第1章 第31話 魂に干渉する権能
何も難しい剣術など必要なかった。
無駄な思考はしない。
ただ、普通に大太刀に星力を込めて、堕天使と女神の首を斬る。
決まった型に沿った術でも、秘技である《開闢》を使うわけでもない。
しかしながら、単純だが神速の抜刀だ。
刹那に、二者の首を斬り落とした。
宙を舞う、その塊は――。
「《魂を凍らす聖なる光》」
詠唱をしたのは、女神様。
《魔法》か、それとも《権能》か。
冷徹に呟かれた言霊は、事象が具現化される。
僕は反射的に《魔力障壁》を身体中に張り巡らせた。
光ったのは、ほぼ同時だ。
激烈な白光が、視界を覆った。
側に雷でも落ちたのではないか、と錯覚するような衝撃に襲われる。
けれども、僕はこれといった外傷は感じなかった。
痛みはない。
眩しさのあまり、目を閉じてしまったが身体に変化は見られない。
――不発。
いや、女神様に限ってあり得ないだろう。
と、僕は不思議に思い目を開ける。
光が散って、視界に砂浜と大海の場景が戻った。
「――うん。綺麗な海だよね、ホント。潮騒が心地良いよ」
僕は両掌を空に向け、伸びをする。
涼しい微風が、僕の髪を靡かせた。
堕天使と女神の姿はない。
だが、気配はある。
僕は伸びをした状態のまま、背後に《魔力障壁》を張った。
――ドドドッ!!!
《魔力障壁》が爆発し、周囲に粉塵が舞い上がる。
カノンの碧軌弓トラウディクスによる、《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》だ。
「ノワールさんは、後ろに目があるんですか?」
「あはは、そんな人外な身体の構造はしていないよ」
「人外な存在ではあるけどな。ついでに、害悪だ」
と、碧軌弓トラウディクスに続いて――。
僕の視覚を突いた攻撃がされる。
「《蜃滅幻》」
そんな詠唱と共に、横から繰り出された刺突を、僕は首を捻って避けた。
顔の真横を、番傘が掠れる。
先端が鋭利なそれは、しかし透明だった。
目には見えない幻――。
「……驚いた。メノア様も、その技が使えるんだ」
いまのは、紛れもない《開闢》――《蜃滅幻》。
暁灯瑠刀フォルラリスの秘技だ。
「お前如きに使える技を、この史上最強才色兼備天才女神のメノア様に出来ないわけがないだろうが……あまり私を舐めるなよ」
「別に舐めてませんし長いです、そのダサい異名」
「ダサいって言うな。私が一生懸命考えたんだから」
「女神は暇なのかな」
僕が横目で伺う。
暁灯瑠刀フォルラリスで確かに斬った女神様の首は、しかし身体と繋がっている。
メノア様が暁灯瑠傘アルランレイブを、右肩に担いだ。
まあ、僕もあの殺傷で女神様を滅ぼせるとは思ってなかったけど。
「私は年がら年中暇ですよ。非常勤なので」
「管理者の閲覧会って、結構規則に寛容な組織なの?」
「どうでしょうね。それは人によるとは思いますが……私は規則とか理念とか、正直どうでもいいと思っています。というか、覚えるのが面倒臭い」
――ハァ。
と、露骨な溜息が零れて。
背後、風切音が僕に迫った。
カノンも殺せていなかったようである。
生命力の高い堕天使だ。
僕は振り返りざまに、その矢を斬る。
「昔から馬鹿の一つ覚えみたいに、秩序を騙っている偽善者が、寛容なわけあるか」
《飛翔浮力》で横に飛ぶ。
僕がいた所に、蛇のように太い鞭が刺さっていた。
拘束を目的とした《魔法》――《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》だ。
「これはこれは……耳の痛い話ですねぇ。反論のしようもない」
星力の砂浜に刺さった鞭は、生きているのか。
ウネウネと蠢き、そして――。
砂の中から埋まった顔を出すと、僕に向かってきた。
その先端は、本物の蛇と酷似している。
だが、所詮は魔力で作られた《魔法》だ。
《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》自体に、意思はない。
メノア様の手腕により動いている。
それら三匹の、いや――。
三本の鞭が、僕を喰い殺そうと襲いかかった。
僕は《飛翔浮力》で、砂上を飛びながら逃げる。
捕まらないよう気を付けて、斬れそうだと思った蛇を暁灯瑠刀フォルラリスで殺す。
意識を向けないといけないのは、それだけではない。
堕天使の動向だ。
当然、彼が律儀に待っているわけもなかった。
少しでも隙が生まれたら、そこを狙って来る。
――キランッ。
と、頭上で黄金の光が瞬いた。
僕が三本目の鞭を斬って、上空に視線をやる。
背の両翼を羽ばたかせたカノンが、碧軌弓トラウディクスを構えていた。
弓道の射法、会の状態で止まっている。
発射される数秒前――。
「《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》」
それを口にして、長弓の弦が引かれた。
到達は音より速い。
目で追っていては、異次元に飛ばされる。
感覚で避けるか、それか護らなければならない。
《魔力障壁》の防御性能では、防げるか怪しい。
中級程度の《魔法》なら問題はないだろう。
しかし、カノンの《異能》《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》は、元来の能力に《神痕術》で〈馬獣族〉の魔力が上乗せされている。
《魔力障壁》が防げる限界値を超えていた。
「《虚空からの超音波》」
故に、僕は――。
より上位の《防御魔法》を唱える。
僕の眼前に、透明の膜が張られた。
それは《魔力障壁》と比較して、見るからに薄い。
適当な攻撃でも安易に突破されそうな、軟さに思える。
だが、《虚空からの超音波》には、僕の魔力が込められている。
その魔力量は、〈邪神族〉ノワールの身体に、〈勇者〉カインが持っていた分も足されていた。
術式の完成度や、魔力の練度には不安要素があるかもしれないが、現状の僕にある魔力でカバーが可能だ。
――シュンッ!
と、一陣の疾風が通り過ぎた。
遅れて《虚空からの超音波》に衝撃が走る。
凄絶な爆発が起き、僕が砂埃に包まれた。
辺りを覆っている砂で、視界が遮られる。
僕は上に滞空しているだろうカノンを気にしながら、星力を感知する。
暁灯瑠刀フォルラリスを、前方に一閃。
瑠璃の粒子が散る。
手応えはあったが、刃先が捉えたのは術者ではない。
この視界不良に乗じた、メノア様の《蜃滅幻》。
刃を交わして分かった。
僕のとは、技に込められた星力の量に差がある。
「――流石は、メノア様。星力と無駄口の多さには、勝てませんね」
「お前の諦めの悪さも、なかなかだよ。さっさと死ね、クソが」
「殺されても死なないのが、僕の数少ない取り柄ですから」
僕は構えもせず、棒立ちで迎え撃った。
砂埃は、まだ晴れない。
この環境が影響しているのだろう。
女神の聖杯機の砂浜は、星力だ。
その場に、沈殿しやすい性質なのかもしれない。
「お前も一緒に、女神の聖杯機の海底に沈めてやるよ。ありがたいと思え。そして、むせび泣け」
「えーん、えーん……これで、良いですか?」
「ああ、上出来だよ。猿芝居偽善者」
瑠璃の分厚い砂埃、その中から幻影の斬撃が飛び出す。
《蜃滅幻》だ。
感知に引っかかるのは、秘技に込められた星力。
メノア様本人の居場所は、掴みきれない。
至近距離にいるとは思うが――。
「折角だからな。お前が得意とする《蜃滅幻》で、殺してやるよ。嬉しいだろう」
「はい! それはもう! 嬉しさのあまり肛門が緩んできました! いまにも漏れそうです……!」
「それはやめろ……マジで。頑張って、我慢しろ」
「僕の肛門に聞いてみないことには……」
「――なら、さっさと聞け。私は慈愛溢れる女神だから、死の前に脱糞はさせてやるよ」
「女神様、優しいッ! あ……もっと、緩んだかも……」
「私が手伝って差し上げますよ」
メノア様が放つ無数の《蜃滅幻》。
それを同様の技で相殺していた僕は、上を見る。
瑠璃に閉ざされ、空の様子は分からない。
しかし、カノンの気配はする。
僕は彼が、《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》を放とうとしていることを察した。
先程よりも多い魔力を感じる。
これは《虚空からの超音波》で防げるかな。
どうだろう、難しそう。
「やらせねぇよ。糞漏らし野郎」
「……まだ、漏らしてはいませんよ。これからです」
僕は試しに《虚空からの超音波》を張ろうとした。
それをメノア様に邪魔される。
投擲された暁灯瑠傘アルランレイブが、僕の胸元に突き刺さった。
心臓は無事だったが、番傘は体内を抜け、背中から顔を出す。
その重傷により、意識が乱れて術式が満足に構築されなかった。
「《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》」
番傘が飛んできたのと同じ方向、蛇の鞭が現れる。
《魔力障壁》や《虚空からの超音波》を張っていない僕の身体は、その《魔法》に拘束された。
立った状態で、四肢を雁字搦めに縛られる。
身動きが取れない。
魔力も練れなかった。
対象を拘束するのに特化した《魔法》なだけあって、強力な性能をしている。
これは無理に解除するのは、困難だろう。
術式を構築しようにも、その魔力が《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》に吸い取られる。
純粋な身体能力も無意味だった。
生命力が抜かれている感覚が肌で伝わる。
時間と共に、僕の筋力が弱まっていた。
捕まったら最後、緩やかに死を感じて殺される。
それが《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》。
「何か、興奮する」
「……勝手にしてろ」
――ピカンッ。
と、頭上が光った。
カノンの準備が整ったようで、その執行が下される。
「どうか、爽快な排便を……《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》」
瑠璃の視界に、黄金の直線が走る。
死の極光が、僕に降り注いだ。
逃げれない。
避ける手立てはない。
防御もしていなかった。
その《異能》による執行の矢を、僕は全身で受けた。
「ああああああああああぁぁぁぁぁ――ッ!!!」
僕は身体を《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》に貫かれて、あまりの激痛に叫び声を上げる。
意識が落ちそうだった。
「痛い痛い痛い――ッ!!! 痛いよおおおおおぉぉぉ!!!」
「下手糞が。セラスの死に様を見習え」
黄金の光に包まれ、その身を焼かれていた僕は――。
しかし、女神様に言われて正気に戻る。
右腕を横に振れば、極光は弾け飛び消えた。
「――これでも、僕にしては頑張った演技なんですがね……駄目でしたか」
「ああ、見るに耐えなかったな。今後、成長する可能性も感じない」
「……悲しいな。将来は、俳優になるのが夢だったのに」
「諦めて、詐欺師になれ。それか、私と一緒にお花屋さんだ」
「良いですね、お花屋さん。楽しいそうだなぁ」
「だが、残念ながら……お前に、そんな明るい未来は訪れない」
――ザッ。
と、砂埃が左右に分かれる。
視界を覆っていたそれが綺麗に晴れた。
目の前にいるのは、メノア様。
女神様は左腕を水平に上げる。
その掌を、僕に向けた。
唇が静かに動いて――。
「《魂を凍らす聖なる光》」
冒頭に聞いた詠唱だ。
また激しい白光か、そう思ったが違った。
僕が無感情で、自身の身体の異変を察知する。
身体の奥底、魂がおかしい。
外部の干渉により、傷を負っている。
剣などによる、分かりやすい裂傷ではない。
それは、凍傷だ。
魂が凍らされている。
原因は明白――。
メノア様の《魂を凍らす聖なる光》だ。
「《魔法》……いえ、《権能》ですか?」
「ああ、私固有のな。術式名《魂を凍らす聖なる光》、人だろうが神だろうが関係はない。どんな存在の魂も凍らし、生命活動を強制的に停止させる」
「めっちゃ強いですね、それ――」
「だろう? めっちゃ強いんだよ、私の《権能》は……」
《魂を凍らす聖なる光》が、《魔法》か《権能》か区別出来なかったが、どうやら後者のようである。
メノア様に宿った固有の代物。
種族を問わず、対象の魂を凍らせる。
〈邪神族〉である僕も、それに入っていた。
「……あの最初にやった白光は、何ですか? ただの目眩まし……ではないですよね」
「当たり前だろう。私が、そんな無意味な行動をするとでも?」
「これまでも、散々してきましたよ。もう、忘れましたか」
「私がしたのは、無駄話だ。行動ではない」
「無知な女神様に教えてあげますね。そういうのを、屁理屈と言うんですよ」
「……うるさい、黙れ。偉そうに私に説教するな、糞漏らしが」
「――まだ、少しだけしか漏らしてませんよ」
僕は下着の内側に、濡れた感触があるのを伝える。
《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》で拘束された際に、下半身が圧迫されたせいで、少量の糞が出てしまった。
不名誉な汚名だが、事実でもあった。
【次話予告】
ノワールは執行を遂行するカノンと、ベルザとの約定に従い裏切った女神メノアの首を抜刀で斬った。
しかし、その一刀で堕天使と女神を殺せるわけもなかった。
無傷のメノアが《魂を凍らす聖なる光》をノワールにかけ、それに乗じてカノンが碧軌弓トラウディクスで畳みかける。
避けに徹しながらも反撃を模索するノワールに、その女神は固有の《権能》を発動させる。
魂を凍らされたノワールは残された時間で、メノアに猛攻をしかけたのだった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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