第2章 第43話 荒れ地の咆哮
冒険者ギルド、受付カウンターの奥。
資料や備品が雑にしまわれた棚を、ゴソゴソと短い腕を伸ばして、シスベルが漁る。
彼女は背丈が平均より、やや低めの成人女性なので、高い所にある物を取るのに、つま先立ちになっていた。
目当ての道具があったようで――。
シスベルは埃の被ったそれを手にして、こちらに戻ってきた。
服の袖で汚れを払うと、魔道具をカウンターに置き。
「そろそろ、お昼休憩に入ってしまいますし……お腹もぺこぺこですので、雑事はさっさと済ませましょう。ここに、血を垂らして下さい」
そう言い、シスベルが出したのは薄い板切れだった。
厚さは、数ミリあるか位だろう。
少しでも強い力を片面に与えれば、折れてしまいそうである。
素材は何で作られているのか。
表面は、透明の水晶のような材質で、しかし電子機器の液晶画面にも見える。
長い期間、棚に放置されていたようだが、その面には傷一つ付いていなかった。
これが、冒険者組合連合に、冒険者登録をする魔道具らしい。
僕の前世では無かった代物だ。
当時の登録は――
まあ、僕は冒険者稼業はしていなかったけど、登録は紙で行っていたと思う。
だから、偽造や工作といった悪事も、多々あった。
それが改正されて、紙から魔道具に変わったのかな。
僕は登録の魔道具を見やる。
こういった代物に精通しているわけではないが、ある程度の知識は持っているつもり。
――なるほどね。
使われている素材は、鉱物だ。
見たことのない種類だが、学術都市ディスグフラに流通している淵鉱と似ている。
あれは魔力が溜まっている港、骸淵漁港で採れる特産品で、学術都市ディスグフラでは建築資材や魔道具製作などに用いられている。
魔力を多分に含んでいる鉱物でありながら、逆に外部から加えられる魔力を相殺する性質があった。
それに類するものを、この魔道具に感じたのだが――。
「血は一滴で良いのかな」
「いえ、百滴垂らして下さい」
「そんなに垂らしたら、失血死してしまうよ」
「ご安心を。その程度で、人間は死にませんので……さっさとやれ、クソガキ様。お昼ご飯の、鮭おにぎりが私を呼んでいます」
――グー。
と、シスベルのお腹が鳴った。
受付カウンター、シスベルの私物だろう栗鼠の置き時計が、12時を示していた。
「正確な腹の虫だね。親交の証に、僕も御馳走になっても良いかな……ありがとう、いただきます」
「良いわけないでしょう。私の鮭おにぎりは、米粒一つに至るまで、全て私のものと決まっています」
「誰が決めたのかな、そんな傲慢な所業」
「私の曾祖母にあたる、勇猛な女戦士ヴェレーラの遺言です。自然の恵みに感謝の心を忘れずに、好き嫌いをしないよう残さず頂きなさい、と」
「素晴らしい考え方だね、うん。実にありがちな、教えだ」
僕は爪先で、親指の腹を切る。
血を数滴、板に垂らした。
水晶に波紋が起き、そして――。
スウ、と血が吸い込まれる。
僕の血液を認識したのか、水晶が魔力を発し色が変わった。
透明だった面が、汚い黒色になる。
それに、シスベルが感想を言った。
「言い忘れておりましたが……この魔道具《慧審の鏡》は、その者の性質を明らかにします」
「へー」
「人間に限らず……知的生命体は皆、一様に内面を飾り、または偽ろうとする。しかしながら、その隠された本性を見抜き審判をする……それが、この《慧審の鏡》というわけです」
「そうなんだ、便利だね。質屋にでも売ったら、高値になりそう」
「売り物ではありませんし……こんな旧時代のガラクタ、大した値にもなりませんよ」
「……ガラクタ? 普段、登録に使っているんじゃないの?」
と、自分で言って思ったが――。
だとしたら、あんな取りづらい棚に置いてはいないだろう。
「いまどき、こんな使い勝手の悪い魔道具は用いません。これは動力源に多量の魔力が必要になるので、メンテナンスも面倒ですし……数年前に大体の支部では、廃棄されました。現在は改暦以前の規則に戻り、紙媒体で登録をしています」
「何か……アホな話だね。結局、紙になったんだ」
「ええ、アホですよ。それはもう、途方もないほどに。そのどこぞのアホが、数年前に《慧審の鏡》を悪用して、登録情報を情報屋に横流ししていたのが発覚しましてね……それ以来、管理体制などを鑑みて、上層部が規則を改めた、というわけです。……まあ、大仰に改正とは言っても、過去の規則を真似しているだけですが」
シスベルが失笑をして、《慧審の鏡》をカウンターの下にしまう。
代わりに、掌サイズの薄いカードを、デスクの引き出しから取り出した。
「こちらが、クソガキ様の冒険者組合連合における身分証になります。組合で依頼を受注する際は勿論のこと……報酬の入金や、その他各種組合での……めっちゃ凄いサービス利用時にも提示を求められますので……紛失をしないよう、お気を付け下さい」
「その、めっちゃ凄いサービスって、具体的には?」
「当支部……いえ、冒険者組合連合は星灯録教会と提携を結んでおりまして……かのパチモン教会様とは懇意にさせていただいています。特に〈聖女〉セラス様には、多額の資金援助を組合創設時に融通していただいた、とそう伺っていますよ」
「そういえば……セラスお姉ちゃんが昔、そんなこと言ってたかも」
「はい。クソガキ様のお姉様……淫乱〈聖女〉殿には、組合の上層部連中も頭が上がらないようで、彼女の要望には馬鹿の一つ覚えで、首を縦に振ることしか出来ません」
「流石、僕の自慢のお姉ちゃんだ」
僕は無表情で胸を張った。
渡された身分証カード、その表裏を確認する。
板と同様の薄さ。
材質も鉱物由来のものを感じる。
しかし、重さは無かった。
表の面には、僕の冒険者としての登録名。
――ノワール・ヴァレンタイン。
その下に、所属集団や諸々の情報が簡単に記載されている。
所属集団が空欄なのは、僕がどこにも入っていないからだろう。
この先、他者の仲間に加わる予定は、いまのところ考えていないが、もしそうなったら追記されるのかな。
「クソガキ様にとっては、自慢のお姉ちゃんかもしれませんが……誰も口にしないだけで、上層部の老人達は淫らな疫病神としか思っていませんよ」
「流石は、自慢のお姉ちゃんだ。〈聖女〉でありながら、神の名を冠するなんて、不敬極まりないね。僕も見習わないと」
「是非とも、反面教師にしていただいて……出来れば、クソガキ様の方から淫乱〈聖女〉殿に、めっちゃ凄いサービスを速やかに撤廃するよう、進言してもらえればと思います」
「そんなに、不評なサービス内容なのかな」
「不評、ではありません……不埒です。詳細な説明が聞きたいですか?」
シスベルが上目遣いを寄越す。
その双眸は、侮蔑と諦観で暗かった。
僕は身分証カードを、《異空間収納》にしまい――
「遠慮するよ。僕もお腹空いたから、そろそろお昼にしたいしね。また今度、時間があるときにでも教えてもらおうかな」
「そうですか。私の気分次第では、話さないかもしれませんので……聞きたければ、私の機嫌が良い日に……それか、私の大好物である栗鼠の丸焼きを差し入れに持参してもらい、機嫌を取ってから尋ねて下さい」
「うん、分かったよ。そうするね」
僕は心の中で、シスベルの好きな料理をメモした。
売店で見かけたら、買って保存しておこう。
僕は再度、登録の手続きをしてもらったシスベルに、お礼を告げる。
それから受付カウンターを、後にしたのだった。
こうして、折角冒険者ギルドに足を運んだのだし、また昼食の後に来るのも面倒臭いので――。
短時間で終わりそうな、手頃な依頼が無いか、依頼ボードを拝見してみる。
大方、午前の早い時間帯に、割の良い依頼は受注されてしまったのだろう。
ボードに残っているのは、まばらにある数枚だけ。
冒険者業界の相場を、把握しているわけではないが、これらの依頼と報酬はどうなのかな。
――チラチラ。
と、僕を盗み見ていた冒険者達に横目を向ける。
ジゼルと死煙、その二人との騒動もあってか、安易に話しかけてはこなかった。
しかしながら気にはなるようで、離れた位置で僕に鋭い視線をやっていた。
敵意は無いが、僕に警戒感を抱いている。
職員も僕と、目を合わせようとはしなかった。
別に居心地の悪さを感じるほど、僕は空気の変化に敏感ではない。
他人にどう見られ思われようとも、知ったことではない。
僕は傍観主義者なのである。
『何が、なのである……だ。良いように言うな、ケツ拭き〈勇者〉が。ただ、物事に対して鈍感なだけだろう』
何だ、この雑音。
うるさいな、どっか行け。
『クハハハッ 残念だったな。私とお前の意識は魂で、繋がっている。故に、死んで転生をしようと離れることはない。未来永劫、時空の彼方までお前とは運命共同体というわけだ……喜べよ、クソが』
――ウレシイナー。
お昼ご飯は、何にしようかな。
『〈魔王〉も絶賛! うんたらかんたらの、特盛蕎麦を食いに行け』
『蛇鶏王亭』の、蕎麦でしたか。
食べたいのは山々なのですが――。
僕、無一文なので。
『何の為に冒険者になったんだ、お前は。そのクソが詰まったちっさい脳みそで、少しは考えろ』
ええ、分かっていますよ。
だから、こうして依頼を見ているんです。
メノア様も、クソまみれの憐れな脳で、女神ベルザに対する言い訳でも考えていて下さい。
『案ずるな。あの博愛気取りの修道女には、既に心のこもった文通を送っておいた』
――ほう。
内容を伺っても?
『…………』
何故、そこで黙る。
すると、メノア様は小声で言った。
『恥ずかしいだろ……』
気持ち悪い。
僕は胸中の嫌悪が、表情に出た。
異界でもじもじ、としているのか教えてはもらえない。
『うら若き乙女の文を強引に見ようだなんて、お前はエッチな奴だな……この、変態め』
僕は見せてもらえるよう、頼んだだけ。
嫌なら構わないし、それに――。
女神様は、ババアだ。
文通と言えば、僕が書いた手紙も出さないとな。
『誰に』
貴方に。
女神様にですよ。
『私にだと? ……おい、まさか気色の悪いポエム集ではないだろうな』
セラスじゃあるまいし。
簡潔な謝礼、みたいなものです。
『……ふーん』
と、メノア様は懐疑的だった。
本当なんだけどな。
僕は苦笑いをして、適当に目に留まった依頼書を取る。
依頼分類:討伐。
報酬金額:1000000ヴァレア。
有効期限:一月二十一日。
詳細:神都アリオンの郊外、『荒れ地の咆哮』にて、新月の夜に出没する魔獣の討伐を求む。
依頼者:ロラン・フリード。
僕は流し読みをして、思案する。
依頼の種類は、シンプルなもの。
魔獣の討伐で――。
遂行の期限も、長い。
現在のレネイストは、十二月。
今日は、二十日だ。
猶予が約一月程、設けられている。
僕が気になったのは、報酬の額だ。
――1000000ヴァレア。
ヴァレアは、レネイストに流通する国際的な通貨の単位。
僕が元いた世界、地球の円と同等の価値に換算が可能だと考えてもらっていいだろう。
つまりは、一千万円。
『なかなかの大金だな。それだけあれば、世界征服が叶う』
舐めすぎだ、世界を。
それで支配出来るなら、独裁者で溢れ返っている。
――だが。
冒険者ギルドに出される依頼にしては、破額なのは間違いない。
同時に、この依頼書が売れ残っていることに、疑問が生じた。
一見、好条件に思える。
世界征服は知らないが、そこらの庶民が手にしたら、数十年は自由気ままに暮らせる報酬額だ。
『――なのに、誰も受けていない……よし、それを受けよう!』
メノア様は、思考を捨てた。
深い考えもないままに、そう勧める。
僕は依頼書の下部、これを冒険者ギルドに出した者の氏名に目を通した。
――ロラン・フリード。
苗字持ち。
平民、ではない。
貴族か、それと同等の家柄。
平民上がり、ということもあるだろうが、どちらにしろ上流階級だ。
『この、ロラン某が貴族なら、私兵を使えば事足りるだろ。わざわざ、こんな大金はたいてまで、ギルドに頼む理由が無い』
僕が思っていた疑念を、メノア様が指摘する。
ロラン・フリードが、どなたかは存じ上げないが、彼または彼女が貴族だとして。
フリード家直属の兵士を動かさず、冒険者ギルドに依頼をするのは、どうしてか。
『ロラン某が、部下に命令を下せる程の立場にない小物、か……』
私兵では手に負えない事態だと判断をした。
ということかな。
『――だろうな。魔獣の出現場所が荒れ地の咆哮、なのも妙だ』
そうですね。
僕は場景を、頭の中に思い浮かばせた。
――荒れ地の咆哮。
あそこは現代、紅凱暦以前に地殻変動により、自然発生をした魔力溜まりだ。
魔力溜まりには、周囲の地形や環境が重なり、大きな魔力の溜まり場となっている。
別段、それは怪奇な事象ではない。
地震や暴雨などの災害が起きると、魔力溜まりは偶発的に生成される。
――のだが。
荒れ地の咆哮は、少々特殊な側面がある。
あの魔力溜まりが作られたのは、地割れによりできた、渓谷だった。
そこを突き抜ける風の音が、竜の咆哮に聞こえることから、荒れ地の咆哮と呼ばれ始めた。
荒れ地の咆哮に溜まった魔力は、他の溜まり場より莫大で濃密だったのもあり、必然と魔物や魔獣が引き寄せられ、いつしか魔の巣窟となっていった。
上級の化物も潜んでいるので、狂った物好きか相当な蛮勇でないと、足を踏み入れない危険地帯だ。
『おめでとう。お前は、その何十人目の愚かで勇敢な冒険者様だ』
僕は勇敢ではありませんよ。
臆病な小心者です。
――だけど。
と、僕は依頼書を手に、受付カウンターに向かう。
「荒れ地の咆哮がいま、どういう環境下になっているのか、には少しばかり興味があります……それに、素敵な巡り合わせがありそうな気もしますので、ね」
『ほう……? その根拠は?』
「予感ですよ。熟練の冒険者としての」
『冒険者なりたての若造が、ほざいてんじゃねーよ』
では、〈勇者〉としての確信ということにしましょう。
それなら、どうですか。
『信用のならない信頼性だな』
ハッ、とメノア様が笑い飛ばす。
僕は軽い足取りで、依頼を受けに行った。
【次話予告】
ノワールは冒険者ギルドで、ジゼルの言い訳に話を合わせ、騒動を収めた。
改めて、受付嬢のシスベルに冒険者の登録をお願いして、手続きを進めてもらう。
登録の傍ら、それに関する説明を聞いて、正式に冒険者ギルドに登録を完了させたノワール。
昼食をとる前に、試しに依頼を受けてみようと、依頼ボードの前で物色をした。
ノワールの意識に再接続をした女神メノアと共に、気になった依頼を思案して――。
高額な報酬だというのに残っていた、訳ありな依頼書を手に取り、ノワールは女神を連れて初めての冒険に期待を高まらせる。
指定をされた荒れ地の咆哮といった僻地は、変わり果てた墓地のような渓谷だった。




