第2章 第49話 環境に適応した欺き
お読みいただいている読者の皆様、いつもありがとうございます。
少し更新が空いてしまって、すみません。
予定が重なり、執筆の時間が取れませんでした。
その間に、本作の閲覧数が2000を超えていました。
これからも読んでいただければ嬉しいです。
僕は冒険者であって、商人ではない。
相手の都合で着かされた交渉のテーブルで、取引をする気は起きなかった。
役者のメイクをした〈魔王〉妖亜の思惑――。
そして、彼女の背後にいるのだろうメフィストテスの真意がなんであれ、謀略の中でわざと踊ってやるのも億劫だ。
愉快な遊戯だったら、女神様の野望を叶えることの傍ら、付き合ってやってもいいが――。
『どのみち、平和的な着地はしなさそうではあるがな……残念だ』
そうは思えない。
メノア様は、どこか剣呑な展開を望んでいる口ぶりだった。
『おいおい、私はお前に平穏な異世界生活を満喫してもらいたいんだ。なのに、危険に誘導するような真似を取るわけがなかろうて』
どうした、口調。
語尾がおばあちゃんみたいですよ。
『じゃから儂は、お主の安寧を願っているのじゃよ』
乗らんで宜しい。
グヘヘ、とメノア様が笑った。
「僕の今世を安寧にしたいなら、さっさと女神ベルザを処分してほしいものだ……」
そうしてもらうと、幾分か心にゆとりが持てる。
管理者の閲覧会に関しては……まあ追々考えるとしよう。
『問題の先送りは、お前の特技の一つだ』
――ええ。
面倒な事項は、千年以上遅らせていただきます。
『絶対忘れるだろ、それ』
「あはは」
僕は腰を落とし、暁灯瑠刀フォルラリスを構えた。
管理者の閲覧会の執行者――カノンとの戦闘で消耗をした星力も、殆ど回復している。
《権能》――《理を変転させる幻惑の坩堝》と、《蜃滅幻》を同時行使するのも可能だ。
「さあさあさあ……さあっ! 貴方の全てを見せて下さい~!」
旋風を散らす妖亜の指先が動いた。
《壊雲》の発動を察知した僕は、前方に一閃。
すると。
――バアァァァンッ!
と、見えないエネルギーがその場で爆発した。
辺りに水蒸気と湿気が立ち込めて、口元を歪めた妖亜が霧の奥に消えた。
「ノワールさんは鋭いのですねぇ~。《壊雲》を貴方にお見せしたのは、初めてだったと思いますが~……魔力の流れで、それを察して対応している~」
と、妖亜の艷やかな声が四方から響き渡る。
気配を探ろうにも魔素の影響か、位置が判然としない。
僕は感覚に頼るのをやめ、《魔法》で索敵をすることにした。
――《魔力波索敵》。
自身の魔力を波状に放出し、薄い魔力の波を周囲に伸ばす。
範囲は、半径三十メートル程で良いだろう。
妖亜が、そこまで離れているとは考えづらい。
僕の《魔力波索敵》に、異なる物質が、即ち妖亜の魔力が混じれば、そこに彼女が隠れているということ。
「無粋な真似をしますねぇ~、ノワールさ~ん。もう少し、気楽に行きましょうよ~。折角、こうして知人として再開することが叶ったのですから~」
「君と僕は買い手と売主の関係でしかないよ。何時君と、親交を深めたのかな」
「つれないところは、変わりないですねぇ~。ええ、ええ……安心しましたよ~。転生をして……お人好しになったのではないかと~」
『この偽善者のどこを見て、そういう印象を持ったのか問いただしたいな』
「酷いな。僕は昔も今も優しいよ。困っている人がいれば無償で助ける。見返りは求めない。世のため人のために命を捧げる。そんな覚悟で生きているつもりだ」
『素晴らしいな、おい。大層ご立派な決意だよ。ああ、本当にな』
ハハハッ、とわざとらしい声量でメノア様が哄笑した。
まるで信じられていない。
僕の本心なんだけどな。
『――だとしたら、相当イカれているな。そんな完璧超人な善人が、この腐った世界にいる筈がない。利己を追求しない人間など皆無だ。この世に生きる全員、少なからず己の利益を求めてるに決まっている』
――ボリボリ、バリバリ。
メノア様がお菓子を咀嚼して断言する。
「流石は神殺しの〈勇者〉様ですねぇ~。器や思想が常人には計り知れない大きさだ~」
『コイツの器など、お猪口一杯分程度でしかない』
せめて、バケツ程はあると思いたい。
……いや無いな、うん。
「ありがとう。そんなに肯定されると照れるな」
『照れるなよ、気持ち悪い』
「――だけど、ちょっと勘違いしてるよ」
「ん~?」
《魔力波索敵》が、妖亜を見つけ出す。
薄っすらと目を開けて、僕は。
「神殺しに至らせた原因は、僕にあるのかもしれない……が、実際に神を……創造神ヴァルノレイアを滅ぼしたのは、僕じゃないよ」
「ほう……?」
『……へー』
なんで、メノア様も怪訝な反応しているんですか。
貴方も当事者だったでしょうに。
『そういえば、そうだったかもな。いや、すまん……ベルザが夜伽に着る勝負下着位どうでもすぎて、忘れていたよ』
たしかに、どうでもいい。
ベルザの性的な嗜好を聞きたいと思わない。
「興味深いですねぇ~、唆られますねぇ~」
「どっちに?」
「はい……?」
「……いや、なんでもないよ」
「そうですか……?」
僕は《魔力波索敵》を持続させた状態にしておき、魔力を練った。
また隠れられても厄介だ。
「――約千年前、レネイストを創った〈神族〉創造神ヴァルノレイアを滅ぼした実情を知りたいなら、それこそメフィストテスに聞きなよ。彼女も、ある種関係者の……いや、引き金となった存在でもあるんだからさ」
「尚々、興味が増しましたねぇ~……しかし、メフィストテスさんは他人の秘密を暴露するのが趣味でありながらも、自分の素性は一切明かさない、秘密主義な御方なので~……素直に教えていただけるとは思いませんがね~」
「そこは、ほら……商人としての腕の見せ所じゃないの? 頑張って多弁に言い包めなよ」
「あははは~。それが、通用する相手ではないので困るのですよ~……」
僕は《悪戯な精霊の隠れん坊》を身に纏う。
通常の天候では意味を成さない〈精霊族〉の力を借りた《魔法》。
だが、この魔素が充満する空間に於いては、好都合だった。
僕が保有する総魔力量は莫大だ。
元が〈勇者〉なのもあるが、そこに〈邪神族〉の魔力が上乗せされている。
内包するそれを常時排出していたら、街中を歩いているだけで人死が出る恐れがある。
僕の魔力に酩酊し、酷ければ脳に重度な傷を負わせてしまうわけで――。
故に人体が傷付かないように調整しなければいけない。
知っての通り僕は平和主義な偽善者だ。
罪の無い一般人を虐殺してやろうといった危ない考えは頭にない。
とはいえ、だ。
ずっと魔力を体内に収めているのも、気苦労が積もる。
偶には全開にしたい。
まあ、そんな僕の些細な悩みは横に置いておいて――。
つまるところ、僕の魔力は量が多いので中に収めても隠しきれないわけである。
魔力に敏感な者が見たら、気付かれるだろう。
雑な隠蔽をしようと、こっそり接近するのは難しい。
しかし、《悪戯な精霊の隠れん坊》を纏えば、相手の感知を騙せる。
《悪戯な精霊の隠れん坊》は《隠蔽魔法》とは勝手が違う。
分類的にはそうなのだが、性能は。
――同化。
〈精霊族〉は他者を欺き、弄ぶのが好きな種族だ。
それは悪意からやっている行為ではない。
純粋な遊び心。
〈精霊族〉にしてみたら、じゃんけんや鬼ごっこ、隠れん坊と同じような感覚なのだろう。
僕は過去、〈精霊族〉が住まう精霊の楽園に足を運んだことがある。
そこで〈精霊族〉の子供達と隠れん坊で遊び、《悪戯な精霊の隠れん坊》という《魔法》を教えてもらった。
これは自身の魔力と周囲の魔力を合わて、溶け込ませる《魔法》だ。
魔力が空気中に満ちている精霊の楽園で使うと、姿を自然と融合させられる。
〈精霊族〉の隠れん坊では、当然の戦法であった。
同様に、魔素が満ち溢れている此処は、《悪戯な精霊の隠れん坊》に適した環境だ。
「謙遜もし過ぎれば、傲慢に思われるよ。君は昔から、自分自身を過小評価している節がある」
と、僕は《悪戯な精霊の隠れん坊》で魔力と魔素を混合する。
燕尾服を着た僕の身体が、スゥーと溶けるようにして霧に紛れた。
妖亜はまだ、僕の《悪戯な精霊の隠れん坊》に勘付いていない。
《快庭煙》と言ったかな、この亜空間は。
僕を閉じ込めて殺す腹積もりだったのだろうけどさ――。
魔素が空気中に溜まった場所を創ったせいで、姿を溶かした僕に気付けずにいる。
「そんな風に見えましたか~? 謙遜しているわけではないのですがねぇ。私のような新参の〈魔王〉では、逆立ちしてもメフィストテスさんや古参の〈魔王〉さんたちには敵いませんよ~」
「その古参〈魔王〉の一角を殺して席を奪っておきながら、白々しいことを言うね」
「あはは~、そうだったかもしれませんね~。……でもぉ~、〈魔王〉は実力主義……その法則に倣えば、強者が絶対的な正義です~。弱者が強者に食われるのは世の常……敗けた者に文句を言う資格はない。違いますか~?」
「だね、僕もそう思うよ。だから……君はここで負けるんだよ」
妖亜の目前に出現した僕が至近距離で、暁灯瑠刀フォルラリスを振り下ろす。
下半身が霧と化している妖亜が、驚愕に目を見開いた。
「――ッ!?」
妖亜は、しかし即座に冷静となって――
暁灯瑠刀フォルラリスに斬られた箇所を治癒せず、僕に反撃をしてきた。
妖亜の右手が、手刀の形をとっている。
そこに魔力が集まっていた。
《壊雲》を察した僕は、《悪戯な精霊の隠れん坊》で消えた。
僕がいたそこに、《壊雲》が爆発。
「……それは……《権能》……いえ、《精霊魔法》ですか?」
「どっちかな」
「大太刀、暁灯瑠刀フォルラリスとは違い、星力を感じない。《権能》であれば、必ずそれが漏れる……が、しかし……単なる《魔法》にしては魔力の流れが微弱です」
「それで? 君の考察は最後まで聞いてあげたほうが良いのかな」
『ああ。空気を読んで聞いてやれ。足りない頭で頑張って考えているんだからな』
と、メノア様が仰るので――。
僕は霧を泳ぎながら傾聴してあげた。
「〈精霊族〉は元来、魂が希薄で……存在が曖昧な種族です。始祖も定かではないあの生命体は、しかし生まれ持った魔力量が平均的に高い。だが、それゆえに〈精霊族〉は自らを縛る呪いの枷を作ってしまっている」
「魔力は多いし《魔法》適正もあるけど、〈精霊族〉は魂が弱っちいから、普通に《魔法》を発動すると魂が耐えられず消滅しちゃうんだよね」
だからこそ、〈精霊族〉は種族独自の《魔法》形態を確立させた。
それが僅かな消耗で、自傷せず扱える《精霊魔法》だ。
「……私が言いたかったのですがね~」
「ごめんね。何か、呪いだの枷だの……ややこしい表現が入ってきたからさ。変な方向に結論が行きそうで……」
『間違ってはいないがな。事実、〈精霊族〉は皆、自分の魔力が足枷になってるといえる』
僕もメノア様が、人生の重荷になっています。
非常に迷惑です。
さっさと死んで下さい。
『良いのか、死んでも。私が滅んだら、お前も道連れだが』
――じゃあ、嫌だ。
長生きしてほしいな。
メノア様大好き。
『ふふ、私もお前のことが大好きだよ。早死しろ』
僕達は笑いあった。
こんなにも愛されているなんて、僕は幸せ者だ。
『ノワール、お前が単純な阿呆で嬉しいよ。実に私好みの、良い男だ。思わず殺しそうになる』
ニコニコ、と笑みを向けるメノア様の声は暖かかった。
その温もりを感じた僕は――。
「僕も厚顔無恥なメノア様は好ましいですよ。これまで僕が出会った女性の中で、中の下といったところでしょうか」
『なんか微妙な評価だな……』
贔屓してあげたんだけどな。
女神様は不服らしい。
【次話予告】
ノワールは荒れ地の咆哮の道中、峠に差し掛かったあたりで、レネイストにいる世界の敵、〈魔王〉の一角である妖亜と対峙する。
彼女が構築した亜空間――《快庭煙》に閉じ込められたノワールは、《権能》を使わされる。
それを見て、興奮気味の妖亜が《壊雲》を放つも、それを斬ったノワールは《精霊魔法》――《悪戯な精霊の隠れん坊》で、周囲と同化して姿を眩ませた。
霧に隠れる妖亜に不意打ちをしたノワールは、有効な手段で斬撃を与えたのだった。




