第2章 第50話 皇帝暗殺の依頼者
術式を構築する間は与えない。
妖亜が此方の位置を特定するより先に、彼女を仕留める。
《悪戯な精霊の隠れん坊》で霧中に潜む僕は、背後に回り込む。
まだ、妖亜は気付けていない。
細長い双眸は、前方を見ていた。
「〈邪神族〉に転生をして、新しいお遊びを覚えてきたのですねぇ~、ノワールさ~ん」
と、軽い口調で笑う妖亜は、しかし。
その意識は鋭いものだった。
神経を集中させ、僕の姿形を捉えようとしている。
「女神様に似て、僕も遊戯は好きだからね。特に鬼ごっこは得意だよ」
「ノワールさんは、逃げ回るのがお上手ですしね~」
『私は運動音痴だ』
――そうなんだ。
別に聞いてないが。
『故に、走り回るのは苦手だよ。疲れるしな』
女神に――
〈神族〉に疲労感とか無いでしょう。
『私は女神の中でも、特別だからな。人並みの感覚を備えているわけだ』
ただの老化現象では。
歳相応の体力になっているだけだと思う。
『何か言ったか?』
「いえ、何も」
魔素の霧に溶け込む僕は、剣閃を煌めかせる。
キィンッ、と刃が抜かれて――
《理を変転させる幻惑の坩堝》で歪められた斬撃が、妖亜の背に放たれる。
それを妖亜は寸前で、上半身を霧状に変化させ躱した。
身体を貫通した斬撃が、霧の奥に消える。
「あはっ、そこですか~?」
僕の姿は見えていないだろう。
だが、しかし的確に僕に向け照準を合わせてきた。
妖亜の右掌に魔力が流れ、《壊雲》が発動。
「残念。ハズレだよ」
その衝撃波は、誰もいない中空で爆発して――。
妖亜の頭上に現れた僕は言った。
「君は無謀だね」
「……?」
僕の言葉、その意味が分からないのだろう。
怪訝に眉を寄せた妖亜。
「君の事を……身体の構造を観察していて、分かったことがあるよ」
『変態め』
そういう変な意味合いではないです。
普通の分析だ。
「妖亜君さ。体内に星力を取り込んでいるでしょ」
『何だと……?』
「いや、正確には……融合、とそう言うべきかな」
「…………」
口元に笑みを浮かべ、妖亜は固まる。
僕は冷淡に続けた。
「合成、変化、融合……君が得意とする分野だよね。《記憶の外殻》だっけ……? それも実験の一環でしょ? 君なら、条件下によっては星力と自身の身体を融合させることも、不可能ではないんじゃないのかな」
妖亜の身体を斬っても、刃は通り抜けてしまった。
それは魔力を用いた攻撃手段であったから。
どういう方法かは知らないが、妖亜は星力と融合している。
星力とは、星に流れる自然のエネルギー。
本来、人体が後天的に発現させられる代物ではない。
例外として、転生や転移による場合。
異世界人が世界の境界を渡る際に手に入れる事もあるが、しかし妖亜の生まれはレネイスト。
「君は既知だと思うけど、星力は超常の力だ。元を辿れば、〈神族〉に起因する。一滴あれば、小規模の地震を……コップ一杯程度の量を使えば、津波級の災害を引き起こせる。いまのは喩えではあるし、他にも使い道は多様だけど……つまりは、人の身で制御出来るエネルギー物質ではないということさ」
予測不可能な、自然な災害を――。
偶発的に発生する気象をコントロールしようと考える方が愚かであり、至難の技だ。
それこそ、完全に世界の秩序を掌握し管理する〈神族〉でもなければ。
「〈人間族〉の……まあ、君は〈魔王〉にはなるが、しかしそれでも許容量は存在する」
どの種族の身体にも、一定の魔力が流れている。
血とは違って、失っても死にはしない。
《魔法》や魔道具の類が使えないといった不便は感じるだろうが――。
その者が生まれ持った魔力の総量は、簡単には増やせない。
鍛錬や修行で増量させるやり方も無いわけではないのだが、それも限界値がある。
星力も理屈は、似たような感じで――
「超過をしてしまうと、身体が負荷に耐え切れず力に蝕まれる」
星力は諸刃の剣だと、僕は常々思っている。
扱い方を誤り、その活用に溺れると身を滅ぼす猛毒と化す。
そうならないよう、僕は直接星力に触れずに、《権能》や大太刀を介して力を使っていた。
今世では試したことが無いが、星力を乱用したらどうなるのか。
――うん。
〈邪神族〉の身体だと、どういった結果になるのか気になる面もある。
いつか、試してみようかな。
「だが……君は現に、星力と融合しておきながらも、それに蝕まれず自我を保っている。大した胆力だよ」
「それはどうも~。ノワールさんに褒めていただけるとは、嬉しいですね~」
「褒めてはないよ」
「おや、残念」
「言ったでしょ。無謀だって」
僕は暁灯瑠刀フォルラリスに星力を乗せ、剣先を振り下ろす。
死角からの《蜃滅幻》に、妖亜は防御をしなかった。
変わらない薄笑いをした艶美な顔、そして霧の上半身をすり抜ける。
《蜃滅幻》は、暁灯瑠刀フォルラリスの秘技――《開闢》だ。
その使用には、星力が不可欠。
先程述べた通り、魔力を用いた攻撃では妖亜を斬れない。
――が。
星力が源となっている《蜃滅幻》でも、効果は同じだった。
僕は推察をする。
多分、彼女は――。
妖亜は、中途半端な位置にいるのだろう。
僕の予想は合っていると思う。
星力と融合しているが、しかしながら完全にではない。
――いや。
『己の器を星力だけにしてしまったら、生半可な生命体では自我が崩壊するしな。制御が可能な値で止めたのだろうよ』
どちらにしろ愚かではあるが、とメノア様は言った。
妖亜の状態は、非常に不安定なもの。
僅かでも加減を誤ると、魂ごと滅びる。
「あっはは」
と、妖亜が笑う。
中空を泳いで距離を取り、僕と向き合った。
「無謀……? ええ、ええ……そうでしょうね、貴方から見れば」
妖亜が黒い革手袋を嵌めた右手で、スーツの内ポケットを探る。
取り出したのは、蜘蛛の巣を模したペンダント。
「――しかし、商人というのはどの時代に於いても、歴史を開き文化を築き上げてきた先駆者。多少の無謀を愉しめなければ、商売など出来ませんよ~」
「犠牲が多少、で済めば良いけどね」
「無謀の代償が、犠牲だけとは限りません」
『何言ってんだ、コイツ』
珍しい意匠をした濡れ羽色のペンダント。
それを僕に見せて、妖亜は続けた。
「これが何か、ご存知で?」
「いいや。知らないな」
「――でしょうね~。ノワールさんは興味関心が無い物には、見向きもしませんから~」
『誹謗は要らん。さっさと話せ』
「これは星々の墓場である機構――女神の聖杯機……そこに通じるゲートを開閉する鍵の片割れです」
「へー、凄いね」
「興味無さそうですね~」
「うん。無いよ」
『なんで、そんな貴重なもんをお前如きが持ってるんだよ』
「どうして、私がペンダントを持っているのか、と聞きたげな顔をしていますね~」
「してないけど」
『声が聞こえてないクセに、私の心を読むな』
――さて。
どうしたものかな。
耳を傾けず、妖亜を殺しても良いんだけどさ。
もう僕と戦う気は失せたのか、それとも満足をしたのか。
妖亜は人の良い笑みで喋っている。
「ノワールさんは、星凱帝とお会いになったことは?」
「あるよ。……当代の、だけど。先代は知らない」
「でしたら、話は早いですね~」
ヴァミリド神教国の皇帝――星凱帝。
先代はライリーラで、当代はエレン。
管理者の閲覧会、執行者のカノンにより女神の聖杯機に飛ばされた後、エレンの消息は途絶えているが、どこにいるのかな。
『忘れてただろ、お前』
「うん」
『だろうな』
仕方ないだろう。
だって、興味無かったし。
でも、妖亜に言われて思い出したよ。
「彼女は……彼は現在、複雑に絡み合った謀略の渦中に置かれています」
「お気の毒に。頑張って生きてね」
言い直したあたり、エレンが男で――
性別を偽って皇帝の座に就いていることは把握しているらしい。
「そうですね~。本人が望んだとはいえ、少々過酷な運命を背負わされています。微かな希望があっても、バチは当たらないでしょうねぇ~」
「望んだ? カノン君は、望まない形で先代の星凱帝ライリーラと、魂を融合させられたって言ってたよ」
「ほう……? カノンというと……管理者の閲覧会に所属する堕天使の方でしたか~?」
「そうそう、堕天使」
「初耳ですね~。私が買った情報によると、エレンさんが望んで《神痕術》の秘術を経て、ライリーラさんと融合したことになっているんですが」
「どっちでもいいけどさ。用が済んだなら、行っていいかな。僕、ここには依頼をしに来たんだよ」
そんな煩雑な陰謀に付き合うつもりは無い。
話を切り上げようとした僕に、妖亜は含みを持たせて告げた。
「まあまあ。そう急がずとも良いではありませんか~。私達のような長命種には、時間がたっぷりとあるのですし……それに、ノワールさんにも関係のある事ですしねぇ~」
「あっそ。じゃあ、バイバイ。また何処かで会ったら、聞いてあげてもいいよ」
僕は取り合わず背を向ける。
その肩に手を置かれて――。
「聞いて損はありませんよ~」
「時間は無駄になるでしょ」
耳元で囁いた妖亜の顔面を、暁灯瑠刀フォルラリスで横に斬り裂いた。
だが、そのニヤけた面に傷は与えられない。
「私の話と、ギルドの依頼……どちらが大事なんですか~?」
「なに、その面倒臭い質問は」
『一番大事なのは、私だろ』
「…………」
『無視すんな』
僕は溜息を零す。
肩越しに妖亜を見やり言った。
「僕はね。忙しいんだよ」
『嘘つけ』
「君に構ってる暇は無いんだ。さっさと帰ってよ」
僕は露骨に嫌な気分を表情に出した。
――しかし。
「私も暇ではありませんし、帰れるのでしたらそうしたいのですがねぇ~。メフィストテスさんの命も残っていますし、こちらにも事情がありまして」
「知らないよ、君の事情なんて。それに僕を巻き込まないで。メフィストテスには、僕を取り逃がしたとでも言い訳しておけばいい」
「ノワールさんが撒いた種でもあるんですがねぇ~」
「見に覚えがないな。君の記憶違いだと思うよ」
「まあ、私の事情はさておき……エレンさんに関しましては、ノワールさんにも利益がある話ですよ~」
「金銭的に?」
「ええ、金銭的に」
「ふーん」
『ちょっと興味を持つな』
だって、ね。
僕はお金に困っているわけだし。
それを出されたら、気持ちが変わる。
「実はここだけの話……私の元にとある御仁から暗殺依頼が入りましてね~」
僕の態度が軟化したのを感じたのだろう。
妖亜は意気揚々と話しだした。
「ホントに、ここだけの話なの?」
「……いえ。数人……三人程に伝えています」
『全然、秘密の話では無いな』
「それで……?」
口角を上げる妖亜。
僕の耳元に口を近付け小声で教えた。
「依頼主は、このヴァミリド神教国を仕切る教団、星灯録教会の枢機卿です」
『思ったより、小物だな』
――そうかな。
人間社会では、地位のある要職だと思うよ。
「暗殺対象は、現星凱帝のエレン・ヴァミリド。手段は問わないとのことでした」
「君だったんだ」
「はい……?」
「いや、何でもない」
エレンは『竜脈の畔』で言っていた。
何者かに命を狙われている、と。
それを察知した側近が、ローズに護衛を頼み身を隠していた。
敵方の思惑がどうであれ、首謀者は枢機卿のようである。
『派閥争い……では無いだろうな、十中八九』
――でしょうね。
当初は、それも考えられる想定ではあったけど、話を聞いている内に違うような気がしてきた。
『あの堕天使がゲロってたよな。エレンは……エレンの中に眠るライリーラが、女神の聖杯機を破壊する恐れがあるって……お前と同じで』
僕にそんな事案を起こす予定はありませんが――。
でも、少し的外れにも思えます。
『どこがだ?』
女神の聖杯機の破壊工作。
それは、管理者の閲覧会が危惧する事であり、枢機卿の目的とはズレている。
『そうか? 枢機卿の依頼通り、刺客がエレンを瀕死に……或いは殺したとして、彼の魂と融合しているライリーラが暴走を引き起こす可能性は考えられるだろう。結果的に、それが女神の聖杯機に危害を齎すなら、管理者の閲覧会と枢機卿の思惑は交わることになる』
――うーん。
それはそうなんだけどさ。
『納得がいっていなさそうだな』
僕は考えを巡らせ、引っ掛かりを覚える。
見落としがある。
『諦めろ。お前の頭じゃ、禄に解答は導き出せん』
「ですね」
難しい事を思考するのはやめよう。
疲れるだけだ。
【次話予告】
神教国の皇帝を取り巻いている陰謀――。




