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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
神を滅ぼす機巧人形編
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第2章 第44話 比較的に穏やかな道中

 街道を馬車が走る。

 鋼鉄製の蹄を鳴らし、口端から白い蒸気をこぼして駆動するその乗り物は、神都アリオンで一般的に利用されている〈二角獣(バイコーン)〉の馬車だ。

 荷台を牽いている馬は、生物には定義されないだろう。

 偏執的な思想がある学者であれば、それも立派な生物であると断定するのかもしれないが、生憎と僕は冒険者であって、尖った考えも持っていない。

 差別しているわけでもないけど、これは僕にしてみると、ただの人工的な造物だ。


 ――ガタガタ、ゴトゴト。


 と、馬車の車輪が回り、街道を緩やかな速度で進む。

 急ごしらえで、ギルドに借りた物なので、あまり上質な代車ではなかった。

 僕が座っている荷台も、板を釘で打って形を整えただけの、吹きさらし。

 屋根も無いので、少し肌寒かった。

 雨天の下に保管されていたのか、全体的に木材が湿っている。

 じんわりと、僕の尻が水分を感じた。

 座り心地も良いとは言えないが、それよりも不快な感触がある。


『文句を垂れたところで、お前如きが貴族様が乗るような馬車で移動出来るわけでもないだろう。このオンボロを借りれただけでも、ありがたいと思うんだな』


「感謝はしていますよ。荒れ地の咆哮までの道のりを、徒歩で移動するのは疲れますからね。座標も覚えてないので、《次元歪曲(ディシス)》を使えませんし」


『記憶力の良いことだな。そのおかげで、こうしてほのぼのとした冒険が出来ているわけだ』


 ――あー、楽しいなー。

 と、何の感慨もない声音で、メノア様は言った。

 僕に金銭的な余裕があったなら、もっと良い馬車を借りれたか、買えたのかもしれない。

 だが、現状では贅沢を言えるほどの残高も無かった。

 この馬車は、僕の受付を担当した嬢、シスベルに用意してもらったもので、荷台の状態もそうなのだが、かなり古い型に思えた。

 牽引する〈二角獣(バイコーン)〉も、神都アリオンで見た個体より、一回り体躯が小さい。

 長い間、眠っていたところを突然動かされて、内臓された部品が嫌な音を立てている。

 自我は無いはずの〈二角獣(バイコーン)〉が、どこか苦しそうにしていた。


 ――大丈夫かな。

 途中で壊れないといいけど。


『また、弁償か。借金まみれの邪神だな、お前は』

「借金があるのは、メノア様でしょう。旧友の女神との賭け事で、大損したとかなんとか」


『おいおい、ケツ拭き〈勇者〉よ。適当なことを言うんじゃない。この私が負けるわけ無いだろうが』

「メノア様が負けたときの常套句ですね、それ」


 先日も聞いた。

 あれは、知り合いの女神と星の権利を賭けていたんだったかな。


『分かっていないな、お前は』


 ――本当に無知な阿呆だ。

 と、メノア様が芝居がかった口調で続ける。


『賭け事には勝敗があり、そこには明確な勝者と敗者が存在している』

「何の話ですか」

『いいから聞け。お前の成長にも関わる大事な話だ』


 僕は黙って周囲の景色に目をやった。

 言い合うのも億劫である。

 こちらがどう責めようと、メノア様は話すのを止めないだろう。

 なら、好きにさせておいたほうが、結果的に僕の負担も軽減される。


『良い心掛けだ、ケツ拭き〈勇者〉ノワール。面倒な女神筆頭である私の相手をするなんて……本当に優しい奴だな、お前は』


 筆頭なんだ。

 しっかりと自覚はあるようで、なにより。

 メノア様は朗々と語った。


『賭け事における……いや、あらゆる遊戯に於いて勝者というのは無論、勝負に勝って報酬を得た者を示している。逆に敗者というのは……勝負に負け報酬はおろか、挙句の果てに対価までも失ってしまう、哀れな羽虫だ』


「……で? そんな哀れな羽虫女神様の持論は、どこに着地するんですか。僕を納得させる理由が思い付かないから、曲解な弁論で時間を稼ごうとしても無駄ですよ。貴方の借金が減るわけでも、負けた結果が覆りもしません」


『お前……前世で絶対嫌われてただろ』


 はて、どうしてかな。

 僕は小首を傾げる。


『大した意思も無いのに、偉そうに正論を押し付ける偽善者ほど、ウザいこともない』


「……酷いな。僕は世界を守る為に……そう、世界の安寧を維持しようと、誰もやりたがらないゴミ処理係を、率先してやっているだけですよ」


『ほう……? お前がそんなに、慈善活動に熱心なクソ野郎だとは思わなかったよ。偉いな、よしよし……いーこいーこ』


 と、メノア様が異界で宥めるように言う。

 意識は繋がっているが、感覚は共有されていない。

 しかしながら、僕は頭を撫でられている気がした。

 それを手で払い除け、爽やかな顔で伝える。


「誰が自ら進んで、貴方のような生ゴミの凝縮体と関わりたいと思うんですか。他の人に相手をさせるのも可哀想だし、拷問でしかないので……その役目を、僕が買っているんですよ。民衆に慈愛と治癒を齎す〈聖女〉よりも、よっぽど大義のあることだと思いますよ」


『比較対象があの〈聖女〉では、たかが知れているがな』


「セラスとは言っていませんし、〈聖女〉だって彼女一人だけではないでしょう。他国にも〈聖女〉はいますよ。ほら、学術都市ディスグフラにも……」


 レネイストにいる〈聖女〉は、セラス一人ではない。

 僕が記憶している限り、他大陸も合わせると、三人程いたと思う。

 人数的には少ないように見えるかもしれないが、これでも千年前よりは増えたほうである。

 当時、改暦前はセラスしか〈聖女〉の役職に就いていなかった。

 〈聖女〉になるのに、煩雑な条件や制約が必要なのも要因だが、女神との適合者がなかなか生まれないというのもあるのだろう。


『あん……? ディスグフラだと? あー……お前が供物にした、アルヴェルトの娘か』

「ええ、そうです……いえ、まあ……僕が直接、手を下したわけではありませんが」


『実行犯でないとしても、元凶はどう考えてもお前だろう。〈魔女〉オリヴィアに加担していなければ、あの娘は蠱毒の王(ルクナ)の供物にはされていない。いまも、元気にダンシングしていたかもしれないな』


 彼女がダンシングしていたかは知らないが、間接的に関わったのは認める。

 悪かったとも思っているし、ずっと後悔だってしていた。

 僕が〈魔女〉オリヴィアの策略に乗り、精霊師団の副団長アルヴェルトの娘さんを籠絡しなければ、彼女は死なずに済んでいた。

 甘い誘惑に引っかかり、〈魔女〉オリヴィアを信用してしまった僕が愚かだったわけだ。


『お前の気色悪い得意分野を教えてやろうか。思ってもいない喜笑や悲哀を、さも本心かのように偽り魅せることだ。〈魔女〉オリヴィアに誘惑されて、客観的に見れば利用されて騙されたように思えるが、そもそもお前の狙いは、そこではないだろう?』


 僕は黙っていた。

 口は挟まない。


『お前は根っからの偽善者だが……しかし、完全な悪人ではない。極悪人にも染まれない、なりきれない……クソ野郎だ』


 率直な批評だった。

 僕は快活な笑顔で受け止める。


『そんな半端者のクソ〈勇者〉様は、ちっさい脳みそで頑張って考えたわけだ。どうにかして、アルヴェルトの娘を救うことは出来ないだろうか、と……それが、友人としての義理か、お前の中に残った微々たる優しさかは定かじゃないがな』


 ――ガタゴト。

 と、馬車が一定の速度で走る。

 目的地までは、まだかかりそう。

 僕は伸びをして言った。


「――だとしたら、前世の僕は相当なお人好しですね。しかし、それが事実なら……あんなに、アルヴェルトに怨まれる謂れも無いのでは? 復讐にかられた鬼面の如き様相で、僕を斬ろうとしてましたよ」


『悪いが、私は現場を見ていたわけではないから知らんが、食い違いでも起きているんじゃないのか』


 僕が女神様と意識の再接続を認識したのは、冒険者ギルドに入ったあと。

 それまでの光景――

 『竜脈(りゅうみゃく)の畔』で、アルヴェルトと争ったのは知り得ないのだろう。


「彼の事情がどうであれ……既に斬っちゃったので、もうどうしようもありませんが……」

『斬っちゃったのか』

「はい。ザクッ、と粉々に」

『この人殺しめ』


 僕を殺しておいて、ブーメラン発言が凄いな。

 感心するよ。


「僕は平和を愛好する傍観主義な偽善者ですが、しかし向けられた凶刃を跳ね除ける自己防衛はしますよ」


『正当防衛だったと……?』

「ええ、だって僕は――」


「いやあああぁぁぁ――ッ!!!」


 大きな悲鳴が聞こえた。

 女性の甲高い声だ。

 馬車の進行方向、街道の脇で女性が倒れている。

 否、押し倒されている。

 みすぼらしい格好の若い女性が、薄汚れた数人の男性に襲われていた。

 なるほど、これは強姦というものかな。

 神都アリオンからは離れており、人通りもないこの街道沿いは、安全とは言い難い。

 魔物以外にも、野盗の類が潜んでいるのだろう。

 女性が単独で来るには、些か危険だ。

 せめて、冒険者に護衛の依頼をしてもらったほうが良い。

 見た感じだと、女性の仲間はいなさそう。


『不用心な女だな。まあ、これも自分の運命だと思って受け入れろ。盗賊の野郎に犯されたことも、寝たら忘れるだろ』


 それは、貴方だけかと。

 普通は一生の傷になる。


「馬鹿な女だなぁ、おい。こんな人気の()ぇ場所に、女が一人で歩いてるなんてよぉ」

「ああ、襲ってほしいって言ってるようなもんだぜ」

「最近は教団の監視が強まって、前より機会が減っちまったが、俺らにも運が向いてきたってことだな」


 早速、始めるようで――。

 三人組の男達が、ズボンを脱ぎ始めた。

 背に大剣を背負った大柄な男が、女性の両腕を地面に抑えつける。


「いや……いやあああああぁぁぁ――ッ!!! 助けてえええええぇぇぇ――ッ!!!」


「ハハハハッ! 助けなんてこねぇよ。来るとしても、醜い〈豚鬼人(オーク)〉位じゃねぇか?」

「それだって、お前を助けるより……俺らに加勢するかもしれないがなぁ」

「あの脂肪が性欲で満たされている豚野郎だ。きっと、女に飢えてるだろうよ」


 と、下卑た笑いを響かせる。

 女の衣服に手をかけ、強引に引きちぎった。

 下着も一緒に裂かれて、素肌と乳房が晒される。


「い……ッッ!?」


 女性は叫ぼうとしたのだろうが、しかし大柄な男の手で口を塞がれてしまう。

 上半身が裸になった状態で、女性が身を捩りながら、目尻に涙を浮かばせた。

 豊満なそれに男は息をのむと、空いている左手を伸ばす。

 先端の桃色に触れる寸前で。


「あ、ちょっと通りまーす。ごめんなさーい」


 僕は断りを入れると、男達の意識を向けた。

 眼前の女性を犯すことしか考えておらず僕の接近に気付いていなかったようで、こちらを視認すると竿を垂らして驚愕する。


「なっ!? だ、誰だお前……っ!!」


 長剣を腰に装備していた細身の男が、僕を見て怒鳴った。

 その横を、僕は通り過ぎようとする。

 僕と目が合った女性が、助けを求めてきた。

 当然、無視。


『クソ野郎』


 ――はははっ。

 なんとでも、言うといい。

 僕は無益な事はしない。

 女性を助けたところで、僕に見返りがあるとは思えない。

 服装も貧乏そうだし、金も持っていないだろう。


『英雄譚に語り継がれる〈勇者〉様は、利害の有無に関わらず、困っている人がいたら、爽やかな顔で手を差し伸べるものだ』


 と、そう女神様が仰るので、僕は――。

 爽やかな笑顔を作る。


()ったあとは、〈腐屍人(ゾンビ)〉化しないよう、焼き殺すか土葬しておいてね。その女性が自殺して〈腐屍人(ゾンビ)〉になっちゃったら、冒険者さんが困るからさ」


 僕は他の冒険者に配慮をした注意を促す。

 呆然とする野盗と女性に微笑みかけると、そのまま過ぎ去った。

【次話予告】

ノワールは冒険者ギルドで登録を済ませると、目に止まった依頼を受注した。

それは魔力溜まりでもある渓谷、荒れ地の咆哮に潜む魔獣の討伐で――。

目的の場所に、シスベルから借りた馬車で向かうノワール。

道中、メノアと雑談をしていると街道の脇で、女性を襲っている野盗を発見した。

目で助けを求められたノワールは、しかしながら無視して去る。

その先で立ち寄ったのは、とある牧師が所有する廃屋で、出迎えた少女に奇妙な話を聞かされたのだった。

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