第二話「それは本当にそうなのか?」 ― 疑うのが仕事の鳥 ―
翌朝。
ギルドの床下から、紐がするすると伸びてきた。先端に、ボタンがひとつ。
「取ってきた! これ、使える?」
「使えるかは持ち主に聞け」
青は落し物係の初日から、すでに四つ目だった。ボタン、片方だけの手袋、封の切れた手紙、誰かの歯。歯は見なかったことにした。
受付に預けると、受付嬢は「また……」と呟きながら、台帳に書き込んだ。
「助かってます。助かってますけど、これで冒険者の評価は変わりませんからね」
「分かってるw 毎回言うよね」
アルは財布を振った。銀貨二枚。昨日の引き取り料で半分になったまま、宿代でまた減る予定だ。このままだと三日後には野宿である。
「で、資料庫ってどうやって入るの」
「入るんですか!? あそこ、夜になると鳥の魔物が荒らすんですよ。F級で、明日の朝に処分予定で……」
「そう、それ。昨日の紙で見た」
受付嬢は少し悩んでから、鍵束から古い鍵を外した。
「噛まれても自己責任です。あと、本は動かさないでくださいね。並びが大事なので」
「並びが大事、ね」
資料庫は、ひどくほこりっぽかった。
高い本棚が壁みたいに並び、窓は小さく、昼なのに薄暗い。青がアルの肩の上で、きょろきょろ体を伸ばす。
「本いっぱい! 紙の匂い!」
「声小さくしろw」
そのとき、頭上で羽の音がした。
棚の上、いちばん高い段に、茶色い鳥が止まっていた。フクロウだった。丸い大きな目が、薄暗がりでぎょろりと光っている。足元には、開いたままの分厚い本。
「入室の目的は?」
喋った。しかも、低くて落ち着いた声で。
「うわ、また喋った」
「質問に答えろ。入室の目的は何か」
「えーと、昨日の紙に処分予定って書いてあったから、見に来た」
「見に来た、というのは目的ではない。行動だ」
「めんどくせえ奴が来たなw」
「訂正を求める。必要な確認をしているだけだ」
青が、アルの肩から身を乗り出す。
「かっこいい声! ねえ、本好きなの?」
「好き嫌いの問題ではない。読まなければ、確認ができない」
フクロウは、ゆっくり羽をたたんだ。
「職員は私を、夜に資料庫を荒らす害鳥と呼んでいる。その評価には根拠がない」
「荒らしてないの?」
「並べ直している。図鑑の配列が、三冊目から誤っていた」
アルは棚を見た。確かに、背表紙は妙にきれいに揃っている。荒らされたというより、整理されすぎている。
床に落ちた一冊を拾うと、『魔物図鑑・下巻』だった。スライムの項目を開く。
〈戦闘力:皆無。有用性:なし。処分推奨〉
その横に、細い字で書き込みがあった。インクではなく、何か黒いもので。
〈未検証。根拠不明。「皆無」の定義を求む〉
「これ、書いたの……」
「私だ」
羽の先で、フクロウは自分の胸を指した。
「一ヶ月かけて、三百十二箇所の記述に疑義を付した。うち二百九十七が、観測していない推測だった」
「それで処分されかけてるんだ」
「そうだ。記述を疑うな、と言われた。疑うのが仕事だと答えたら、害鳥にされた」
「あー……」
アルは図鑑を閉じた。それはまあ、そうなるかもな、と思う。ギルドは石板の数字がすべての場所だ。数字に「待った」をかける鳥は、面倒でしかない。
「で、お前さ。なんで俺たちの話、聞く気になったの」
「聞く気になったのではない。そのスライムの評価について、確認が必要だった」
青が、ぴょんと跳ねた。
「ぼく?」
「記録では『有用性なし』となっている。だが昨日、床下から鍵を引き出したのは、お前だな」
「見てたの!?」
「物音を聞いた。検証したくなった」
フクロウは、アルに向き直った。
「お前はこのスライムを、何と評価している」
「評価っていうか……面白いなって」
「面白い、は評価ではない。根拠を示せ」
「いや、感想なんだけど」
「感想と結論を混ぜるな」
「ww 厳しいなこいつ」
そのとき、フクロウの輪郭に、小さな文字が重なった。
〈確かめる者〉
一瞬だけ。すぐに消えた。
「……ん? また」
「どうした」
「いや、なんでもねえw じゃあ、こうだ。こいつは何でも試す。失敗してもすぐ次にいく。それで昨日、誰も気にしなかった床下から鍵が出てきた。……これは根拠?」
「事実が三つ並んだ。まだ結論ではないが、検証に値する」
フクロウは、ばさ、と棚から降りてきた。机の上に着地して、一冊の台帳を足でめくる。
「ギルドの紛失物記録だ。過去半年で、百十四件。そのうち回収されたのは、九件」
「少なっ」
「回収されない理由を確認した。大半は、床下、棚の裏、壁の隙間。人間が入れず、誰も探さない場所だ」
アルは青を見た。青はもう、紐みたいに細くなりかけている。
「……おい、お前の出番じゃん」
「え、ぼく?」
「そうだ。そして」
フクロウは、台帳のページに爪を置いた。
「誰が、どこを、どの順で探すか。そこは私の仕事だ」
三時間後。
資料庫の机の上には、小さな山ができていた。
鍵が二本。指輪。手帳。誰かの片方の靴下。
フクロウが記録した場所に青が入り、青が見つけたものの周辺を、フクロウが整理する。発見の位置を地図に書き込むと、紛失物は同じ廊下の、同じ継ぎ目に集まっていた。
「床板の隙間が、落とし穴になっている。補修すれば、今後の紛失は減る」
「お前、そこまで見えてたの?」
「見えていない。推測だ。だが、推測として記録してある」
「そこ大事なんだ」
「大事だ。推測を事実と書けば、図鑑と同じ過ちをする」
青が、山の上で嬉しそうに跳ねている。
「見て見て、靴下! でかい!」
「靴下は片方だけだろ、持ち主困ってるぞw」
夕方までに、持ち主たちが次々と受付に現れた。
指輪の持ち主は、泣いて礼を言った。手帳の持ち主は、銀貨一枚を握らせてきた。鍵の持ち主の商人は「これで今月の仕入れが助かった」と、さらに銀貨二枚。
アルの財布は、あっという間に重くなった。
職員は渋い顔のまま、書類を出した。
「F級の鳥型魔物、引き取り料は銀貨三枚です。損害は引受人の負担。サイン」
「はいはい」
アルはサインしながら、ふと気づいた。昨日と同じ書類なのに、今日は払う手が軽い。
「名前、ある?」
「ない」
「本ばっか読んでるから、司書でいい?」
「仮称を受理する。ただし、恒久化には検証が必要だ」
「ww めんどくせえ」
「司書! かっこいい!」
青が司書の頭の上に乗ろうとして、静かに羽で払われた。
ギルドを出ようとしたとき、裏庭のほうから、ぼこっ、という音がした。
ぼこっ。ぼこっ。ぼこっ。
職員が、顔をしかめて走ってきた。
「また穴が……! 昨日から裏庭が掘り返されてて、花壇が全滅です!」
掲示板の処分予定一覧に、新しい行が増えていた。
〈敷地を掘り返す猫型・F級・要処分〉
司書が、紙を見上げて目を細めた。
「穴の位置は、すでに記録してある」
「いつ記録したんだよ」
「昨日だ。観測の結果、無作為ではない」
「え?」
「等間隔だ。しかも、すべて同じ方向を向いている」
アルは裏庭のほうを見た。ぼこっ、という音は、まだ続いている。
バケツの縁から、青がぐいっと体を伸ばした。
「掘ってる! ねえ、行ってみて──」
「待て。まず確認を──」
司書の言葉が終わる前に、青はもう廊下を転がっていた。
アルは、額に手を当てた。
「……これ、毎回こうなるのか?」
司書は、少しだけ間を置いた。
「仮説として、受け入れる」




