い革手袋、その手先が伸びる。
鋭利な鳥の鈎爪のように。
僕はサッと、身を屈めた。
ほぼ同時に頭上を切ったのは、細長い爪。
それは僕の背後に生えていた老木、この荒れ地の咆哮に眠っている〈魔女〉ルージュが核となった、巫女の枝葉の幹を傷付けた。
《禍根を啄む爪》を受け、ミシッと音が鳴るが倒れはしない。
屈んだ状態で、僕は加速――。
妖亜の横を抜け、すれ違いざまに足を斬る。
やはり、生身の感触がない。
暁灯瑠刀フォルラリスで斬った妖亜の両足は、霧になっていた。
僕は再度、魂を解析する《魔眼》――《深純の魔眼》で、妖亜を見る。
妖亜は、その身に星力を取り込んでいる。
〈神族〉や異世界人以外の器で、超常のエネルギー物質である星力を人為的に宿すなど、魂を崩壊させる自作行為でしかないが、しかし。
融合を得意とする妖亜は、その術を身に着けた。
不安定ではあるが、その歪さで暁灯瑠刀フォルラリスを無効化している。
――いや。
完全に外傷が無いわけではないかな。
《深純の魔眼》には、暁灯瑠刀フォルラリスで斬られた際に、微弱ではあるが魂のすり減りが映った。
『己の魂を代償に再生し、暁灯瑠刀フォルラリスをいなしている……ように魅せている。とんだマゾヒストだな』
僕は暁灯瑠刀フォルラリスの刀身に、指を這わせる。
なぞるように、星力を付与した。
暁灯瑠刀フォルラリスの秘技、《開闢》――《墨滅付》。
瑠璃色に輝きを放つ大太刀が、墨色に変色する。
麗らかな瑠璃と鈍い墨の色彩が混ざりあった。
『なんだ、《墨滅付》が使えるようになるまで回復していたのか』
――ええ。
まだ、全快には程遠いですが。
《開闢》――《蜃滅幻》以外の秘技も、少しだけ使える余力が出来ました。
『それは残念だ。お前にお元気一杯になられたら、ノワールを封印する役目の《虚無の巫女》、私の死命が復活してしまう』
メノア様がおもむろに言った。
女神ベルザを捨て、僕を見逃したのはメノア様ですよ。
『逃したわけじゃない。先送りにしただけだ』
同じですよ、僕にしてみたら。
『用済みになれば、お前は滅ぼす。《虚無の巫女》としてな。そのあとで、ついでにベルザも始末する。アイツの髪型が気に入らん』
そんな理由で〈神族〉を殺そうとするな。
レネイストの秩序が崩壊してしまう。
『いらん心配だな。……それに、とうの昔にこの世界は終わっている。ベルザが居ようが居まいが、何も変わらん。仮にアイツが崩御しても、ちょっとばかり星が真っ二つなるだけだ。問題はない』
問題しかない。
せめて、僕が害を被らない形で実行してもらいたい。
メノア様の都合で人類が滅亡するのは勝手だが、それに巻き込まれるのは御免である。
僕は暁灯瑠刀フォルラリスを、横に一振り。
ビシャッ、と雫が飛び散った。
刃先には墨色の液体が滴っている。
「おや、やはり隠していらしたのですね~」
「……ん? 何がかな」
「その《開闢》――《墨滅付》。私を通じて、メフィストテスさんの耳に入るのを避けたかったのでしょう~? 故に、どうにか《蜃滅幻》だけで、私を追い払いたかった~」
「見当違いだよ。この程度の技、別にメフィストテスに知られようと、僕に不利益はない」
「そうでしょうかねぇ~。《開闢》を使いこなせるのは、星力に順応した者のみ。対策をとられたら、少なからず痛手になるのでは~?」
「とられない、と確信しているから言ってるんだよ」
足元に広がる墨色の水溜り、それを踏み締め僕は斬りかかった。
僕の所作を読み、暁灯瑠刀フォルラリスの軌道に、妖亜が《禍根を啄む爪》を合わせる。
武具同士がぶつかったとは思えない滑りで剣戟を交わし、水音を響かせた。
液状のそれが中空に散る。
妖亜は、星力と融合しているので暁灯瑠刀フォルラリス、そして《権能》――《理を変転させる幻惑の坩堝》が効かない。
どういう原理で、そうなったのかは定かではないが。
僕の推測は、相殺だ。
外傷を負ったときに、妖亜は体内に存在する星力と融合させ、効果を打ち消しているのだろう。
暁灯瑠刀フォルラリスで斬っても、妖亜は負傷を融合する。
ならば、と《魔法》を試そうが意味はない。
《魔法》の源は、魔力。
妖亜の身体にも、魔力は流れている。
《魔法》で攻撃を加えたところで、それを融合されるだけ。
『〈魔女〉より卑しい女だな』
――キキキキンッ。
と、僕は《禍根を啄む爪》を弾き、空いた胴体目がけ刺突を繰り出した。
数拍遅れて、妖亜が反応。
防御しようとするが、間に合わない。
素の剣術では、僕が上回っている。
そもそも、妖亜は近接戦闘が不向き。
勝てないのは本人だって分かっている。
しかし、こうして仕掛けたのは――
僕を殺す準備が整った。
先刻の殴打、あの威力は妖亜の自力ではない。
融合をした傀儡の力を利用したもので――。
墨色の液体を纏った刃が、妖亜の胸部を貫いた。
同様に融合で相殺する腹積もりだったのだろう妖亜の顔に、焦りの色が浮かぶ。
僕の手には、肉体を刺した感覚が伝わっていた。
「どうかした?」
僕は分かっていて聞いた。
もしかしたら、悪辣な笑みになっていたかもしれない。
『良い顔だ。私は好きだぞ』
と、メノア様。
ありがとうございます。
「……《墨滅付》は、暁灯瑠刀フォルラリスの性能を底上げする《開闢》では~……?」
「間違ってはないよ。……けど、それだけじゃない」
僕は暁灯瑠刀フォルラリスを抜き、妖亜を蹴り飛ばす。
呻き声を上げ、妖亜は背中を老木、巫女の枝葉に打ちつけた。
口端に血を垂らし、だがその唇はまだ上がっている。
《禍根を啄む爪》の傷跡が残る幹に手を突き、妖亜は言った。
「おかしいですね~……聞いていた話と違う」
「誰に聞いたの?」
「私も商売人ですのでねぇ~、取引相手の情報を売ったりはしませんよ~」
「そうなんだ。まあ、良いけど……ローズでしょ。僕のことを、君に教えたのはさ」
《墨滅付》に貫かれ脂汗を流す妖亜は、それでも笑みを消さない。
無言の薄笑いで応じた。
「消去法だよ。僕と知り合いで、それなりに僕の事情に精通している人。何人か思い当たるけど、怪しかったのは女神ベルザと〈聖女〉セラス、武器商人のローズ」
――でも。
と、僕は巫女の枝葉の元に近寄り。
「セラスは淫乱だから、論外」
『どういう結論だ』
「さっきの発言で君がベルザと敵対している事が分かった。なら、君の利益に繋がるような情報を渡していたとも考えづらい。それに、ベルザは下着を盗むのが好きだ」
『いま関係無いだろ』
「残るは、ローズ。うん、彼女には僕を庇い立てする義理もないしね。同じ商人でもあることだし、君と関係性があっても不思議じゃない」
僕は《呪いの薔薇の鳥籠》を発動。
足元の影に薔薇の蔓が現れる。
それが妖亜の手首と足首に巻き付き、幹に固定させた。
現下、妖亜は《魔法》を融合し相殺出来ない。
《墨滅付》の影響化にある。
この《開闢》は、体質を犯す毒だ。
妖亜は、《墨滅付》で刺された。
傷口を伝い、魂に有害な猛毒が入っている。
それが全身を循環し、妖亜の神経や器官を狂わせていた。
「ノワールさんは聡いですねぇ~。だとしたら、どうします~? 私諸共、ローズさんも始末しますか~?」
「いや、しないよ。安心して」
「おやおや、お優しい~。……でも、よろしいので~? 彼女は、ヴァミリド神教国の、当代星凱帝エレンさんの敵ですよ~」
「護衛依頼を引き受けたって言ってたけど」
宿屋『竜脈の畔』で、そう聞いた。
エレンの命を狙う刺客から守るために、側近が依頼を出し、武器商人の組合『狂笑会』の首席、ローズが受諾した。
「あー……そういえば。さっき、亜空間で言ってたね。エレン君の殺害を依頼したのは、星灯録教会の枢機卿ドミニクで、それを受けたのが君だって」
「ええ。まあ、エレンさんの殺害自体が、私の本意ではありませんがねぇ……」
「じゃあ、何がしたいの? お人形遊び?」
そう揶揄すると、妖亜の表情がスッと冷めた。
細長い両目の瞳孔が、僕を睨み据える。
「……邪魔、なんですよ。星凱帝が……そしてノワールさん、貴方も。〈魔王〉がレネイストの覇権を握るのに」
瞬間、爆発するように妖亜の魔力が膨れ上がる。
魔力の流れを感じた僕が視線をやると、石板に磔にして焼殺したヴェガから、魔力が流出していた。
それが妖亜に集まり、融合される。
「傀儡の死によって、《夕闇に沈む遺灰の静寂》は、その真価を発揮し、珠玉の一品として完成する。全ては予定調和なのですよ~」
「それは売り文句? それとも遺言? 想定通りだって言うなら、君は素晴らしい道化だよ」
『おいおい、道化に失礼だろうが。コイツはただの、負け犬だ』
莫大な魔力が渦を巻き、荒れ地の咆哮を震わせる。
数万の生贄で造った傀儡の力を取り込み、一体化した妖亜が恍惚な笑みを見せた。
【次話予告】
邪神を嘲笑う〈魔王〉の本領――。




