第2章 第54話 魔女の墓場
こんにちは、こんばんわ。
先日のお知らせを投稿した後のことだったので、この前書きで少々、謝罪をしたいと思います。
堅苦しい言い方をしましたが、別にそんな重い内容ではありません。
謝罪というのは、私が単純に予約投稿をするのが忘れていた件です。
今話は日曜日の夜に投稿する予定だったのですが、予約していたと思い込んでいただけでしていないのに今朝気付きました。
すみませんでした。
今後は気を付けます。
では、本編をどうぞ。
お知らせを挟んでいるので、話の流れを整理すると、ノワールと〈魔王〉妖亜が亜空間で対峙していて、妖亜の《魔法》で召喚された騎士甲冑の傀儡、ガイアとヴェガ、その片割れのヴェガが放つ矢から逃げ、亜空間の外に通じる洞穴に入ったところで前回は終わりました。
その続きです。
洞穴の中を飛行して下りる。
僕は転生をして子供の、男児の身体になったけど、もし成人男性だったのなら、少々狭かったかもしれない。
細身の人や女性は、問題ないだろうが。
硬い土壁に囲まれた閉鎖的な空間は、一本道だ。
分かれていないので、向かう地点は明白である。
緩やかな傾斜になっている洞穴、その終着点は出口だ。
小さな白い光が、徐々に近付いて来る。
そこが亜空間、《快庭煙》の脱出口――。
「さっきの話ですけど……」
『ん? ……ああ、ミネルヴァが薬物中毒者に貢いでる話な』
「違いますが」
そんなことを交わした覚えはない。
ミネルヴァは、たしか都市部のカジノ店で働いている〈竜種〉だったかな。
バニーガールの格好で。
「妖亜ですよ」
『興味ない』
「さいですか。まあ、メノア様の度合いがどうであれ、勝手に話しますけど……」
『持論を垂れ流すのが好きな奴だな、お前は』
言いながら、メノア様は欠伸をする。
僕は考えを纏め、そして口にした。
「気にかかったのは、妖亜が使った《魔法》――《夕闇に沈む遺灰の静寂》です」
『それは聞いた。前置きはいいから、さっさと結論を言え』
茶々を入れて邪魔をしたのは、メノア様なんだけどな。
「多分、あの《魔法》には一定の制限があるんだと思います」
『馬鹿でも分かる事柄を世紀の大発見のように告げるな』
「そんな大袈裟に表現したつもりはありませんが……《夕闇に沈む遺灰の静寂》は、万能の召喚術じゃない」
『私は学習能力のない馬鹿だから、その程度既知だ。《魔法》は術者の力量や環境の差異によって、天井が設けられている。どんな《魔法》であれ、体現可能な現象には限りがある』
どれだけ強力な《魔法》だろうと、実際に行使するのは容易ではない。
発動出来たとしても、それは術式に組み込まれた性能を超える超常現象は起こせないということ。
『初歩的な魔法学だな。そんな復習をしたいのか? だが残念、私は勉強が嫌いだ。やるなら一人でやれ』
「僕も勉強は嫌いです。魔法学を習う気はない。その必要もないですし」
『これだから、感覚派の天才は』
「僕は愚鈍な阿呆なのでは?」
『《魔法》に関してだけは、私の次に秀でていると言える。私の次に、な』
メノア様が傲然と強調する。
それはさておき――
「《夕闇に沈む遺灰の静寂》も《魔法》である以上、そこには限度があります」
『ほーん』
「聞いてます?」
『聞いてない』
「妖亜は〈魔王〉メフィストテスの命令で、〈邪神族〉に転生をした僕を滅ぼそうとやってきた。一旦、メフィストテスの思惑を思案するのはやめますが……その命令に沿って妖亜は、僕を待ち伏せていた」
それが冒険者ギルドで受けた依頼の目的地、荒れ地の咆哮に続いている峠道での遭遇だ。
偶然とも思えるが、しかしこれは明らかな必然。
〈魔王〉の領土内なら兎も角、辺鄙な街道に〈魔王〉がいました、なんてこと普通はありえない確率だろう。
僕の情報を妖亜に流した奴がいる。
真っ先に考えられるのは、依頼の受理を担当した、冒険者ギルドの受付嬢、シスベル。
――いや。
彼女は無いな。
『どうして言い切れる』
だって、弱いし。
僕と敵対しようなんて思わないでしょう。
それに栗鼠が好きだって言ってた。
小動物が好きな人に悪者はいない。
『関係ねぇよ。子猫ちゃんを、よちよちしながら爽やかな笑みで人をぶっ刺す輩がいるかもしれないだろ』
「なにそれ怖い。嫌だな、そんな人」
『オメェだよ』
――いやいや。
しませんよ、そんな陰惨な犯行。
僕は百回刺す程度で止めておきます。
『刺し殺してんじゃねぇか』
と、まあ可愛い悪戯話はいいんですよ。
それより――
『〈魔王〉との遭遇か。頭の上に隕石が降ってきて死ぬのと同じ確率だな』
「何パーセントでしたっけ、それ」
『犬の糞を踏むのと、どっこいどっこいだ』
「……絶対に違う」
話をズラすな。
僕は違う方向に外れそうになった思考を戻した。
「そんな天文学的な確率を引き寄せた僕は、こうして妖亜の亜空間――《快庭煙》に閉じ込められ、嬲り殺されそうになったわけです」
『可哀想になー』
メノア様の他人事のような相槌。
殺されて困るのは、僕を創造したメノア様もですよ。
妖亜が言ってたでしょう。
魂を破壊すれば、回路で繋がっているメノア様を間接的に攻撃出来る、と。
『あの変態野郎の狂言を鵜呑みにするとは、転生をして随分と純粋な心根になったものだ。母親に似たか?』
「それは無い」
僕の生みの親は、性根が腐りきった意地汚い女神様だ。
純真さとは程遠い人物である。
『未成熟な餓鬼のクセに、口だけは達者だな』
「他人の悪口を言うときは、無駄に饒舌になるんですよ」
『私もだ。……で、この無駄な語り口調は、どこに向かうんだ?』
「またメノア様に指摘されそうなので、先に言います。《夕闇に沈む遺灰の静寂》の制限、それは使用時間です。厳密には召喚された物体の活動時間」
当初、妖亜は《快庭煙》で、僕をじわじわと痛め付ける算段だったのだろう。
しかしながら、予想していた僕の力量を見誤っていたのを悟り、方針を変更した。
妖亜は〈魔王〉の一角として、恐れられているが、元の経歴は商人だ。
商人は情では動かない。
世の中には人情に厚い者がいるのかもしれないが、妖亜は損得で物事を考え、判断を下す。
僕を滅ぼそうと、あらゆる可能性を想定した策を事前に練ってきた筈だ。
「《夕闇に沈む遺灰の静寂》で召喚されたガイアとヴェガの活動時間が何分かは知りませんけど、あの術式は今日の再開だけに用意された……苦肉の最終手段」
本当はそれを使わずに片を付けたかった。
ガイアとヴェガの騎士甲冑に内包された魂、あれだけの数を集めるのは簡単な所業ではない。
〈魔王〉とはいえ、人間社会で商売を行うのなら、最低限の法律を守らないと取引は成立しない。
基本的にヴァミリド神教国では奴隷売買は合法化されてはいるが、かといって奴隷を扱い管理する立場の商人が、私利私欲で残虐に奴隷を殺処分したら、憲兵に取り締まられてしまう。
数人程であれば隠し通せると思う。
だが、それが何万だと隠滅も無理がある。
法律を飄々とした面持ちで破り、憲兵の目を誤魔化している妖亜は、なかなかに危ない人体実験を行ってきたようだ。
『――にしては、寄せ集めの不良品だったがな。あんな貧乏臭い代物じゃあ、私に掠り傷すら与えられん』
「はなから、そのつもりが無いので〈神族〉に匹敵する性能は求められていないんでしょう」
視界が眩しい光に包まれ、洞穴を抜ける。
同時、身体に開放感を感じた。
亜空間の境界線を跨いで、現世に戻ったからだろう。
僕は《悪戯な精霊の隠れん坊》と《飛翔浮力》を解いて、着地する。
そこは球状に刳り抜かれ、広々とした地中だった。
上は土の天蓋に閉じられている。
うねうねと伸長した木の根が垂れていて――。
仄かに光を発する粒子が雪のように舞い散っていた。
僕が足を付けたのは、地面に埋まった大きな岩の表面。
全体が見渡せる位置だ。
嫌でも目に入るのは、じめじめとした日の当たらない地表に立っている数多の剣や槍。
それはさながら、ここに辿り着いた冒険者の墓標にも思える。
見ると、僕が岩だと勘違いしていたものは、石板だったようで――。
その対角線状にだけ、余分な武具は刺さっておらず、緑の道が奥に続いている。
寂寞とした殺風景な場所に鎮座するそれ。
四方に長々と根を伸ばしている、老木だ。
根は触れただけで崩れそうなほど弱々しい生命力で。
本体の幹も痩せ細り、強風が吹けば倒れてしまいそう。
新たな葉や花を芽吹かせる栄養素は届いていないのか、木の枝には数枚の枯れ葉が揺れている。
時折、きらきらと降り注いだ粒子が照らすと、物悲しさに幻想的な雰囲気を醸し出していた。
『数百年で荒れ地の咆哮も様変わりしたものだな。前はもっと自然豊かだった』
僕は飄然と石板を飛び降りる。
そんな感慨に耽るような思い入れもない。
『あの生物の生命力を吸血する樹――巫女の枝葉が、まだ健在とは。存外、しぶといものだな』
いまにも倒木しそうな様相ですが……。
僕は点々と生えている雑草の細道を歩いて、巫女の枝葉の下に向かう。
樹齢が百を優に超えるだろうその樹木を見上げた。
そっと幹に手を当てる。
巫女の枝葉は、呪いにより生まれた樹だ。
自然に種が発芽した植物ではなかった。
僕が〈勇者〉として召喚された時代より、さらに昔の出来事なので、詳しい経緯は知らないが、元々この土地は災害で魔力溜まりと化し、荒れ地の咆哮などと呼ばれるようになるまでは、〈魔女〉ルージュの亡骸が埋葬されていたらしい。
その影響なのか、時が流れるにつれ魔獣が集まり、禍々しい魔力や呪詛の残滓により、巫女の枝葉が生えた。
『樹自体に自我は無いとはいえ、〈魔女〉ルージュに似て性質が悪い』
巫女の枝葉の特質は、吸血だ。
血を魔力を精力を――
触れたもの全ての生命力を吸い尽す。
対象が枯れ果てるまで。
これは巫女の枝葉の核となった呪い、〈魔女〉ルージュが吸血を得意としていたからだろう。
前に伝記で読んだことがある。
ルージュは〈吸血鬼〉族だ。
中でも、同族に比べ生まれながらに魔力量が桁違いに多かったようで。
『酒に寄った勢いで、童貞の血を吸っちまって死んだのは良い笑い話だな、ハハ』
「へー」
伝記には書いてなかったな。
そんな死因だったんだ。
『――ったりめぇだろ。誰が〈魔女〉ルージュは童貞の血を吸ってポックリ死んじまいました、なんて記述すんだよ』
そりゃそうだ。
伝記を含めた歴史書は、大概が綺麗に盛られている。
「メノア様も気を付けて下さいね」
『……ぁ?』
「酒の飲み過ぎに。〈魔女〉ルージュと同じ末路にならないように」
『ハッ。期待しているとこ悪いが、私は泥酔しない』
「別にこれっぽっちも期待してません」
『私は節操のないヤリチンにしか興味はない』
「それはそれで、どうなのかな」
『冗談だ、阿呆め』
「なんだ冗談か」
『幼気な童貞が恥ずかしそうに、もじもじするのを見るのは好きだがな』
「聞いてない。気持ち悪い」
僕は幹から手を離すと、飛来した矢を掌で払い落とす。
ここまで追いかけてきたヴェガが、石板を背にロングボウを構えていた。
『私の趣味嗜好だ。お前如きに否定される謂れはない』
「否定はしてません。ただの感想です」
瞬間的に放たれた十本の矢を避け、僕は手にした暁灯瑠刀フォルラリスを投げる。
音速を超えた大太刀は、荒れ地の咆哮の中空を直線に進み、ヴェガの胴体を貫いた。
勢いは収まらず、ヴェガを石板に磔にする。
暁灯瑠刀フォルラリスと僕は、意識が繋がっている。
それを経由して、魔力を送れば《魔法》が発動出来た。
ボッ、と黒い火の粉が上がり、ヴェガの全身が燃やされる。
《呪いの灯火》だ。
騎士甲冑の内側、ヴェガという人形を構築する奴隷の魂を焼いてやった。
ガイアは《呪いの灯火》が効かなかったけど、対してヴェガは炎に弱いのかな。
『さあな。作った本人に聞けよ』
目の前の空間が、グニャリと歪む。
《次元歪曲》で転移してきた妖亜が現れた。
「いやはや、流石はノワールさん。完全体ではないというのに、凄まじい魔法技術ですねぇ。嗚呼、実に羨ましい。妬ましい。……そして、美しい」
登場をして早々、妖亜は意気揚々と喋りだす。
彼女を中心に、霧が立ち込み始めていた。
「私の許可無しに《快庭煙》を脱するのは不可能なのですが……どうやったので?」
「何も。君の亜空間を構築するスキルが稚拙だっただけでしょ。自身の力不足を誤魔化すのはやめなよ。滑稽だよ」
「手厳しいですねぇ~。単純にノワールさんがおかしいだけなのですが~。同僚と言うと語弊がありますけど、〈魔王〉……それに〈神族〉でさえ閉じ込められる亜空間なので~」
「メフィストテスも?」
「ええ」
「メノア様も?」
「ええ」
『嘘つけ』
「凄いね」
パチパチ、と僕は乾いた拍手をした。
手ぶらで妖亜と向き合って。
「じゃあ、〈魔女〉の育成にはピッタリな環境だね、うん」
妖亜の眉が僅かに痙攣する。
薄紫の紅が塗られた唇が狐を描いた。
「……いつ、お気付きになられたので~?」
「何が」
「私が、ここ荒れ地の咆哮で〈魔女〉を人工的に作ろうと試みていることに、気が付いたのでしょう?」
「へー、そうなんだ。大変そうだね」
僕は呆けた表情で言う。
それを見返す妖亜の頬が引き攣った。
「……〈魔女〉のことを仰っているのでは?」
「ん? そうだけど。〈魔女〉で合ってるよ。でも君の実験に関しては、いま初めて聞いたかな。〈魔女〉を作ろうなんて馬鹿の考える事案だけどさ。まあ、適当に頑張ってね。応援はしないよ」
『噛み合わんな。お互い、違う〈魔女〉を考えてないか』
――どうだろう。
僕は〈魔女〉ルージュのことだと思って発言してるけど。
てっきり、妖亜は荒れ地の咆哮で〈魔女〉ルージュを復活させようとしていたのかと。
「〈魔女〉ってさ、ルージュを指して言ってるよね?」
「……はい? いえ、違いますが」
「え……?」
粒子が舞い霧が漂う荒れ地の咆哮に、沈黙がおりる。
妖亜は革手袋を嵌めた右手で顔を覆い、そして――。
「やれやれ。私としたことが……ノワールさんのカマかけに引っかかるとは」
「勘違いして自白しただけじゃない?」
『根本的に頭の悪さが目に見えて出たな』
それって、僕も入ってますか。
『当然の事実を疑問にするな。そういうところを言っている』
すみませんでした。
反省しています。
『お前は本音を出さないし悪さをしようが、とりあえず相手が許すまで謝れば済むと思っている節がある。かといって、自省もしない。故に、態度が一向に改善しない。永遠の畜生というわけだ』
嫌な結論に至った。
せめて期限のある畜生にしてもらいたい。
【次話予告】
〈魔女〉が眠る地で対峙する〈魔王〉と邪神――。




