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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
38/52

第1章 第34話 執行者の凍結

 僕は転生をして、〈邪神族〉の身体を手に入れた。

 それに宿った固有の力、《権能》――《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》は、世界の秩序を歪められる。

 旧ベルザ教会にて女神ベルザ、いや零花(れいか)黄泉灯(よみとう)アルスタラを無効化させたように、《魔法》なら発動を不発に。

 秩序なら平常を、異変に改変可能だ。

 全ては、僕の望む形になる。


 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》に制限はない。

 ただ、その力を扱うだけの。

 《権能》に飲み込まれないだけの、強力な自我があれば良い。

 意思が脆弱なら、行使する度に侵食され、魂が星力(メリス)に蝕まれてしまう。

 〈神族〉や〈邪神族〉の生命力であり、超常のエネルギー物質である星力(メリス)は、しかしながら扱い方を誤ると、それは己の身体を蝕む猛毒となりえる。

 要は《権能》を、自我で隷属させれば問題ないわけだ。


「《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》」


 カノンが張った結界、《正義の執行官による(ティリフベ)裁きの天秤(トラス)》の《執行(しっこう)》で、周囲が黄金に包まれる。

 その渦中で、僕は《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》を使った。

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》は、言わずもがな《権能》だ。

 つまるところ、発動には星力(メリス)の消費が伴う。


 この聖なる結界に囚われ、〈邪神族〉である僕は、大幅に星力(メリス)を取られていた。

 最早、体内には三割弱しか残っていない。

 心もとない残量だ。

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で換算するなら、あと数発使ったら一割を切るだろう。


 思ったよりも、厄介な結界だった。

 生命力の星力(メリス)を失うと、僕は滅びる。

 〈邪神族〉の身体は朽ちて、生きた屍のような状態、中身のない肉塊になる。

 そうなったら、僕の魂は星に還るのだが――。

 転生は期待しない方が良いだろう。

 僕を復活させても、利益がない。


 味方がいない僕には、救済をする者も思い当たらなかった。

 唯一の理解者だと思っていた女神様にさえ、裏切られてしまった。

 《虚無の巫女》として、それからベルザとの約定を反故にしてまで、僕の肩を持つとは考えづらい。

 どのみち、管理者の閲覧会(アグレスタ)が見逃さないと思う。

 この世界レネイストには、僕の味方は誰一人いなかった。


 最愛の想い人である女神様には裏切られ、世界の異物といった濡れ衣を着せられ、冤罪で管理者の閲覧会(アグレスタ)に執行される。

 なかなかに悲惨な結末、バッドエンドだ。

 孤独に死ぬのは嫌いではないけど、いざそうなると寂寞とした感情があるかも。


「……いや、無いな。うん、全然無い」


 僕の心情は、虚無だった。

 何も感じない。

 思わない。

 これといった衝動が、心に起きなかった。


「別に裏切られようが殺されようが……どうでもいい。正直、自分の生死に興味が無いんだよね」


 味方に背中を刺される。

 大いに結構だ。

 それも愉快な結末だと、僕は素直に受け入れる。

 価値観に重きを置いている割合の違いだろう。

 僕は生命より娯楽を、遊戯を優先している。

 目一杯遊び尽した先で、死が待っていようと構わなかった。


「――だけど、折角殺されるなら……孤独死よりも、心中の方が美しいと思うんだ」


 僕は前世、〈勇者〉カインの最期は、誰かと一緒に命を絶った気がしている。

 多分だけど。

 転生前の記憶は、あまり覚えていない。

 その相手の名前と顔も靄が、かかっている。

 しかし僕も、その人も死ぬ間際まで幸せそうに笑っていた。

 お互いに思い描いていた、理想の結末(バッドエンド)だった。


「それに……僕は、まだ遊び足りないよ」


 僕は体内に残存している星力(メリス)を、余さず放出する。

 漆黒の魔力、その粒子が身体に渦巻いた。

 窪地を覆った黄金の結界に、竜巻のような波動が空に上がる。

 僕の魔力は黄金を巻き込み食らって。


「……《開闢(かいびゃく)》――《蜃滅幻(しんめつきょう)》」


 残った微かな星力(メリス)を、折れた大太刀、暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスに乗せる。

 そして《次元歪曲(ディシス)》は使わず、純粋な歩法で移動した。

 僕の身体が残像となり、結界から消える。


「そうですか……しかし、私は――」


 と、僕の動向にカノンは感知が遅れた。

 彼の目には、眼前に迫る刃先が映っていただろう。


「――っ」


 間一髪で、カノンは首を捻り避けた。

 その筈なのに。

 カノンの首筋に、うっすらと赤い線が滲む。

 即座に再生されて、その傷も癒えるが、カノンの胸中には怪訝があった。

 表情も困惑している様子が窺える。

 避けたのに、斬られた。

 それが不思議でならない。

 カノンの疑念が手に取るように伝わる。


「知りたい? でも、教えてあげない。僕は君と違って、意地悪な邪神だからね」


 僕に残された星力(メリス)は、あと一割と少し。

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》と、《蜃滅幻(しんめつきょう)》を同時に使用したので、消費は多い。

 前世は、もっと燃費が良かったのだが――。

 いまの僕は、〈邪神族〉とはいえ子供の身体だ。

 全盛期の力には、及ばない。

 だが、カノンを退けるには事足りた。


 幻の斬撃、《蜃滅幻(しんめつきょう)》を《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で改変させる。

 それにより、避けられても斬れた現実となるようにした。

 使っていて実感するが、便利な《権能》を手に入れたものである。

 これを授けた女神様には感謝しかない。

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》があれば、僕は秩序や摂理を自在に操れる。


「……私とノワールさんの仲ではありませんか。教えていただけませんか……?」

「だーめ」


 僕が暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを構える。

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で歪めた《蜃滅幻(しんめつきょう)》で――。

 カノンを腹から腰にかけて、逆袈裟に斬り上げた。

 大太刀が振られる前に、カノンは両翼で後退していたが、しかし。


 間合いの外側に下がっても、歪められた刃からは逃れられない。

 カノンの《魔力障壁(アマリルカ)》と、纏ったフロックコートが裂かれた。

 衣服は無惨だが、致命傷には至っていない。


「……《誇り高き精霊の弓士は(アネスト)我が命に応え敵を穿つ(ウェレオス)》」


 後ろに羽ばたきながら、カノンは(かい)の構え。

 碧軌弓(ひゃくききゅう)トラウディクスの弦が引かれる。


「君も芸が無いね。そればっかりじゃないか」

「手加減して差し上げているのですよ」

「優しいね。だけどさ……」


 僕の暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを持った右手が霞む。

 瞬間、幾十の剣閃が走り――。

 カノンの四肢、そのつけ根が斬られたのだった。


「手加減は強者の特権だよ。弱者のそれは、滑稽な見栄でしかない」


 カノンは《不老不死(ティーリ)》で再生しようとする。

 そんな彼の顔面に目掛けて、僕は暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを投げた。

 刃先が欠けた大太刀は、しかしながら確かな殺傷性は健在だ。

 迫る凶刃に、手足を失ったカノンの表情に、僅かな焦りの色が浮かぶ。

 足は腿から下が無い。

 だが、カノンには背中に携えた翼がある。

 移動手段は奪われていない。


「――《死んでも(ヴァ)怨みを忘れない(デライス)毒蛇の呪縛(フト)》」


 蛇の眼が嵌められた鞭が、カノンを縛り上げる。

 予想外の拘束に、カノンは反応出来なかった。

 やったのは、僕ではない。

 下方、結界の内側にいるメノア様だ。

 執行の檻に囚われたその女神は、口元に冷酷な微笑を見せる。


「気持ち悪い盗聴野郎は、さっさと沈め」


 どういう気紛れか。

 僕の援護をするように《死んでも(ヴァ)怨みを忘れない(デライス)毒蛇の呪縛(フト)》で、カノンの動きを封じた。


「なに、私にしてみれば……そいつも、羽虫だ。気に入らん羽虫は叩き落とす。ただ、それだけのことだ」


 僕の味方になったわけではない。

 こちらの胸中を読み、メノア様は言った。


「……愚かですね、メノアさん……いえ、《虚無の巫女》。貴方は、自身に与えられた死命を放棄しようとしている。いつまで経っても、下らない遊戯にうつつを抜かし、〈竜種〉ミネルヴァさんに命じられた役目を、一向に守ろうとしない。私からすれば、貴方は……ガッ!?」


 《死んでも(ヴァ)怨みを忘れない(デライス)毒蛇の呪縛(フト)》に縛られたカノンは、それでも口を動かしていた。

 語尾に何を言うつもりだったのか。

 僕が投げた暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスが、カノンの額に突き刺さる。


 その衝撃で、カノンが仰け反った。

 大太刀は脳まで達しているだろう。

 だが、その程度ではカノンを殺せはしない。

 あらゆる生物の核となる、魂を破壊する必要があった。


 ――ズズズッ。


 と、カノンに刺さった暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスが抜かれる。

 《不老不死(ティーリ)》による再生で、カノンの身体が不純物を、体外に排除しようとしていた。

 僕が遠隔で、暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスに星力(メリス)を飛ばす。

 その抜けかけた大太刀が、深々と頭部を貫いたのだった。


「――ッ!! ノワールさん……貴方も自分が置かれた立場を、まるで理解していない。いま、この場で執行されなければ、貴方はいずれ必ず世界中から命を狙われる……」


 傷口から溢れた血液が、カノンの鼻筋に沿って流れた。

 然れども、堕天使は口を動かす。

 血に濡れた瞼の奥にある、その蒼い双眸を開いて言った。


「私達、管理者の閲覧会(アグレスタ)だけではない……ヴァルノレイア大陸に支配権を持つ〈魔王〉、それから異世界から召喚された〈勇者〉……何より〈神族〉は、貴方の存在を断じて認めはしないでしょう」


 カノンの目が、僕を剣呑に射抜いた。

 喉に血泡が溜まっているのか、言葉が詰まる。


「ノワールさん。私は貴方の敵ではありません。言ったでしょう、貴方が《星を喰らう獣(ストイタス)》だろうと知ったことではない、と」


 多量の血を口端から溢しながら、カノンは語り続ける。

 その瞳には、微塵も敵意が無かった。


「私は、ただ純粋に……そう貴方の友人として、救済してあげようとしているのですよ。未来で自我を失った化物に成り果てて死ぬより、或いは世界中の〈魔王〉や〈神族〉といった、理の外側にいる存在から脅かされる日々を送るより、ここで執行され楽になるほうが、貴方にとって……そして、世界にとっても救いなんですよ! 分かるでしょう!?」


「うん、分かんない……全然」


 長々と語っていたカノンは、喋るにつれ感情が乗る。

 僕に訴えかけるように伝えた。

 それに僕は笑って応える。


「君と友人になった覚えはないし、執行されるのも嫌かな」

「執行対象は皆、私の友人ですよ」

「そうなんだ。じゃあ、君の友人ってことで良いけど……執行はされないよ。痛いのは苦手なんだ」

「赤子を撫でるように殺しますので、ご安心を――」


 不安しかない。

 そんな物騒な手で、赤子に触らないでほしいものである。


「執行はされない。カノンちゃんは殺す。これが、僕の選択だよ。女神様は……まあ、どうでもいいかな」


 僕が《星を喰らう獣(ストイタス)》だと、仮定して。

 《虚無の巫女》のメノア様は、僕を封印する役割にある。

 それが真実だろうと、些細な事項だ。

 寝たら忘れる。


「物忘れ糞爺が……少しは現実を見ることだな。お前が、滅びる運命は変わらない……変えられない」

「はは、メノアさんは分かっていらっしゃる。その通り、ノワールさんは今日ここで滅び……ガッ!?」


 カノンの背後に《次元歪曲(ディシス)》で現れたメノア様。

 その細い右腕で、カノンの胸部を抉った。


「何を勘違いしてやがる。聞こえなかったのか? お前が滅びる運命は変わらん、そうデカい声で言っただろうが。散々、盗聴をしていたクセに、執行者様は耳が遠いらしいな」


 ――クックック。

 と、変わらぬ嘲笑を張り付けて。

 その女神様は《権能》を口にする。


「何を――」


「お前はノワールと似て、殺しても死ななそうだからな……それに私は慈愛溢れる女神だから、この女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)の大海より広い心で、私の玩具(ノワール)を傷付けたことを許してやる……《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》」


 メノア様の《権能》――《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》が発動される。

 腕が貫通した胸元から、徐々に霜が張られていった。

 薄い、だが魂に干渉する氷だ。

 僕にかけた《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》は、三分後に発動される時限式だったが、それは即時発動する術式のようで。

 カノンの魂を徐々に凍らせる。


 《魔力障壁(アマリルカ)》や《虚空からの超音波(ヴォルラド)》など、そういった防御は意味をなさない。

 《不老不死(ティーリ)》を使おうと、その凍傷は治せない。

 カノンの顔色に、冷や汗が流れた。


「――宜しいんですか? 私を滅ぼすということは、間接的にベルザさんとの約定を破ることになる。同時に、貴方は《虚無の巫女》としての役割を放棄したと見做され、神々から……そして、ミネルヴァさんと敵対……それだけに限らず、私達管理者の閲覧会(アグレスタ)が――」


「お前は脅し文句まで、いちいち長い奴だな。良いから、さっさとクタバレ」


 《死んでも(ヴァ)怨みを忘れない(デライス)毒蛇の呪縛(フト)》に縛られ、身動きが出来ない状態での《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》。

 防御も治癒も効かない、女神様の《権能》に、カノンは成す術が無かった。

 それでも、カノンは魂が凍りきるまで警告をする。

 メノア様は構わず吐き捨てた。


「私は傲慢なんだよ」

「知ってます。女神様は傲慢です」

「それに、強欲だ。故に、この世界レネイストの全てが欲しい」

「ついでに、尊大ですよね……女神様は」


「――だから、ベルザとの約定は守るし、《虚無の巫女》の役目も完遂する。その上で、私は世界の秩序を乱して、欲望のまま遊び尽す。それには、ノワールの《権能》が必要不可欠だ」

「嬉しいな。女神様に、そんなふうに言ってもらえるなんて」


「この愚鈍な私の玩具は、利用価値が無いと判断するまで、その力を最期まで使い潰してやる。それが、ノワールを創造した母である私の選択だ」

「ありがとう、お母さん」


 僕は感動に打ち震えた。

 やはり、信じられるのは女神様だ。

 この御方しかいない。


「……終始、矛盾している。メノアさん、貴方が《虚無の巫女》である限り、いつかはノワールさんを滅ぼさなければならない。貴方の選択は、問題を先送りにしているだけですよ」


「そうかもな。管理者の閲覧会(アグレスタ)の第一席にも、そう報告しておけよ」

「ええ、言われずともしますよ。一応、仕事ですので……」


 魂が凍っているからだろう。

 カノンの声音には力が入っていなかった。

 いまにも瞳が閉じてしまいそうである。


「……まあ、お前の魂が解凍されたら、の話だがな」

「待ちますよ。何年……何百年でも。私は気は長いのでね……」


 霜が胸部を覆う。

 生命が散るように、黄金の粒子が霧散した。


「――残念。《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》の効果は、最低でも千年はある。お前が目覚めるのは、数千年後だ」


「それは……困りますね。エリアル様とのデートに、遅れてしまいます……」

「安心しろよ。代わりに、私のノワールが行ってやる」


 ――ありがとうございます。


 と、言ったのだろう。

 発声する気力も失われたカノンは、微かに唇が動いただけで言葉は出なかった。

 カノンの魂を、霜が完全に覆い尽す。


 凍りついた堕天使は、その生命活動を停止――。

 四肢を奪われ魂を凍結された管理者の閲覧会(アグレスタ)の第四席、《碧落(へきらく)》のカノンは、星力(メリス)の大海に落ちていった。

【次話予告】

ノワールは執行者カノンが発動をした結界、《正義の執行官による(ティリフベ)裁きの天秤(トラス)》を《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で歪める。

残った僅かな星力(メリス)を使い、折れた暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを握って、カノンに斬りかかった。

何の気紛れか、援護をする形でカノンを拘束したメノアにより、その執行者を追い詰める。

カノンの四肢を斬り落とし、そこをメノアが《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》でとどめを刺す。

魂を凍らされたカノンは、執行者としての責務を遂行出来ないまま、大海に落ちていった。

執行を免れた邪神と、《虚無の巫女》の役割を放棄した女神は、女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)からレネイストに帰る方法を模索する。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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