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『俺、魔物使いだったらしい。』  作者: アル


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第五話「査定」 ― 石板の横に、隙間があった ―

翌朝、ギルドの裏の訓練場。


地面に引かれた白線の中央に、大きな石板が置かれていた。受付にある石板より、ふた回りは大きい。台座には、ギルド査定部の紋章が刻まれている。


その前に、ガルドが立っていた。黒い外套の裾が、朝風に揺れる。


後ろでは、受付嬢と職員が、落ち着かない顔で並んでいた。


「では、査定を始める」


ガルドが、手帳を開いた。


「まず、アル。手を置け」


アルは、言われるまま石板に手を置いた。


光って、文字が浮かぶ。


 筋力 E

 魔力 E

 敏捷 E

 特記事項 なし


「記録通りだな」


ガルドは、顔色一つ変えずに手帳へ書き込んだ。


「才能なし。冒険者として、特筆すべき点はない。ならば、なぜ」


視線が、アルの足元の三体に移る。


「魔物が三体も、お前のそばにいる」


「いや、従えてるっていうか、勝手についてきてるっていうか」


「魔物は、強者に従うものだ。弱者に従う魔物はいない」


「じゃあ、俺が強いんじゃね?」


「石板は、そう言っていない」


「ですよねw」


次に、三体が順番に石板に触れた。


青は、ぷるぷる震えながら。司書は、羽を広げて、静かに。猫は、前足をちょんと置いて。


結果は、昨日までと同じだった。


〈青いスライム F級 攻撃力2 防御力1 特殊能力なし〉

〈フクロウ F級 攻撃力0 防御力1 特殊能力なし〉

〈猫 F級 攻撃力3 防御力2 特殊能力なし〉


ガルドは、手帳を閉じた。


「結論は出た。三体とも、F級のまま。危険度は低いが、有用度もゼロだ」


「ゼロじゃないって、地下水路の件が記録に載ってるでしょ」


「石板が出した数字が、全てだ」


ガルドの声は、静かだった。


「F級魔物の同伴は、例外措置だった。昨日の功績で許可が出たが、それも今日までだ。三体は、ギルドに引き渡してもらう」


「え」


アルの喉が、鳴った。


「引き渡すって、どうなるんだよ」


「規則通りに、処理される」


青が、アルの足にぴたっとくっついた。猫は、ゆっくりと尻尾を下げた。


司書が、一歩前に出た。


「異議を申し立てる」


ガルドの眉が、わずかに動いた。


「魔物が、異議だと?」


「そうだ。石板の記録について、検証が必要だ」


「お前に、その資格は──」


「ギルドの石板の仕様書、第三項」


司書の声が、被さった。


「私は、資料庫でそれを読んだ。『測定不能の場合、特殊能力なしと記録する』。つまり、石板が『なし』と書くのは、『存在しない』という意味ではない。『観測できなかった』という意味だ」


訓練場が、静まり返った。


ガルドの後ろに立っていた、年配の部下が、小さく呟いた。


「……第三項には、確かに、そう書いてあります」


「黙れ」


ガルドが、低い声で言った。それから、司書をじっと見つめた。


「何が言いたい」


「検証の時間をくれ。三十分でいい。この石板を、私たちに調べさせてほしい」


「調べて、どうする」


「石板が『なし』と書いたものが、本当に『なし』だったのか、確かめる」


しばらく、沈黙が続いた。


ガルドは、ゆっくりと、息を吐いた。


「……いいだろう。ただし、三十分だ。何も出なければ、三体は引き渡してもらう」


石板の周りに、アルたちが集まった。


「どこから調べるんだよ」


「全部だ。青」


「うん!」


青は、石板の周りをぐるりと回って、台座の根元まで来た。それから、石板と台座の境目に、じっと体を押し付けた。


「あ」


「どうした」


「ここ、隙間、あいてる!」


アルが覗き込むと、石板の側面と台座の間に、指一本分ほどの細い溝があった。普段は、埃が詰まっていて見えない。


「青、入れるか?」


「いってみる!」


青は、紐のように細くなって、溝の中に滑り込んだ。数秒後、中から声がした。


「中、空っぽ! 四角い穴があるよ! ちょうど、アルが持ってる石くらいの!」


「は?」


アルが、懐から石の板を取り出した。司書が、溝と石の板を見比べる。


「……形が、一致している」


「ちょっと待て!」


ガルドの部下が、慌てて声を上げた。


「この台座の中は、封印されているはずです! 査定部でも、開けた者は──」


「にゃ」


猫が、台座の裏に回って、前足でぽんぽんと叩いていた。


「何してる、猫」


「にゃ」


猫は、一箇所だけ、特に念入りに叩いた。石とは違う、わずかに軽い音。


その瞬間、石板の側面が、かちりと音を立てて開いた。


中から、四角い窪みが現れる。


誰も、声を出せなかった。


アルは、石の板を持ったまま、ガルドを見た。


ガルドは、何も言わなかった。ただ、目を細めて、石板を見つめていた。


「……入れてみろ」


「いいの?」


「責任は、私が取る」


アルは、石の板を、窪みにそっと差し込んだ。


かちり。


ぴったりとはまった。


次の瞬間、石板が、低く唸った。


表面の文字が、ぐにゃりと歪む。数字が消えて、古い文字が浮かび、それが、見慣れた文字に書き換わっていく。


〈これは、測るための石ではない。〉


〈これは、□□□□□□□□□□のための石。〉


文字の後半は、黒く欠けていた。


その下に、さらに文字が並び始めた。


〈青いスライム 試す者〉

〈フクロウ 確かめる者〉

〈猫 掘り当てる者〉


青が、声を上げた。


「ぼくのが書いてある!」


「……全部、あの時、見えてたやつだ」


アルは、呟いた。


そして、最後に、石板の一番下に、一行だけ表示された。


〈アル 測定不能〉


ガルドが、半歩、後ろに下がった。


「……測定、不能」


年配の部下が、震える声で言った。


「こんな表示、見たことがありません。この石板は、数字だけを出す道具のはずです」


「仕様書の、第三項」


司書が、静かに言った。


「『測定不能の場合は、特殊能力なしと記録する』。つまり、この石板は、測定不能という結果を、これまで一度も出したことがない」


「それは、どういう──」


「この石板は、改造されている。元の機能を、削られて」


司書は、ガルドを真っ直ぐに見た。


「元々は、数字を出す道具ではなかった。数字しか出せないようにされたのだ」


訓練場は、完全に静まり返った。


受付嬢が、両手で口を押さえていた。職員は、石板を見たまま、固まっている。


ガルドは、長い間、黙っていた。


「……お前の、名前は」


「え、俺? アルだけど」


「違う。そのフクロウの」


「司書って呼んでる。仮称だけど」


「司書、か」


ガルドは、目を閉じた。それから、ゆっくり、手帳を取り出した。


何かを書いて、すぐに、その頁を破いた。


「査定は、保留とする」


「え」


「三体の引き渡しも、無期限に延期する。石は、お前が持っていろ」


ガルドは、破いた紙を握りつぶして、懐に入れた。


「上への報告は、私が遅らせる。ただし、二週間だ。それ以降は、報告義務がある」


「ガルドさん」


受付嬢が、おそるおそる声をかけた。


「あの、これは……」


「見なかったことにしろ」


ガルドは、石板に背を向けた。


「このことは、誰にも話すな」


そう言って、歩き出した。部下たちが、慌てて後に続く。


訓練場を出る直前、ガルドは、立ち止まった。振り返らないまま、低い声で言った。


「同じ紋章の石が、東の旧街道の遺跡にあると、昔の記録で読んだことがある」


アルは、顔を上げた。


「……何で、俺に」


「さあな」


ガルドの背中が、朝の光の中に消えていった。


静かになった訓練場で、受付嬢が、ようやく息を吐いた。


「評価は……」


「変わりませんからね、ですか?」


「いえ」


受付嬢は、ぎこちなく笑った。


「保留になりました。保留って、初めて見ました」


アルは、石板の窪みから、石の板を抜き取った。石板の光が、すっと消えて、元の数字の表示に戻る。


アルの手のひらに、石の板だけが残った。


青が、アルの肩に飛び乗った。


「ねえ、アル」


「……行きたいんだろ? 旧街道」


「うん! いってみ──」


「検証に値する」


司書が、青より先に、言った。


「行くべきだ」


青が、ぽかんと司書を見た。


「司書が、先に言った!」


「事実を述べただけだ」


「いや、今、言ったよな」


「推測だ」


「にゃ」


猫が、小さく鳴いた。


アルは、思わず笑った。


「……お前ら、揃って行く気満々じゃねえか」


懐の石の板が、ほんのり温かかった。


「二週間か。……やるだけやってみるか」

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