第2章 第40話 神都の冒険者組合
神都アリオンは賑やかな都市だ。
時刻は、昼前位だと思う。
時計を所持していないので、正確な数字は分からないが、多分体感的に十時三十分前後かな。
現在、レネイストの季節は冬だ。
ヴァミリド神教国がある、このヴァルノレイア大陸は星の南半球に位置する大地なので、気候の面ではあまり猛烈な寒さは感じない。
しかし、それでも頬を撫でる風には特有の冷たさがあった。
僕は僅かな冷気を肌で感じながら、神都アリオンの街中を進む。
気温は低いだろうが、そんな日でも大通りは熱気に包まれていた。
「骸淵漁港から卸した、新鮮な古代の遺物だよ! ディスグフラの学会お墨付きの一品だ……っ!!」
「〈紫竜〉の鈎爪を使ったアクセサリーは、いかがですかー。普段、他の街では滅多に手に入らない貴重品ですよー……」
「皆々様、神都までの旅路でさぞやお疲れでしょう。そんな疲労した身体に……そして旅の暇潰しに、精霊の楽園にまつわる逸話を、聴いてはみませんか? きっと、心に安らかな癒し……は与えられるか保証は出来ませんが……ささやかな幸福が訪れる、かもしれません……」
と、神都アリオンの大通りには様々な露店が立ち並ぶ。
棚に陳列させた古代の遺物を、声高々に勧める店主――。
気怠げに、やる気がなさそうな女性は、観光客らしき人達を相手に装飾品を紹介している。
露店の間にスペースを取り、木製の楽器を片手に詩を披露する帽子を被った男は、吟遊詩人なのだろう。
僕はそれらを通り過ぎ、目的の建物に向かう。
ヴァミリド神教国は、大陸でも随一の大国というのもあり、大通りを数メートル歩いただけでも、興味を惹かれる珍しい品々が目に入る。
この国が、多種族が共存共栄する国家なのも、その要因なのだろう。
〈人間族〉に限らない、多様な種族の文化が流れ込み、取り入れられているのが、品物を見ると分かった。
往来を行き交う人々も、異種族が入り乱れている。
〈人間族〉に〈獣人族〉――。
それから〈亜人族〉等々。
頭が動物だったり、一目で種族が判るような人もいれば、ぱっと見〈人間族〉にしか見えない人外な存在もいた。
僕は対象の魔力で、種族を判別可能だが、一般人の目には〈人間族〉と見えているだろう。
誰も、その人に近い容貌をした生物が、〈悪魔族〉だとは思うまい。
僕は人混みを縫うように歩いて、大通りに展開していた市場を抜ける。
がらり、とまでは言わないが――。
露店があった通りとは、明らかに雰囲気が変わった。
大通りより、少し道幅も狭まり、地面も舗装されている箇所と、土が剥き出しな面がある。
旧ベルザ教会があった路地よりは清潔で、人の気配もあるが、剣呑な空気が流れていた。
子供が一人で、来るような区画ではない。
事実、僕を見る視線には不審が含まれていた。
僕と入れ違いになった皮の鎧を纏った男も、横目で訝しげにしていた。
その目の奥には、微かな心配もある気がした。
忠告はしなかったが、僕の身を案じている。
僕は前世で、それなりに長生きをしたが、いまの僕は子供だ。
見た目は、だけど――。
なので、そんな怪訝な印象を持たれるのも仕方がない。
僕は気にせず、堂々とした様相で歩いた。
客観的に、僕がどう思われようと些細なこと。
冒険者になる為に、組合に訪れる。
その目的は変わらない。
数分程、砂利と石片が混じった道を歩けば、その建造物の前に着いた。
――僕は見上げる。
ヴァミリド神教国、神都アリオンの冒険者組合連合第三支部は、城だった。
平地に築かれた、平城に似た建物だ。
周囲を取り囲む高い石垣は、四角い形に削られ隙間のない整然とした、切り込みハギ。
石垣は美しい並びだが、しかしそこに張られた電光掲示板や、電線などにより跡や汚れが残ってしまっている。
城の下部、配管から伸びたパイプに欠損部分でもあるのか、漏れた黄土色の液体が石垣に垂れていた。
僕が子供の身体で、視線が低いせいかもしれないが、城は高層で天辺が見えない。
半歩、後ろに下がってみる。
城は街に林立する高楼に劣らず高層で――
その天守は、雲を突き抜けている。
均一な造りで、段階的に上階に積み上げられた構造の、層塔型天守だ。
外壁や高欄にも、どこに繋がっているのか不明な電気配線や、青々とした蔓植物が絡まり合っていて。
下や隣接する建物に伸びる配線とは対照的に、蔓は城の上層を目指して成長を、いや侵食しているように思えた。
神都アリオンの大通りの先に鎮座する、その平城は巨大な荘厳さのある組合で、しかし――。
身分の高い殿が住まう城というより、それは堅固な要塞に映った。
組合の外観を視察した僕は、入口に足を向ける。
城の門に設けられていたのは、鳥居であった。
控柱に支えられた二本の柱、その上に八の字に反った横柱が乗っている、唐紅色の明神鳥居だ。
人目を引きつける派手な色合いだが、過度な装飾はない、簡素な造り。
維持管理も長年されていないのだろう。
鳥居の柱、表面には傷跡や粉塵が放置されていた。
上部、笠木に巻き付いた竜を模した像が、下を潜る者を威圧するように見下ろしている。
それと目線を合わせて、僕は思った。
「……ガイオス君は元気にしてるかな。まだ、生きてると良いけど……どうだろ」
旧知の仲だったガイオスは、神都アリオンを拠点に活動をしていた冒険者だ。
ガイオスは〈竜種〉の血を引いた竜と人の混合、〈竜人族〉で。
元来、〈竜人族〉が兼ね備える、他種族より秀でた身体能力と、高い魔力適性を併せ持った、優れた種族である。
その上、長命なので最低でも数百年以上は生きる。
個体によっては、千年を超える者も。
僕がガイオスと出会った頃、彼は三十代半ばだった。
あれから、ハ百年は経っているが、存命かな。
冒険者の活動中に、不幸な死に見舞われていなければ、生きていると思うが――。
「目的は果たせたのなら、お祝いしてあげないとね……彼の、数少ない友人として」
彼、ガイオスには目的――。
いや、死命があった。
〈竜人族〉といった上位の種族に生まれながら、その地位や境遇を捨て去り、ある人物だけを追いかけ続けた。
「家族を見殺しにされた恨み……〈魔王〉妖亜に復讐は出来たのかな」
ヴァルノレイア大陸には、何柱かの〈魔王〉が支配領域を持っている。
その最南端に領土を広げる〈魔王〉が、妖亜で――
当時、妖亜に復讐心を抱いていた若かりしガイオスと、僕は友人となった。
交友を深める中で、ガイオスが冒険者を目指した訳を聞いたが、いまとなっては遠い過去の雑談だ。
内容も覚えていない。
復讐しようとしていた、それだけは頭の片隅に残っている。
「……まあ、生きていようが死んでいようが、どうでもいいか。生きてるなら、そのうち会うでしょ」
僕は不敵に口元を歪めると、鳥居の下を潜った。
冒険者組合連合、神都アリオン第三支部の入口は、観音開きの豪奢な扉だ。
それは魔力か、人の気配を感知する機能があるらしい。
僕が近付けば、分厚い扉は砂利を擦りながら自動で開いた。
完全に開きはしない。
人が通れる幅で、ガコンと音を立て扉は止まる。
僕は冒険者ギルドに足を踏み入れた。
鼻腔を突いたのは、血と汗の臭い。
空間に流れる生暖かい風に、体臭と獣の血生臭さが蔓延している。
――ギィ。
――ガコンッ。
――ガガガガガッ!!
と、僕が目をやる。
第三支部の外観は和風な城だったが、その内装はスチームパンクの要素が強い。
壁一面に直径が大きな、或いは小さな歯車と、電気配線に覆われており――
それらが回転して動けば、配線が微細な火花を放った。
錆び付いているのか、大小様々な歯車は回る度に、耳障りな音を発している。
フシュー、と噴気をしたのは天井部に突き出た、幾つもの排気口だ。
決まった一定の感覚に合わせ、その穴から白い蒸気を吐き出していた。
放っておいたら、空間全体が白煙に包まれそうなものだが、しかしそうはならない。
天井は曲がり捻れて絡まった配管に覆われ、その奥に換気口があるのだろう。
そこに吸い込まれるように、吹き出した物質は消えていった。
僕は入口の正面、受付のカウンターに進む。
ローズに貰った文書を持って、正式な登録に向かう。
それを見て、ひそひそと声が聞こえた。
冒険者ギルドのロビー、少ないが冒険者は滞在している。
隅の方に置かれたテーブルを囲み談笑をしていた冒険者達が、僕に視線をやって囁いた。
「……おい。なんか餓鬼が、入ってきたぞ……」
「ほんとだ……なんだって餓鬼が、ギルドに……孤児院と間違えたか?」
「――だとしたら、相当な方向音痴だな。孤児院があるのは、こことは反対の方角だ」
「いや、だが……孤児にしちゃあ、無駄に質の良い服に見えるが……お貴族様の坊っちゃんが着てるような……」
「そりゃ、オメェの汚ったない革鎧と比べりゃ、大概のモンは上質だろうよ」
「コイツの鎧、淫乱〈聖女〉殿のパンツより汚ねぇからな……あー、やだやだ」
「……ふざけるな。あんなメス犬の体液で汚れたブツと、俺の十年間洗ってない鎧を一緒にすんじゃねぇよ……失礼だろうが」
それを流して、僕は受付カウンターの前に立った。
時間帯も関係しているのだろうが、いまのギルド内は空いている。
依頼を受けていない暇な冒険者達が、数人いる程度で――
受注の処理を終えた職員も、各々の仕事をしていて、受付に並ぶ人はいなかった。
カウンター横に依頼が張られた板が立てられているが、そこにも冒険者の姿はない。
混雑の時間は、既に過ぎたのだろう。
余った依頼書を、職員の男性が剥がす作業をしている。
なので、そんなときに訪れる子供は目立った。
受付のデスクで、書類仕事をしていた女性職員達が、顔を上げ僕を胡乱げに見た。
その視線は。
――何故、ギルドに子供が?
と、物語っている。
冒険者といった職業に、厳格な年齢制限は定められていない。
組合で登録の手続きを行えば、子供でも大人だろうと、冒険者として認められ依頼を受けられる。
――しかしながら。
実際のところ、登録をする子供は殆どいない。
いても、数日で脱会してしまう。
現実を見せられるわけである。
――冒険者。
その職業に子供は好奇心や、憧れに近い感情を抱いて、冒険者になろうと志すが、理想と現実の過酷さを思い知らされる。
思い描いていた格好良い冒険者の妄想、いや偶像とはかけ離れた実情に。
別に、それが悪いことではない。
冒険者になって、憲兵に連行されるわけでもないのだから。
夢を見るのは、ある種子供に与えられた特別な権利でもあり、僕も若かりし頃は夢を持っていた、と思う。
忘れたけど――。
僕は文書を手に、悠然と受付の担当に話しかけた。
「やあ、ジョン。気分は、どうかな……今日は良い天気だよね。お日様はこんにちはしていて、気持ちの良い晴れ模様だよ、うん」
若い女性の受付嬢だった。
淡い栗毛のショートカットヘアー。
その頭頂にはアホ毛がはねている。
毛先も外に飛んでおり、ボサボサな頭だった。
丸みのある顔は幼さを残した童顔で。
整った可愛らしい様相だが、しかし目付きは悪かった。
瞼の周りには、深い隈がある。
寝ていないのか、疲れによるものか。
鋭い両目は血走っていて、細まる瞳孔には殺気を感じる。
――ギロリ。
と、受付嬢が僕を見た。
「私はシスベルです、クソガキ様。どこの家から脱走した家畜かは存じませんが、来る場所を間違えておりますよ……それに今日は朝から晩まで、しめぼったい曇りです。いまの、私の心境のように……」
「……困ったな。雨が降らないと良いんだけど……傘は持ってきていないんだ」
「それは遠回しに『傘を貸してほしい』と言っていますか? ……であれば、強請る相手と場所を間違えております。ここは、無駄にプライドだけは高い冒険者が居座るところであって、胡散臭いクソガキ様が真っ昼間に来る場所ではありませんので……施しが必要でしたら、淫乱〈聖女〉殿の教会にでも行っていただいて……回れ右をしてお帰り下さい」
それだけ言うと、シスベルは仕事に戻った。
羽根ペンを持って、デスクの書類に記述をする。
僕が困ったように笑っていると、こちらの様子を遠目に伺っていた冒険者達が言った。
「……馬鹿だな、あの餓鬼。なんでまた、よりにもよってシスベルに話しかけるんだよ。他にも、手が空いてる嬢はいるだろうに……」
「流石の貫禄だな……厚顔無恥のシスベル。その面の皮の厚さは伊達じゃない。たとえ、相手が幼い子どもだろうと、口撃に容赦がないな」
「悪鬼羅刹のシスベルな。謂れのない二つ名を付けてやるなよ。……それに厚かましいのは、オメェだろうよ」
「オレっちのどこが、嫌味ったらしいって? ん? 他人の揚げ足を取ったり、正論で論破するのが好きなだけだ。それの何が悪いってんだよ」
「嫌味ったらしいとは、言ってねぇが……いい歳した髭面のおっさんのクセに、一人称が『オレっち』なのは気色悪いな」
「テメェら、俺が黙って聞いてりゃあ……さっきから、シスベルちゃんのことを貶しやがって……俺の、剣の錆にされてェのか……?」
「あーあー……これだからシスベル信者は……ロリコンの変態野郎は、黙ってママのおっぱいでも吸ってろよ」
「馬鹿言え……オレっちは毎晩、嫁と義妹のを吸ってるぜ」
「オメェには聞いてねェし、形容しがたいキショさだが……そもそも、オメェが妻帯者だったことに驚きだよ」
冒険者ギルドにいるのは、暇を持て余した冒険者と、書類の整理などをしている職員。
広々とした静かなロビーなのもあり、彼らの話し声は、カウンターにも届いていた。
奥で作業をしていた女性の職員が、嫌悪感を露わに侮蔑の眼差しを向ける。
だが、それに気付かない冒険者達は、品のない会話で盛り上がっていた。
僕は再度、口を開いて言う。
「……ごめんね、ジョン。別に、君におねだりするつもりは、無かったんだけど……そう聞こえたのなら謝るよ」
「……だから、私はシスベルですよ……クソガキ様。一度人に言われたことは、きちんと覚えて下さい。言われたことをやる……忠実に実行する。組織で働き上司の駒となる、したっぱ社員の常識です……というか、誰ですかジョンって」
それは、世の中の常識ではないと思うよ。
シスベル個人が作り出した、偏見だ。
僕は手にしていた文書を、受付カウンターの上に出す。
視界に入っている筈なのだが、シスベルは書類に走らせた羽根ペンを止めなかった。
僕は普段通りの、友人に接するような口調で続けた。
「実はね、ジョン」
「シスベル、っつってんだろ……クソガキ様。耳ん中にじゃがいも詰まってんのか」
「何で、じゃがいも?」
「……私の実家が、じゃがいも農家なんですよ。神都アリオンの市場にも卸していますよ。産地直送……栄養満点です」
「そうなんだ……それでね、ジョン。僕、冒険者になりたいんだ。……あ、これ仮登録の書面ね……はい、どーぞ」
カウンター上に乗せた文書を、シスベルの側に押す。
――はあぁぁぁ。
と、わざと大きな溜息をして、シスベルは。
「冒険者には年齢制限があります」
「……初耳かな。僕の知識だと、冒険者って子供でもなれたと思うんだけどな」
「たかだか一桁前後しか生きていない身で、偉そうに見解を述べないでいただけますか。あると言ったら、あるんです。そういうルールなので……」
「ちなみに、何歳から登録出来るようになるの?」
「クソガキ様は、いま何歳ですか」
「八か九……だったと思う」
「……では、十歳から可能ということで……お帰りはあちらです」
シスベルが無造作に、羽根ペンで冒険者ギルドの出入り口を示した。
泣きそうな顔を作って、僕は言う。
「……酷いよ、シスベル。僕たちの仲じゃないか……そんな組織の規則より、友情を優先してよ……」
「私はジョンで……いえ、合ってます……シスベルです。クソガキ様とは、いまさっき出会ったばかりですし、貴方と私の間に友情はありません。社員が組織に従うのは、当然の義務です」
「悲しいこと言わないでよ……僕たち昨晩、ベッドの中で愛しあって愛情を深めたじゃないかっ!」
――え?
と、耳だけは向け棚の整理整頓をしていた職員と、隣の席でデスクワークをしていた受付嬢が、驚いた顔をする。
冒険者ギルドが静まり返った。
【次話予告】
ノワールは勘違いの末に、ディスグフラの精霊師団アルヴェルトを斬り殺した。
その様子を外で見ていたローズが、見計らったように入って来て――。
ノワールの脅迫、いやお願いを守り、ヴァミリド神教国の冒険者ギルドに話を通したローズが、仮登録の文書を渡した。
『竜脈の畔』を後にしたノワールは、午前中から喧騒に包まれる大通りを抜けて、冒険者組合連合第三支部に向かう。
本来、子供が入るような建物ではないギルドに、見た目は子供なノワールの来訪を目撃して、ギルドにいた冒険者や職員は怪訝な様子をしていた。
そんな視線や感情を感じながら、受付カウンターに立ったノワールは、童顔の受付嬢シスベルに文書を差し出す。
しかし、ありもしない規則を理由に、手続きを認められない。
そこでノワールも、適当な法螺を叫び言ったのだった。




