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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
36/52

第1章 第32話 神々の戯れ

 僕は身体に《女神の聖なる息吹(ヴィレホス)》をかける。

 凍らされた魂を癒そうと試みたが、どうやら意味は無いらしい。

 魂に付いた傷跡の感触は残ったままである。

 《固有体質(ユニン)》――《不老不死(ティーリ)》は、既にやっていた。

 これは僕が生まれ持った、身体の先天的な機能なので、無意識に自動で発動される。

 だが、それも効力はなかった。


「お前が何をしようが、徒労だよ。やめておけ、無駄に魔力を消耗するだけだ」


 メノア様が言う。

 《権能》――《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》を、解除。

 いや、解凍する術はない。

 と、そう遠回しに告げられた。

 最上級《回復魔法》の《女神の聖なる息吹(ヴィレホス)》でも、《不老不死(ティーリ)》も効かない。

 打つ手は無かった。


「《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》が発動し、お前の魂は現在進行系で凍結している。完全に凍るまで、ざっと3分弱といったところか」

「――思ったより、結構猶予があるんですね。てっきり、瞬殺されるものかと」

「私は慈愛溢れる女神だからな。めっちゃ強いし優しいんだよ」

「へー」


「――だから、遺言位は聞いてやるよ。言い残した事があるなら、言ってみろ」

「ありがとうございます。慈愛なんとか女神様」

「溢れる」

「じゃあ、最後に一つだけ……」

「何だ」


 僕は顔を上げ、メノア様を見た。

 そして、ニコリと柔和に笑う。


「クタバレ、クソ女神……《巨人の撃砕(アルベラ)》」


 一瞬の間に、メノア様の懐に踏み込む。

 巨人の腕力と化した右腕を、腹に捩じ込んだのだった。

 女神様を殺す気でやった、僕の殴打は――。

 その風圧で星力(メリス)が舞う。

 衝撃は女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)の大海にまで伝わった。

 メノア様の後ろで、扇状に盛大な飛沫が上がる。


 ――しかし。


「ほう……? 私が創造した作品なだけあって、なかなかのパワーだな」


 メノア様は微動だにしない。

 《魔力障壁(アマリルカ)》など保護となる膜を張っていないのに、それを泰然と受けた。

 痩せ我慢でもない。

 事実、露ほども痛みを与えられていなかった。


「……だが、この程度のグーパンチでは、生まれたての赤ちゃんも殺せない」

「何か言い方が可愛いですね」

「私は何時(いつ)でも可愛い」

「そうでした……横暴だけど」

「……ん?」

「いえ、なんでもないです」


 あはは、と僕は誤魔化し笑い。

 メノア様に勘付かれないよう、密かに術式を練る。


「私は史上最強才色――」

「それ長いので、もういいです」

「兎に角、私はクソ強い女神なんだよ」

「そうですか」


「――故に、《巨人の撃砕(アルベラ)》程度では、私の鍛え抜かれた腹筋は破壊出来ない。分かったか?」

「分かりません、何も。頑丈なお腹なようで……」

「いや……最近は禄に運動もしていない。腹も、ぷにぷにだ」

「僕より?」

「お前より」

「それは、大変だ」

「だろう……?」


 と、お互い笑い合って――。

 そんなメノア様の笑顔を、僕が思いっきり蹴り飛ばす。

 回し蹴りを食らい、メノア様が海上を水平にふっ飛んでいった。


 僕は動いた。

 一歩、前に右足を踏み出す。

 靴裏が海面に接触――。

 瞬間、僕の身体は霞む。

 移動の衝撃波で海水が噴気、何拍か遅れて颶風が起こった。

 僕は、ただ歩いただけ。

 しかし、本質的に身体能力が超越している僕は、少し魔力を乗せて歩けば音速に達する。

 手先に魔力を込め指を弾けば、山をも破壊する。


 女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)の大海上を、一筋の閃光となって移動した。

 メノア様が中空で身体を回転――。

 体勢を整え、海面に着水する。

 足裏に魔力を凝固させているのか、海中には沈まなかった。


「……んな、ショボい蹴りで殺せると思ってるのか」


 ――ペッ。

 と、メノア様が血を吐き捨てる。

 その隙に僕は距離を詰めていた。

 メノア様の眼前に、僕の右拳が現れる。

 魔力を纏ったそれは、《巨人の撃砕(アルベラ)》だ。

 顔面を強打する勢いの拳が、しかしメノア様が首を傾げた事で空を穿つ。

 《巨人の撃砕(アルベラ)》は空振り。


「愚鈍が……どこ狙ってやがる。空気中の酸素に恨みでもあったか?」

「相変わらず無知ですね、女神様は。女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)に酸素はありませんよ」


 間髪入れずに、僕が顎を蹴り上げた。

 その一打も、メノア様は上体を反って避ける。


「知るかよ。私を正論で殴るなクソが。興味ない事は覚えない主義なんだよ」

「ただ、意欲が足りない馬鹿なだけでは?」

「そうともいう」


 僕が次に狙ったのは、喉元だ。

 左手に持ち替えた大太刀、暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスを振るう。


「――が、お前はお前で努力が足りないな」


 メノア様が悠然と笑う。

 僕の右手首を掴み取り、それから右膝を鳩尾に打ち込んだのだった。


「――っ」


 僅かに呻き咽せた僕は、後方にかっ飛ぶ。

 それを、正面にいるメノア様が高速で追いかけてきた。

 霞むように移動しているが、それはメノア様の音速を超えた歩行だ。


「生まれ持った才能に甘え、努力を怠るから、お前は成長しないんだよ」


 メノア様が暁灯瑠傘(きょうひるさん)アルランレイブを、僕の胴体に叩き込む。

 その軌道を読み、僕は右腕を盾にして防いだ。


「はなから僕は、成長する気が無いので……未成熟でいた方が、刺激的な経験を楽しめる」


 《魔力障壁(アマリルカ)》を纏わせた右腕。

 強固な防御も、だがメノア様の膂力に耐えるには厳しかった。

 メノア様は《魔法》で、肉体を強化しているわけではない。

 天性の化け物じみた身体能力――。


「……馬鹿力女神」

「褒めるな、クソガキ」


 《魔力障壁(アマリルカ)》を張らず生身で受け止めていたら、骨まで砕かれていただろう。

 骨折には至らなかった。

 だが、僕がいるのは海上だ。

 重力がある。

 僕の身体は、暁灯瑠傘(きょうひるさん)アルランレイブに叩かれた衝撃で、海面に激突した。


 半身が沈む前に、僕は《飛翔浮力(アライン)》を使う。

 そのままの勢いで、メノア様に飛びかかった。

 猪突猛進するように真正面から突っ込む僕は、右足で蹴り飛ばされる。

 メノア様の蹴りだ。

 もろに食らうと、内臓が破裂するだろう威力。

 しかし、僕は。


「何かゾクゾクする」

「するな」


 薄気味悪い笑みを見せ、メノア様の右足首を掴もうとした。

 それを察して、速やかに足を引っ込める。


「沈め」


 突如、僕は視界が反転する。

 それは、側頭部に打ち込まれた回し蹴りだった。


「さっきのお返しだ、クソガキ」


 僕は海面すれすれを吹っ飛び、着水する。

 《飛翔浮力(アライン)》で身体を浮かすと俊敏に、それからゆらりと上体を起こす。

 不安定な体勢だが、身体の軸はぶれなかった。


 ――瞬間。


 僕は霞み消えた。


「――ん」


 同時、メノア様の首筋に悪寒が走る。

 振り向けば、そこにあるのは僕の大太刀だ。

 避けるのは間に合わない。


「ははっ、どうやら私は少しばかり、お前を見誤っていたようだ」


 と、メノア様。

 大太刀の刃先が接触する。

 だが、首は斬り裂かれなかった。

 それどころか、折れたのは暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスだ。


「かけっこが得意なことも、お前の魅力に付け足しておこう」

「本当に僕って、褒める箇所しかないですよね。困っちゃうなぁ」

「ああ、実に憂鬱だよ。お前と喋っているだけで疲れる」


 メノア様の首筋に《魔力障壁(アマリルカ)》は見られない。

 素肌で、大太刀に打ち勝った。

 どういう肉体をしているのか。


「気になるか?」

「ええ、興味津々です」


 ――フッ。

 と、メノア様が嗤う。

 折られた刃が海面に落ちるより先に、僕は近距離で《巨人の撃砕(アルベラ)》を放つ。

 それを、メノア様が受け止めた。


「芸が無いな」

「手加減してあげているんですよ」

「この私を相手に、随分と優しいじゃあないか」


 僕の右拳を握りしめ、メノア様が力を入れた。

 ――ギシギシ。

 骨の砕ける音が立つ。


「今更、気付きましたか……? 僕はメノア様に対してだけは、優しいんですよ。貴方のことが大好きなので」

「私もお前のことが大好きだよ。心の底から愛している。セラスの次位には、お前が好きだ」


「……それ、嫌いなランキングでは?」

「いいや……? 大嫌いなランキングだよ」

「なら、良かった」

「良いんだ」

「はい」

「……本当に気持ちの悪い狂った奴だよ、お前は」

「ありがとうございます。おかげさまで、元気にやらせてもらっています」


 メノア様が、拳を握り潰す。

 それから、僕の胴体を蹴り飛ばした。

 僕は宙で勢いを殺す。

 刹那、《次元歪曲(ディシス)》でメノア様の懐に潜り込み、腹部めがけ《巨人の撃砕(アルベラ)》を打った。

 右拳が、メノア様の側頭部を穿つ。

 しかしながら、その女神様は――。


「何度やっても同じだよ。お前では、私に致命傷は与えられない」


 整った顔貌に冷笑さえ湛えて、僕の額を指で弾いたのだった。

 視界が猛烈な速度で流れる。

 僕は指一本で弾き飛ばされた。

 背中が海面に触れ、水飛沫を盛大に噴き上げる。

 今度は海中に沈むことになってしまった。


 海底に沈む僕、そこにメノア様が割り込む。

 暁灯瑠傘(きょうひるさん)アルランレイブを、横に一振り。

 真っ二つに海面が断ち割られる。


「――よう、クソガキ。死ぬ前に、一緒に水遊びでもするか?」


 瞬きする間に、至近距離に近付いたメノア様が言う。

 大海の底に身体を押し込まれる。

 僕は戯けて笑った。


「折角なら、女神様の水着姿が見たいな。ほら、冥土の土産的な……」

「エロすぎて鼻血が出るが、いいのか?」

「鼻血を出しているのは、貴方でしょ」


 メノア様の鼻には、赤い血液が染みたティッシュが詰められている。

 僕は暁灯瑠傘(きょうひるさん)アルランレイブを持ったメノア様の手首を捻り上げ、そして胸骨部を蹴る。

 呻きはない。

 メノア様は無表情だ。


「残念だが、お前と暢気に乳繰り合っている暇はない……時間切れだ」

「……悲しいな。もっと、遊びたかったのに」


 ――ハッ。

 メノア様が鼻で笑って。

 その鼻息で、詰めていたティッシュが抜けた。

 血液が染み付いた汚いそれが、僕の顔に当たる。

 最悪だ。


「ばっちぃ……」


 帰ったら顔を洗おう。

 消毒も忘れないようにしないと。

 変な感染症を発症するかもしれない。

 病院に行ったほうがいいかな。


「安心しろ。お前の身体は、髪の毛一本に至るまで、私という存在に汚染されている」

「それ、何ていう病名ですか?」

「糞女神欠乏症、だ」

「……してませんけど、欠乏」


 メノア様が指を弾いた。

 海中なのに、動きは緩慢ではない。

 瞬間、周囲の海水――。

 星力(メリス)が散り、消滅する。

 その一帯だけ、メノア様の衝撃波に、円形状に海水が刳り抜かれた。

 露わになったのは、真珠色に輝きを放つ、海底の岩礁だ。

 僕は足場の悪い、むき出しの岩場に着地する。

 少し離れた岩壁の側に、メノア様も降り立った。


「メノア様……自然破壊は、いけないことですよ」

「前世で好き放題、虐殺をしていた畜生に説教される筋合いはないな」

「覚えてませんね……そんな大昔のことは」

「それで許されるなら、管理者の閲覧会(アグレスタ)はいらない」


「メノアさんの仰るとおり……ついでに《虚無の巫女》である貴方も、この世界には不要な存在ですが……」


 と、カノンの声が遠方から響いた。

 位置を探すと、彼は円形に抜かれた海面の縁にいた。

 両翼を羽ばたかせ、こちらを見下ろしている。


「――気が変わりました」

「私は変わっていない」

「疑問形ではありません。私自身の話です」

「分かりづらい狂信者だな」

「女神様の理解力が無いだけかと」


 カノンが右腕を天に掲げる。

 その掌に黄金の粒子が集まった。

 大規模な《魔法》を繰り出そうとしている。


「出来の悪い神が、二柱とも良い具合に削り合ってもらったおかげで、私の手間が省けました。残業をせずに定時で帰れる幸せに、感謝しますよ」


「……おい。何か言い返してやれ、ノワール」

「どういたしまして……じゃあ、お先に失礼するね」


 僕は片手を挙げ、去ろうとした。

 その帰宅が認められるわけもない。

 堕天使の術式が発動し、海底に広範囲の結界が張られた。

【次話予告】

ノワールは裏切った女神メノアの《権能》――《魂を凍らす聖なる光(フラルリウズ)》により、時間経過で魂を凍らされることになった。

治癒が効かないのを悟ったノワールは、凍結する前に術者であるメノアを対処しようとする。

メノアに《巨人の撃砕(アルベラ)》で殴りかかり、大海の上で女神と戦うが、全盛期の力を取り戻していないノワールは弄ばれる。

そんな女神と邪神が削り合っているところに、堕天使は大規模な結果を発動させ、二人纏めて執行しようとしたのだった。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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