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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
37/53

第1章 第33話 執行人の断罪

 結界が発動されようとしていた。

 黄金の粒子が、カノンの身体に渦を巻いている。

 予想される効果範囲は、岩礁がむき出しとなった、この窪み全体だ。

 それは、ただの簡易的な術式には思えなかった。

 カノンに、いや管理者の閲覧会(アグレスタ)にとって、必殺の技法だろう。

 愚鈍な僕は、この状況下になり、初めて察する。


 僕を滅ぼす。

 その要点に於いて、見解が合っていたカノンとメノア様は、しかし根本に齟齬がある。

 カノンにしてみれば、管理者の閲覧会(アグレスタ)といった立場を鑑みて、メノア様も執行の対象者だ。

 僕を滅ぼそうと、メノア様に便乗して戦っていたが、ここにきて考えを変えた。

 否、共闘する必要が消えた。

 カノンは待っていたわけだ。

 女神と邪神が互いに削り合い、弱ったところを確実に執行する。

 それが、いま――。


「……まだ、遊び足りないんだけど。もう少し、執行するのは待ってもらえないかな」


 僕は戦闘で、それなりに体力を使ってしまった。

 思ったよりも、メノア様が頑強だったせいである。

 回復する時間が欲しい。


「申し訳ありませんが、私も暇ではないので……」

「さっき、非常勤だから暇だって言ってたよ」

「聞き間違いです」

「なんだ、聞き間違いか」


「はい。私は毎日、汗水垂らしながら奴隷のように、管理者の閲覧会(アグレスタ)の一席として働いています」

「偉いね、カノンちゃんは。立派な組織の犬だ」

「権力に尻尾振ってる、狂った犬畜生なだけだろ」

「お褒めに預かり光栄です」


 ――ニコリ。

 カノンが破顔すると、結界の術式を唱えた。


「《正義の執行官による(ティリフべ)裁きの天秤(トラス)》」


 カノンの右掌に集まった黄金の粒子が、その上空で形を造る。

 象られたそれは、女神の虚像だった。

 光のベールに覆われた巨大な、女神が顕現する。

 容貌は神聖な輝きに包まれていた。

 かろうじて、両手に天秤を下げているのが見える。


「裁判でもするのかな? それとも、尋問……?」

「いえ……その、どちらもありませんよ」


 と、カノンが右手を僅かに上げる。

 女神の虚像、それが右手に持った天秤が下に傾いた。


「《正義の執行官による(ティリフべ)裁きの天秤(トラス)》は、管理者の閲覧会(アグレスタ)に列席する執行者に授けられた清浄な権限です。この女神の天秤は正義の名の下、聖なる者には救済を……悪しき者には断罪を齎します」


「……正義? 偏見の間違いだろ。執行者のクセに、まともな判断も出来ないのか」

「そうかもしれませんね……しかし、狂った罪人を相手に、まともな思考は不要です」


 円形の窪地、その外縁に綺麗な黄金の線が走る。

 カノンの魔力を感じた。

 《正義の執行官による(ティリフべ)裁きの天秤(トラス)》による、結界の境界だ。

 線は数秒で縁を一周すると、激しい光を発した。


 ――ズンッ。


 と、僕は唐突に圧に襲われる。

 身体が重い。

 星力(メリス)を奪われるとは、また違った症状。

 急に鉄の塊を、全身に括り付けられたような。


 ――それに。

 僕は指先を見る。

 若干の痺れがあった。

 痛いとまではいかないが、明らかな異変だ。

 メノア様も同様なのか、少し眉を顰めていた。


「――《正義の執行官による(ティリフべ)裁きの天秤(トラス)》に囚われた悪しき者は、その身を神聖な女神の光によって浄化されます。体調に変化を感じたのなら、それは貴方がたは天秤に断罪を宣告されたということ……即ち、死刑です」


 周囲を囲む光が、上に伸びる。

 その境界線は、高い黄金の壁となった。

 僕は暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを握る。

 大太刀は、メノア様に折られたが、まだ使いようはあった。

 殺傷力は健在だ。


「閉じ込めたつもりかもしれないけどさ。上が、がら空きだよ」


 暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスに星力(メリス)を込める。

 《飛翔浮力(アライン)》で飛び、しかし――。

 僕は重ねて異変に気付いた。

 身体の中に残存する星力(メリス)、その量が激減している。

 メノア様との戦闘で、消費はした。

 だが、この減り方はおかしい。

 感覚的に覚えているだけでも、7割はあった。

 それが、半分以下しかない。


「……おや、気付かれましたか?」


 カノンが言う。

 結界に覆われた窪地を見下ろして続けた。


「使い勝手の良いことに、この《正義の執行官による(ティリフべ)裁きの天秤(トラス)》は、星力(メリス)を一定量減らします。星力(メリス)が生命力である〈神族〉や〈邪神族〉にとっては、非常に有効な結界、ということですね」


「じゃあ、僕やメノア様には抜群なわけだ。便利な術式だね」

「ええ、便利です。これを私に授けて下さった第一席には感謝ですね」

「羨ましいな。僕も、そんな術式が欲しかった」

「いまからでも、投降しますか? まだ、猶予はありますよ」


 カノンが僕を見据える。

 それの真意は読めないが、僕の答えは決まっていた。

 堕天使の手を取り、転生をして管理者の閲覧会(アグレスタ)になる気はない。


「――言っただろう……? 僕はメノア様の、下痢処理係だよ。女神様のせいで出た汚物(面倒)は、〈勇者〉である僕が拭き取って、処理をする」


「お前は私の、専属トイレットペーパーだからな」

「あはは、嬉しいな」


 メノア様に微笑みを向ける。

 それから、空に浮かぶカノンを見上げた。


「残念だけど……僕は今も昔も、女神様のケツ拭き要員だからね。カノンちゃんの提案は、のめないかな」

「ご立派な役目ですね」


「……かといって、素直に首を差し出して執行されるほど、プライドを捨てたわけじゃあないよ」

「土下座して足蹴にされていた奴が、何を言う」


 ――はて。

 知らないな。


「それに……折角、生まれ変わった二度目の人生だ。秩序の奴隷に成り下がりたいとは思わないね」


 異世界を調整する秩序の番人、管理者の閲覧会(アグレスタ)

 数ヶ月、務めたら飽きそう。

 メノア様の玩具の方が、マシだ。

 汚物と腐敗物があったら、僕は汚物を選ぶ。


「……おい。それは、私が汚物で良いんだよな?」

「勿論。まあ、内面は腐ってるので、腐敗物でもありますが……」

「……フッ。私のことを分かっているじゃないか。流石は、私が創った玩具だ」

「いえいえ、褒められるようなことではありませんよ」


「――遺言は、その辺で。続きは、下水道に流された後にでもどうぞ、女神の下痢処理係、トイレットペーパーさん」


 カノンが右腕を上げる。

 それを垂直に振り下ろした。


「《執行(しっこう)》」


 と、一言――。

 短い、だが確かな命令が実行される。

 右手の天秤が、下がりきった。

 《正義の執行官による(ティリフべ)裁きの天秤(トラス)》の断罪、《執行(しっこう)》により、結界内にいる僕とメノア様は裁かれる。

 僕が立っている地面、岩礁から黄金の粒子が浮き出た。


 それは、僕の足元だけではない。

 境界線の内側が、粒子に満たされる。

 このまま留まれば、清浄な光で邪神の身体を焼かれるだろう。

 星力(メリス)が残り少ない状態の僕では、耐え凌げるかは怪しい。


 メノア様は、どうかな。

 見た感じ、僕より星力(メリス)はあるけど。

 それでも目減りはしている。

 殺せされずとも、瀕死にはなりそう。


「……狂信者が。《虚無の巫女》である私諸共、《星を喰らう獣(ストイタス)》を滅ぼすつもりか」


 微細な黄金の粒子が舞い上がる中で――。

 静かに睫毛を下げ、メノア様は呟いた。

 そして、乾いた笑いを零す。


管理者の閲覧会(アグレスタ)にしてみれば、《虚無の巫女》も《星を喰らう獣(ストイタス)》と同様に、秩序の安定を脅かす、不安要素でしかないからな。使い道が消えたら、手っ取り早い方法で処分するのは当然か……」


 その瞳の奥にある感情は、悲しみ。

 メノア様が自身の掌を見つめる。


「……思い返せば、つまらん人生だったな。私は生まれたときから、その誕生を誰にも望まれていなかった。最初から私は《星を喰らう獣(ストイタス)》を封印する為だけに、〈神族〉に創造された道具、世界を円滑に循環させるパーツでしかない」


 結界内に黄金が満ちる。

 断罪の輝きが溢れた。


「――何故なら、私は……」

「その独白の続きは、あとでも良いですか? 喋っている間に滅びますよ」


 メノア様が閉じていた瞼を上げる。

 どこか責めるような視線を寄越した。


「愛する妻が伝える別れ際の台詞は、黙って聞け」

「妄想が逞しいですね。女神様は僕の妻ではありませんし……愛してもいません。使い捨てるだけの存在です」


「都合の良い女か」

「いえ、貴方は僕の人生に愉悦と享楽を起こす、道具(パーツ)ですよ」


 暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスをしまう。

 僕は空いた右手を、メノア様に出した。


「メノア様、貴方は僕にとって欠かせない、女神様です……多分……いや、絶対」

「どっちだ」

「……ですので、ここで死なれては困ります。というか、迷惑です……本当に」


 メノア様が、出された掌を見る。

 しかし、その手を取ろうとはしない。


「迷惑なのは、こっちだ糞野郎。お前が転生するせいで、その交換条件でベルザの奴に、煩わしい約定をさせられた」

「それが《虚無の巫女》となって、《星を喰らう獣(ストイタス)》を……つまりは、将来の僕を滅ぼすこと、ですか」


「――ああ。転生中、気持ちよさそうに寝ていたお前は、記憶に無いだろうがな」


 メノア様は不満げだった。

 今更、そんな文句を言われても困る。

 と、メノア様が顔を歪めて嗤った。


「わざわざ、私を《虚無の巫女》にして、転生をしたお前を滅ぼそうと企むとは……ベルザは相当、お前の力を恐れているらしい」


 ――クックック。

 メノア様は嘲笑を抑えきれていなかった。


「――でも、その約定を承諾したから、現に僕を裏切ったのでしょう?」

「裏切った……? やはり、お前はベルザよりも被害妄想が激しいな。それに……私は承諾したが、確約はしていない。考えておいてやる、そう言っただけだ」


「約定が結ばれた時点で、双方の合意はされていると思いますが……」

「知らんし、覚えていない。仮に、そうだとしても守る義理はないな。約束事など破るものだ」


 眩しい断罪の光が満ち溢れる。

 結界の内部に浮き上がった粒子は、いまにも破裂しそうだった。

 執行までの時間は残されていない。

 僕はかけている眼鏡の奥、糸目を笑わせ言った。


「じゃあ、僕も女神様に倣って……破りますね」

「……何をだ?」

「神に創られた世界に定められた、つまらない秩序を」


 《正義の執行官による(ティリフべ)裁きの天秤(トラス)》が発動される。

 激烈な黄金に飲まれた僕は、《権能》を――。

 《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で、秩序を歪めた。

【次話予告】

ノワールは女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)の大海上で、メノアと戦っていた。

それは理を超越した存在、女神と邪神の殺し合いであったが、どちらも全力は出さず、単なる戯れの延長に過ぎなかった。

二柱の神々が争っている最中、時期を見計らい結界を張ったのは、カノンだった。

その管理者の閲覧会(アグレスタ)の堕天使が発動した、聖なる断罪の結界により、ノワールとメノアは生命力を徐々に奪われる。

執行をされ滅びる運命、それを変える為に、ノワールは《理を変転させる(フィルア)幻惑の坩堝(イレラ)》で、結界の術式を歪めた。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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