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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
39/52

第1章 第35話 戦闘後の休息

 落ちていった堕天使を見つめる。

 水飛沫を上げ、海の中に沈む身体は、数秒程で海底の闇にのまれ消えた。

 僕は、一息。

 刃先が欠けた大太刀、暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを《異空間収納(ディートファスト)》にしまった。

 連戦で傷を負った身体に《女神の聖なる息吹(ヴィレホス)》をかけながら、メノア様の方を向いて言う。


「一件落着……ってことで、良いのかな?」

「……どこがだ。問題しか残っていない」

「というと……?」


 僕は何も思い当たらない。

 管理者の閲覧会(アグレスタ)の執行者、カノンが死んで――。

 いや、完全に死んだわけではないか。

 《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》により、半永久的に魂が凍らされて、眠りについた。

 最低でも数千年は起きない。


 僕に被せられた容疑が晴れたとは言えないが、それでも生命を脅かす存在を排除することは出来た。

 カノンを凍結させたことで、間接的にエレンも守れた。

 そういえば、あの皇子は何処に行ったのかな。

 女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)に飛ばされたときから、姿が見えない。

 『竜脈(りゅうみゃく)の畔』に、取り残されているのかも。

 一応、依頼に助力する立場ではあるし、迎えに行ってあげよう。

 管理者の閲覧会(アグレスタ)だけが外敵とも限らないし。

 カノン以外の、他の席次が送り込まれる可能性も考えられる。


 事情を断片的に聞いた感じ、エレンは中々に扱いに困る存在に思えた。

 それはヴァミリド神教国の皇帝、星凱帝(せいがいてい)としてだけではない。

 星凱帝(せいがいてい)に課された、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)を破壊するといった役割だ。

 エレン本人が、それをどの程度認識しているのかは定かではないが、管理者の閲覧会(アグレスタ)などからすると、さぞ厄介だろう。


「会ったばかりの他人を心配する暇があったら、お前は自身が置かれている状況を鑑みることだな」


 メノア様が言った。

 戦いは終わり、続行する意思は無いのか。

 手に持った暁灯瑠傘(きょうひるさん)アルランレイブを、《異空間収納(ディートファスト)》に戻した。


「僕は共感性が高いので、エレン君の面倒な立場に、哀憐を抱いてしまうんですよ」

「虚飾だな。お前は転生をしてから、今に至るまで一度も本音を口にしていない」

「僕は考えなしですからね」

「知ってる」


 ――あはは。

 と、僕は乾いた笑いをした。


「……だが、後先考えない馬鹿ではない」

「自覚のある阿呆です。女神様と、一緒で」

「私は学習をしない馬鹿だ。履き違えるな」


 ――そうでしたね。

 どっちでも、良いけど。


「そんな阿呆なケツ拭き〈勇者〉の、濁りきった目でも、現実は見えているだろう……?」

「僕より綺麗に透き通った目をしている子供も、いないと思いますが……」


 僕が糸目を開いた。

 眼鏡の奥に光る瞳孔を見て、メノア様が鼻を鳴らし失笑する。


(ドブ)色の、その目には何が見えている? 命を狙う敵を倒して、めでたしめでたしな、平和な結末(ハッピーエンド)か? だとしたら、お前は自覚のある阿呆ではない。真正の阿呆だな」


「真正でも、誠実でも良いですけど――」

「誠実とは言ってねぇよ」

「……しっかりと、現状は把握していますよ。僕は理解するのが早いので、ね」

「諦めと寝返りも高速だがな」


 ――そうかも。

 僕は笑顔で続けた。


「メノア様にオススメしてもらった料理屋、『蛇鶏王(バジリスク)亭』の営業時間を過ぎてしまったことを、気にしているんですよね。分かっていますよ」


「…………」

「――というのは冗談で……女神ベルザに関して、でしょう?」


 僕はふざけて言っていたが、メノア様の顔色を見て訂正した。

 無表情に見ないでもらいたい。

 怖いし不気味だ。


「メノア様は、僕を〈邪神族〉に転生させるにあたり、多方面に便宜を図ったと……そう言っていましたよね? それには、女神ベルザとの約定も入っている。内容は、転生をした僕を未成熟な間に滅ぼす……或いは封印する、ということ。だから、僕を裏切った」


「ああ、そうだ。分かりやすい説明をありがとうよ」

「どういたしまして……しかし、結果的に見ると僕は、こうして生きている。カノンちゃんの執行も失敗して、メノア様も僕を封印出来ていない。それが事実です」


「そうだな。残念だよ……本当に。痛恨の極みだ」


 と、白々しい態度のメノア様が肩を竦めた。

 僕は糸目を笑わせる。

 その女神に言ってやった。


「最初から僕を滅ぼす気が無かったのでしょう? 最低限の……カノンちゃんの言葉を借りるなら、体裁を整えただけに過ぎない。それが女神としての矜持か、ベルザとの義理かは知りませんが」


 すると、メノア様も笑った。

 首を傾げて、口角を吊り上げる。


「私は責任感の強い女神だからな。自分が創造をした、どれ……玩具の面倒は最後まで見る」


 奴隷と言いかけたような――。

 気の所為だと思おう。


「面倒見が良いんですね。嬉しいです」


「私は基本的に人間には冷たいが……というか蛆虫程度にしか思っていないが、奴隷には優しいんだよ。慈愛溢れる女神を舐めるなよ」

「舐めてないですし……はっきりと、奴隷と言いましたね。嬉しいな」


 メノア様が僕を見た。

 長い睫毛を上げ、覗いた蒼い氷のような瞳と視線が合う。


「――故に、お前は滅ぼさないし封印もしない……今は、まだな」


 それが、メノア様が出した答えらしい。

 僕の味方でもないが、敵でもない。

 的確な立場を表すなら、保護者が妥当かな。

 僕が暴走をしないように見張る、首輪的な役割といった意味で。


「ありがとうございます、慈愛溢れる女神様。おかげで、寿命が延びました」


「せいぜい、早死しないよう気を付けることだな。〈魔王〉にでも目をつけられたら、ギッタンギッタンのバッコンバッコンにされる」

「ギッタンギッタンのバッコンバッコン、ですか」


「ああ」

「……気を付けようかな、うん」


 何か分かんないけど、痛そう。

 〈魔王〉とは関わらないほうがいい。


「〈魔王〉といえば……」

「……ん?」

禍九羅(ガクラ)は、元気かな」


「……禍九羅(ガクラ)? ああ……お前が、〈勇者〉やってた頃の知り合いか」

「ええ、彼には色々とお世話になった過去があるので。今世でも、挨拶位はしておこうかな、と」

「お世話……? 迷惑をかけていた記憶しかないがな。胃に穴が開いてしまうような……」


 覚えてないな、そんなこと。

 不運にも、転生をする前の記憶は曖昧にしかない。


「都合の良い言い訳にしか聞こえんな」

「この先も、都合の悪い出来事に直面したら、使わせてもらいます」

「好きにしろ、物忘れ糞爺」

「ありがとうございます、学習能力のないクソババア」


 ――禍九羅(ガクラ)


 僕の前世、〈勇者〉カインを名乗っていた時代で、出会った人物。

 ヴァルノレイア大陸に支配領域を持っている〈魔王〉の、一柱だ。

 彼、禍九羅(ガクラ)とは友好的だったと、僕は思っている。


 別段、恨みを向けられるような真似もしていない。

 偶にイタズラで、禍九羅(ガクラ)の飲み物に下剤を入れた位だ。

 その直後に転生をしたので、どうなったかは知り得ない。

 飲んだのなら結果と反応が気になるし、〈魔王〉とはいえ禍九羅(ガクラ)とは会っておきたい。


「向こうは、お前とは死んでも会いたいとは思わんだろうがな」


 と、メノア様。

 魔力を流し《次元歪曲(ディシス)》の魔法陣を構築する。


「歓喜で気絶するかも――」

「……ああ。憤怒で頭の血管は切れるだろうな。ご愁傷様なことだ」


 魔力の線が、僕に繋がれる。

 《次元歪曲(ディシス)》で転移をする対象にされた。


「ここ、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)はレネイストの外側にある、異界ですよね」

「そうだな。徒歩でせっせこ歩いたところで、一生辿り着けん」

「《次元歪曲(ディシス)》で戻れる距離なんですか?」


「いいや……? 無理だな、絶対。女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)とレネイストは、物理的な距離が離れているのもそうだが、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)は魔力の流れが乱される。体外に放出をした魔力は即座に海に沈殿してしまう。《魔法》の構築も、ままならない」


 カノンは女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)を、星の墓場と称していた。

 その是非がどうあれ、この大海の性質は異常だ。

 星力(メリス)以外の物質が存在しない。

 否、残存を認められていない。

 不純物として処理され、大海に還される。


 この異界に飛ばしたカノンは兎も角、本来は僕やメノア様は、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)で《魔法》を構築することすら不可能に近い。

 術式には必ず魔力の放出が伴う。

 その時点で、身体の外に出たそれは、沈殿してしまうだろう。

 しかし、そうならず戦っていたのは――。

 単純な地力だ。

 膨大な魔力総量を活用して、沈殿されながらも術式に必要な魔力を送っていた。


「じゃあ、どうするんですか。もしかして、死ぬまで女神様と女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)に閉じ込められるとか?」


「良かったな。偶然にも合法的に、私と二人っきりになれる空間だ……喜べよ」

「……新手の拷問かな」


 合法とも思えないし。

 カノンが言っていたけど、議会に許可申請をせず女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)に入るのは、違法だと――。


 僕は頭上を見上げる。

 星を管理する樹(アスタドレスト)が覆い被さった巨大な恒星、管理者の閲覧会(アグレスタ)の本部。

 女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)の上空に点在するその星が、管理者の閲覧会(アグレスタ)だ。

 議会とやらも、そこにあるのだろう。


 ――大丈夫かな。

 結構、派手に戦ったけど。

 これといって視線の類は感じないが、見つかる前に女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)から去りたい。


「私もお前と仲良しこよしで、この大海に骨を沈めるのは御免だ。そんな結末になるなら、全裸で海老反りをして砂浜を駆け回るほうがマシだ」


「少し見てみたいですけど……僕も、ずっと女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)にいるのは嫌ですね。何か、薄気味悪い空間ですし」


 景色は静謐で美麗だが、それが僕には悍ましさしか感じられなかった。

 ずっと、死体の山に囲まれている。

 そんな錯覚が拭えない。

 レネイストに帰りたかった。


「――なら、協力しろノワール」

「……?」


 メノア様は術式に魔力を流している。

 沈殿しているが、放出された魔力がそれを上回っていた。


「お前の《権能》――《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で、《次元歪曲(ディシス)》を歪めろ」


 ――なるほど。

 僕は納得する。

 通常の《次元歪曲(ディシス)》だと、絶対に届かない距離。

 しかしながら、《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で、その理を変えたら空間を繋げられる。


「……ホント、便利な力ですね……これ」

「《正義の執行官による(ティリフベ)裁きの天秤(トラス)》より、使い勝手良いだろ?」


「ええ。カノンちゃんの誘いに乗って、管理者の閲覧会(アグレスタ)にならず正解でした」

「あんな悪徳な偽善者、信じるに値しない」

「――ですね。醜悪な女神様しか信用出来ません……裏切られたけど」


 僕は《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》を使う。

 あと数回程度、使用する位の星力(メリス)は残っていた。

 《次元歪曲(ディシス)》の術式に干渉し、その理を歪める。

 僕が行える手伝いは、ここまで。

 目的地など、誤差の調整は女神様に任せる。


「ネチネチと……うるさい奴だな、お前は。そんな昔の些事は、忘れてしまえ」

「ついさっきのことですよ。素晴らしい記憶力ですね、女神様」

「褒めるな。お前ほどではない」


 メノア様が《次元歪曲(ディシス)》の術式を完成させる。

 そこに魔力を流すと――。

 僕たちは、レネイストに転移をしたのだった。

【次話予告】

ノワールは《虚無の巫女》としての役割を放棄して、約定を先送りにしたメノアの手助けを受け、管理者の閲覧会(アグレスタ)の執行者、カノンを大海の底に落とした。

執行を免れたノワールは、面倒事が片付き安堵する。

しかし現下、滞在している空間は管理者の閲覧会(アグレスタ)の監視下にある異界、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)で――。

暢気に休んでいたら、議会に見つかってしまう恐れもある。

ノワールの《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で、メノアが構築した《次元歪曲(ディシス)》を歪め、二人はレネイストに転移をした。

魂が凍る間際まで警告をしていたカノンの発言を念頭に置いて、ノワールは今世での振る舞い方を考える。

そして、異界に帰ったメノア宛に、一通の手紙を書いたのだった。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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