第2章 第53話 魔王を凌駕する不完全
僕は賢い人間ではない。
どこぞの意地汚い女神様の都合で、〈邪神族〉に人体改造され転生をしたので、人ですらない。
まあ、そんな種族の定義など、この際どうでもいいし、何なら然程気に留めていないのだが――。
とどのつまり、僕は阿呆である。
『今更、改まって自己紹介をしだしてどうした。お前が考えなしの阿呆なのは、いまに始まったことではないだろう。お前は元来、阿呆……途方もない阿呆だ』
そう何度も、連呼しないでもらいたい。
傷付いてしまうよ。
『馬鹿言え。お前がそんな繊細なわけあるかよ。それに、言い出したのは……自虐したのはお前だろうが。あと、人体改造ではない。ノワールの身体に施したのは、もっと尊いものだ』
ほう、そうなんですか。
失礼しました。
『俗に言う、呪物生成である』
「言わないでしょ、俗には」
聞いたことがないし、僕は呪物だと思われているのか。
そんな禍々しい根源を宿してはいないのだけど。
『私だ』
メノア様が堂々と言った。
方向性としては間違ってはいないと思う。
――だが。
「メノア様は呪物というより、僕のことを盗聴や盗視しているストーカー予備軍かと」
『どれも私に当て嵌まるな。うむ、流石は稀代の女神、メノアである』
ハハッ、とメノア様が高笑いした。
何が流石なのかは、追求しないのでおこう。
どうせ、陳腐な持論しか返ってこない。
『それで? なんだって急に自画自賛したんだよ』
自画自賛をした記憶は無いですが、僕が自身を阿呆と批判したのには理由があります。
へー、とメノア様。
明らかな無関心。
聞いてきたのは、メノア様なのにな。
僕は阿呆です。
『愚鈍な』
ですが、そんな僕でも――
僕だからこそ、解る理論がある。
『何が理論だ。ただのお人形遊びだろ。遊びに定めれた理論も筋が通った方程式もありゃしない』
あはは、と僕は内心で微苦笑する。
距離をとり対峙している漆黒の騎士、ガイアを見た。
子供のお人形遊び、というには少々歳はとり過ぎているが。
――チラリ。
妖亜を一瞥すると、彼女はニマニマとこちらを観察していた。
視線をガイアに戻し、僕は柄を握る掌に力を入れる。
「メノア様の仰るように、お人形遊びに変わりはありません」
『当然だ。私の見解に間違いなど無い……いつだってな』
「しかし、この無垢なお人形さんには……そう、不純物が混入している」
『無垢……?』
対象の魂さえ精査し解析する、僕の《魔眼》――《深純の魔眼》には、全て映っている。
ガイアの外側と内側。
傀儡の騎士となった元の素材が。
《深純の魔眼》で見えた、僕の視界。
ゆらりゆらり、と朧げで微弱な波が、騎士の中で揺れている。
その周りに幾つもの、判別が難しい雑然とした色合いが溶け合っていた。
妖亜は言っていた。
数万の奴隷を生贄に完成させたのが、ガイアとヴェガだ、と。
この歪に溶けている色が、用いられた奴隷の魂なのだろう。
年齢や性別、人種でさえバラバラなそれら。
ただ《魔法》で融合するだけでは、器とする騎士甲冑に押し込めた途端、魂が混ざって大変な事態になる。
下手をすると、魔力で繋がっている術者の妖亜の魂にも悪影響が出るかもしれない。
魂とは、繊細な代物だ。
『お前と違ってな』
故に、その扱いは人外の領域。
魂に干渉する秘術を扱えても、制御する力量が備わっていないと、破滅的な結果となるだけ。
そこに関しては、妖亜の十八番だ。
どういった工程で騎士を生み出したのか問い質しはしないし、その猟奇的な所業を糾弾したりもしない。
だが、彼女の手際の良さには素直に感心する。
月並みの融合系統の《魔法》程度では、魂が壊れて終わっていた。
そうならず、歪み合った哀れな魂を有効活用している手腕は見事なもの。
『感心してる場合か?』
と、メノア様が口にお菓子を含ませた状態で注意する。
前動作無しに、ガイアが接近した。
その巨体に似合わず、随分と身軽な動き。
全身を固める鎧と同様に、漆黒に輝いた長い得物が煌めいて――
キィンッ!! と甲高い音と響かせ、僕はロングソードを暁灯瑠刀フォルラリスで上に弾いた。
僕は間近で、瞬時に分析を済ませる。
ガイアが手にしたロングソード。
これは甲冑と一緒に用意された市販品。
特段、警戒をするような能力が隠されているわけでもない。
それでも、魂の受け皿に使われる位なので、耐久性や魔力との互換性はあるようだが――。
「こんなとこにお金使うなら、自分で戦えばいいのに。経費の無駄でしょ」
「あははは~、私は商会の会長ですので~、雑事は他人に丸投げするのですよ~。汚れ仕事はしない。責任は部下に押し付ける。これ、経営者の美学です~」
僕の呟きが風に乗って聞こえていたらしい妖亜が、ピンと指を立て語った。
《悪戯な精霊の隠れん坊》で、ガイアから離れる。
瞬間、ガイアの姿が横にブレる。
意識を向けていた僕は鋭敏に対応。
ガイアの急接近、そしてロングソードの横薙ぎを予測して、暁灯瑠刀フォルラリスを振った。
しかし。
――ブラフ。
ガイアの気配があるのは、背後だ。
気付いたときには、僕の首筋に漆黒の鋼が添えられていて――。
ロングソードの厚い刀身が、細い首に接触。
金属が弾け飛ぶような音が耳元で鳴った。
それはガイアの振るうロングソードが折れた音だった。
宙に舞った刃先が、地面に刺さる。
僕は何もしていない。
簡単な理屈だ。
ロングソードの強度が、僕の《魔力障壁》に負けた。
妖亜の技術により改造された移動速度は、驚異的と言える。
僕でも気を抜けば、見失ってしまう。
加えて操られる人形でありながら、戦闘に於いて相手の虚を突ける思考力。
妖亜が珠玉と紹介したのにも頷ける。
なかなかに高性能だ。
「……けど。贔屓が入っているね」
僕は右足を上げる。
その場で足踏みをした。
ドゴオォォォォォンッ!!! と地表が弾け、そして裂ける。
空間に凄絶な震撼を与えた。
衝撃で足元が僕を起点に蜘蛛の巣状に割れ、ガイアの巨躯が中空に投げ出される。
「これは……」
そう遠方で驚嘆しているのは、妖亜。
ヴェガは主人を守るように構えていた。
――殊勝だね。
と、僕は流し目を向けあざ笑う。
何をそんなに驚いているのか知らないが、僕は《魔法》を使っていない。
足を上げて、地を踏み抜いた。
動作を言葉にすれば、それだけのこと。
「確かに、妖亜……君が言う通り、僕は弱体化している。……いいや、それは正しいとは言えないか。いまはまだ全盛期の力を取り戻していない……それが適切かな、うん」
――だけど。
驚愕の眼差しで僕を見る妖亜に言ってやる。
「君の基準で、価値観で……僕を図るのが、そもそもの誤りだ。僕は不完全な段階で、既に〈魔王〉を凌駕している」
「……あっはは。何を馬鹿な……」
そう反駁する妖亜の声には、力が入っていない。
現実を認められずにいた。
「僕は馬鹿じゃない」
『そこはどうでもいいだろ』
「僕は阿呆だ」
『そこはどうでもいいだろ』
「妖亜君はさ。メフィストテスの命令で、僕に会いに来たんだよね? ありがとう、嬉しいよ」
僕は衝撃の風圧で散った石片、その一つを手で掴む。
掌の上で投げて遊びながら。
「それについて必死に弁明する気も起きないけど……メフィストテスは、相変わらず浅慮だね。ううん、短絡的かな? ……どっちでもいっか」
メフィストテスの真意は、不可解だ。
知ろうとも思わない。
聞いたところで、僕の純粋な心では理解しがたいだろうし。
『そうだな。あの女狐の思想を考えるのは、人生の貴重な時間を無駄にする愚かな行為だ。私も分からん……純粋なのでな、ははっ』
自分で言っていて、笑えてきたらしい。
僕は石の破片をバシッと掴み取る。
「メフィストテスは一旦置いといて……君の目的は、メフィストテスとは異なるよね。過程で共通するから従っているのであって、別に全面的な忠誠を誓っているわけじゃない」
「あははははは~。悍ましいことを仰る。私がメフィストテスの臣下に下るなど、絶対にありえない」
「さん、が抜けてるよ」
「おっと、失礼~」
そう形式的に謝罪を述べる妖亜は、しかし。
細長い瞳に表れているのは、僕に対する警戒と畏怖。
双方の感情が拮抗し、だがそれでも薄笑いで応じている。
〈魔王〉としての矜持か、商人としての虚栄心なのか。
「君が誰に媚び売ろうと勝手だけどさ、商人を騙ってるんだとしたら、もう少し判断力を養った方が身の為だと思うよ」
「有難いご忠告を、どうも~。しかしながら、それは余計なお世話というもの。いやはや、ノワールさんは私を育てた昔の上司のような戯言を仰る」
『こんな死刑囚も真っ青の変態野郎を部下にするとは、どこの物好きだ』
「悪気は無かったんだ、ごめんね。……だけど、事実だしさ。君は……取引する相手を間違えた」
「何を……っ!?」
僕は軽い力で、手首をスナップさせる。
――シュンッ!
と、小さい石が風を切った。
弾丸に迫る速さのそれが、妖亜の耳を掠める。
一瞬遅れて、妖亜が苦悶の表情で指示を飛ばす。
「ガイア……ッ!!」
怒鳴られた騎士は、だが――。
呼びかけには応えない。
「残念。もう斬ったよ」
投石で意識が逸れた間に、《悪戯な精霊の隠れん坊》で妖亜の間合いに入った僕が告げる。
後方、濃霧が被さり土煙が舞い散る上空で――。
粉々に裂かれる騎士甲冑。
その中身は人ではないので、肉は無い。
代わりに、蒸気のような白い湯気が排出され霧散した。
ガイアと名付けられた器に入れられていた、魂だろう。
「……ッ!! ヴェガ……ッ!! 何をしているのですッ!! さっさと、その不良品を壊しなさい……ッ!!!」
ガイアの死に狼狽した妖亜。
だが、激情に駆られヴェガに命じる。
「凄い取り乱し様だね。さっきまでの余裕はどうしたの? 観客気分で見てたじゃん」
「――ッ!!」
下からの切り上げを、妖亜が身を反り回避した。
僕は追撃せず、《悪戯な精霊の隠れん坊》を使う。
いましがた僕がいた所に鋭利な漆黒が突き刺さっていた。
ヴェガがロングボウに矢をつがえている。
「良いね。剣より、そっちの方が僕好みだよ」
僕が口角を上げると同時、弦が撓み矢が放たれた。
鈍色に漆黒が塗られた鏃が、僕に飛んで来る。
《悪戯な精霊の隠れん坊》に《飛行魔法》――《飛翔浮力》を乗せ、機動力を上げる。
「鬼ごっこは得意かな?」
そう焚きつけると、僕は矢を斬り落とし林の中に入る。
顔だけで振り返れば、ヴェガが背に翼を広げているのが分かった。
バサッ、と羽ばたかせ僕の後を追う。
僕は前に向き直り、雑木林の合間を縫って飛ぶ。
右に左に木々を避け、深奥に行った。
この空間は、現実とは切り離されている。
妖亜が創った亜空間――《快庭煙》だ。
なら、そこには限界がある。
無制限に雑多な林が広がっているわけではない。
《次元歪曲》で脱出する手立てはあるが、それは無粋だ。
『無粋なのはお前だ、ノワール。付け加えれば、愚かだ。余興に時間をかけ過ぎだ』
そう急がせないで下さい。
考えがあっての行動なんですよ。
『期待してないが、聞かせろよ』
「不思議には思いませんでしたか?」
『何が』
「妖亜の行動が、です」
『あの女は、ずっとおかしいが? 飯食うときに、箸一本で食い物を刺して口に運ぶような奴だしな』
その食べ方は初耳ですが、違います。
僕が言いたかったのは。
「彼女がガイアとヴェガを召喚するのに発動した《魔法》――《夕闇に沈む遺灰の静寂》のタイミングです」
僕は根本に人一人通れる程の洞穴がある木を見つけた。
そこに飛び込み下降する。
「戦っていて感じましたが……妖亜が、本気で僕を滅ぼす意思は無いと思います」
メノア様は共感や反論もしない。
思案しているのか聞いていないのか。
――うん。
後者だろう。
「――なのに、あんな大技を魅せてきた。召喚された騎士の性能は劣等でしたが、《召喚魔法》自体は緻密に練られたものでした」
『生まれ変わって皮肉を言うのが上手になったな、ノワール。取るに足らないおもちゃの出し入れを、さも必殺の技のように嬉々として披露した小娘を、すごいすごいって褒めてるんだろう?』
メノア様が侮蔑を抑えきれず、クククッと嗤う。
表情は伺えないが、きっと気持ちの悪い顔が醜悪に歪んでいる。
僕は穴の奥、白い光の点を目指し下りていった。
この先で、〈魔王〉とのつまらない再開を終わりにしよう。
【次話予告】
奴隷商を騙る〈魔王〉が明かす本心――。




