第2章 第39話 冒険者組合の仮登録
白銀の騎士に魔力が滾る。
その色彩は、凛とした銀色だった。
甲冑の内側から溢れた粒子が、巌張牢剣シュバルツヘルクに流れ、集まって――。
鋼の大剣を、銀の魔剣に変える。
「我が娘、リンカの仇……女王陛下より賜りし、この力と……そして盟友より譲り受けた魔剣シュバルツヘルクを以てして……今日、この日! ここで、貴様を滅殺してやる……っ!!」
そんな宣言を掲げたアルヴェルトが、巌張牢剣シュバルツヘルクに宿った魔力を爆発させる。
銀色に輝いた魔剣が、僕の頭頂に振り落とされた。
「せえぇぇぇぇぇい……ッッ!!!」
気迫を口に出して、アルヴェルトが迫る。
僕はそれを冷めた目で観察していた。
年齢を重ねているというのに、前世と比較しても、剣術に衰えはなかった。
寧ろ、魔力や技術の練度が上がっている。
娘の仇になっている僕を殺さんとする、その大剣の一撃に無駄はない。
その初撃に全力に近い神経を注いで、確実に僕を叩き切ろうとしている。
正面、大剣を両手で握り突っ込むアルヴェルトを見て、僕は関心をした。
彼は女王陛下を守護する精霊師団の副団長、その白銀を纏まった凛々しい騎士として、それから病に倒れ供物にされた娘の仇を討つ為に、僕が転生してからも研鑽を続けていたのだろう。
誇らしい努力の賜物だ。
容易に継続出来る事ではない。
それが途切れなかったのは、僕に対する復讐心。
健気なものだ。
と、僕は胸中で微笑をもらした。
「《蜃滅幻》」
暁灯瑠刀フォルラリスの秘技、《開闢》――《蜃滅幻》で。
向かってきたアルヴェルトを斬る。
剣閃が走り、騎士の四肢が千切れた。
「……なッ!? 貴さ…………」
大剣を持った腕ごと胴体を離れ、アルヴェルトが激昂する。
怒声は聞いてやらない。
僕は続けて、《蜃滅幻》を繰り出す。
およそ、十の剣閃がアルヴェルトの巨躯に瞬いて。
――キンッ。
と、僕が暁灯瑠刀フォルラリスを鞘にしまえば、分厚い騎士甲冑を身に着けたアルヴェルトは、細切れにされたのだった。
綺麗な断面の肉片が、宿屋の床に散らばる。
『素晴らしい腕だぜ、諸君!! これで、君も英雄になること間違いなしだあぁぁぁ!!! だろう!? キュートでハニーな、ラヴェンドール!!』
『うんうん!! クールだけどワイルドな、フレッシュマンの言う通りだよっ!! 悪魔の出汁っちは、今日から英雄だ……っ!!!』
『おいおいおい!! クールでワイルドなのに、イケてるナイスガイなんて……ちょっと、褒め過ぎだぜ、ラヴェンドール!! 俺ちゃん、好きになっちまうよ!!』
『あっはははははっ!! 残念でしたー! フレッシュマンは、私のタイプじゃありませーん! 死んで出直してきてねー!!』
『かあぁぁぁぁぁ……っ! 俺ちゃん、振られちまったぜ、おい! こんな辛い失恋なんて一週間ぶりだっ!!』
「……フレッシュマン、可哀想に……しかし、ラヴェンドール殿は永遠の処女、誰の手でも汚せない、清らかな花なのですよ」
バーカウンターで、ラジオを聴いていたヴェノムが言った。
視聴者参加型のコーナーに夢中で、こちらの状況には気付いていない。
――ギィ。
『竜脈の畔』の出入り口、木造の扉が開閉する。
入ってきたのは。
「やあ、お待たせしたかな少年。ギルドマスターと、話をつけてきたよ」
責任者のローズだ。
片手を上げ、僕に挨拶と吉報を告げる。
その左手には、丸められた文書を持っていた。
チラリ、と目についた騎士の亡骸を、その次に僕を見る。
「私も宿屋を管理する立場上、店内で揉め事が……殺傷が起きた際には、神都アリオンの憲兵に報せないといけない。私にも責任と義務があるからね」
「そうかもね。ローズさんの仰る通りだと思うよ。事件が起きたら通報する……善良な市民としては、当然の行動だ。僕も、そうする」
「私が善良か否かはさておき……あまり対処に困る問題を増やさないでほしいな。少年も、冒険者になる前に囚人には成り下がりたいと思わないだろう……?」
「うん、牢獄で冷や飯を口にするのは、嫌かな。僕は温かい、愛情の込もったご飯が好きなんだ」
僕は笑う。
それに、ローズも笑い返した。
「……じゃあ、自分が撒いた種は、少年が何とかしてね。君の尻拭いをするつもりは無いよ」
「僕が撒いたわけではないし……勘違いなんだけど……」
「勘違いで、あんな恨み言を発するかな?」
ローズが散らばった肉に目をやり、乾いた笑いをみせた。
眉を顰め、僕は少し不満そうに返す。
「……見てたんだ。なら、こうなる前に止めに入れば良かったのに。セラスの時みたいにさ……」
「私の力で強引にでも止められる相手だったら、そうしていたさ。そこに転がってる精霊師団の騎士一人だけなら、私単独で抑えられる……だけど少年、君を制するのは容易ではないだろう?」
「ローズさんには、《死を誘う呪いの風》があるでしょ」
「あんな《魔法》、君からしてみれば……そよ風でしか、ないんじゃないのかな。少年の身体に傷を付けられるとも、思えない」
「……かもね。僕の身体は、女神様の特注品だから頑丈なんだよ」
『流石だぜ、諸君!! 英雄に敵う奴なんて、この世にいないっってわけだっ!!』
『英雄、最強!! 最高!! うぅぅぅぅぅ……フレッシュマ~ン!!!』
『イエーイッ!!! ラヴェンドール!!! フレッシュゥゥゥ……マ~ン!!!』
ローズが視線をラジオに飛ばす。
そこでは、視聴者のヴェノムがポーズをしていた。
ローズが妖艶に微笑み、そして顔を僕に戻す。
重度のファンらしき老人のヴェノムには、何も言わなかった。
左手にあった羊皮紙の文書を、僕に投げ渡す。
それを取ると、紐を解いて内容を確認した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
発行:冒険者組合連合 ヴァミリド神教国 神都アリオン第三支部。
登録名:ノワール・ヴァレンタイン。
階級:銅。
所属集団:無。
身元保証人:ローズ・ヴァレンタイン。
当該冒険者を、冒険者組合連合ヴァミリド神教国、神都アリオン第三支部のギルドマスター、アレリオンのもと、冒険者組合連合に所属する冒険者として見做し、本ギルド支部を含めた各国の組合での活動を、原則認めるものとする。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――ふむ。
と、僕は記載内容に、ざっと目を通す。
これは、認定書みたいなものかな。
発行したのは、この街の支部で――。
ギルドマスター、アレリオンの名前も乗っている。
下記には、細々とした規約内容が書かれていた。
それは読まず、僕は言う。
「何か、知らないうちにローズさんの養子になっているんだけど……気の所為かな」
僕の登録名が、ヴァレンタインの性だった。
保証人も、ローズだ。
「昨今は、この神都も色々と物騒でね……身元が曖昧な人物は、たとえそれが子供でも、簡単には信用されないんだよ」
「ギルドに登録して依頼を受けるには、相応の身元が必要ってこと……?」
「――そういうことだ、少年。……まあ、苗字は気にするな。登録するのに必要な項目だったから、そう書いてだけで、別に私の養子になったわけではないよ。君はいまも、一人っ子だ」
「……良かった。お母さんに、なんて説明しようか悩むところだったよ。悪魔の出汁さんのような、ラジオのペンネームだと思って、ギルドでは名乗れば良いんだね」
「そんな軽い家柄でもないが……少年の好きに使い給え。余程のことが無い限りは、私が責任を取ろう」
「助かるね」
僕は口角を上げて、その羊皮紙を丸めた。
――ヴァレンタイン。
苗字持ちということはローズの家は、それなりの地位にあると思われる。
レネイストで、他大陸の制度は詳細に知らないが、このヴァルノレイア大陸では、一般的な平民は苗字が無い。
基本、それを名乗れるのは貴族階級にいる者だけ。
下級の貴族や、平民上がりの家だと、諸々の事情や都合で許可されない場合もあり、しかし――。
『狂笑会』を取り仕切る首席のローズは貴族か、王侯貴族と同等の地位を確立しているのだろう。
結構、お嬢様だったりして。
武器商人の組合『狂笑会』もそうだが、ヴァレンタインという名にも、僕は覚えがない。
つまり、紅凱暦以降の家系かな。
それでも、初代が元年に立てた家なら、八百年の歴史はあることになる。
だとすると、千年近いヴァレンタイン家は、長寿な名家だ。
僕は勝手な想像をした。
「この紙を持って、ギルドに……第三支部の受付に行けば良いの?」
「ああ、紙は少年の身分を示している。ギルドに入って受付の担当に、それを渡して正式な登録をしたまえ。……現段階では、まだ仮登録の状態だ。依頼を受注するには、直接ギルドで書面に本人確認をする必要がある」
「面倒だね」
「私に言わず、文句はギルドマスター……アレリオンに言いたまえ。無駄に世間体を気にした規則を考え定めたのは、彼なのだから」
「そうするよ。機会があったらね」
僕は落として失わないよう、羊皮紙を《異空間収納》に入れた。
これで、ギルドの道中に紛失することもない。
「色々と助かったよ、ローズさん。お礼は……貸しを返してもらっただけだし、する気はないけど……」
「構わないよ、この程度のこと……少年に礼をされるまでもない」
「今後とも頼み事があったら、お願いするね……ローズさん」
ローズは艶やかな顔貌を歪めた。
露骨に嫌そうな感じを出す。
「可能なら、人が死ぬような案件は勘弁してもらいたいな。私は商人……武器商人であって、死体処理の掃除屋ではない。……知り合いには、そういう仕事を専門とする人もいるけどね」
「あはは、僕は平和的な話し合いでの解決が得意なんだ。そんな物騒な頼みは、しないと思うよ」
僕が爽快に笑うと、ローズは騎士の死体を見やった。
――どの口が言うのか。
そう言葉にはせず、だが白い目をした。
【次話予告】
ノワールは憎悪と魔力を纏った白銀の騎士、アルヴェルトに剣を向けられるも、彼の刀身が振り切られるより先に《蜃滅幻》で、肉片にしてみせた。
それを見計らったように、扉を開け帰ってきたのはローズで――。
ノワールがお願いしていた冒険者ギルドに話を通し終わり、その吉報と文書をノワールに渡した。
内容を大まかに読んだノワールは、騎士の死体を片付けずに、悠然と宿屋を後にして組合に向かったのだった。




