第一話「F級と才能なし」 ― 「なんか面白くない?」から始まった話 ―
冒険者ギルドは、朝からうるさかった。
受付の石板が、手を置いた冒険者の数だけ光って、次々と結果を吐き出していく。
「C級! 前衛向き!」 「B級、魔法適性あり! おめでとうございます!」
そして、アルの番が来た。
「はい、石板に手を置いてくださーい」
言われた通りに置く。異世界に来て三日目。仕事も宿もなく、ギルドに行けばなんとかなると聞いただけの、典型的な初心者である。
石板がぼんやり光り、文字が浮かんだ。
筋力 E 魔力 E 敏捷 E 特記事項 なし
受付嬢は石板とアルを三回くらい見比べた。
「……平均の、ちょっと下ですね! すごく平凡! 逆に貴重です!」
「フォローになってないw」
「F級クエストからどうぞ。スライムの討伐とか」
アルは肩をすくめた。才能なし。知ってた。剣を振ればへなちょこ、火の玉を出せば豆粒サイズで消える。
人間関係はもっと面倒だ。できれば誰とも揉めずに、適当に生きたい。
そう思った矢先、ギルドの裏手から悲鳴が聞こえた。
「だからこの子はF級の不良個体です! 処分します!」
覗いてみると、廊下の掲示板の前で、職員が木のバケツを抱えて怒っていた。掲示板には〈F級魔物・処分予定一覧〉と書かれた長い紙が貼られている。名前の欄は、ほとんど「不明」と「要処分」で埋まっていた。
バケツの中には、青いスライム。
他のスライムより一回り小さい。ぷるぷる震えているくせに、じっとしていない。縁にへばりついては伸び、落ちてはまた登る。
「ほら、大人しくしなさい!」
職員が蓋をかぶせようとした瞬間、スライムは隙間からにゅっと突起を出した。
形は、星だった。
「ちょ、何そのフォルムw センスどうなってんだ」
つい吹き出したアルに、スライムがびくっと反応した。
「あ! 見た!? 今の見た!? 星! 星できた!」
喋った。しかも弾んでいる。
「やったらできた! すごくない!?」
「いや、なんで星なんだよ」
「かっこいいから!」
職員が深いため息をついた。
「見ての通り落ち着きがなくて。鑑定は攻撃力2、防御力1、特殊能力なし。餌代の無駄です」
処分、という言葉に、スライムはぷるんと縮んだ。星も引っ込む。
「……あー」
アルは頭をかいた。面倒くさい。ギルドのルールだし、自分には関係ない。
関係ないはずなのに、目の前で縮んでいるのを見ると、どうにも放っておけない。
「ちょっと待って。それ、俺が引き取るわ」
「は? あなたが? 戦闘の役には立ちませんよ」
「知ってる。でも星になるスライムとか、初めて見たし」
職員は露骨に面倒そうな顔をして、引き出しから書類を出した。
「では引き取り料が銀貨三枚。それから、この魔物が起こした損害は、すべて引受人の負担になります。ここにサイン」
「三枚って、俺の所持金の半分なんだけど」
「処分費用より安いだけ、ありがたいと思ってください」
アルは天井を仰いで、サインした。
バケツを受け取る。軽い。中で青いスライムが、恐る恐る顔を出した。いや、顔はない。そんな気がしただけだ。
「お前、名前ある?」
「ない! つけていいよ!」
「じゃあ青で。仮だけど」
「青! いいね! よろしく青! ……いや、ぼくが青か!」
落ち着きがない。会話が全部弾む。バケツの中で三角になったり、急に細長くなったりしている。
「ちなみに好きな食べ物は?」
「わかんない! 食べたことないもの全部!」
「幅が広いなw」
眺めていると、アルの視界の端が、ふっとにじんだ。
青いスライムの輪郭に、小さな文字が重なる。
〈試す者〉
一瞬だけ。すぐに消えた。
「……ん? 今なんか」
「どうしたの?」
「いや、なんでもねえw お前さ、なんでも試したがるだろ」
「試す! 行ってみなきゃ分かんないもん! あ、あそこ、なんか光ってる!」
青がバケツを飛び出した。廊下の床の隙間に突進する。古い木の継ぎ目の向こう、下の倉庫の奥で、確かに何かがきらりとした。
「おい、危ねえぞ。お前F級だろ、挟まって死ぬぞ」
「へーき! 細くなればいける!」
青は、ひゅっと紐のように細くなった。隙間に、するりと入り込む。
アルが慌てて覗き込む。
数秒後、奥から「よいしょ!」という声がして、紐が戻ってきた。先端に、小さな真鍮の鍵がくっついている。
「取ってきた! これ、使える?」
ギルドの裏倉庫の鍵だった。
そこへちょうど、受付嬢が血相を変えて走ってきた。
「あっ! それ、私の鍵! 昨日からずっと探してたんです! どこにあったんですか!?」
「床下。青が取ってきた」
受付嬢は鍵を見て、紐からスライムに戻る青を見て、またアルを見た。
「……助かりました。助かりましたけど、評価は変わりませんよ? 戦闘力はF級ですから」
そう言って、鍵を握りしめて去っていく。石板の数字が全て、という背中だった。
入れ替わるように、装備のいい冒険者パーティがギルドに入ってきた。先頭の大男が、バケツの青を見て鼻で笑う。
「F級を連れてんのか。荷物にもならねえだろ、そんなの」
「荷物にはならねえな」
「じゃあ何の役に立つんだよ」
「さあ。さっき、受付の人の鍵は取ってきたけどw」
男は一瞬きょとんとして、それから大声で笑った。
「鍵拾い! F級にお似合いだな!」
パーティは笑いながら、掲示板のほうへ歩いていった。
青はバケツの縁にへばりついて、少しだけ縮んでいる。
「……ぼく、役に立った?」
「鍵は拾ったな」
「それだけ?」
アルは、少し考えた。
「それだけでいいだろ。明日は棚の裏な」
「棚の裏!」
「お前、落し物係。ギルドの床下と棚の裏と、あと誰も見ねえとこ全部」
「落し物係! かっこいい! 任せて! 世界の裏側まで探してくる!」
「世界の裏側はいいw バケツから出んな」
青がぴょこぴょこ跳ねる。星がまた出かかって、今度はヒトデみたいになった。
「見て見て、ヒトデ!」
「惜しいなw 角は減らせ」
笑っていると、廊下の奥から、ぱさ、と音がした。
古い本が崩れたような。羽が紙を叩いたような。
普段誰も開けない、資料庫の扉の向こうだ。
青が、ぴたりと動きを止めた。
風もないのに、掲示板の処分予定一覧が、ぺらりとめくれる。
名前の欄の、いちばん下の行が目に入った。
〈夜な夜な資料庫を荒らす鳥型・F級・要処分〉
アルは、無言で紙を見た。
バケツの縁から、青がぐいっと体を伸ばした。資料庫のほうへ。
「ねえ、アル」
「……何だよ」
「行ってみてもいい?」




