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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
神を滅ぼす機巧人形編
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第2章 第37話 過去に燻る憎悪

第2章『神を滅ぼす機巧人形』の、あらすじ――。

私は阿婆擦(あばず)れである、そう世界の何処か、深い水の底でガラクタ人形は自虐をした。

その水中には自分以外の存在はおらず、誰も聞いていないのに、誇張した罵倒をしながら、ありもしない妄想をする程、人形は暇だった。

現下、どうして水中に沈んでいるのか、私は何者なのか。

生命体を構築する要素が欠けていた人形は、そこに至った経緯や過去の記憶を忘れていた。

しかし、存在意義の欠陥に気付いたとき、その未完成な人形は微かな記憶を思い出す。

それは人形が、起動していた頃のこと――。

女神の力で、異世界から召喚された〈勇者〉(かい)に、メイドとして付き従っていた光景だった。

泡となり消える記憶に手を伸ばし、人形は静かに告げる。

――女神を打倒し、〈勇者〉(かい)を滅ぼす。

それが、人形が造られた目的であり、機能が停止しようと忘れない宿命でもあった。

水の底で動き出す過去の遺物が起動をして、〈勇者〉(かい)の、いや〈邪神族〉ノワールの魂を付け狙う。

だが、そんなことを露ほども知らない張本人は、神都アリオンで冒険者として活動しようと、新たな今世での生活に気分を高揚させており――。

管理者の閲覧会(アグレスタ)や〈魔王〉達が、世界の裏で暗躍をする中、気にも留めないノワールは悠々と依頼を受けていた。

 私は阿婆擦(あばず)れ、である。

 いや、待て――。

 それは、言い過ぎだ。

 尻軽な自覚はあるが、そこまで節操がないわけではない、と思う。

 ――思いたい。

 自分で言っておいてあれだが、傷付いた。

 自虐するのも、程々にしておこう。

 と、ありもしない器官で息を吐いた。


 だけど、仕方がない。

 私は暇だ。

 そう、めっちゃ暇。

 自責に苛まれる罵倒をする前に、千ピース超のジグソーパズルを、何作品も完成させてしまえる位には、時間が有り余っていた。

 知恵の輪やルービックキューブといった玩具も、数え切れない個数を解いた気がする。

 嗚呼、実に有意義で充実した遊びだった。

 寿命が無い私も、まるで童心に返ったような思いだ。

 まあ、いま挙げた話は全部、私が頭で妄想をした出来事で、実際の事ではないけどな。


 ――あはは。


 私は独りで笑う。

 そして、虚しさがきた。

 私は何をしているのか、と。

 この独白を誰かが聞いているわけでもあるまいし。

 私は所詮、他人に見向きをされない可哀想な憐れで、それから幼気な女。


 ――うん。


 多分、女性だ。

 男性ではないと思う。

 だって、股間にブツが付いてないからな。


 ――それは置いておいて。


 可哀想な私は、ずっと独りだ。

 ボッチではない。

 その表現は嫌いだ。

 馬鹿にされている感が凄い。

 せめて、根暗とかにしてほしい。

 根暗の私は、ここに独りっきりだった。


 ――ここ。

 そうは言っても、何処かは知らない。

 確かめようがない。

 目の前は真っ暗な闇に包まれている。

 瞼が開いているのか閉じられたままなのか、感覚はなかった。

 ただ、したこともない遊戯の妄想を鮮明に思い描いて、こうして語れる程度には、思考が動いている。

 つまり、意識はあるということだろう。


 私は生きている。

 命があった。

 だから何だよ、という事実でもあるのだが――。

 何事も無いより、あったほうが良い。

 お得感があるからな。

 ある、と言って気付いた。

 この闇には、音が鳴っている。


 ――ブクブク。


 と、そんな水音だ。

 下方から液体が湧き出て、泡となっていた。

 なら、私がいるのは水中ということになる。

 大変だ。

 私は水に弱いのである。

 というか、泳げない。

 これは自慢だが、カナヅチだ。

 良い響きだな。

 (イカズチ)みたいで、格好いい。

 だが、そんな私は絶賛格好悪い様で、沈んでいる筈――。


 視界が闇色なのは、相当の深さまで落ちたからなのだろうか。

 だとしたら、容易には戻れなさそう。

 自力では、まず無理だ。

 あまり、私を舐めないでもらいたい。

 私に期待をするな。


 ――さて。

 そうすると、だ。

 どうしたものか。

 自分で水面まで泳いで上がるのが無理だとすると。

 いや、それが可能ならやっているが――。

 救助を待つしかないのか。

 そもそも、何故に私は溺れているのだろう。

 否、何故に私は水の中で新たな呼吸法の会得をしているのだろう。


 なるほど、中々に堅実な意欲であるが、前後関係の記憶がない私からすると、意味が分からない。

 どうして私は、ここにいる。

 闇に覆われた水の底に落ちている。

 分からない。

 思い出せない。

 お腹が減った。

 私は何者だ。

 種族は――。

 名前は。

 私という存在に関する情報が欠けていた。


 現在、残っているのは性別が女性であり、悲しいことに一人遊びの妄想が得意。

 それだけでも、とても魅力的な人物だけれど、何かが足りない。

 私の根幹を成す、人間に流れる血のように、あって当たり前な要素が無かった。

 心があるのかも感じ取れない身体だが、そこに大きな虚空の穴が空いている。

 頭の中では何回も遊んでいた、ジグソーパズル。

 しかし、心に空いたそれを埋めるピースは、手元に無かった。

 欠陥を認識したとき、私は無性に感情を動かされた。


 欲しい、嵌めたい、埋めたい。

 私に足りないそれを――。

 私を満たすパズルのピースを。

 どこにある、どこで手に入れられる、誰が持っている。

 無いから欲しい。

 あるなら、見つければいい。

 買えないなら、奪えばいい。

 欲しい欲しい欲しい。

 私の――。

 私だけのピース。

 絶対に手に入れる。

 他の誰にも渡さない。

 二度と奪われはしない。


 私の脳裏の奥に、霞むような過去の情景が浮き上がる。

 異世界から女神の力でレネイストに転移をして、〈勇者〉となった男。

 その傍らに付き従う、機械の身体をしたメイド姿の女性。


 ――私だ。


 記憶はない。

 容貌を見ても、自分自身だと確信は持てない。

 だが、男のことは死んでも、記憶を失っても決して忘れはしない。

 私だけの〈勇者〉であり、唯一の主人。

 感情のないガラクタだった私に、命を宿した最愛の御方で、そして――。

 私が滅ぼさなければならない、獲物。


『……〈勇者〉(かい)


 私は水中で、その男の名前を口にした。

 呟きは泡沫と共に、水の底に弾けて消える。

 然れども、名前と存在を掴み取るように、私は霞み去った記憶の残滓に手を伸ばした。


『……ああ……〈勇者〉(かい)……いえ、私の主人(マイマスター)……(かい)様。貴方を……貴方に、絶対に会いに行きます』


 散った過去の記憶を、瞼の裏に思い出しながら。

 私は世界で最も愛しいと感じる方に向けて告げた。


『あの忌まわしい泥棒猫の、クソ女神から……貴方を取り戻してみせますわ。たとえ、貴方を死体と化してでも……』


 それは私の想いでもあり、女神に向けた布告。

 深い水圧に覆われ、外界には届かない呟きを残して――。

 視界が無数の泡沫で閉じられた。











 世界は今日も平和だ。

 夜が明け、朝の時刻を過ぎた神都アリオンの街には、日常が始まりつつあった。

 代わり映えのない、普通の日。

 特別なイベントが開催されるわけでもなければ、凶悪な事件が起こりもしない。

 仕事がある者は職場に通勤をして、学生は在学する校舎に向かう。

 何処の国にも見られる、平凡な光景だ。

 僕は昨晩泊まらせてもらった『竜脈(りゅうみゃく)の畔』の部屋、その窓から道路を見下ろしていた。


 この宿屋は脇道に接する店舗で、神都アリオンの大通りと直接繋がっている。

 通勤や通学の道中にあたるのだろう。

 僕の下、石畳の脇道を人が歩いていた。

 少数だが、目に止まる容貌だった。

 歩いているのは、〈人間族〉だけではあらず、耳や尻尾など人間には無い身体の部位を生やした者や、はたまた頭部が獣で胴体が人間、という者もいた。


 あれは、どういった種族だったかな。

 頭は爬虫類、蜥蜴(トカゲ)に見えるけど、下は人間だ。

 スーツを着ているから、会社員だろう。


 ――〈亜人族〉。

 細かい区分は忘れた。

 〈竜種〉の血を引いた子孫なのは、覚えている。

 種族も、ややこしいからね。

 〈獣人族〉と〈亜人族〉にも、違いがあるし、見分けるのも大変だ。

 亜人だと思っていたのが、獣でした。

 そんなパターンも、前世では結構あった。

 特に魔獣や神獣の血を継承している系統は、分かりづらい。

 〈竜人族〉とか〈精霊族〉とか。


 さっき通った蜥蜴(トカゲ)男は〈亜人族〉だけど、似たような見た目をしている〈竜人族〉は、同じ爬虫類の頭でも分類的には、〈獣人族〉になる。

 これは〈竜人族〉が、どうこうというより、その先祖である魔獣や神獣が、獣であるからだった。

 〈精霊族〉の歴史も語ると長いが、〈竜人族〉と似たような感じだ。


 僕は窓の扉を閉じて、カーテンを閉める。

 異界に帰った女神様宛に綴った愛のこもった手紙を、《異空間収納(ディートファスト)》にしまう。

 郵便局に出したら、届けてもらえるかな。

 下界から異界に通じる郵送ルートがあるのか、知らないけど。

 と、僕は欠伸をして部屋を出る。

 セラスとの戦闘後に、ローズに案内された際は、《次元歪曲(ディシス)》に歪められた階段を上がった。

 何階かも確認できない客室で、エレンと会った。


 しかし、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)から転移をした僕が、ヴェノムに案内された部屋は二階だ。

 不思議な構造だが、フロントの階段を上がると二階に出た。

 あの無限に感じた階段は無かった。

 ヴェノムの、それか責任者ローズの意思で、自由に変えられるのかもしれない。


「便利なシステムだ。防犯意識が高いらしい」


 安心で安全な宿屋。

 宿泊する身としては、ありがたい。


「まあ、ローズに捨て駒にされた後で親切にされても、ありがたみは無いけどさ」


 僕は部屋が連なる狭い廊下を進んで、階段を下りる。

 いたのが二階なので、段数は少ない。

 数秒程で下りきった。

 フロントに着いた途端、聞こえたのは騒がしい声だ。

 怒鳴っている男の大声だった。

 見ると、バーカウンターの内側にいるヴェノムに向け、カウンターに手を突き前のめりに喋っている者がいた。


 格好を観察する。

 性別は見るからに男性で、成人している。

 これといって外見に、人外な要素は見当たらないので、〈人間族〉だろうと思われる。

 〈人間族〉でも、平均的な成人男性の身長を超えているように見えた。

 二m近い背丈だ。

 身体も一般人と比較すると巨体で、大柄な人物だった。

 それを包むのが、バーテンダーの前にいるには目立つ、白銀の甲冑姿だ。

 騎士団にでも所属しているのか。

 と、僕は甲冑の胸元を見て素性を探る。

 白銀に紺碧の太陽の紋章があった。


 ――ディスグフラの精霊師団か。


 僕は胸中で、そう特定をする。


 ――ディスグフラ。

 正式名称は、学術都市ディスグフラ。

 ヴァミリド神教国とは異なり、国家ではない独立した都市だが、その規模や内包する力は、大国にも匹敵しうるとされている。

 改暦以前、争っていた〈竜人族〉と〈精霊族〉が手を取り合って、共同で発展をさせた街だ。


 僕が前世で訪れた時代では、種族問わず各国から進学した学生や研究者が滞在する、境界のない大都市といった印象を受けた。

 精霊師団は、ディスグフラを守護する学会の直属部隊。

 学会というのは政府のような組織で、ディスグフラの運営機関でもある。


 その直下に属される大隊が精霊師団。

 学術都市ディググフラを、外敵から守る自衛が主な役目だった。

 守護とは反対に、排除を専門とする部隊として、竜騎士団なる者達も学会の下にいるが、あれは精霊師団とは別物の組織だと思ったほうがいい。

 忠誠を誓う相手から思想まで、根本に差異がある。

 話の通じない狂った人種とは言わないが、少し固定観念が異常な傾向が見られた。


「ふざけるな、ヴェノム! こうしている間にも、あの御方の命が危険に晒されているのだぞ!」


 ――ダンッ。

 と、男がバーカウンターを叩いて言った。


「晒されている……かもしれないでしょう、アルヴェルトさん? 貴方は昔から、心配性な気質がある。もう少し、冷静に物事を見たほうがいい」


 対するヴェノムは、非常に落ち着いていた。

 バーカウンターの水垢を拭き取りながら、片手間に話している。

 ――チラリ。

 その横目が階段前にいた僕を見て、目尻を上げる。


「私は冷静だ! どっからどう見てもな!!」


 どこから見ても、焦っているようにしか思えない。

 バーカウンターの内側、そこの棚に陳列したグラスを手に取り、ヴェノムは口を開いた。


「長い人生、主観にとらわれていては、最適解には辿り着けませんよ」

「訳の分からん教義はいらん!」

「教会の教えではありません」

「じゃあ、何だ!!」


「私の持論です。千二百年程生きた、ね」

戯言(たわごと)を聞きに来たのではない……っ!」

「では、お酒を飲みにいらっしゃったので? 当店の営業時間は、夜からになります。出直してきて下さい」


 ヴェノムが客である男に背中を向けたまま、退店を促した。

 しかしながら、そのアルヴェルトという精霊師団の男は帰らない。

 バーカウンターから動かなかった。


「私は……冷静だっ!!」

「いまさっき聞きましたよ、それ。ボケているんですか、貴方」


「女王陛下から賜った、この栄誉ある精霊師団の副団長という地位の名に……そして、何よりあの御方を守護する為に……私は必ずや、あの御方を救わなければならない」


「それも、何度も聞きました……ええ、これで二十一回目ですね」

「二十三回だ!」

「どうでもいいです、そんな誤差。私が感じている煩わしさに、変わりはないので」


 聞いていて察したが、知り合い同士らしい。

 迷惑客、クレーマーの類かとも思ったけど違った。

 焦った様子で怒鳴る男は、学術都市ディスグフラの精霊師団、その副団長。

 名を、アルヴェルト。

 女王陛下とは、正確には学会の議長を指す。

 付き合いの長い師団員が親しみを込め、そう敬称しているだけである。

 久しぶりだったので認知が遅れたが――。

 アルヴェルト、彼は前世でも関わりを持っている。


 末期の大病を患っている娘を、美人な妻と二人で養っていた愛妻家で、娘思いな男だ。

 だが、その妻が色々と化物で――。

 アルヴェルトが精霊師団副団長として、出勤した直後、男と不貞を働いていた。

 家に病気の娘を残したまま。

 そんな愚かな真似をする女なのだから、馬鹿に決まっている。

 隠れて性行為をするなら、夫にバレないように()ればいいものを、その妻は証拠の隠滅が甘かった。


 何なら、アルヴェルトが勤務から家に帰る時間を忘れ、間男の上で腰を振り続けていたので、帰宅に気付かず鉢合わせ。

 毎晩、一緒に寝ていたベッドで男と交わる妻を、アルヴェルトが目撃してしまったわけだ。

 アルヴェルトは呆然とするも、状況を理解――。


 当然、激昂する。

 その矛先は妻よりも、間男の方にあった。

 妻を寝取ったその野郎は、驚いたことにアルヴェルトの直近の部下――。

 しかも、《魔法》や剣術に関して、手塩にかけ特訓をして育てた部下の一人だった。

 そこに至った経緯や、不貞の理由を話すと夕方になりそうなので割愛するが。


 結果、妻は部下との行為で妊娠をしていた。

 またもや、アルヴェルトは怒る。

 腰にあった剣で、二人諸共斬り捨てようとしたが、女王陛下に制されて、殺傷沙汰にはならなかった。


 その後、アルヴェルトと妻は離婚をした。

 部下の男は、精霊師団を除籍された。

 寝取った妻の配偶者が、女王陛下と懇意にしているアルヴェルトなのが不味かったのだろう。

 短期間に人生で最大級の不幸が襲ったが、アルヴェルトにとって幸いだったのは、娘の親権を勝ち取ったことだった。


 離婚と裁判のあと、妻がどうなったかは知らない。

 娼館で働いているとか、性奴隷に落とされ、何処かの変態貴族の下処理をしているとか、そんな噂を耳に挟んだりはしたが――。

 アルヴェルトは男手一つで娘を養い、そして病気を治す方法を模索しながら、副団長に復職した。


 僕は前世であった不貞騒動を思い返し、アルヴェルトに向き直る。

 どうやら、僕が知っているアルヴェルトと変わりはないようである。

 若干、老けて痩せた気がするが、彼なりに心労があるのだろう。

 いまも、誰かを探して救い出そうとしているようだし。

 副団長のアルヴェルトが「あの御方」と敬うのは、女王陛下しか考えられない。


「私は! 女王陛下の奴隷だっ!」

「それだけだと、語弊が凄いですよ」

「私は……女王陛下の敬虔な奴隷だ!!」


「憐れなことに変わりはありませんが……そんな声を張って言う事でもないでしょう。店内では、お静かに。他の御客様の迷惑になりますので」


 大声で告げ、高々と右腕を突き上げていたアルヴェルト。

 それを、ヴェノムが注意する。


「客だと……? この年中客足が無い、物騒な宿屋に泊まりに来る客などいるものか」


 アルヴェルトが言う。

 スッ、とヴェノムが僕を見た。


「偶にいるんですよねぇ……そんな、奇怪な御客様が」

「……ァ?」


 アルヴェルトが顔を動かす。

 階段の前で様子を伺っていた僕と視線が合った。

 その相対する者を射殺すような、三白眼が僕を貫いた。

 前世と比較すると、時が経って頬がやつれ皺が刻まれているが――。

 双眸にこめられた威圧と生命力に、変わりはなかった。


 この副団長は、平静時でも非常事態でも表情は、ずっと厳しい。

 元が凶悪な顔なので、より深みが増している。

 気が弱い幼子なら、話しかけられただけで泣いてしまうかもしれない。

 後ろに撫でつけられた銀髪には、紅い毛髪が何本か混じっていた。


「やあ、アルト君……久しぶりだね。何年経ったか分からないけど、娘さんは元気かな」


 僕が柔和に笑い手を上げる。

 渾名で名前を言った。

 すると、彼は――。

 アルヴェルトは信じられないものを見た、と。

 死者の亡霊を見たように、目を見開いた。

 一緒に口を開いている。

 パクパク、と発しようとするが、言葉が出ていない。

 僕は続けて話しかけた。


「何か、ヴェノム君に迫ってたけど……どうしたの? 僕でよければ、アルト君の力になるよ。困っている友人がいたら助ける。人として当然のことだからね」


「素晴らしい信条ですね、ノワールさん。その精神を、私も見習いたい」

「どうぞどうぞ。そんな大した志でもないけどね。僕は人でもないし……」


 ――あはは。

 と、ヴェノムに笑い返す。


「……き……き…………き……っ!」


 アルヴェルトが俯いて、その体躯を震わせていた。

 両拳を握りしめ、魔力を滾らせている。


「本当に、どうしたの? そんな野鳥みたいな声を出して……」

「ノワールさんとの再開に、感極まっているのでは?」

「なるほどね」


 僕は納得した。

 死んだと思っていた友人との、予想だにしない再開だ。

 感動もするだろう。

 僕はしないけどね。


「良い歳したおっさんが、そんな泣かないでよ。僕だって、アルト君と久しぶりに会えて嬉しいけどさ……折角、旧友との再開なんだから、涙より笑い合おうよ……ね?」


 それを聞いて、アルヴェルトは――。

 震えを抑え、顔を上げた。

 表情には敵意、いや殺意に染まっている。


 ――おかしいな。

 そんな顔を向けられる覚えは無いんだけど。


「……貴様、私の前に姿を見せるとは良い度胸だな……褒めてやる」

「ありがとう、どういたしまして」


 アルヴェルトの両目は、僕を捉えて離さない。

 恨みの色で、濁っていた。


「ちょっとちょっと……再開して早々、そんな目で見ないでよ。僕がアルト君に、何をしたっていうのさ。まるで、親の仇みたいに……あ! もしかして、千年前に君が楽しみにとっておいた限定十食のプリンを盗み食いしたのを、根に持ってたりしてる? それで僕を恨んでたり……」


「おやつを盗むとは……許しがたい重罪ですね、ノワールさん。千年越しの恨みというわけですか」


 ――怖いな。

 まさか、そんな昔の件で殺意を向けられるとは。

 たかだか、プリンで。


「……我が娘を誑かし、病弱な娘の心に付け入り利用した、その神も恐れる醜悪な所業……」

「神は恐れないと思うな」

「……万死に値する……死ねぇぇぇいッ!!!」


 アルヴェルトは《異空間収納(ディートファスト)》から、極太の大剣を出して――。

 憎悪に染まった血気迫る貌で、僕に斬りかかろうとした。

 魔力を込めた足で床を踏み込み、しかし。


「嘘は駄目だよ、アルト君。僕が拐かしたのは娘だけじゃない……君の可愛い妹もさ」


 その足首を、《蜃滅幻(しんめつきょう)》で斬ってやる。

 体勢が前に崩れたところに、僕は蹴りを入れた。

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