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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
神を滅ぼす機巧人形編
55/62

第2章 第50話 皇帝暗殺の依頼者

 術式を構築する間は与えない。

 妖亜(ようあ)が此方の位置を特定するより先に、彼女を仕留める。

 《悪戯な精霊の隠れん坊(クースハイシスト)》で霧中に潜む僕は、背後に回り込む。

 まだ、妖亜(ようあ)は気付けていない。

 細長い双眸は、前方を見ていた。


「〈邪神族〉に転生をして、新しいお遊びを覚えてきたのですねぇ~、ノワールさ~ん」


 と、軽い口調で笑う妖亜(ようあ)は、しかし。

 その意識は鋭いものだった。

 神経を集中させ、僕の姿形を捉えようとしている。


「女神様に似て、僕も遊戯は好きだからね。特に鬼ごっこは得意だよ」

「ノワールさんは、逃げ回るのがお上手ですしね~」

『私は運動音痴だ』


 ――そうなんだ。

 別に聞いてないが。


『故に、走り回るのは苦手だよ。疲れるしな』


 女神に――

 〈神族〉に疲労感とか無いでしょう。


『私は女神の中でも、特別だからな。人並みの感覚を備えているわけだ』


 ただの老化現象では。

 歳相応の体力になっているだけだと思う。


『何か言ったか?』

「いえ、何も」


 魔素の霧に溶け込む僕は、剣閃を煌めかせる。

 キィンッ、と刃が抜かれて――

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で歪められた斬撃が、妖亜(ようあ)の背に放たれる。

 それを妖亜(ようあ)は寸前で、上半身を霧状に変化させ躱した。

 身体を貫通した斬撃が、霧の奥に消える。


「あはっ、そこですか~?」


 僕の姿は見えていないだろう。

 だが、しかし的確に僕に向け照準を合わせてきた。

 妖亜(ようあ)の右掌に魔力が流れ、《壊雲(ディラク)》が発動。


「残念。ハズレだよ」


 その衝撃波は、誰もいない中空で爆発して――。

 妖亜(ようあ)の頭上に現れた僕は言った。


「君は無謀だね」

「……?」


 僕の言葉、その意味が分からないのだろう。

 怪訝に眉を寄せた妖亜(ようあ)。


「君の事を……身体の構造を観察していて、分かったことがあるよ」

『変態め』


 そういう変な意味合いではないです。

 普通の分析だ。


「妖亜(ようあ)君さ。体内に星力(メリス)を取り込んでいるでしょ」

『何だと……?』

「いや、正確には……融合、とそう言うべきかな」

「…………」


 口元に笑みを浮かべ、妖亜(ようあ)は固まる。

 僕は冷淡に続けた。


「合成、変化、融合……君が得意とする分野だよね。《記憶の外殻(ネイティア)》だっけ……? それも実験の一環でしょ? 君なら、条件下によっては星力(メリス)と自身の身体を融合させることも、不可能ではないんじゃないのかな」


 妖亜(ようあ)の身体を斬っても、刃は通り抜けてしまった。

 それは魔力を用いた攻撃手段であったから。

 どういう方法かは知らないが、妖亜(ようあ)は星力(メリス)と融合している。

 星力(メリス)とは、星に流れる自然のエネルギー。

 本来、人体が後天的に発現させられる代物ではない。

 例外として、転生や転移による場合。

 異世界人が世界の境界を渡る際に手に入れる事もあるが、しかし妖亜(ようあ)の生まれはレネイスト。


「君は既知だと思うけど、星力(メリス)は超常の力だ。元を辿れば、〈神族〉に起因する。一滴あれば、小規模の地震を……コップ一杯程度の量を使えば、津波級の災害を引き起こせる。いまのは喩えではあるし、他にも使い道は多様だけど……つまりは、人の身で制御出来るエネルギー物質ではないということさ」


 予測不可能な、自然な災害を――。

 偶発的に発生する気象をコントロールしようと考える方が愚かであり、至難の技だ。

 それこそ、完全に世界の秩序を掌握し管理する〈神族〉でもなければ。


「〈人間族〉の……まあ、君は〈魔王〉にはなるが、しかしそれでも許容量は存在する」


 どの種族の身体にも、一定の魔力が流れている。

 血とは違って、失っても死にはしない。

 《魔法》や魔道具の類が使えないといった不便は感じるだろうが――。

 その者が生まれ持った魔力の総量は、簡単には増やせない。

 鍛錬や修行で増量させるやり方も無いわけではないのだが、それも限界値がある。

 星力(メリス)も理屈は、似たような感じで――


「超過をしてしまうと、身体が負荷に耐え切れず力に蝕まれる」


 星力(メリス)は諸刃の剣だと、僕は常々思っている。

 扱い方を誤り、その活用に溺れると身を滅ぼす猛毒と化す。

 そうならないよう、僕は直接星力(メリス)に触れずに、《権能》や大太刀を介して力を使っていた。

 今世では試したことが無いが、星力(メリス)を乱用したらどうなるのか。


 ――うん。

 〈邪神族〉の身体だと、どういった結果になるのか気になる面もある。

 いつか、試してみようかな。


「だが……君は現に、星力(メリス)と融合しておきながらも、それに蝕まれず自我を保っている。大した胆力だよ」


「それはどうも~。ノワールさんに褒めていただけるとは、嬉しいですね~」

「褒めてはないよ」

「おや、残念」

「言ったでしょ。無謀だって」


 僕は暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスに星力(メリス)を乗せ、剣先を振り下ろす。

 死角からの《蜃滅幻(しんめつきょう)》に、妖亜(ようあ)は防御をしなかった。

 変わらない薄笑いをした艶美な顔、そして霧の上半身をすり抜ける。

 《蜃滅幻(しんめつきょう)》は、暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスの秘技――《開闢(かいびゃく)》だ。

 その使用には、星力(メリス)が不可欠。

 先程述べた通り、魔力を用いた攻撃では妖亜(ようあ)を斬れない。


 ――が。

 星力(メリス)が源となっている《蜃滅幻(しんめつきょう)》でも、効果は同じだった。

 僕は推察をする。

 多分、彼女は――。

 妖亜(ようあ)は、中途半端な位置にいるのだろう。

 僕の予想は合っていると思う。

 星力(メリス)と融合しているが、しかしながら完全にではない。

 ――いや。


『己の器を星力(メリス)だけにしてしまったら、生半可な生命体では自我が崩壊するしな。制御が可能な値で止めたのだろうよ』


 どちらにしろ愚かではあるが、とメノア様は言った。

 妖亜(ようあ)の状態は、非常に不安定なもの。

 僅かでも加減を誤ると、魂ごと滅びる。


「あっはは」


 と、妖亜(ようあ)が笑う。

 中空を泳いで距離を取り、僕と向き合った。


「無謀……? ええ、ええ……そうでしょうね、貴方から見れば」


 妖亜(ようあ)が黒い革手袋を嵌めた右手で、スーツの内ポケットを探る。

 取り出したのは、蜘蛛の巣を模したペンダント。


「――しかし、商人というのはどの時代に於いても、歴史を開き文化を築き上げてきた先駆者。多少の無謀を愉しめなければ、商売など出来ませんよ~」


「犠牲が多少、で済めば良いけどね」

「無謀の代償が、犠牲だけとは限りません」

『何言ってんだ、コイツ』


 珍しい意匠をした濡れ羽色のペンダント。

 それを僕に見せて、妖亜(ようあ)は続けた。


「これが何か、ご存知で?」

「いいや。知らないな」

「――でしょうね~。ノワールさんは興味関心が無い物には、見向きもしませんから~」

『誹謗は要らん。さっさと話せ』


「これは星々の墓場である機構――女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)……そこに通じるゲートを開閉する鍵の片割れです」


「へー、凄いね」

「興味無さそうですね~」

「うん。無いよ」

『なんで、そんな貴重なもんをお前如きが持ってるんだよ』

「どうして、私がペンダント(これ)を持っているのか、と聞きたげな顔をしていますね~」

「してないけど」

『声が聞こえてないクセに、私の心を読むな』


 ――さて。

 どうしたものかな。

 耳を傾けず、妖亜(ようあ)を殺しても良いんだけどさ。

 もう僕と戦う気は失せたのか、それとも満足をしたのか。

 妖亜(ようあ)は人の良い笑みで喋っている。


「ノワールさんは、星凱帝(せいがいてい)とお会いになったことは?」

「あるよ。……当代の、だけど。先代は知らない」

「でしたら、話は早いですね~」


 ヴァミリド神教国の皇帝――星凱帝(せいがいてい)。

 先代はライリーラで、当代はエレン。

 管理者の閲覧会(アグレスタ)、執行者のカノンにより女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)に飛ばされた後、エレンの消息は途絶えているが、どこにいるのかな。


『忘れてただろ、お前』

「うん」

『だろうな』


 仕方ないだろう。

 だって、興味無かったし。

 でも、妖亜(ようあ)に言われて思い出したよ。


「彼女は……彼は現在、複雑に絡み合った謀略の渦中に置かれています」

「お気の毒に。頑張って生きてね」


 言い直したあたり、エレンが男で――

 性別を偽って皇帝の座に就いていることは把握しているらしい。


「そうですね~。本人が望んだとはいえ、少々過酷な運命を背負わされています。微かな希望があっても、バチは当たらないでしょうねぇ~」


「望んだ? カノン君は、望まない形で先代の星凱帝(せいがいてい)ライリーラと、魂を融合させられたって言ってたよ」


「ほう……? カノンというと……管理者の閲覧会(アグレスタ)に所属する堕天使の方でしたか~?」

「そうそう、堕天使」


「初耳ですね~。私が買った情報によると、エレンさんが望んで《神痕術(アクドマ)》の秘術を経て、ライリーラさんと融合したことになっているんですが」


「どっちでもいいけどさ。用が済んだなら、行っていいかな。僕、ここには依頼をしに来たんだよ」


 そんな煩雑な陰謀に付き合うつもりは無い。

 話を切り上げようとした僕に、妖亜(ようあ)は含みを持たせて告げた。


「まあまあ。そう急がずとも良いではありませんか~。私達のような長命種には、時間がたっぷりとあるのですし……それに、ノワールさんにも関係のある事ですしねぇ~」


「あっそ。じゃあ、バイバイ。また何処かで会ったら、聞いてあげてもいいよ」


 僕は取り合わず背を向ける。

 その肩に手を置かれて――。


「聞いて損はありませんよ~」

「時間は無駄になるでしょ」


 耳元で囁いた妖亜(ようあ)の顔面を、暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスで横に斬り裂いた。

 だが、そのニヤけた面に傷は与えられない。


「私の話と、ギルドの依頼……どちらが大事なんですか~?」

「なに、その面倒臭い質問は」

『一番大事なのは、私だろ』

「…………」

『無視すんな』


 僕は溜息を零す。

 肩越しに妖亜(ようあ)を見やり言った。


「僕はね。忙しいんだよ」

『嘘つけ』

「君に構ってる暇は無いんだ。さっさと帰ってよ」


 僕は露骨に嫌な気分を表情に出した。

 ――しかし。


「私も暇ではありませんし、帰れるのでしたらそうしたいのですがねぇ~。メフィストテスさんの命も残っていますし、こちらにも事情がありまして」


「知らないよ、君の事情なんて。それに僕を巻き込まないで。メフィストテスには、僕を取り逃がしたとでも言い訳しておけばいい」


「ノワールさんが撒いた種でもあるんですがねぇ~」

「見に覚えがないな。君の記憶違いだと思うよ」

「まあ、私の事情はさておき……エレンさんに関しましては、ノワールさんにも利益がある話ですよ~」

「金銭的に?」

「ええ、金銭的に」

「ふーん」

『ちょっと興味を持つな』


 だって、ね。

 僕はお金に困っているわけだし。

 それを出されたら、気持ちが変わる。


「実はここだけの話……私の元にとある御仁から暗殺依頼が入りましてね~」


 僕の態度が軟化したのを感じたのだろう。

 妖亜(ようあ)は意気揚々と話しだした。


「ホントに、ここだけの話なの?」

「……いえ。数人……三人程に伝えています」

『全然、秘密の話では無いな』

「それで……?」


 口角を上げる妖亜(ようあ)。

 僕の耳元に口を近付け小声で教えた。


「依頼主は、このヴァミリド神教国を仕切る教団、星灯録(せいひろく)教会の枢機卿です」

『思ったより、小物だな』


 ――そうかな。

 人間社会では、地位のある要職だと思うよ。


「暗殺対象は、現星凱帝(せいがいてい)のエレン・ヴァミリド。手段は問わないとのことでした」

「君だったんだ」

「はい……?」

「いや、何でもない」


 エレンは『竜脈(りゅうみゃく)の畔』で言っていた。

 何者かに命を狙われている、と。

 それを察知した側近が、ローズに護衛を頼み身を隠していた。

 敵方の思惑がどうであれ、首謀者は枢機卿のようである。


『派閥争い……では無いだろうな、十中八九』


 ――でしょうね。

 当初は、それも考えられる想定ではあったけど、話を聞いている内に違うような気がしてきた。


『あの堕天使がゲロってたよな。エレンは……エレンの中に眠るライリーラが、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)を破壊する恐れがあるって……お前と同じで』


 僕にそんな事案を起こす予定はありませんが――。

 でも、少し的外れにも思えます。


『どこがだ?』


 女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)の破壊工作。

 それは、管理者の閲覧会(アグレスタ)が危惧する事であり、枢機卿の目的とはズレている。


『そうか? 枢機卿の依頼通り、刺客がエレンを瀕死に……或いは殺したとして、彼の魂と融合しているライリーラが暴走を引き起こす可能性は考えられるだろう。結果的に、それが女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)に危害を齎すなら、管理者の閲覧会(アグレスタ)と枢機卿の思惑は交わることになる』


 ――うーん。

 それはそうなんだけどさ。


『納得がいっていなさそうだな』


 僕は考えを巡らせ、引っ掛かりを覚える。

 見落としがある。


『諦めろ。お前の頭じゃ、禄に解答は導き出せん』

「ですね」


 難しい事を思考するのはやめよう。

 疲れるだけだ。

【次話予告】

神教国の皇帝を取り巻いている陰謀――。

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