第2章 第45話 語り手の言伝
僕は荷台に座り直した。
牽引する〈二角獣〉に、指示を出す。
この馬車は旧式なのだろうが、僕にとっては便利な機能もあった。
御者が不要である、ということ。
〈二角獣〉は機械なので、組み込まれたシステムにより動いている。
本物の馬であったら、街道で出遭ってしまう魔物や野盗に暴れたりするだろうが、この金属製の馬は微動だにせず、意思や感情が無いので恐怖に慄いたりはしなかった。
なので、盗賊に襲われて撃退したは良いものの、しかし移動手段が逃げてしまったなどといった事態にもならないのは、商人や旅人にはありがたいことだ。
が、機械である以上、元の性能を超えることは改造でもしないと不可能な訳で。
融通が効かない部分もある。
物によっては燃費の悪いものがあり、動力の消費が早かったりとか……。
そこはまあ、生物と機械の馬車を使い分ければ良い話でもあるかな。
御者を雇わずに済むので、僕は〈二角獣〉の方が好き。
『私は〈獄神犬〉派だな』
「どういう派閥だ、それは」
『あの犬っころは乗り心地が良いんだよ。ちょっと撫でてやれば、素直に命令に従う』
黄泉の世界を守護する番犬と、機械の馬を比較されても困るが――。
あれに乗った経験があるのか。
『ああ。〈魔王〉と〈邪神族〉の不倫現場の後片付けをした帰り道に遭遇してな。私を見るやいなや、喰おうとしてきたから、手に持っていたマッサージ器具で頭をぶっ叩いてやった。まあ、どこにでもある話だな』
いや、無いだろう。
そんな頻繁にある、みたいに言わないでもらいたい。
「僕の前世、〈勇者〉灰を召喚するよりも前の事ですか?」
『そうだな。お前を拉致……召喚するより、ずっと昔だ』
――ずっと。
数百年とかだろうか。
『お前を召喚する27分前だ』
「全然、ずっとではない……いや、いまの時間軸から考えると大昔ではあるけど……」
半日も経っていない出来事は、昔ではないでしょう。
すると、メノア様は泰然と言った。
『史上最強才色兼備天才女神の私からしてみたら、一秒前でさえ昔になる。たかが、女神の慈愛溢れる救済で邪神になれただけの羽虫と、天性の女神である私を同じ尺度で図るな。分を弁えろ、クソが』
「……凄い言われる」
指摘をされたのが、気に食わなかったらしい。
僕は乾いた笑みをみせた。
馬車で通った方角から、女性の悲鳴が微かに聞こえたような気もするが、空耳だ。
あるいは、人に寄生する魔物――〈寄生樹〉の鳴き声。
街道の左右に広がる森林の奥に、それが潜んでおり、女性を真似て叫んでいるのかもしれない。
『可哀想な娘だ。助けてもらえると思ったら、素通りされ置いていかれる。あの女は、一生傷を負って生きるわけだ。お前のせいでな』
「その心配は無用ですよ。言ったでしょう? 犯ったあとは焼いて埋めろ、と」
『なんだ、お前なりの優しさだとでも……? 〈勇者〉様は焼死体が、お好みか』
「ほったらかしにされ、死体が腐って魔物化でもしたら面倒なのでね。それがいつの日か、世界を脅かす災厄になりえる可能性だって……」
『無いだろ、あのそばかすの芋臭い娘如きが』
――どうだろう。
決めつけは良いことではない。
想像するのは自由だ。
そういう未来があっても、面白いと思うけどな。
雑木林を抜けると、開けた野原に出た。
周りは木々に囲まれ、その中央に小高い丘が盛り上がっており――。
古びた木造の小屋らしき建造物が、ポツンと点在している。
強風が吹けば屋根ごと吹っ飛びそうな、廃屋で。
人が住まう家でないのは見るからに明らかだった。
そこに続いている砂利道を、馬車で走る。
途中、立てかけてあった看板には『語り手の工房』と、褪せた色のペンキで書かれていた。
『世捨て人の芸術家でも住んでいるのか? こんな電気も水も……危険もない辺境の土地で、物好きなことだな』
身の危険が無いのは好条件だろう。
神都アリオンは大国で、隣国より技術や文化が発展した都会だが、そういった暮らしより田舎での生活を選んだ者が、あの小屋にいるようで。
丘を駆け上ると、『語り手の工房』の横手にあった、家庭菜園用だと思われる畑の前で馬車を止める。
荷台から飛び降りた僕は、小屋の入口に立った。
近距離で見ると、やはり住居とは考えづらい。
物を製作する工房というより、物置小屋だ。
しかし、建物の扉は異様に豪奢だった。
縁が頑丈な木材で固定された扉は、金を使った鯨の装飾がされている。
〈機巧人形〉が興した機械の国で信仰されている幻獣、フェインネルスだ。
『あんな出来損ないの劣等品を模すとは、随分と信心深いことだ。良い趣味をしている』
と、メノア様は嘲笑った。
信仰心の高い教徒が家主なのかは判断出来ないが、1000年以上も前に滅びた幻獣を今も尚崇めているなら、相当な信者ではある。
扉には呼び鈴やインターホンが備えられていなかったので、僕は軽いノックをした。
「御免下さーい。冒険者のノワールと言います。少しお話を聞かせてもらえませんかー」
留守の場合も考えられたが、しかし。
反応は即座に返ってきた。
「は、はいっ。しょ、少々お待ち下さ……きゃあああぁぁぁっ!!」
――ドタドタ、ガシャーン。
と、物が倒れる音が響いて。
「きゃあああああぁぁぁ……っ!! 止まって! 止まってえええぇぇぇ……っ!!」
僕はスッと、身体の位置をずらす。
同時に扉が盛大に開いて、女の子が地面にダイブした。
「ふべっ……!」
変な声を漏らし顔を土まみれにした女子は、まだ子供だった。
僕よりは年上だけど、あまり年齢差はない。
10歳前後かな。
潰された蛙のような有り様の彼女は、小綺麗なメイド服を着用している。
その背には銃器型の魔道具、アサルトライフルを背負っていた。
「……う、うぅぅぅ……痛い……痛いよぉ……うぅぅ……」
涙声をこぼして起き上がる。
鼻を啜ると、こちらを向いた。
幸の薄い顔だった。
頬は煤と土で汚れ、橙色の片目には眼帯が付けられている。
ツインテールに纏められた髪は、色素の薄い白髪。
顔面に怪我をして涙を浮かばせた様は、怯える小動物に見えた。
「やあ、こんにちは。僕は冒険者のノワールだよ、ヨロシクね」
僕は爽やかに挨拶をする。
彼女の状態を確認して。
「大丈夫? 凄い勢いで地面に抱擁していたけど……怪我はない?」
ツー、と鼻腔から血が垂れた。
それでも彼女は、元気に言う。
「は、はいっ! すみませんでした、お見苦しい姿を……この通り、無傷です!」
鼻血がメイド服の裾に染みを作る。
軽傷だ。
僕は《女神の聖なる息吹》をかけてやった。
「こ、これはっ!? はっ、まさか……《女神の禁じられた唾液》!?」
微妙に違う。
なんだ、その《魔法》は。
『女神の唾液は神聖な体液であり、それは秘薬の貴重な原料にもなる。故に、現代では使用や服用に関して厳格な規則が設けられている』
――そうですか。
現代人は、得体のしれない生物の唾液を飲むんですね。
僕は笑いかけて訂正した。
「簡単な《回復魔法》だよ。そんな驚愕するような術でもない」
彼女は顔の傷が治ったのに、ビックリしている。
それから、バッと頭を下げた。
「私はラナといいますっ! この『語り手の工房』でロラン様の手伝いをさせていただいている、使用人……みたいなものです!」
――ロラン。
冒険者ギルドに魔獣の討伐依頼を出していた人と同一人物かな。
「私のような卑しい身に、貴重な《魔法》で怪我を治癒していただいて……なんと、お礼をすればいいか……」
「別に良いよ、対価とか。困っている人がいたら、助けるのが善人として当然の行いだろう?」
『他者に善人と評価されるならまだしも、自称するものではない。お前は性被害を見て見ぬふりした、半端者のクソ野郎だ』
「な、なんて良い人っ……」
ラナが両手を合わせ、僕を拝むように見る。
その目は感涙で潤んでいた。
僕は簡潔に要件を伝える。
「冒険者ギルドに出されていた、ロランさんの依頼を見て来たんだけど……君の主人は、ロラン・フリードさんで合っているかな」
「は、はいっ……ロラン・フリードは、私の変態なご主人様で間違いありません」
『……変態?』
「良かった。依頼の件で、本人に話を聞きたいと思って『荒れ地の咆哮』に向かう前に、ここに寄ったんだけどロランさんはいる?」
ラナは首を横に振った。
晴れた遠い青空を見て――。
「ロラン様は残念ながら……」
「え、もしかして……死ん――」
「……ああ、いえ……全然、生きていますよ」
『紛らわしい雰囲気を出すな、メスガキ』
「年中、生気を失った死んだ目で研究に励んでいます。バッチグーですね!」
何がバッチグーなのかは分からないが、ロランは存命なようである。
ラナは林の奥に聳える山を指さして教えた。
「現在、ロラン様は荒れ地の咆哮の一件で、助力を求めて〈蠱毒の魔女〉ルシエラ様のところに出向いています。無駄に中身のない話がお好きなルシエラ様ですから、色々と話題を振られているでしょうし……帰りは夜になるかもしれません」
「そっか」
〈蠱毒の魔女〉ルシエラは、僕も面識がある。
猛毒の蟲、主に昆虫を起源に生まれた災厄だ。
過去、とある馬鹿な国の研究機関が、侵略戦争に蟲の毒液を用いた化学兵器を開発しようと企んでいて――。
その実験の失敗作、いや副産物として産み落とされてしまったのが、ルシエラだった。
生みの親、国が戦争で負けて滅んだあと、ルシエラは驚異的な生命力と成長速度で、生物としての進化を続け、いつしか〈魔女〉と畏怖される世界の敵となった。
僕が最後に会ったのは、精霊師団副団長アルヴェルトの娘を供物にする計画で、〈魔女〉オリヴィアを混ぜた三者で話し合いをしたとき。
ルシエラは旅をするのが好きで放浪をしていたが、いまはヴァミリド神教国内に拠点を置いているのかな。
「出来たら依頼の詳細に関して、情報を聞いておきたかったんだけど……いないなら仕方ないね」
依頼書に記載されていたのは、抜粋された部分的なもの。
魔獣の討伐と書かれてはいたが、それがどういった種類の魔獣なのかは不透明。
荒れ地の咆哮に到着する前に、役立ちそうな前情報を手に入れておきたかった。
だが、本人が出掛けていて不在ならしょうがない。
「ロランさんに伝えておいてもらえるかな。荒れ地の咆哮にいる魔獣の討伐依頼は、冒険者のノワールが引き受けたって……」
「はい、分かりまし……ハッ!?」
「ん? どうかした?」
ラナが目を見開き、僕を見る。
僅かに焦り、思い出したように告げた。
「そういえば……ロラン様より言伝を預かっていたんでした……」
「僕に?」
「……いえ。ロラン様の依頼を受けた冒険者宛てに、です」
「なるほどね。……それで、何かな? 言伝って」
んん! とラナが咳払いをして――
真剣な眼差しで、僕に伝える。
「荒れ地の咆哮に潜む魔獣は、姿形……種族や能力も不明な、学術都市ディスグフラの標本にも載っていない、未確認の個体。しかし、唯一判明しているのは……その魔獣が記憶を奪う力を秘めている、ということ。これを聞いている貴方が、どういった理由で志願をしたのかは存じませんが、かの造物は魔獣の皮を被った災厄……奪われた記憶が戻る保証はない。決して、深追いはしないようお願い申し上げます……以上です」
そう、ラナが締め括った。
僕は聞いた内容を反芻する。
――記憶を奪う魔獣。
突然変異した個体だろうか。
似たような例で、魔力を奪うのに特化した魔獣は見たことがある。
『記憶を奪う、で間違いはないのか?』
メノア様が些細な表現に引っかかっている。
僕は問い掛けた。
「その魔獣は、記憶を奪うの?」
「……え? はい……そう、ロラン様からは伺っていますが……何か疑問点がありましたか?」
『記憶を消す、ではないんだな』
メノア様が再度言う。
奪うと消すの差異が気になっている。
酷似しているようで、違いと害は明白だ。
取り戻せるかもしれない簒奪と、取り返しのつかない消失では危険度が上下する。
「――ま、どっちでもいっか別に」
僕は小さい声で呟いた。
万が一の際でも《権能》――《理を変転させる幻惑の坩堝》で、どうとでもなるだろうし。
と、僕は楽観的に考えて。
「ううん、何でもないよ。わざわざ、伝えてもらってありがとね……助かったよ、ラナさん」
「お役に立てたのなら良かったですっ。ど、どうかお気を付けてっ! ロラン様が帰宅されたら、ノワールさんが尋ねてきたことを伝えておきますね!」
「うん。多分、その頃僕は……この世にいないと思うけどね、あはは」
「えぇっ!?」
「冗談さ。最近、都心で流行っている冒険者ジョークだよ」
『流行しているのは、お前の感性の中だけだ』
ラナの反応に、僕は意地の悪い笑みをする。
馬車に乗り込むと、荒れ地の咆哮に〈二角獣〉を走らせた。
【次話予告】
ノワールは冒険者ギルドで依頼を受けたのち、〈二角獣〉の馬車で目的地である荒れ地の咆哮に向かっていた。
その道中で野盗らしき男達に襲われている女性を見かけ、笑顔で見捨てたノワールは、『語り手の工房』といった廃屋に立ち寄った。
家主であり依頼者のロランは、〈蠱毒の魔女〉ルシエラに会いに行っていて不在だったが、その使用人ラナの口から預かった言伝を聞かされた。
荒れ地の咆哮に潜む魔獣は、記憶を奪う能力がある個体のようで、危険性を警告される。
件の魔力溜まりに着いたノワールは、魔獣の手がかりを探し始めるが、魔獣が残したものとは思えない人為的な痕跡を見つけたのだった。




