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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
神を滅ぼす機巧人形編
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第2章 第46話 魔素に満ちた霧の中

 冒険とは浪漫だ。

 未知の探検をして、秘境を目にしたり――。

 迷宮の奥底で、財宝を手に入れたり。

 仲間と友情を育み、冒険譚を刻むのも良いだろう。

 依頼を受け冒険に出て、好奇心を満たし報酬を貰い、そのお金で酒を飲み女性を抱いて――。

 いや、待て。

 それは嫌だな。

 僕は見ず知らずの異生物と交わるような、奇っ怪な趣味は持ち合わせていない。


『……異生物。まあ、あながち間違ってもいないな。お前は邪神だし』


 世の冒険者諸君を否定するわけでもないが、僕は娼館でそういったサービスを受けようとは思わない。

 何が楽しいのか、理解が難しい。

 単に己の性欲を発散させたいのなら、それこそ先程出遭った野盗にならい、人気のない場所で適当に女性を襲えばいいだろう。

 娼婦を買うには金銭が必要だが、野良の女性なら無料だ。


『合理的な思考だな、〈勇者〉様は……しかし、私なら奴隷にする』


 ――ほう。

 その理由は?


『奴隷……特に性奴隷なら買った主に、絶対的に服従だ。逆らうこともなければ、襲ったあとで騎士団や憲兵団に通報される恐れもない。壊れるまで好きに遊べる。高級奴隷なら、見た目が上々な女もそれなりにいるしな』


 これは奴隷全般に言えることだが、奴隷という身分には人権がない。

 物として扱われ、取引をされる。

 奴隷に堕ちる経緯に違いはあるだろうが、大概は犯罪や没落関連が多い。

 殺人を犯した者は投獄や死刑といった刑罰の他に、犯罪奴隷として奴隷商に売られるケースがあり――

 戦闘力や身体能力が高い犯罪奴隷などは、隷属の首輪を付けられたのち、戦争の最前線に駆り出される。

 偵察や斥候というと聞こえが良いけど、ただ幾らでも在庫がある駒でしかない。


 性奴隷になるのは、没落からが殆どかな。

 貴族出身の令嬢や婦人が、家の事情で借金を背負い、あるいは権力闘争に敗れ、その地位を追われて奴隷にされてしまうとか。

 哀れな末路ではあるが、この世界では少なからず見られる喜劇だ。


 僕も昔、友達の令息と共謀して気に入らない家の令嬢と、その母親を性奴隷として売ってやった。

 あのときの令嬢の婚約者だった男爵と、婦人の夫の顔ときたら、それはもう今でも忘れない。

 怒り狂って《魔法》をぶっ放してきたので、友達の令息を盾にして、その間に逃げたんだっけな。

 反撃しようと思えば出来たけど、僕はそんな野蛮人ではない。

 無為な殺傷はしないのである。


『お前に売られた令嬢……名は覚えてないが、あの娘っ子はカルクス辺境伯に買われていたな』


 ――おや。

 そんな後日談を、見ていたんですか。

 僕は売買で満足したので、その日の夜には忘れて、取引で手に入れたお金を元金に、カジノで遊んでいましたよ。


『わざわざ性奴隷を買うような野郎を、常人と評するのもあれだが……せめて辺境伯じゃなければ、もっとマシな最期だったかもしれんな』


 ――後の祭りではあるが。

 と、メノア様が苦笑をこぼした。


 ――カルクス辺境伯か。

 ヴァミリド神教国の南方に領土を持つ貴族だったかな。

 この宗教国家の南側、最南端は〈魔王〉妖亜(ようあ)の支配領域と接している。

 そこにある要塞都市的な防衛拠点の任をしているのが、カルクス辺境伯で。

 〈魔王〉妖亜(ようあ)の動向を監視したり、異変などがあったら、それを皇族に報せる義務がある。


 国家にとって、いや人類全体にしても重要な役目を担っているカルクス辺境伯は、しかし彼は大の女好きだった。

 人より少しお盛んなだけなら、別段問題にはならないだろう。

 ()っちゃっても、権力でどうとでも隠せる。

 相手が平民であれば、相応に口封じをしておしまいだ。

 ――が。

 そんな貴族の権力や賄賂等を使っても、握り潰せない淫行を、カルクス辺境伯は日常的に行っていた。


『私も覚えている。あの者は、人間の中でもなかなかに見ない欲を持っていた。注目するべきは、その好み……性癖だな』


 カルクス辺境伯は、女性が好きだ。

 大好きだ。

 特に戦闘面に優れた、気の強い女戦士が好物であった。

 偶然か策謀かは知らないが、カルクス辺境伯は〈魔王〉の支配領域との境に位置する要塞都市の領主に任命されており、その街には多数の冒険者や商人が集まっている。

 剣の腕に秀でた女性もいるわけで――。


 カルクス辺境伯は、そういった者達を屋敷に呼び、凌辱を繰り返していた。

 (おおやけ)になったら、騒動どころでは済まないと思うが、カルクス辺境伯は老衰で死ぬまで辺境伯だった。

 色々と上手いようにやっていたのだろう。


『お前が売った令嬢は、約半月の間毎晩カルクスに犯されていたな。だが、アイツも途中で娘の身体には飽きたのか、母親の方に嗜好を変えて……二ヶ月後、カルクス専属の魔法師が、自我を失った母娘を焼いて裏庭に埋めていた』


 そんな観察日記を聞いた僕は、カルクス辺境伯に感心をした。

 犯したあと、しっかりと処理をするその健気な姿勢。

 貴族に相応しい、凛然たる行いだ。


『……そうかなー』


 〈腐屍人(ゾンビ)〉化して、被害が出ないように配慮をしている点も好感が持てる。

 流石は、強姦と隠滅が得意な家系だ。


『血筋を巻き込んでやるな。当代……あー、いまの時代では先々代にあたるのか。アイツが特殊なだけだ。他の親兄弟は、普通の凡人だよ?』


「疑問形……」

『いや……うん……何でもない、気にするな』

「だったら、気になる言い方で濁すな」


 僅かな間を置いて――

 メノア様が冷めた声で教えた。


『魔法師が母娘を焼却する前夜に、カルクスの息子が母娘を放置していた牢に忍び込んで……その……』

「死姦?」

『いーや? まだ、息はあったように見えたがな。か細いが呼吸はしていたし』

「じゃあ、セーフだね」

『何が?』


「――だって、死体なんて犯したらさ……変な病気が伝染(うつ)っちゃうかも。可哀想じゃん、カルクス坊ちゃまが」


『確かに。童貞で病気持ち……その上、人体を解剖することで絶頂をする体質というのは涙を誘うな』

「童貞? その母娘を犯したんじゃないの」


 話の流れで、そうだと予想していたけど。

 メノア様は言葉に冷笑を乗せ続けた。


『カルクスの長男坊は、男女問わず人体を解剖するのが大好きで……瀕死の状態になっている人を切り刻むことで快感を覚えるらしい。それはもう何日も断食していた修行僧が、念願の飯を貪るように、自前の果物ナイフを片手に食らって……切っていたよ』


 ははは、とメノア様が思い出し笑い。

 ――そして。


『変態なりに、何か譲れないこだわりでもあるのか……丁寧な手捌きで、綺麗に肉を削いで骨を削り、切った部位を並べて鑑賞していた』


「没頭出来る趣味があるって、素敵なことだよね。僕も見習いたいよ」

『ああ、そうだな』


 僕には、これといった趣味は無い。

 〈勇者〉は暇潰しでやっていただけ。

 趣味というには、仰々しい。

 あれは、慈善活動に近い役割だ。


『〈邪神族〉に転生をしたお前の生は長い。これから、お前の長所を伸ばし、時間をかけて成長すればいいだろう。その中で、好きな物や楽しいことを見つけろ。時間は無限だ』


「年寄りみたいな諭しですね。精神が赤ちゃんのまま、無駄に歳を重ねたクソババアなだけはある」

『なんなら、おしゃぶり咥えて泣いてやろうか。おぎゃーおぎゃー、って』

「にゃんにゃん、のほうが可愛いかも」

『……にゃんにゃん』

「あっははははは」

『抑揚のない声で笑うな』


 可愛げはありましたよ。

 人に懐かない野良猫のような感じがして。


 そんな笑い声を上げる僕を乗せた馬車は、薄い霧が漂う道に入った。

 自然に発生した現象ではない。

 流れる霧には、魔力を構成する元素、魔素(まそ)が含まれている。

 感染症のように病原菌とは異なるので、吸って体内に入れても支障はなかった。

 その人の体質で、魔素を多量に摂取すると酩酊状態に近い症状に見舞われる場合もあるが――。

 荒れ地の咆哮は大規模な災害で生まれた、魔力溜まりだ。

 一定の魔素が留まっているのは、想定内。

 だけど、これは――。


『増幅したにしては、魔素の濃度が異常だな。荒れ地の咆哮が魔力溜まりとなった時から、数百年経っているとはいえ、これだけの魔力と魔素が漂流しているのは、この特殊な地形と環境だけが要因とも思えんが……』


 荒れ地の咆哮は、人が寄り付かない魔の渓谷だ。

 手入れや整備などはされていないので、荒涼とした状態が放置され、生態系もどうなっているのか。

 街に近い森や山では、定期的に冒険者が魔物を間引いて、環境のバランスが崩れない程度に数を調整しているけど、荒れ地の咆哮に干渉する冒険者もいない。

 いまの荒れ地の咆哮は、魔が跋扈する巣窟となっているのかも。

 これだけの濃い魔素だ。

 さぞや、魔物や魔獣には豊富な栄養素だろう。

 低級の魔物が進化をしていても――。

 変異していても、驚きはしない。

 その過程で偶発したのが、記憶を奪う魔獣なのかな。


『……どうだか。記憶を奪うというのは、そんな指パッチン一つで行えるような、容易な技ではない』

「そりゃそうでしょうよ」


 僕は可能だけどさ。

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で。


『お前の権能(それ)は、理を捻じ曲げて改変しているに過ぎない。……が、記憶を奪うには対象の意識を変える必要がある』


 厳密に言うと《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》は、捻じ曲がったよう(そういうふう)に魅せている。

 脳が引き起こす錯覚、みたいなもの。

 それを強引に、真実に裏返してあげる《権能》だ。


『記憶を奪うなんて芸当、知能がノミ以下の下等な雑種に扱えるわけがない』


 メノア様は言い切った。

 まあ、僕も同意ではあるが、しかし。


「実際に、そういう突然変異……いったんそう仮称しておきますが……記憶を奪う魔獣が生まれて人的被害が発生したから、ギルドに依頼を出したんでしょう。ギルド側も、事実無根の依頼を張らないだろうし、それなりに調査隊を派遣なりしたと思います」


『依頼内容を疑ってはいないさ。ギルドの精査も正常だろう。だが、そこには妖艶で厭悪な謀略が介入している』


 ――妖艶で厭悪。

 どういう意味かな。

 鈍感な僕には、想像がつかないや。


『羽虫が。気付いているだろう。記憶を奪う魔獣……その実態がどういうのかは知らんが、この事態は〈魔王〉妖亜(ようあ)の仕業だ』

「へー」


 ――そうなんだ。

 この女神様は、想像力が豊かなものである。


『あの狂言回しかぶれの〈魔王〉は、人体に留まらず魔物や魔獣といった人外の生物を解剖し、そして改造するのに長けているからな。……やれやれ、とんだ宝の持ち腐れ。才能の無駄遣いだよ』


「カルクス辺境伯一家を反面教師にしてほしいね」

『反面教師にしちゃ駄目だろ……いや、良いの……か?』

「さあ……?」


 どうでしょう。

 〈魔王〉も学習できることはあるかもしれませんよ。


 先を見通せない霧の中を走る、〈二角獣(バイコーン)〉の馬車。

 これだけ視界不良では、倒木にでもぶつかりそうなものだが、そういう衝突はなかった。

 ――ベチャ、ベチャ。

 と、〈二角獣(バイコーン)〉の蹄が水音を立てる。

 荷台から身を出し地面に視線を落とすと、水たまりが至るところにあり――

 渓谷に向かうにつれ、ぬかるんだ峠道となっていた。

 あと少しで、荒れ地の咆哮かな。

 ――と。


「……ん?」


 霧の渦中、馬車の進路に人影が。

 ゆらりと朧げだったそれは、距離が縮まると輪郭が象られる。

 簡素なスーツを着こなした女性、に見える。

 顔には歌舞伎役者のような化粧をしていて――。

 鮮やかな長髪を、魔素が漂う霧に揺らめかせ、僕を見据えていた。


『む、あれは……』

「危ないよー」


 僕は警告をしてあげる。

 せめてもの気遣いだ。

 視認した人物を、わざと轢き殺すのも悪い。

 だが、その者はスラリとした姿勢で脇に退こうとはしない。

 なので、僕は。


「注意をした僕に悪気はない。聞かなかった、あの人が悪い。死んでも僕の責任ではない」


 と、誰に言い訳をしているのか。

 そんな呟きして、〈二角獣(バイコーン)〉の鼻先で直立した人物を轢き殺し――


「《壊雲(かいうん)》」

「……っ」


 紫色の唇が詠唱したかと思えば、肌を撫でる怖気が僕を駆け巡った。

 瞬間、叫びもせずに――。

 無情に〈二角獣(バイコーン)〉が破壊され、荷台も粉々に砕かれる。

 僕の身体は宙に投げ出されて。


「《快庭煙(かいていえん)》」


 僕を目で追う女性が、聞き慣れない術式を発する。

 ヴァルノレイア大陸では使われていない古式の術。

 東洋の国に伝わるものかな。

 と、そんな推測をする僕に、狐の目をしたスーツ姿の女性が妖艶な笑みを向ける。


「始めまして~」

「どうも」

『やあ』

「そして、さようなら~」


 不思議な声色で挨拶をすると――。

 笑みを深め、僕を紫の煙で覆った。

【次話予告】

ノワールは『語り手の工房』で、ロランの手伝いをしているラナという少女と話をした。

記憶を奪う魔獣について、ロランが残した警告を聞いたノワールは、荒れ地の咆哮に馬車を走らせる。

向かうにつれて、道に水気が含まれ、辺りには霧が流れ始めていた。

その霧には魔力の元である魔素といった物質が混ざっており、魔力溜まりと化している荒れ地の咆哮に近付いているのを示唆していて――。

深い魔素の霧に佇む人影を見かけたノワールは、轢き殺さないよう声をかけるも、こちらの注意に応じないので、そのまま轢いてしまおうとする。

しかし直前で、その女性はヴァルノレイア大陸では滅多に聞かない古式の呪文で、ノワールが乗っている馬車を粉々に破壊。

続けて、妖しい笑みで詠唱をした女性は、ノワールを煙で覆い隠したのだった。

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