第2章 第38話 不快な放送
軽い力で蹴ったそれは、しかし破裂した。
前に倒れながら、アルヴェルトの頭が散る。
――ドサッ。
と、その甲冑を纏った白銀の巨躯が、床にうつ伏せとなった。
《異空間収納》から出したばかりの大剣が、手から落ち転がる。
――しまった。
そう、僕は内心で反省する。
少し後ろに飛ばしてやろうと、あまり力は入れず蹴ったつもりだったのだが――。
思ったより僕の脚力が強かった、いやアルヴェルトが脆かった。
うっかり、殺してしまった。
僕は蹴った右足を見る。
そして、考え直した。
今後、人間を蹴るときは可能な限り、手加減をしよう。
でないと、また殺してしまうかも――。
「まあ、それならそれで……生き返らせれば良い話だけどさ」
僕は《回復魔法》――《女神の聖なる息吹》を使う。
漆黒の魔力が集まり、アルヴェルトを治癒させた。
粒子が弾けて、散った頭部が元に戻る。
「……は……っ!? わ、私は何を……」
床に伏せたアルヴェルトが、瞬きをして――。
呆然と視線を這わせた。
そんな彼に言ってやる。
「やあ、アルト君。ごめんね……僕が、力加減を間違ったばかりに、君を殺してしまった。……でも、再開して早々に友人である僕に対して、いきなり斬りかかった君にも、非はあると思うな。そこは謝ってよ……ほら、ごめんなさい、は?」
僕は見下ろす形で、謝罪を求める。
呆けた眼差しをしたアルヴェルトが、緩慢に視線を上げた。
笑った僕の顔を目に映す。
再度、その表情を憎悪に変えて。
「貴様……ッ!! 〈勇者〉灰!!! のこのこと、私の前に顔を出すとは……良い度胸だな!! 褒めてやる……!」
「ありがとう、どういたしまして……何か既視感ある会話だけど、ループしてる?」
「その脳筋副長は、脳みそまで筋肉なので……数十秒前に自分が言った発言すら、覚えていないのでしょう」
と、ヴェノム。
バーカウンターの下にある物置棚から、ゴソゴソと物品を探しながら伝えた。
「そうなんだ。健康的な脳みたいで、羨ましいな。僕には、考える頭も無いからさ」
「……ッ! だから……だから、我が娘を謀ったのかッ!!!」
「何の話かな……」
心当たりが無いな。
彼、アルヴェルトの娘さん。
病弱で寝たきりだった印象だ。
裁判で、アルヴェルトが親権を取った後は、父娘二人で暮らしていたと思う。
そこまで娘とは交流があったわけではないので、朧げな記憶だ。
「貴様が……貴様が、我が娘を蠱毒の王の供物に捧げたのだろうが……ッ!!」
アルヴェルトが立ち上がり、その大剣を握ると切先を向けた。
――蠱毒の王。
異名を頭の中で反芻する。
学術都市ディスグフラに眠った土地神、的な存在だったかな。
女神様とか、そういった実物がある〈神族〉とは違って、人の念が生み出した想像上の神様だ。
僕も見たことはない。
都市の地下で眠り続けている、と学術都市ディスグフラにいた時期に耳にしただけである。
なので、現実にいるのかすら怪しい。
「……知らないな。どうやら、アルト君に酷い誤解を受けているようだ」
「誤解だと……!? ふざけるな!! 貴様が娘を供物にしたのだろうが――ッ!!!」
アルヴェルトが怒鳴り、身体から魔力を出す。
大剣に粒子が流れた。
僕は冷静な口調で言う。
「確信を持った断言だね。何か、明確な証拠でもあったのかな」
アルヴェルトは、見るからに取り乱している。
その要因は、僕だ。
僕との再開が、アルヴェルトの憎悪を蘇らせた。
しかし、彼は怒りながらも目は正気だった。
恨みの感情に飲まれていない。
言葉にも意思を感じる。
根拠のない空言ではなかった。
「女王陛下が、仰っていたのだ……」
「なんて?」
「人を人とも思わない冷徹な畜生が、娘を供物にした……とな!」
「……誰のことだろ。そんな悪評に合った人物は、世界には結構いると思うけどな」
「貴様のことだ……ッ!! 〈勇者〉灰!!」
「僕より慈悲深い愛好家も、いないと思うよ。残念だけど人違いだね、うん」
と、僕は腕を組み頷いた。
良かった、人違いだ。
だって、僕は冷徹でも畜生でもない。
僕の人柄を表すなら。
――人に偽りの手を差し出す、狂った偽善者。
それが適切だろう。
「貴様のような胡散臭い男、見間違えるわけがないだろうが……ッ!!」
「僕って、そんな風に思われてるの?」
若干、ショックだ。
僕より信用出来る人物も、そうそういないと思うのに。
「人間、普段の行いは大切ですからねぇ……」
ヴェノムが、バーカウンターの下から顔を出した。
探していた物が、見つかったようで――。
それをカウンター上に乗せた。
持ち運び可能なサイズの、小型な機器。
上部にアンテナが伸び、チャンネルの調整用に備えられた摘みがある、その機械はラジオだ。
電源を入れ、ヴェノムが摘みを回す。
僅かなノイズが流れると、チャンネルに切り替わった。
『やあやあやあ! 日々、つまらないありふれた人生に、無意味な希望を見出そうと、冷たい地面を張っている諸君……そんな諸君らの非生産的な一日に、天にも上る快楽と娯楽をお届けする……フレッシュマンパーリーナーイ、のお時間だっ!!』
何か始まった。
僕はラジオに目をやる。
パーリーナーイ、がどんな時間かは存じ上げないが、フレッシュマンは聞いたことがある。
女神エリアルの自慰行為に使われている、隣国で流行りのキャラクターだ。
カノンは、アニメーションに登場する人物だと言っていたけど。
いま、チャンネルで喋っているフレッシュマンは、役の人なのかな。
『諸君らの人生と同様に、非生産的で無駄な時間をお届けしている、このフレッシュマンパーリーナーイに……なんと! 今回、とんでもないゲストが来ているようだ!!』
大剣を突きつけていたアルヴェルト。
突然流れたチャンネルに戦意を削がれ、剣先を下ろす。
『……それでは、お呼びしよう。今回のゲスト……キュートでハニーな女医、ラヴェンドールさんだあぁぁぁ!!!』
――誰だよ。
キュートでハニーな、ラヴェンドールさん。
知らないよ。
有名な医者なのかな。
僕は横目で、アルヴェルトの反応を見る。
「…………?」
顔に知らない、と書いてあった。
呼ばれた女医の声が流れ出す。
『はいは~い! 呼ばれても無視されても、貴方が世界の彼方にいようと駆けつける……純粋無垢で、きゃっわいぃお医者さんといえば、誰のこと? そう、私で~す!』
その自己紹介だけで、僕は悟った。
面倒な女だ。
こういうタイプが好みな人も、いるのかもしれないが――。
僕は苦手だ。
指摘したい箇所は色々とあるけど、自認が純粋と称している女性が、普通なわけがない。
「……驚きましたね……まさか、あのラヴェンドール殿がお見えになるとは……」
「あの……って、どの?」
そんなに有名人なら、前世でも見聞きしただろう。
だが、僕の知識には無い。
僕が転生をした後、紅凱暦になって売れた人か――。
「……ていうか、殿って言った? 何、その呼び方……」
見知らぬ国の要人だったり。
すると、ヴェノムは表情を引き締めて教えた。
「かの御仁、ラヴェンドール殿は……世界最高峰の薬師であり、その傍ら医者として階級問わず、万人を治療している素晴らしき人格者なのですよ」
――私も尊敬しております。
と、ヴェノムは付け足した。
――人格者。
申し訳ないが、そうは思えない。
最初の挨拶だけでも、馬鹿丸出しだ。
「へー……アルト君は、知ってる?」
「いや……知ら……おい、待て……」
「……ん?」
「なに、普通に喋りかけてきているんだ、貴様……私も、つい返事しそうになったが……」
アルヴェルトが気を取り直して、大剣を構え直す。
その三白眼に力が込もった。
「いーじゃん。もっと、話そうよ。久しぶりの……それこそ数百年ぶりの友人との再開なんだし。積もる話だって、あるでしょ?」
『さーて! 今回のフレッシュマンパーリーナーイ、の企画はあぁぁぁ!! どんがらがっしゃーん!!! な、な、なんと! 視聴者参加型企画だあぁぁぁ!!!』
ラジオから聞こえる大音声。
無駄にハイテンションだ。
どんがらがっしゃーん、とはドラムロールだろうか。
『いやったあぁぁぁ!!! ラヴェンドールと視聴者っちとのバトルだあぁぁぁい!!』
『バトルではないぜえぇぇぇい! ちょぉぉぉっぴり、危険ではあるかもだけどなあぁぁぁ!!!』
『きゃあぁぁぁぁぁ!!!』
――うるさい。
会話も馬鹿だし、内容が薄い。
「フオォォォォォォォォォォッ!!!」
「……!? どうした、ヴェノム君」
唐突に奇声を上げたヴェノムに、当惑をする。
両拳を握り、頭上を見て叫んでいた。
直後、スッと我に返り、こちらに顔をやると言ったのだった。
「……おっと、失礼。私の奥底に閉まっていたドルドル魂に、火が付いてしまいまして。いやはや、私としたことがお見苦しいものを……」
――ドルドル魂。
あまり、追及はしないでおこう。
「…………」
アルヴェルトも、身を引いている。
自然な反応だ。
「そのドルドル魂とやらは、封印しといてもらいたいね。いきなり変な声を上げられたら、ビックリするよ。心臓が止まるかと思った……」
「重ねてお詫びします、ノワールさん。以後、ドルドル魂には鍵をかけて外部には出さないように心掛け――」
『それじゃあ始めるぜ、諸君!! 準備はあぁぁぁ?』
『オール、フレッシュマ~ン!!』
「フレッシュマ~ン!」
ヴェノムが、おかしなポーズを決める。
両腕で大きな半円を描いて、親指で自分の顔を指した。
人生、見ないふりをする事も重要だ。
僕は無言で、目を反らした。
『まずは一通目えぇぇぇ!! 精霊の楽園からの、お便りだぜい!!』
『わあぁぁぁお! 私の次の次の次の次の次位には、キュートな精霊ちゃんたちがいるところだあぁ!!』
『自尊心が凄過ぎるぜ、ラヴェンドール!!! 流石は、イカれたドルドル魂の伝道者だ!!』
『いえぇぇぇぇぇい!! フレッシュマ~ン!!!』
『フレッシュマ~ン!!!』
聞いていると気が狂いそう。
こんなチャンネルが公式に放送されている思ったら、恐ろしい。
そして、フレッシュマンで行為に及んでいる、女神エリアルも末恐ろしい。
どこに魅力を感じているのかな。
僕には理解が難しい領域だ。
『精霊の楽園のおぉぉぉ……ペンネーム、悪魔の出汁さんからのお便りだあぁぁぁ!!』
『ふうぅぅぅ!! かぁぁぁっちょいいぃぃぃ!!!』
視聴者参加型の企画とは、見ている人が送った文通を読むコーナーらしい。
〈悪魔族〉に対する殺意が込もった名前だった。
聞いていると頭を痛めそうなので、僕は意識を背ける。
「何か、外の風に当たりたい気分だよ」
「……同感だ。貴様を滅してから、当たるとしよう……シュバルツヘルク」
と、アルヴェルトが名を口にする。
手に持った大剣が、それに応えるように魔力を放った。
柄や刀身に、これといった装飾はない。
露店に売っていそうな、鋼色の塊だ。
――だが。
「頑張る剣シュバルツヘルク……まだ、使ってたんだ。君も飽きないね」
「私は妻にも娘にも……そして、愛剣にも一途な騎士だからな」
「寝取られたけどね、幸運なことに」
「……寝取られたのではない……寝取らせてやったのだ」
「それはそれで、歪んだ性癖ではあるよ……?」
事実か虚勢なのか、どちらでもいいが――。
僕も《異空間収納》から得物を、暁灯瑠刀フォルラリスを出した。
折れた刃は、直っている。
この大太刀は、僕と呼応している〈勇者〉専用の代物だ。
僕の体内に流れる星力の状態が、直接的に影響を与える。
星力が枯渇していたら、修復は行えない。
昨晩、睡眠を取り体力と星力が回復したので、《異空間収納》の中で直していた。
「〈勇者〉灰……物覚えの悪さは、治らんようだな」
「諦めの悪さもね……あと、いまはノワールだよ……ヨロシクね」
「頑張る剣、ではない」
「あれ……違った……?」
「巌張牢剣シュバルツヘルク、だ。私の古馴染みが名付け、譲り受けた魔剣である」
「へー」
「その流浪人が言うには、シュバルツヘルクは『勇猛果敢』という意味があるらしい」
「多分、間違えてるよ……それ」
巌張牢剣シュバルツヘルクの持ち主は知らないけど、シュバルツヘルクの意味は分かる。
ヴァルノレイア大陸とは離れた別の大陸にある遠方の国、そこの言葉で『猪突猛進』という意味だ。
どうやら、アルヴェルトは間違った理解をしているようである。
教えてやる義理もないかな。
勘違いしていたほうが、憐れで面白い。
僕は口元が緩む。
「貴様……何を笑っている……」
――おっと。
表情に出てしまった。
僕は爽やかに言う。
「いや、別に……特に理由はないよ」
「理由も無しに、笑ったのか……? 気色悪い奴だな、貴様は……」
「ありがとう。アルト君は、褒めるのが上手いね」
「娘が供物にされ……愛娘を失ってからというもの、起きている間も寝ている時も、ずっと貴様のことだけを考えて過ごしてきたからな」
「僕のこと、好き過ぎじゃない? ちょっと、重いよ」
「……ああ。その重みを……私の数百年の憎悪に乗せて、貴様を押し潰してやる……っ」
その大剣、巌張牢剣シュバルツヘルクを上段に構えて――。
アルヴェルトが魔力を練った。
前世と変わらない、気迫だ。
凄まじい威圧が、僕の身体に伸しかかる。
それを跳ね除けて、僕は口を開いた。
「シュバルツヘルクという言葉……聖典の中では、こう翻訳されている……『蛮勇』と、ね。今のアルト君に、ぴったりだとは思わない?」
『ハッハー!! 諸君の言う通りだ!! イエス、フレッシュマ~ン!!!』
『フレッシュマ~ン!』
そんな僕の意見を――。
視聴者の手紙に応えていた二人が、耳に残る決め台詞で同意をしたのだった。
【次話予告】
ノワールは女神の聖杯機での戦闘が終わった後、『竜脈の畔』で夜を過ごしていた。
寝て体力を回復させたノワールは、責任者のローズにお願いをしてから、宿屋の一階に下りた。
そこにはバーテンダー、ヴェノムに詰め寄る白銀の騎士がいて――。
学術都市ディスグフラの精霊師団、アルヴェルトという素性を特定する。
前世での付き合いがあるアルヴェルトに挨拶をするも、ノワールを見た途端に顔を憎悪に染め、斬りかかってきた。
見の覚えのない恨みを向けられながら、ノワールは淡々と対処をしたのだった。




