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コミュ障王子は転生者とかかわらない学園生活をご所望です  作者: ほねのあるくらげ


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次なる王を目指す者

「煙草臭くて酒臭い。お前は一体何をしてきたんだ」

「な、何もしていませんよ。兄上達の臭いが移ったのでしょう。……そんなに気になりますかね?」


 ようやく客室に帰れるというところで、ヴェルガを呼び止める声があった。唯一の実兄、第三王子のエドリックだ。青い瞳は嫌悪に歪められている。彼はまだ未成年ということもあって酒も煙草もたしなまないが、法的に許されていようがいまいが手を出すことはなさそうだ。


「着替えてきますから、少々お待ちください。用件なら、後で伺いますので……」

「仕方ないな。なるべく早くしろ」


 押しかけてきておいて何を言ってるんだ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。エドリックが踵を返したのを見届けて、改めて客室のドアを開けた。

 客室を手配した使用人が言っていた通り、今日と明日王宮で過ごすに困らない荷物が運び込まれている。どれもラヴェンデル宮にあったものだ。このぶんなら、寮への外泊手続きも済ませられているだろう。済ませられていると思いたい。日帰りのつもりでいたため、外出届を出した以外何も準備をしてこなかったのだ。

 失礼ではない、かつ過ごしやすい服に着替えてエドリックの客室に向かう。途中で第二王女エレナや第五王子キースを見かけたが、わざわざ声をかけるほどの仲ではないのでそのまま通り過ぎた。本当に父王は子供達を集めた晩餐を催すつもりのようだ。

 エドリックの客室のドアをノックする。「入れ」無愛想に命じられ、素直に従った。しかし愛想がないのは言葉だけのようで、テーブルには紅茶と茶菓子の用意がされている。


「他に誰かを招いているのですか?」

「招くような相手がいると思うか? 私が食べたかったからついでにお前の分も用意しただけだ、食べたいなら勝手に食べろ」

「……私は、何も持っていませんよ?」

「気の利かない奴だ。今度から手土産の一つでも用意しておけ」

「いえ、そうではなく。私によくしてくださっても、兄上に返せるものはありませんが……」

「聞こえなかったのか。お前の分などあってないようなものなんだぞ。お前が食べないなら私が食べる、それだけだ」


 これ以上この問答を続けているときりがない。おとなしく兄の気まぐれの恩恵を受けておこう。礼を言って椅子に座った。

 

「他のきょうだいには会ったか?」

「エレナとキース以外には。二人のことは見かけましたが、特に言葉は交わしていません」

「そうか。なら、兄上達に何か吹き込まれただろう。父上とは何か話したか?」

「……次期王には誰がふさわしいか尋ねられました。それと、ローザリア姉上がご結婚なさると。相手はカレリアの王子のようです」


 エドリックはわずかに顔をしかめる。彼がかじった甘く香ばしいはずの焼き菓子も、今の彼にとっては苦みしか感じられないようだった。 


「結婚? 姉上が? ということは、姉上は継承者争いから降りるのか。それは幸いだが……あの父上が、わざわざ子供の意見を聞く場を設けるとは信じられんな。その場には他に誰かいたか?」

「ローザリア姉上とリゼシアです。私を含め、継承の望みがほぼない者のみが呼ばれたようでした」


 ローザリアは第一王子(セスティス)を、リゼシアは第五王子(キース)を、ヴェルガは第三王子(エドリック)をそれぞれ推したと続けると、エドリックは意外そうに目を見張った。


「お前、本当にそんなことを思っていたのか。子供に意見を求める父上も、自分の意見を父上に言えるお前も、何もかもが信じられん」

「そ、そこまで驚かれることでしょうか。私は以前、“王になるなら兄上がいい”と確かに申したはずですが……」

「……それを私に言うことと、父上に言うことはまったく違うからな」


 エドリックの手がティーポットに伸びた。ヴェルガの手元にあった空のティーカップに紅茶を注ぎ、エドリックはにやりと笑う。


「私とお前は決して仲のいい兄弟ではなかった。だが……いや、そうだな、私はお前の才能を評価しているし、お前は私に王の姿を見出した。兄弟ではなく主従としてなら、もう少しうまくやれるのかもしれん」

「……そうですね。そうであればいいと、思います」


 兄と疎遠になった理由は何だったか。それは彼の嫉妬と、ヴェルガの臆病さのせいだ。エドリックは才を持たざる者として才ある弟を恨み、ヴェルガは未来のない者として未来ある兄を避けた。しかしヴェルガの才能は磨いたから開花したものだし、エドリックの未来は彼が自分で切り開いたものだ。二人の仲の悪さはすれ違いに過ぎなかった。

 もしも幼いころに、歩み寄ることができたなら。理解することができたなら。引いた線の向こうで互いを目で追うだけでなく、向き合うことができたなら。自分達は、もう少し仲のいい兄弟として在れたのではないだろうか。多分それに気づいたのはエドリックのほうが先で、きっとエドリックも同じことを思っているのだろう。在りし日をやり直すことができたら、と。


「しかしキースか、意外だな。あいつは活発だから、リゼシアのいるローゼ宮まで遊びに行っても不思議ではないだろうし、その縁で親しくなったからこそリゼシアも名を挙げたのだろうが……キース自身がまだ幼いせいで、第五王子派はいまいちぱっとしない連中だった。第三王女の一声で、一気に王座への距離が近づかれると厄介だな」

「私達の意見など、父上もそこまで重く扱わないのでは?」

「それはそうだろう。父上は天啓を待っている。お前達の意見を聞いたのは、それまでの暇つぶしか何かだろうさ。……だが、それが神々に何かの影響を及ぼしたら? 無垢で美しい兄妹愛を神がお気に召したら? ほとんど忘れられていたような幼い王子が、一足飛びに王座の前へ躍り出ることになるぞ」

「……幼いからこそ、佞臣に利用されることも考えられますね」

「そうだ。第五王子派の中にはそれを狙った奴もいる」


 キースには幼さゆえの浅慮以外に目に見えた欠点がないから厄介だ、とエドリックは嫌そうに呟く。無邪気で明るい末弟は、ヴェルガとは正反対の少年だ。父親譲りの髪の色と瞳の色も相まって、自分の弟だというよりカイルの弟だと思ったほうがしっくりくるかもしれない。


「たとえ姉上が他国に嫁ぐとしても、姉上の代わりにキースが有力候補になっただけだ。状況は大して変わらない。エレナも降嫁するなら話は変わるが……まだあいつは学生だし、なにより……」

「嫁ぎ先を父上がお決めになられるのではなく、自分で王家の婿養子となる男を見つけてこられると困る。そうでしょう?」

「ああ。エレナ自身に優れた力があるわけではないが、有望な男を咥えこんでこられたらわからなくなる。父上がそいつを己の後継者としてみなさないとも限らないからな」


 エレナが選ぶ男、そう問われて思いつくのはやはりカイルしかいなかった。エレナの婚約者候補となる男が他にいないわけではないだろうが、エレナ自身が推すのならばカイルしかいない。カイルの才ならエルドムントも認めざるを得ないだろう。おまけに自身と同じ金の髪と緑の瞳が、カイルに対して親近感をわかせるはずだ。


(もしも俺とカイルの立場が反対なら、きっとこんなきょうだい同士の争いなんて起こらなかったんだろうな……)


 ヴェルガにないものを持つ少年のことを思って唇を噛みしめる。邪神以外のすべての神の寵愛を受けたそのありようは、誰もが彼を王と認めるだろう。たとえ四番目の王子であれ、生まれた時から王太子と定められていたに違いない。腹違いの兄達さえ黙らせるほど誉れに満ちた祝福と、多岐に渡る数々の才能。その恵まれし者の証はヴェルガと似て非なるもので、ヴェルガでは決して手の届かないものだ。

 エドリックも言っていた。ヴェルガに継承権があれば、と。もしもカイルではなくヴェルガが善神の器だったら、継承権を奪われはしなかっただろう。そうすればエドリックはヴェルガに臣従を誓い、兄達と争うことをしなかった。セスティスは驕らないし、ルーウィルも手にした導きの書(カノン)にあぐらをかかない。

 けれどヴェルガは邪神の器だ。そしてカイルは王族ではなく、だから彼が王になることなど王家を打倒するか王女と結婚しない限りはあり得ない。


(まさか……神は、カイルがエレナと結婚してこの国の王となることをご所望なのか?)


 実子にふさわしい者がいないなら、婿養子にすべてをゆだねるのも選択の一つだ。なによりカイルは善神の器だ、神々が多少のえこひいきをしても――――カイルを王にするよう神託を下しても不思議ではない。

 当代の王は金髪緑眼で、神の言葉を何より重んじる。炎の導きの書(カノン)を手にしたルーウィルは己の即位を疑っていなかったが、カイルだって雷の導きの書(カノン)を持っているのだ。足りないのは血筋だけ。それもエレナと結婚することで解決する。エルドムントの命によってエレナが即位すれば、カイルは王配として、実質的な君主としてこの国の頂点に君臨できるだろう。


「……兄上の懸念は、現実のものとなるかもしれませんね。エレナはすでに非の打ちどころのない男を見つけていますから。……覚えていらっしゃいますか? かつて、私を法術で打ち負かした男です」

「なに? そんな奴……ああ! どこぞの田舎貴族の長男のことか。……そいつは、お前の目から見ても王にふさわしいのか?」

「少なくとも、人を惹きつけるものはあるかと。何より彼は神々に愛されている。神託によっては、エレナと結婚せずとも王家に入ることすらありえるかもしれません」

「それは……大番狂わせもいいところだな。できればあってほしくはない未来だ」


 平坦を装いつつ絞り出した言葉は兄の本心なのだろう。たとえ自分では足元にも及ばない相手だと頭ではわかっていても、それを受け入れるまで時間はかかる。きょうだい達こそ敵だとみなしていたのに、血族の外から突然王候補が舞い込んでくれば心穏やかではなくなるだろう。

 重い沈黙が包む。破ったのはドアをノックする音だった。エドリックも予期していない来客だったのか、やや怪訝そうな眼差しをドアに向けつつ入室を促す。細長い包みを持った、赤い髪のメイドがいた。


「アルフェンレクト殿下、ラヴェンデル宮よりお届け物でございます」

「母上から?」

「はい。わたくしはラヴェンデル宮の使用人からディニ妃殿下の名でこれを殿下にお渡しするよう言われただけですので、それ以上はわかりかねます」


 ヴェルガが独り言のような調子で呟くと、メイドはうっとうしげにヴェルガを見た。言わなくてもわかるでしょう、と言いたげな顔だ。別にそこまで訊いていなかったのだが。何とも言えない居心地の悪さを感じ、ヴェルガは気まずげに目をそらした。


「そうか、ご苦労。それはなんだ?」

「自治領産のワインでございます。殿下のお忘れ物だとうかがっておりますが」


 エドリックが尋ねると、メイドは淡々と答えた。確かに言われて見れば包みはワインボトルのような形をしている。エドリックは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに得心したように頷いた。


「わかった。悪いが、陛下のもとまで届けておいてくれ。陛下への献上品だ」

「かしこまりました」


 メイドは一礼して出ていった。ドアが緩やかに閉まっていくさまを見ながらヴェルガは尋ねる。


「兄上が手配なさったものなのですか?」

「いいや。おおかた、母上が気を利かせて手土産を用意したのだろう。父上は無類の酒好きだからな。……我が母ながら健気なことだ、自分を捨てた男にまだ尽くすつもりがあるとは」


 そんなものを用意したところで、父上が私達を見てくれることなどありはしないのに。そう吐き捨てたエドリックの顔は、けれどどこかでそれを願っているようにも見えた。

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