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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
神を滅ぼす機巧人形編
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第2章 第41話 最上級の冒険者

 時刻は正午に差し掛かった頃合い。

 神都アリオンの、冒険者組合連合第三支部が、静寂に包まれた。

 下品な会話をしていた冒険者達も、口を開け固まっている。

 目を点にし、僕を見ていた。


 ――ギィ、ガコンッ。

 と、歯車が回り駆動する。

 声が途絶えたギルドに、機械の音だけが響いて。


「昨晩だって、僕のことを……あんなに激しい腰使いで攻めたじゃないかっ!」


 僕が身振り手振りを混ぜ、大仰に語る。

 わざと大きな声量で、皆に聞こえるよう言った。

 僕の唐突な法螺に、思考が停止していたシスベルは、しかし。

 はっ、と我に返り僅かな焦燥を滲ませ口を開いた。


「……ふ、ふざけた戯言を言わないでいただけますか、クソガキ様。そのような不埒な事実、一切記憶にございません。貴方とは初対面ですし……昨日の夜は、家に一人でいました。……そもそもクソガキ様は、私の範囲外です」


 ――キッ。

 ありもしない適当な発言をした僕を、カウンター越しに睨む。

 僕は眉根を下げ、悲しそうにした。


「……酷いよ、シスベルちゃん。所詮、僕なんて使い捨ての性処理道具程度にしか思っていなかったんだね……嬉しいな」


「だから、私は……っ!」


 椅子から立ち上がり、シスベルが身を乗り出す。

 声を荒げ反論しようとするが――


「悪鬼羅刹のシスベル……あの噂は、本当だったのか……」

「あのって……どのだよ」


「……お前、知らないのかよ。……シスベルはな、孤児院育ちなんだが……孤児の頃、年下の男児を食ってたって話だぜ」


「前に酒場の親っさんから、聞いたことあんな。十代前半の娘が、幼い男児を食い散らかしてるって……頭が酒に浸かった親っさんの与太話だと思ってたが……マジだったのか……」


「マジなわけねェだろうがっ! シスベルちゃんは、そんなションベン臭い餓鬼に、股開いたりするような尻軽な娘じゃないんだよ……っ! ……俺だって、まだ()らせてもらってないのに……」


「この変態野郎は置いといて、だ……火のないところに、とも言うし……案外、事実だったりしてな」


 冒険者が口々に告げる。

 それが聞こえていたシスベルの表情は引き攣った。

 僕は言う。


「……やっぱり……僕は使い捨て、でしか無かったんだ……僕以外にも、発散用の棒はいたんだね……」


 胸中で感情が渦巻き、頬が紅潮したシスベルは、だが――。

 憤りはせず、息を吐いた。

 内面を押し殺した顔で、僕に返答する。


「事実無根ですね。私は下級の農家生まれですし、そんな性癖も待ち合わせてはいません。禄に発達もしていない未成熟なクソガキと、行為に及ぶなど絶対にありえません。私は筋肉むっきむきの、山みたいな男性がタイプなのです」


「そうなんだ。じゃあ、僕はタイプってことになるのかな。昔から、山みたいに壮大な男の子だねって褒められるんだよ」


「……どういう称賛ですか、それは。クソガキ様のような、ちみっこいガキは……道端に生えるペンペン草が妥当でしょう」


 ――そうかな。

 初めて言われた表現だ。

 僕は腕を広げて続ける。


「心の器は、山なみに大きいつもりだけどね。そうそう怒ることもないよ。僕をキレさせたら、誇っていい」


「そんなこと、誇示したところで何の自慢話にもなりませんが……まだ業務が、それこそ山のように決算書類が残っていますので……ペンペン草様は、さっさと野にお帰りいただいて宜しいですか?」


「手伝ってあげるよ。計算は得意なんだ。簡単な足し算までなら出来る」

「話になりませんし、貴方の助力も不要です。私は優秀な組織のしたっぱなので……」


 それに僕が拍手をしようとした。

 ――ドタドタドタッ。

 と、カウンターの右斜め後ろ、そこに併設された階段から数人が下りて来る足音が鳴って。


「やれやれ……ギルマスは、いつも話が長いんだよねー。考えずに思いついたことを口にするから、発言の内容が纏まっていない……だから、結論まで話すのに無駄な時間を消費してしまう」


「……ギルマス……ガイオスに、思考を期待するのは愚か……あの単細胞に……考える頭は……無い」


「あははっ……確かに、そうかもねー。〈竜人族〉って、身体能力と魔力総量は優れているけど……進化の過程で思考回路を失ってしまったのかなぁ」


 冒険者ギルド、そのロビーに下りた人物は、二人の男女だった。

 男性の方は、頭に帽子を乗せている。

 幅の広いつばに、片方が反り上がった、黒色のルーベンスハット。

 穏やかな水面を思わせる色合いの長髪を、首元で結んでいて――。

 その高貴な居住まいと雅びな顔立ちは、上流の階級の血筋を感じさせた。


 温厚な優男、そんな印象を受けるが、しかし。

 睫毛の長い切れ長な深緑色の瞳には、対照的に冷徹が隠れている。

 正確な年齢を判別しかねる外見も、警戒の要因だ。

 ジャケットに似た襟の形をしたコート、無駄な装飾のない黒色のチェスターコートを着た体躯は、長身で。

 背丈は高いが、全体的に細身の滑らかな体付きをしている。

 あまり筋肉が付いてはおらず、剣を振るうような姿は想像出来なかった。


 その後ろに控え付き従う女性は、半裸だった。

 いや、そう見られてもおかしいとは言えない、格好であった。

 こちらも女性にしては高身長で、それでいて華奢な身体をしている。

 双丘は豊かでありながら、腰は引き締まり、余分な脂肪を削がれた肉付き。

 鍛えげられた長身、その上半身に巻かれるのは、包帯だ。

 薄い布が何重にも巻かれ、胸元の先端と下腹部を隠している。

 チラリ、と覗いた腹から首にかけて、大蛇の入れ墨が彫られており――。

 血か汚れが染み付いた、古いダメージジーンズを履いていた。


 背中に流れる長い髪の毛は、生き血を吸ったような鮮やかな紅の色彩。

 同じ色の双眸は、瞳孔が細いつり目で――

 目の下や頬と顎に古傷の痕があったが、それを含めても薄まらない麗しい顔貌だ。

 見ると、腰に長刀を帯刀している。

 女性の身長程はあるだろう、刀身が細長い得物だった。


「勘弁してもらいたいものだよねー。私たちは、魔物や魔獣を相手にする冒険者であって、殺し屋ではないのにさ。……まあ、場合によっては盗賊とか人を相手にしたりもあるけど……」


「……ジゼルは殺し屋より、暗殺者がお似合い……標的の息の根を……密かに止めて仕留める……」

「やめてよ、死煙(しえん)……私は、そんな物騒な生業に転職する気はないよー」


「私の故郷では……そういう影の者を……忍びと云う。ジゼルなら、(みかど)も認める忍びになれる……と思う……」


「そんな副業はやらないよ。いまの私は未知を追い求める、好奇心旺盛な冒険者だからねぇ……」


 ――と。

 帽子を被った男性、ジゼルと目が合った。


「……おや? ここは冒険者ギルドの筈だけど……第三支部は、子供の保護活動でも始めたのかなー?」


 ――ニコニコ。

 ジゼルは雅びやかな顔貌に、優しげな微笑みを見せる。

 ゆったりとした足取りで、カウンターにやってきた。

 僕が言うより先に、シスベルが返事をする。


「これは……ジゼル様。ギルドマスターとの会談は終わったのですか」


「会談……っていう程、大層な内容でもなかったけどねぇ。他愛もない雑談をしただけさ。ついでに、面倒な依頼もされたけどねー」


「……まだ、引き受けてはいない……考えてもいい……そう言っただけ……」


 死煙(しえん)が冷たい声音で付け足す。

 それを受けて、だがシスベルは。


「……そうですか……また、うちのマスターがジゼル様達に迷惑をかけたのではないかと、そう考えてしまったのですが……私の思い違いでしたか……申し訳ありません」


「シスベルさんが謝ることはないよー。ギルマスに面倒事を押し付けられるのは、慣れたものだからねぇ」


 ――それより。

 と、ジゼルが深緑の瞳を横に動かした。


「私の質問……答えてもらってもいいかなー?」


 ジゼルの表情は穏やかだが、目の奥は笑っていない。

 僕を見据える眼光は、鋭かった。

 そんな怖い目をしないでもらいたいな。

 萎縮してしまうよ。

 僕は怯えながらも、ジゼルを見返す。


 ジゼルと死煙(しえん)

 この第三支部が所属かは分からないが、冒険者組合連合に登録している冒険者ではあるだろう。

 いままで、冒険者ギルドの上階でギルドマスター、支部長と話していたようだけど――。

 馴染みのある名前を口にしていた。


 ――ガイオス。

 僕の記憶に残った〈竜人族〉の男は、低級の冒険者だった。

 しかし、どうやら僕が転生している間に、支部長クラスにまで上り詰めたらしい。

 見事な出世だ。

 まだ、生きているようで安心した。

 時間があるときにでも、顔を出してあげようかな。

 きっと、喜ぶ。


「昼時の空いている時間帯とはいえ、ギルドはギルドだ。不用意に子供を招き入れるのは、感心しないなー」


「………いえ、招いたというか……そのクソガ……子供が勝手に入ってきたのですが……」

「んー?」

「……何でもありません。ジゼル様の仰るとおり、私が招き入れました」


 それを聞いて、ジゼルは――

 ニコリ、と笑う。

 シスベルは額に冷や汗を浮かべていた。

 別に殺気や敵意は無いけど、僕は歓迎されていないようで。


「君、名前はー?」


 とはいえ、ジゼルは対話を選ぶ。

 僕に笑いかけ尋ねた。


「メノアだよ。メノア……ヴォルドリフス。ヨロシクね……ジゼルさん? で良いのかな」


 僕は偽名を口にした。

 女神様と〈聖女〉が混ざっているけどね。

 ジゼルが目を細める。


「……ヴォルドリフス……?」

「……淫乱〈聖女〉の……家名……」


 死煙(しえん)が言った。

 シスベルや職員が驚き、ロビーの隅にいた冒険者達がざわついて――。


「お姉ちゃんを知ってるなら、話は早いかな。……うん、そうだよ。お察しの通り、僕は星灯録(せいひろく)教会の〈聖女〉、セラス・ヴォルドリフスの弟さ……義理の、だけど」


 実弟でも義理でもないが、いまはその身分を使わせてもらう。

 今度、セラスに再開した際に――

 いやまあ、淫乱な彼女に会いたいとは思わないのだけど、話を合わせてもらうようお願いはしておいたほうがいいかな。

 代わりに変な要求をされないか心配だが。

 そうなったら、また檻に閉じ込めて焼き殺せばいい。


「……へぇ……あの〈聖女〉さんに弟がいたとは、知らなかったよー。てっきり、一人っ子かと思っていた」


「お姉ちゃんは過保護でね。その上、重度のブラコンだから……僕を、外に出さないんだよ。生まれてからずっと、僕はお姉ちゃんの部屋に閉じ込められていた」


「なるほどねぇ……確かに、あの〈聖女〉さんの淫らさぶりは、神都でも有名な評判だけど……」


 スゥ、とジゼルが薄目を向けた。

 僕を見る深緑は、友好的ではない。

 明らかな疑いがある。


「本当に彼女の弟……義弟さんならさ……」

「うん、何かな」


 一拍置いて――。

 ジゼルは人差し指を立て言った。


「〈聖女〉さんの、好きな体位……分かるよね?」


 いや、知らん。

 正常位じゃないのかな、多分。

 僕が答えず黙っていると、死煙(しえん)が――


「……ジゼル……白昼堂々、子供にセクハラ……紛れもない憲兵案件……」


 と、冷めた眼差しで責められる。

 ジゼルは慌てて弁解した。


「……い、いや待ってよ……死煙(しえん)。……これは、そう……ただの確認だよ。ほら、最近は神都も物騒な事件が多いし……第三支部のギルドに所属する冒険者として、怪しい部外者を見過ごすわけにもいかないというか、ね……?」


 ――冒険者なら分かるだろう。

 と、死煙(しえん)に同意を求める。

 だが、血色の髪をした女性の顔色は冷えるばかりで。


「そんな気持ち悪いセクハラ……する必要は……ない……」

「……気持ち悪い……」


 ジゼルが心なしか傷付いている。

 それには構わず、死煙(しえん)が僕の前に立った。


「……この子が敵かどうか……判断は……簡単……」


 ――キィン。

 と、死煙(しえん)が抜いたのは差していた長刀だ。

 禍々しい、赤黒い刀身だった。

 その切先を、僕の眼前に突き出す。

 瞼の数ミリ前で止まった。

 シスベルが、カウンターの内側で声を張る。


「……し、死煙(しえん)様ッ! ギルド内での、殺傷は禁じられていますッ!! たとえ、黒鋼鉱(アダマンタイト)の貴方でも、例外ではありません……ッ!!」


 黒鋼鉱(アダマンタイト)、冒険者の(ランク)だったかな。

 僕の記憶では、最高位だったと思う。

 シスベルが、冒険者のジゼルに様付けをしていたのも気にかかっていたが、そういうことか。

 この二人は第三支部に所属する冒険者の中でも、上澄みの人達のようである。

 死煙(しえん)は忠告を聞かず、血色の瞳を煌めかせた。


「……殺しはしない……少し……そう、ほんの少し……確認をするだけ……」


 ジゼルも止めるつもりはないようで口は出さない。

 巻き込まれるのは御免だとばかりに、冒険者達は距離を取った。

 僕は飄々とした態度で言う。


「君たち冒険者の敵にされる筋合いはないけどさ……僕、手加減は苦手なんだよね」


 僕が糸目を開け、殺気を放つ。

 それを敏感に感じた死煙(しえん)が、後方に飛び退いた。

【次話予告】

ノワールは『竜脈の畔』をあとにして、神都アリオンの冒険者組合連合第三支部に赴いていた。

冒険者ギルド内に入り、受付カウンターで登録の手続きをしようとするも、受付嬢のシスベルに年齢制限を言われ認められない。

そこでノワールも、適当に思いついた戯言を発して、ギルドを静まり返らせ、シスベルを動揺させる。

言葉の応酬をしていると、ギルドの二階から二人の男女が下りてきて――。

その片方、ジゼルは場に不相応な子供のノワールに、疑いの目を向けて、身辺を尋ねる。

しかし、問い掛けよりも手早い方法で判断が可能であると、その女性死煙(しえん)が長刀を抜いた。

冒険者組合連合の規則により、殺傷が禁じられたギルド内で、ノワールは正当防衛をしたのだった。

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