第2章 第51話 傀儡の騎士
僕は空を見上げた。
勿論、天気は分からない。
此処は魔素に包まれており、そして妖亜が展開した亜空間――《快庭煙》である。
外界とは切り離されているので、元いた峠道がどうなっているかは確認のしようがない。
『あるだろ、ボケが。さっさと《次元歪曲》で転移すりゃいいだろ。魔力の放出に制限がかかっていた女神の聖杯機とは違うんだからよ』
言われずとも理解している。
『分かってるんだったら、やれよ。時間の無駄だ』
そんな苦言に、僕は肩を竦めて息を吐いた。
この女神は、危険を楽しむということを知らないらしい。
『面倒事に興じる趣味は無い。相手が他者を金稼ぎの奴隷としか思っていないクソ悪魔だったら、尚更な』
ああ、そういえば――。
妖亜は〈悪魔族〉でしたっけ。
それが進化して、〈魔王〉になった。
『その女の経歴なんて、どうでもいい。話は終わりだ……さっさと片付けろ、ノワール』
メノア様は、妖亜との会話に飽きたようだった。
僕も、長引かせる気はない。
星凱帝やエレンに関して、重要な明言があったけど、聞かなかったことにしておこう。
「ごめんね。僕は馬鹿だからさ、難しい政治の話とかはあんまり付いて行けないんだ」
「私は政治の話をしているのではありませんよ~」
「そうなの?」
「ええ~。これは、単純明快な処世術です」
「そんな話だったかな」
「分かりませんか? 私は星灯録教会の枢機卿ドミニクさんより、当代の星凱帝エレンさんの暗殺を依頼されました~」
「うん」
僕は首肯する。
さっき聞いたばかりだ。
蜘蛛の巣のペンダント――女神の聖杯機に通じる入口の鍵だと言っていた貴金属を、手の中で弄びながら妖亜が続けて言う。
「私は世間的には〈魔王〉と恐れられていますが、しかしそれ以前に私は商人……奴隷商です」
「恐れられてるというか、気味悪がられてる思う」
「どちらも同じですよ」
「そうかな」
「――なので、私にとっての優先順位は商売が……利益が先に来る」
「気味悪い奴隷商だしね」
「なんとでも言っていただいて。……私の客観的な評価がどうあれ、商人に必要なスキル……それは経済社会を把握し取捨選択する、処世術です」
「僕は依頼をしに来たのであって、講演会を聴きに来たわけじゃないよ」
『私も妖亜と再開したのは数百年ぶりではあるが……相も変わらず話が長い上に、婉曲な説明が多分に付属してやがるな。結局、何が言いたいのか小一時間は掛かりそうだ』
勘弁してもらいたい。
そんな時間は無いし、あっても付き合いきれない。
「君の悪い癖だよ、妖亜君。話を纏めず考え無しに発言している」
『お前もだろ、それは』
「いやいや、そんなことありませんよ~? 私だって、色々と考えて物を言っていますし~」
「例えば?」
「そうですね~……貴方の背後にいるだろう女神、メノアさんを滅ぼせば~、創造物であり魂の回路が繋がっているノワールさんも連鎖的に滅ぼせる、といったことでしょうか~」
と、口元を歪めた妖亜。
僕は無表情で、メノア様に尋ねた。
――そうなんですか?
『……さ、さあ? そうなの、か……?』
何故、メノア様が答えを持っていない。
僕を創造した本人でしょう。
『私は時と場合によって、意見や立場を変える女神であり、決まった思想に囚われてはいないのだよ』
なるほど、八方美人で無知無能なわけか。
理解した。
『するな、クソが。……だがまあ、私を美人と評価したのは正解だ』
褒め言葉ではないですが。
メノア様は上機嫌に鼻を鳴らした。
暁灯瑠刀フォルラリスの先を地面に向け下げた状態で、僕は笑いかける。
「僕を滅ぼすのも、君の処世術なのかな?」
「どうでしょうねぇ~。……半分はそうですが……残りは私怨、ですかね~」
「誰の?」
「メフィストテスさんの~」
「怨まれる覚えは無いんだよなー。再三、弁解してるけどさ」
アルヴェルトの件とは、事情が異なる。
彼には明確な経緯があった。
しかしながら、メフィストテスとは顔を合わせた程度の認識しかない。
「ああ……私怨と言いましたが……すみません、訂正します」
と、妖亜。
どこか苦笑をするように言った。
「あれは、そう……身勝手な正義、でしょうか~」
「ふーん」
『ふーん、て』
「君も、その身勝手な行為に付き合ってるわけだ。メフィストテスも便利な駒を手懐けたものだね」
「懐いているつもりは、さらさらありませんが……長いものには巻かれるのが、私なので」
「良い処世術だね。來世では見習うことにするよ」
「空気が読めないノワールさんには、難解なのでは~?」
「どうかな」
適当に返答をして、僕は――。
《悪戯な精霊の隠れん坊》で、妖亜に肉薄する。
僕は宙を流れる風となり、背後を取る。
「後ろが好きですね~、ノワールさんは。そんなに堂々とやり合うのが怖いですか~」
「真正面から消耗戦を仕掛けるほど、僕は単調じゃないんだよ」
妖亜も目が、感覚が慣れてきたのだろう。
《悪戯な精霊の隠れん坊》で風と化している僕を、確実に肉眼で追っている。
こちらが背後に回ったかと思うと、即座に距離を取られてしまう。
一定の間隔を維持され、なかなか隙を見せてはもらえない。
それでも攻撃をしてこないのは、僕の暁灯瑠刀フォルラリスと、《理を変転させる幻惑の坩堝》を警戒しているからかな。
「君は逃げてばかりじゃないか。少しは、かかってきなよ。淫乱な〈聖女〉様、セラスは嬉々として向かってきたよ」
「アレ、と一緒にされるのは屈辱でしかありませんが……既に、アレと対面したのですね~」
「うん。幸運にもね」
『凶運だろ』
――いいや?
あそこで、『竜脈の畔』でセラスと出会えたのは幸せだよ。
『頭湧いてんのか、お前』
僕は胸中で笑う。
濃密な魔素を纏った妖亜が、高度を上げた。
「羨ましい……」
『……羨ましい?』
「――でしたら、私も彼女に劣らない技をお見せしましょうか~」
「良いの?」
「それが、ノワールさんのお望みなのでしょう~?」
「僕の希望は、君とバイバイして依頼を遂行することだよ」
「律儀な御方ですね~、ノワールさんは。流石は、私の親友だ~」
「ありがとう、親友」
『いつ、そんな間柄になったんだよ』
たったいま、です。
上に飛翔した妖亜が、中空を漂流する魔素を右腕に集める。
それを振り下ろすと、彼女は告げた。
「《夕闇に沈む遺灰の静寂》」
空気が揺らいだ。
ゴゴゴッ、と地響きが鳴って――
妖亜の左右に、大きな魔法陣が顕現する。
その術式の緻密さと、魔力の放出量。
並大抵の《魔法》ではないだろう。
これは《召喚魔法》かな。
僕もそれなりに知識があると思っていたが、しかし読み解けない。
見覚えのない術式だった。
「ノワールさんが転生をした後、私が数万の奴隷を生贄に完成させた、珠玉の一品……貴方にも模倣が不可能な代物。どうぞ、御堪能下さい~」
陶然と、そして悪辣に妖亜が嗤う。
それは姿態を現した。
魔法陣の縁を、内側から掴むようにして此方の世界に出て来る。
漆黒に黒光りした、鋭い手先。
魔獣の四肢かと思ったが、しかし――。
それが頭部を出すと、人形なのが見て取れた。
妖亜の左右に、それぞれ召喚されたのは――
全身を漆黒の鎧で包んだ騎士甲冑だ。
鈎爪の如き手甲には、ロングソードとロングボウ。
左右で異なる武器を所持している。
僕が《魔眼》で視れば、その二体の騎士は魔力で構成されているのが判明した。
――だが、これは。
『ハッ、妖亜の奴……使い捨ての奴隷を寄せ集めて、魂を融合させたのか』
騎士に感じたのは、妖亜の魔力ではなかった。
いや、術者である以上、魔法陣に流れるエネルギーは妖亜の物で間違いはないのだが、騎士の身体を作っているのは、また別種の魔力で――。
それらは歪に交わり合っている。
不思議なのは、反発していないこと。
『そこは融合が得意な妖亜様だ。上手に調整してるんだろうよ』
と、メノア様が皮肉まじりに嘲笑う。
通常、自身と他者の魔力は反発する。
磁力を想像すれば分かりやすい。
偶に相性が良いと互いに適合する場合もあるが――。
『私とお前みたいにな』
〈人間族〉に限らず、どの種族に於いても、外見や内面が同じ個体など存在しない。
顔立ちや性格の違い。
事細かい箇所を完全に真似するのは、その対象の情報の全てをインプットした機械でもないと無理な話だ。
人工的に造られた魔導技術の産物〈機巧人形〉には、それが可能――。
『だが、そのガラクタ騎士――〈機巧人形〉と言うには、あまりにお粗末な傀儡……塵だ』
僕は一瞬、〈機巧人形〉の中に、数多の魂を入れて融合したのかと思った。
人体実験を頻繁にしている妖亜の技量なら、簡単な事だろう。
けれども、妖亜にしては――
メノア様が仰ったが、粗末だ。
質の悪い、デク人形。
『良かったな、お前の仲間だ』
クックック、とメノア様。
生憎と僕は自らの意思で考えて動いています。
なので、騎士と同類ではありません。
『そうか? 私の命令に逆らえないお前は、騎士と形態が違っても性質は酷似していると思うがな』
「思い違いも甚だしい」
スッ、と僕は目を開けて――。
怜悧な眼差しで、騎士を睨み据える。
右側、ロングソードを持った騎士が得物を横に払うと、ブオンッと風が舞い霧が僕の身体に吹きつけた。
「行きなさい……ガイア、ヴェガ」
妖亜が手を翳し、騎士に命令を下す。
逆らう意思の無い騎士は、それに従い呼応した。
瞬間である。
右側の騎士、ガイアの目元が赤黒い発光をすると、僕は怖気を感じた。
《悪戯な精霊の隠れん坊》で霧となる。
直後、僕が立っていた所に、ガイアがロングソードを突き刺して。
――ボゴォォォンッ!
と、地面がひび割れ亜空間が軋む。
凄まじい移動速度。
僕の身体能力だけでは、間に合っていたかどうか。
そんな思い返す暇も与えられない。
ロングソードを抜いたガイアが踏み込み――
脚力で陥没した地面を蹴り、僕に突貫する。
霧と一体化している僕の位置を把握しているのか、ガイアの動きに迷いがない。
僕を目掛け、ガイアは刺突を繰り出した。
「驚異的な速さと力、だけど……」
冷めた心情で、僕は一閃。
その刃は、しかし《理を変転させる幻惑の坩堝》で歪められており、十を超える軌跡がガイアを斬ってみせた。
「意思がある分、アルヴェルト君の剣術の方がマシだっ……」
だった、と言いかけて――。
僕は再び《悪戯な精霊の隠れん坊》で隠れた。
ブオンッ、と風切音が鳴る。
ガイアがロングソードを横薙ぎに振ったのである。
斬った筈のガイアが、僕がいる方角に向き直った。
――無傷。
確かに感触はあった。
念を入れて、《理を変転させる幻惑の坩堝》も使った。
だが、裂傷が入っていない。
「回復、再生……それとも……」
そう憶測をしている僕を観覧して楽しんでいるのか。
ロングボウを持った騎士、ヴェガの側に滞空する妖亜が目を細め笑っていた。
――商品の実験か。
と、僕は内心で嫌味をこぼす。
ガイアの性能は不明だが、思惑は察せられた。
チラッ、とヴェガの方に横目をやる。
妖亜の横を離れようとはしない。
僕に矢を放つ兆候も見られなかった。
単なる護衛なのか、ガイアが倒されたら動き出すのか。
「持久戦は嫌いなんだけどな」
その呟きが耳に入ったのだろう。
妖亜の笑みが、より深まった。
――ガチャリ。
ガイアが甲冑を鳴らし、脚を動かす。
瞬間、ガイアの姿がブレて目先にロングソードの先端が突きつけられた。
焦らず同様に霧と化して避け、ガイアと距離を取る。
しかし、それを予測していたのか。
霧となった僕が泳いだ先に、ガイアが移動していた。
漆黒に輝いたロングソードが、上段から振り下ろされ、僕を両断する。
切られたのが霧の状態だったので、さして負傷はない。
《悪戯な精霊の隠れん坊》を解き、僕は詠唱する。
「《呪いの灯火》」
僕は至近距離で、呪いを宿した炎を放った。
雨露のような小さい紅の粒が、ガイアの鎧装に接触――。
それは烈火となり、ガイアを包み込む。
「…………」
僕は静かに結果を見届ける。
物理が効かないなら、《魔法》はどうなのか。
それを試してみたが――。
猛々と燃える火の中、紅とは異色の赤黒い光が僕を射抜いた。
ガイアの双眸だ。
ダンッ、とガイアが足踏みをすれば、《呪いの灯火》は散った。
漆黒の鎧には、焦げ跡すら付いていない。
《魔法》も効果が無かったようである。
『いいや? そうでもなさそうだ。明らかに不自然じゃあないか?』
移動が、ですよね。
気付いていますよ、そんなこと。
『チッ、クソが。ここは、私が偉そうに解説する場面だろうが』
――いりません。
黙ってお酒でも飲んでいて下さい。
『既に飲んでいる。三十杯目だ』
それは飲み過ぎだ。
また下痢になりますよ。
『あれはお前と話したことによる、心労であって……酒は関係ない。それに私は酒が強い、心配するな』
心配はしていません。
メノア様が腹を壊して糞を漏らそうと――。
『それはお前だろ』
飲酒の作用で頭を痛めようと、僕はどうでもいい。
勝手にしたらいい。
そのまま酔い潰れて死んでもらえると、非常にありがたいな。
【次話予告】
生贄により構成された騎士の違和感――。




