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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
神を滅ぼす機巧人形編
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第2章 第47話 霧中の探り合い

 視界が紫色の煙で覆われる。

 僕は暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを抜いて、縦に一閃。

 煙を断ち割り、ぬかるみのある地面に着地した。

 魔素の霧中に現れたその女性と対面する。

 青みがかった濃い霧に、唐紅のストレートヘアーを靡かせ、スーツを着こなしている。

 革手袋を嵌めている両手は、しかし特に得物のような武器は持っていなかった。

 切れ長な双眸が、此方を静かに見据えていて――。

 目の奥に微かな喜笑が隠れている気がした。


「やあ。始めまして……それとも、久しぶりと言えば良いのかな、〈魔王〉妖亜(ようあ)さん」


 僕は暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを手に微笑む。

 その女性を僕は知っていた。

 何を隠そう、カルクス辺境伯に売った令嬢と婦人の手引きをしたのが、当時奴隷商をやっていた〈魔王〉妖亜(ようあ)だ。

 僕との関係性は険悪ではなかったと思う。

 肩を組み笑い合うほど親密な間柄でもないけど、こうして攻撃される覚えは――


「もしかして、君も僕に恨み言があるのかな。僕が忘れてるだけで、実は身内を酷い目に遭わされていたり」


 アルヴェルトの激情を思い出す。

 彼には娘を、蠱毒の王(ルクナ)の供物にされた恨みがあり、それで僕に襲いかかってきた。

 まあ、色々と誤解もあるのだが――。

 と、妖亜(ようあ)は切れ長な目をさらに細めて口を開いた。


「いえいえ~。ノワールさんに~、恨みなんてありませんよぉ? ……ああ、いえ……(かい)さんとお呼びしたほうが良いですかぁ?」


「どっちでもいいよ、好きな方で。こだわりも無いしね」

「じゃあ~、ノワールさんと呼ばせていただきますね~」


 ――ニコニコ。

 妖亜(ようあ)の目が笑っているように見えるが、しかし。

 明確な殺気が顕在だ。

 口調は緩やかで緊張感に欠けるが、僕から視線を逸らさなかった。


「恨みが無いなら、僕を襲った理由は何かな。気に障る……不都合なことでもあった?」


 僕は言葉を選びながら考える。

 魔力溜まり、荒れ地の咆哮に生まれた変異個体と思われる、記憶を奪う魔獣の出現。

 それの討伐依頼に向かう道中での襲撃だ。

 僕がロランの依頼を受けたことを把握しているのは、冒険者ギルドの関係者と、そこに居合わせた少数の冒険者達。

 ギルドマスター、ガイオスに頼まれて冒険者としての素質があるのか試験をしていたジゼルと死煙(しえん)は、僕が登録をしている間に姿が消えていた。

 用事は終わったので、依頼の遂行に行ったのだろうが――。

 あそこにいた誰かしらが、僕が受注した内容を流したのかな。


『どうだろうな。お前がロランの依頼を受けて、まだ半日も……一時間弱しか経っていない。妖亜(ようあ)が情報を受け取って、お前を待ち伏せしていたという線は低いだろう……いや、無いな。あの依頼を、お前が興味を持つ保証もない。他の誰かがやってしまう可能性もあった』


 ――そうだね。

 僕は無一文だったので、高額な報酬が書かれていた依頼を受けた。

 金に目が眩み、僕より先に依頼書を剥がす冒険者がいたかもしれない。


『単純に考えて、妖亜(ようあ)が張っていた網に、偶々引っかかった……それだけだろう。このどんぶり勘定商人のことだ、荒れ地の咆哮以外にも、網は仕掛けてあるんだろうな。別に、それはお前個人を捕まえるというより、単に情報収集が目的だと思うが』


 妖亜(ようあ)にしてみると、誰でも良かったわけで。

 荒れ地の咆哮、その道中に仕掛けたそれにかかったのが、今回は僕だった。

 出来すぎた話だ。


『そうだな。だが、妖亜(ようあ)がお前に危害を加える理由もない。コイツはただ、荒れ地の咆哮での実験を邪魔されると面倒だから、出張っただけだろうよ』


 実験か。

 記憶を奪う魔獣のことかな。

 そこに関心は生まれないが、得心はいった。

 僕だって、妖亜(ようあ)と事を構えるつもりはなかった。


「いやぁ、失礼致しました~。私も少々、気が立っていて~……てっきり、管理者の閲覧会(アグレスタ)さんが嗅ぎ付けてきたのかとぉ、そう勘違してしまいました~」


 切れ長な目で瞬きをした妖亜(ようあ)は、殺気を収める。

 黒い革手袋を付けた両手を合わせ、僕に謝った。


「君の野望は理解しているし、共感できる箇所もあるけどさ。火遊びは程々にね。管理者の閲覧会(アグレスタ)も視野狭窄じゃないから、尻尾見せると即座に追って来るよ」


『基本的に年中暇だしな、アイツら』


「――ですねぇ。私も~、どこぞの犬畜生のような末路にはなりたいわけではありませんから~。ええ、気をつけますよ~」


 ――ご忠告どうも~。

 と、妖亜(ようあ)が間延びした声で言った。

 暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスをしまった僕は。


「冒険者ギルドの依頼でさ、荒れ地の咆哮にいる魔獣の討伐をお願いされて来たんだけど、ここを通ってもいいかな」


 妖亜(ようあ)の背後を指差す。

 濃霧に包まれたその先が、荒れ地の咆哮だ。


「冒険者……ノワールさんは~ いまは冒険者をやっているのですかぁ? 相変わらず尻軽……多才ですねぇ~」


「ありがとう。長い人生、色んな経験を積み重ねることが大切だと実感しているからね。将来は、奥さんとお花屋さんでもやろうかと思っているよ」


「可愛らしい夢ですねぇ。そのときは、是非ともお邪魔させていただきます~」

『私たち、いつ結婚したんだ? ん?』


 誰もメノア様が妻とは、公言していませんが。

 自意識過剰も、いいところですよ。


『この浮気者が。不倫相手諸共、呪い殺してやる』


 情緒が凄いな。

 不倫もしていません。


『モテないもんな、お前』


 フフフ、とメノア様が冷笑する。

 僕は完璧超人の聖人君子なので、世の女性としても高嶺過ぎて恐れ多いのでは。


『ああ。お前は完璧超人(無知蒙昧)だから、皆口にしないだけで、遠慮しているんだろうな』


 言葉の裏に皮肉を感じましたが、気のせいかな。

 僕は笑顔で言った。


妖亜(ようあ)君の実験とやらを邪魔するつもりは、さらさら無いから安心してよ。依頼内容は討伐だけど、僕なら誤魔化しようは幾らでもあるし」


 記憶を奪う魔獣を倒した、と。

 そう依頼主のロランと、冒険者ギルド側に思わせればいい。

 ――が。


「ノワールさんが手を汚す必要はありませんよ~。《記憶の外殻(ネイティア)》も、討伐してもらって構いません」


「《記憶の外殻(ネイティア)》? それが記憶を奪う変異種の正式名称なの?」


「はい。……まあ、さしずめ簒奪した記憶を保管し、再構築を試みる生命の意識、その複合体……でしょうかねぇ」


「言ってる意味がさっぱりだよ」


「あはは~、別に理解してもらおうとも思っていないので~。ノワールさんの知能では、難解なことでしょうし~」


『愚鈍な無知にも分かるように説明してやれよ』


 と、そんなメノア様の声は、妖亜(ようあ)に届いていない。

 僕は聞き流して――


「ごめんね。魔獣の生態や生物学は、僕の専門外でね。あまり詳しいわけじゃないんだ。学校も高等部を中退してるし、学も無い」


『常識もない』

「……けどね。人を見る目は、それなりにある方だと自負している」

「へぇ~」


 妖亜(ようあ)が顎に手を添え、双眸をスッと細める。

 もうもうと、辺りに霧が立ち込めた。


「君さ……メフィストテスの命令で、僕を滅ぼしに来たんでしょ?」


 渓谷に続いている峠道に、冷たい微風が流れる。

 妖亜(ようあ)がストレートヘアーを耳にかけた。

 その表情に変化は浮かばない。

 細長い吊り目が、僅かに嗤った。


「知ってるよ、メフィストテスの企み位。〈邪神族〉に転生をした僕を、あの女狐が野放しにするわけもないし……既に、手は打ってるんでしょ」


『まあ、メフィストテスにしてみれば、ノワールはさぞや害悪だろう。おまけに、いまのお前は〈勇者〉の力と〈邪神族〉の《権能》を手に入れている。お前が全盛期の実力を取り戻し、今世で成長する前に始末をしたいといったところか。管理者の閲覧会(アグレスタ)と思惑は違えど、目的は似ているな』


 メノア様は他人事だった。

 貴方も関係者ですよ。


『知らん。私は、つまらん世界に愉快な火種を投下してやっただけだ。その後始末をどうしようが、メフィなんとかの勝手だ』


 メフィストテスです。

 元、同僚でしょう。

 女神から〈魔王〉になった方ですよ。


『あっそ。……んなことより、私は鼻毛の処理で忙しいんだ。話しかけるな』


 会話に割って入ったのは、メノア様ですが。

 僕は肩を竦めると、妖亜(ようあ)を見た。


「災厄になるかもしれない火種だって、素直に消されるのを待つとは限らないよ。無用に手を出して、火傷する前に引いたほうが賢いんじゃないかな。商人は引き際が大事だと思うな」


 すると、妖亜(ようあ)は――。

 破顔して頷いた。


「確かに。ええ、認めますよ~。私は……いえ、数柱の〈魔王〉にある命令が下っています。それは、いましがたノワールさんが仰った通り、貴方を滅ぼすことで……発案者はメフィストテスさんですねぇ」


「あっさり、白状するんだ。もうちょっと、隠し通しても良かったんじゃないの。告げ口したこと、怒られない?」


「さあ? どうでしょうねぇ。特に口止めもされていませんしぃ~……ああ、でもメフィストテスさんに叱責されるのは勘弁願いたいものですね~。彼女、怒ると怖いですからぁ~」


 ニマニマ、と腑抜けた顔で言ってのける。

 妖亜(ようあ)は、人差し指を立てた。


「ノワールさんと腹の探り合いもするのも有意義ですが~、いまはなにぶん時間がありませんので、単刀直入に申し上げますね~」


「助かるね。僕も長話は好きじゃない」


 妖亜(ようあ)の唇が吊り上がる。

 妖艶な顔が優美に笑い、そして――。


「私の商売の為に……貴方の命を奪わせていただきます」


 その宣言は、僕の耳元で囁かれた。

 瞬間的に彼我の距離を詰めた妖亜(ようあ)が、《魔法》を放つ。


「――《壊雲(かいうん)》」


 〈二角獣(バイコーン)〉の馬車を破壊してみせたそれが。


 ――バアァァァン。


 と、僕の利き手を凄絶に破裂させた。

 僕はぬかるみを滑るように後ろに下がり、《固有体質(ユニン)》――《不老不死(ティーリ)》で再生。


「便利な体質ですねぇ。いやはや、私には持ち得ない天性の代物。珠玉の一品ですよ~」


 サァー、と妖亜(ようあ)の身体が煙と化す。

 空気中の魔素を縫い、紫の煙となった妖亜(ようあ)が接近する。

 僕は暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスの秘技、《開闢(かいびゃく)》――《蜃滅幻(しんめつきょう)》で、その煙を斬り刻んで。


「あげないし、売らないよ。女神様から貰った大切なものだからね」

「それは、残念ですねぇ。私なら良い値で買い取らせてきただきますが~」


 斬った感触は無かった。

 《蜃滅幻(しんめつきょう)》は煙を抜け、地面に痕を残す。

 僕に纏わりついた煙、その先端に妖亜(ようあ)の顔が象られる。


「10000ヴァレアで、どうでしょう」

「商人としての経歴が長い割に、見る目が足りないよ。そんなはした金じゃあ、この力は売れないなー」

「では、1000ヴァレアで……」

「減ってるじゃないか」


 振り向きざまに、暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスで妖亜(ようあ)の顔を斬る。

 だが、やはり――。

 手応えは感じられず、煙に戻った妖亜(ようあ)が中空に浮かび上がり言った。


「私も最近は入用でしてねぇ。たんまりあった資金が底を尽きかけているんですよ~」

「それなりに大きい商会を経営していたと思うけど……借金でもしたのかな」

「いいえ~」


 頭上に渦を巻いて昇った妖亜(ようあ)

 周囲に漂う魔素の霧を取り込んで、艶やかに明かした。


「うちの商会の取締役が『狂笑会(きょうしょうかい)』に唆されて、金庫の中身を盗んで雲隠れしたんですよ~」


「大変だね。ご愁傷さま」

『ざまぁみろ』

「盗られたのが現金だけなら、その取締役を火あぶりにするだけで取り返しはついたんですがねぇ~」


 妖亜(ようあ)は、しかし然程問題視はしていないようで――。

 軽やかな笑みを含ませ続けた。


「犯罪奴隷と性奴隷を使った人体実験の研究記録を、一緒に持ち出されてしまいましてぇ~。いやはや、年末も近いというのに大忙しですよ~」


「働き者だなー」

『怠惰なお前とは正反対だ』


 ボリボリ、とメノア様がお菓子を咀嚼している。

 このクソ女神だけには、言われる筋合いがない。

【次話予告】

ノワールは討伐依頼の目的地である魔力溜まり、荒れ地の咆哮に向かっていた。

そこに続いている峠道は、魔素を含む霧で包まれていて――。

霧の中に佇む怪しげなスーツ姿の女性が、ノワールに不可思議な《魔法》を放った。

馬車を壊されたノワールはその女性、〈魔王〉妖亜(ようあ)に話しかける。

互いに探り合いをするように言葉を交わすが、どちらも表面上の感情しか見せない。

しかし、ノワールの一言により、妖亜(ようあ)は笑顔で固まる。

身体を煙に変えた妖亜(ようあ)が、メフィストテスに与えられた命令を実行した。

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