↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
神を滅ぼす機巧人形編
57/62

第2章 第52話 奴隷商人の誘拐

 深閑とした空間だった。

 寒々しい静けさに満ちたそこは。

 ――記憶領域の螺旋書庫(アレリラルイスカ)。

 ヴァミリド神教国を母体とする宗教団体、星灯録(せいひろく)教会が崇める女神である、ベルザの異界だ。


 魔力の流出を阻害する鉱物、淵鉱(えんこう)を用いて築かれた壁に閉ざされている、円形の空間で――。

 その硬い壁を刳り貫いて常備されているのが、壁一面に並ぶ書架である。

 分厚い書物が、びっしりと敷き詰められた棚は隙間がない。

 空間の中心には、上と下を繋いでいる螺旋状の階段が連なっていた。

 しかし、その螺旋階段は書物が置かれた棚とは隣接しておらず、どういった経緯で建造されたのか、用途が不明瞭に思えた。

 はなから、階段としての機能は求められていないのかもしれない。

 書架と螺旋階段の間は、谷間のような深さで床と天井が見えなかった。

 彼方まで、無数の本と棚で埋め尽されている。


 記憶領域の螺旋書庫(アレリラルイスカ)は、女神が構築した異界だ。

 外界の常識が通じない。

 そんな女神の秩序で創造された異界が、どういった構造かを推し量るのは〈神族〉と同格の存在でもないと、徒労に終わるだろう。


「そう言えば……カノンが死んだってさ」


 無音の異界に、声が聞こえた。

 全体に男児の声音が響き渡る。

 見れば、螺旋階段の中程に人が寛いでいた。


 ――いや。

 それは、〈人間族〉に該当する種族ではない。

 外見上は上記で間違いないのだろうが、しかし。

 此処、女神ベルザの異界――記憶領域の螺旋書庫(アレリラルイスカ)にいる時点で、その者が下界の生物とは異なるのは明白。

 子供用に作られた黒いタキシードを着こなし、首元には蝶ネクタイを下げている。

 白と黒で纏められた装いに、濡羽色の異色が際立っていた。

 顔の上半分を隠す鉄仮面だ。

 何らかの獣を象っているのだろう。

 狼の顎(あぎと)に、鹿のように枝分かれした角が生えている歪な形状をしていた。


「いや、勝手に殺してやるなよー。可哀想だろ、エリアルが」


 ――あっはははは。

 と、心配している様子が微塵も感じられない女児の笑い声。

 姿は見えないが、声の方向からして上階にいるようである。


「そっち? カノンの身を案じてあげなよ」

「必要無いっしょー……てか、もう死んでんだし? 心配するだけ損じゃない?」

「泣いてたよ、カノンが死んで」

「誰が?」

「彼の契約者、女神エリアルが」


「随分と堅苦しい言い方をするねー。そんな清廉な関係でも無かったでしょ。いつから、管理者の閲覧会(アグレスタ)に媚び売るようになったのさ、ソトース」


「ボクは事実を言っただけだよ、ドロシー。媚びてもないし……まあ、口は出すけど」


 それを聞いて。

 ――あははははっ。

 と、ドロシーが無邪気に笑った。


「ついでにさ、ソトース」

「なに?」


「手も出しちゃえば? 傷心中のエリアルを精神的に追い詰めるチャンスじゃない? 管理者の閲覧会(アグレスタ)の執行者が堕ちるなんて、ここ数百年無かった大事なんだしさ」


「無理だよ。ボクじゃ、逆立ちしてもエリアルには勝てない。ボク、めっちゃ弱いもん」

「じゃあ、逆立ちした状態でバク転したら、どう?」

「勝てる、かも」

「さっすがアタシのソトース、やるじゃんよ」


 どういう基準なのか。

 褒められたソトースは、何故か自信ありげだった。


「――でも、わざわざボクが出張る必要は無いかもね」

「えー、そうなのー? 残念だなー」


 と言うドロシーも、現況は既に理解済み。

 エリアルにちょっかいをかけるつもりは無かった。


「ベルザ様が事後処理に出向いて行ったし……何か、色々大変みたいだよ」

「ふーん、そうなんだー」


「カノンが死んで、そのせいで管理者の閲覧会(アグレスタ)の議会にあらぬ疑いを向けられたらしいね」


「あーね? 確かに、あそこの老人連中はベルザ様のことを……というか、〈神族〉のことをあんまし良い感じには思ってないもんね。ついこの前も〈魔女〉の禁術が、あーだこーだって煩かったし」


「うん。まあ、〈魔女〉は兎も角として……今回の件に関しては知らぬ存ぜずで通すには、少し事が大き過ぎるんだよ」


「そうかなー? 馬鹿な堕天使が下手打っただけっしょ」


 ドロシーが、そう切り捨てる。

 しかし、ソトースが把握している状況は戯言で片付けられるものではかった。


「普段、これといった悩みも抱えてないドロシーにしたら、なんでもない事柄なのかもしれないけどさ……」


「いやいや、失礼だなー。アタシだって? 悩みの一つや二つ、あるし?」

「そうなんだ、ごめんね」

「教えてほしい?」

「いい」

「分かった、教えてあげるね」

「……いや。否定的な意味の、いいってこと」

「最近さー……」


 と、ドロシー。

 どちらにしろ、話したいようだ。


「寝癖が酷いんだよねー」

「ちっさ」


 思い悩むほどでもない。

 聞いて損した、とソトースが溜息をこぼした。


「ちゃんと髪を乾かさずに寝るからでしょ」

「えー! だってさ、だってさ! そんなの時間の無駄じゃんよ!」

「その無駄を省いた影響で、ドレッドヘアーみたいな寝癖を生み出したんだよ」

「良いね! なんか、かっこいい!!」

「そう……?」

「うん! イメージチェンジってことで、良しとしよう!」


 ドロシーは快活に言った。

 本人がそれで納得したなら、ソトースも叱責はしない。

 手元に用意していた魔導書に目を落とす。

 表紙を捲り、黙読しようしたとき――。


「貴方達はいつもいつも、騒がしいですね。ここは静謐と清浄が凝集された女神の図書なのですよ。少しは、その発情期の〈豚鬼人(オーク)〉より耳障りな鳴き声を沈めて下さい」


 カツカツ、と足音が鳴って。

 螺旋階段を上がって来たのは、鴉の嘴を象った濡羽色の鉄仮面を着け、踝丈のローブを纏った修道女(シスター)。

 その右手には、瑠璃の灯火が漏れる角灯(ランタン)――黄泉灯(よみとう)アルスタラを下げている。

 異界、記憶領域の螺旋書庫(アレリラルイスカ)の主、女神ベルザだ。


「……あ、ベルザ様……おかえりなさい……」

「あはっ! ベルザ様だ、おかえり~」

「ただいま、ソトース。……それと、小うるさいドロシー」


 ソトースには、ニコリで微笑んで――

 対してドロシーには、嫌味を返した。


「ベルザ様、ひどーい。ドロシー傷付いちゃったぞっ」


 えーんえーん、とドロシーが嘘泣きをする。

 そういう態度も慣れたものなのだろう。

 相手にせず、ベルザは告げた。


「昨夜、星々の墓場――女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)にて、管理者の閲覧会(アグレスタ)の一席である執行者、《碧落(へきらく)》のカノンが凍結されました」


「え……? 死んだんじゃないの……ですか?」


 ソトースは魔導書を閉じて、疑問を口にする。

 外界――レネイストに放っている眷属からは、カノンが死んだと耳にしていた。


「うーん、どうでしょうねー」


 と、ベルザ。

 ソトースの横に腰を下ろして続ける。


「最終的には死に至る……のかもしれませんが」

「かもしれない?」


「ええ。まだ、確定事項ではありませんので。現段階で死亡とは断定出来かねます。封印……いえ、就寝が近い状態でしょうか」


「寝不足なの……ですか? カノンは」

「無理して敬語を使わないでいいですよ、ソトース」


 ベルザが口元に優しい笑みを浮かべ、ソトースの頭を撫でる。

 感情を表に出さないソトースは、しかし心なしか嬉しそうだった。


「管理者の閲覧会(アグレスタ)は過酷な労働環境ですし、常時深刻な人手不足です。執行者の業務も年々、増え続けています。昨今では〈魔王〉の侵略行為や〈魔女〉の生誕も重なり、執行者だけでは補いきれない御時世に変わりつつある」


 ――カランカラン。

 ベルザが黄泉灯(よみとう)アルスタラを揺らす。

 そこから漏れる灯火を、ソトースがジッと見つめた。


「星骸暦(せいがいれき)から現代――紅凱暦(こうがいれき)に改暦し、世の中の……下界の情勢は日々変化をしています。その変わりようは、最早管理者の閲覧会(アグレスタ)が管理できる社会ではない。彼らの、星の管理者としての役割は、とうの昔に廃れていたのでしょう」


 ベルザの声色は、この書庫の空気よりも冷えていた。

 鉄仮面に隠れた瞳で、中空の先を見据えるベルザは。


「――っと、すみません。傍観主義を謳っている私にしては、随分と踏み込んだ話を展開してしまいましたね」


 ソトースは何も言わない。

 真剣にベルザの発言を聞いて考えていた。

 それが分かっているのか、ベルザはもう一度頭を撫でる。


「此処、記憶領域の螺旋書庫(アレリラルイスカ)は入り組んだ歴史を語る講義室ではありません。世界の……星の歩みを記録し保管する、女神の清浄な領域」


「あはっ、その清浄って言い回し好きだよねー、ベルザ様」


 と、これまで黙っていた。

 否、興味が湧かない話なので聞いていなかったドロシーが茶々を入れる。


「陰湿な女神様がいる時点で? この異界は清浄とは程遠い、きったない瓦礫の集積所だと思うなー」


 ――クスクスクス。

 ドロシーが含み笑いをした。

 そんな躾のなっていない女児に、ベルザが。


「やれやれ。瓦礫ではありません。歩みを記録する書物ですよ。何度説いたら、その出来の悪い頭に刻まれるのやら」


 ベルザが螺旋階段の支柱に掌をあてる。

 すると、異界が脈動して――。


「ふぎゃあああっ……!!」


 離れた上階で、ドロシーが悲鳴を上げた。

 ソトースが呆れたように、しかし僅かな笑いを滲ませ口元を歪める。

 彼にはベルザが、何をしたのか見当がついたのだろう。


「悪い子にはお仕置きが必要ですからね」


 ベルザも本気で怒っているわけではなかった。

 舐めた口をきいた娘を叱っただけ。

 うー、と呻いているドロシーを放って、ベルザが言う。


「ドロシーは物覚えが悪いですが、一つ勘の良いことを発していましたね」


 ソトースが顔を向ける。


「陰湿な女神……彼女、メノアに相応しい蔑称です」

「いや、それベルザ様を指して言った……何でもないです」


 ベルザに微笑まれて、ソトースは押し黙る。

 上位の存在であり、主人でもあるベルザに言い返す胆力は持ち合わせていなかった。

 ベルザの意見を否定でもした日には、その黄泉灯(よみとう)アルスタラで魂を黄泉の世界に送られるだろう。

 ドロシーが優しいお叱りで済んでいるのは、そういう性格だと割り切られているからで――。

 しかしながら、ベルザという女神は気分屋だ。

 些細な反論で不機嫌になり、滅ぼされないとも限らない。

 それが千年近い時を過ごし付き従った、ソトースであろうと。


「女神メノアは……いえ、あの自称女神を正式に女神と呼称するのは、私の沽券にかかりますのでやめましょう」


 ベルザが唾棄する。

 そして、改めて口を開いた。


「イカれクソアマは、私との誓約を破りました。これは大変、遺憾なことです。ええ、私はとっても怒っちゃっていますよ、ぷんぷん」


 と、起伏のない声で怒りを表す。

 傍から見ると、平常に思えるが――。

 ベルザと長い付き合いのソトースは、内心で慄いていた。


「それは……何に対して、でしょうか……? 神殺しの〈勇者〉灰(かい)を、身勝手に〈邪神族〉へと転生をさせたこと? 転生をしたノワールを、力に制約がかかる女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)で滅ぼす計画を反故にしたこと? それとも、言い訳にもなっていない自分語りとポエムが混じった、恥知らずな手紙を送り付けてきたこと、かな?」


「全部ですよ、全部。あまり思い出させないで下さい、ソトース。怒りのあまり、思わず貴方をうっかり殺してしまうかもしれません」


「ごめんなさい。お口にチャックしておきます」

「賢明ですね。私のストレスを発散する矛先にならないよう、気を付けて下さい」


 ソトースが人差し指と親指の腹を合わせ、口を閉じる仕草をした。

 簡潔に出来事を要約しただけだったのだが、ベルザの気分を害したらしい。


「あのイカれクソアマが馬鹿げた真似をしでかそうと、どうでもいいんですよ、どうでも。私は清廉潔白で、人々から愛され敬われる女神様なので、器がすんげー大きいのです」

「すんげー……」

「――ですので、メノアが私を裏切ったことは、ちっっっっっとも気にしていません」


 凄い気にしている、とソトースは思った。

 だが、賢いソトースは指摘をしない。


「それより、いまは〈魔王〉の方が問題……大問題なのです」

「〈魔王〉……?」


 ――はて。

 ソトースが小首を傾げる。

 勿論、〈魔王〉の存在は知っているが、それがどうしたのか。

 大昔には、少し〈神族〉と〈魔王〉でいざこざがあった。

 けれど、最近は争いになるような事案は起きていない。


「はい、〈魔王〉の一角……奴隷商人の妖亜(ようあ)が、私の管理している孤児院から、数人拉致したのですよ」


「命知らずですね。ベルザ様の所有物を略奪するなんて」

「そうでしょう、そうでしょう」


 共感されて、ベルザが満足そうに頷いた。

 打って変わり、冷血に続ける。


「そんじょそこらの小汚い餓鬼共だったら、野垂れ死のうが人体実験の被験者にされようが、どうだっていいのです。……しかし先日、〈魔王〉妖亜(ようあ)が盗んだ、私の可愛い子供達の中にはお気に入りがいました」


「――と言うと……ガイアとヴェガ、ですか」


「はい。彼らの魂は清廉で美しい。成長の輝きを秘めた、他に代えがたい個体でした。……なので、私が自ら孤児院の修道女(シスター)になり、私の絶大な包容力で二人を愛し育てていたというのに……」


「ベルザ様が管理者の閲覧会(アグレスタ)に、先の件で呼び出しを食らっていた頃を見計らい、拉致されたわけですか」


「いえ、時間的には議会の尋問は終わっていました」

「……じゃあ、なんで?」


 ベルザが管理者の閲覧会(アグレスタ)に出向いていたのは、約三時間。

 盗みを働き逃げるには十分な猶予ではある。

 隠蔽工作や誘拐が得意な妖亜(ようあ)には、容易な犯行だろう。


「そのー……」

「……?」


 言いづらそうなベルザ。

 ソトースは怪訝に思いながらも待った。

 ――数秒の沈黙。

 意を決したのか、ベルザは口を開いた。


「仮に……仮にですよ? 私が他所様の下着を盗んだとして」


「なるほど。全て、理解しました。尋問終わりの帰り道に、幼子の下着を物色していて帰宅が遅れた。荒い鼻息で生暖かいパンティーに興奮していた同時刻に、あろうことか〈魔王〉妖亜(ようあ)に孤児院の子供を攫われていた、と」


 ――下着の泥棒。

 ベルザと関わりの無い者が聞けば、唐突に何を言っているのやら、と思うのが普通の反応だ。

 しかし、ベルザの本性を熟知しているソトースは、最初の発言で全容を察した。

 星灯録(せいひろく)教会に崇め祀られている清廉な女神ベルザは、脱ぎたての下着を収集するのが大好きなのである。


「待って下さい。私が盗んだのは水色の絹で縫られたパンティーですが、温かさは感じませんでしたので、洗濯後のパンティーだと思いますよ?」


「詳細な色と素材は聞いていませんが、盗んだのは認めるんだね、変態ベルザ様」


「うっ……謂れのない誹謗です。長年連れ添った眷属に変態呼ばわりされるとは、私はなんて哀れな女神様なのでしょうか」


 およよよよ、とベルザが手で顔を覆う。

 わざとらしい演技だ。

 ソトースは視線を外し、胸中で呆れる。


(本人の性質が起因しているのはそうなんだろうけど……絶対、ドロシーの性格はベルザ様の人柄が反映された結果だよなぁ)


 それが良いのか悪いのか。

 ソトースは考えるのをやめた。

 《魔法》で召喚された従魔(じゅうま)や、人工的に造られ支配された傀儡が、創造主の人物像に影響され似るのは、結構あることだった。


(その点、〈魔王〉妖亜(ようあ)は別格かもしれないね。彼女は支配に長けていて、自身の望む形で傀儡を使役出来る。改造を施した人形の性能を底上げするのも簡単だろうし)


 と、分析をして――。

 ソトースは読みかけの魔導書の頁を捲った。

【次話予告】

〈魔王〉により盗まれ改造された傀儡――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。