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コミュ障王子は転生者とかかわらない学園生活をご所望です  作者: ほねのあるくらげ


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動き出す歯車

 ヴェルガが王宮に滞在している間、リートは久しぶりに自身が本来在るべき場所に還っていた。そんな彼を待っていたのは、膨大な書類の山だ。


「ねえネフェル、これは一体いつになったら終わるんだい?」

「終われば終わるわ。はい、こっちもよろしく」


 サインしてもサインしても、新しい書類の山が恋人の手によって運ばれてくる。愛した女が今はただの死神に見えた。

 人間の領域に赴くことはままあったが、その時もちょくちょく館に帰ってきてはいた。しかしこれほど仕事が溜まっていたのは初めてだ。気まぐれに帰ってきたことを、今日ほど後悔したことはなかった。


「これ全部、あなたじゃないとできない仕事だから。あなたがふらふらしてる間にこれだけ溜まっちゃったの。他の神からせっつかれてるんだから、ちゃっちゃと終わらせちゃってよね」

「どう考えても普通じゃない量だと思うんだけどなぁ……。ほんとにこれは僕の仕事なの? 他の奴の分が混ざってるんじゃなくて?」


 冥府で保管している魂の管理表。戦争が起きそうな国のリスト。神々の小競り合いの報告書。精製している毒の保証書。以前戯れに壊した他の神々の所有物に対する請求書。牢獄を脱走したことに関する出頭命令。確かにどれもリートの管轄内のものか、自業自得から舞い込んできた書類だった。


「……ん? これは……」


 ひぃひぃ言いながら仕事を片付けていたリートだったが、その手がふと止まる。一枚だけ、妙な書類が混ざっていたからだ。


「これは太陽と運命の女神(エイソル)の管轄じゃないかい? 死者の魂を管理するのは僕のほうだけど、魂を肉の器に込めるのは彼女のほうの仕事だったはずだ」


 冥府でしばらく管理された魂は、ほどなくして生の女神の手に渡る。身もふたもない言い方をするなら出荷だ。生の女神ヴィレダは死の女神モルエルと同じく太陽神エイソルの眷属神であり、“出荷”された魂の処理(・・)についてはリートの関与することではなかった。

 リートの仕事は、“死者の魂”をどの期間にいくつまで保管しておくかだ。毎年取引先(エイソル)の要望通りの数の死者の魂が彼女のもとに渡り、引き渡された死者の魂は彼女の指示で無に還り、そして新しい生者の魂の材料となる。引き渡して以降のことは、リートのあずかり知らないことだ。同様に、冥府に来る前の魂のことも。

 

「え、嘘でしょ!? その辺りの書類は、光と秩序の神(ルドルリヒト)から直接もらったやつよ? 向こうはどっかの誰かさんと違って存在する(・・・・)眷属が多いし、間違いがあるはずないんだけど……」

「人望があると言えないのは悪かったよ。でも、今さら傍に誰かを置く気になれなくてさ。ネフェル、君しか思いつかなかったんだ。こんなになっても一緒にいてくれる人も、一緒にいてほしい人も、君だけだった」

「あーはいはい、それは光悦至極に存じます。ちょっと見せて」


 本心からの言葉なのだが、軽くあしらわれて書類を奪われただけだった。いつものことながらつれないと肩をすくめる。彼女なりの照れ隠しということにしておきたいが。


「えーっと……善神の器の魂に関する始末書?」

「ああ。彼の中には妙な(・・)魂が入ってるそうだ。浄化は受けてるみたいだけど……冥府で管理された形跡がないらしい。こっちの不手際ってことになってるけど、それは正しくないだろう。冥府は、死の女神(モルエル)が運んできた魂をすべて受け入れる。死の女神(モルエル)による引き渡しがないまま、生の女神(ヴィレダ)の精製に巻き込まれたんじゃないかな」

 

 十数年も前に起きた内容ではあるが、始末書自体は最近書かれたもののようだった。一年も十年も百年も同じようなものとしてしか数えられないモノが作った書類なのだから、それも仕方ないことだろう。むしろこれでも早いほうだった。すべての領地の―人間の国になぞらえて言うなら―行政を請け負う生真面目なルドルリヒトらしい仕事ぶりだ。

 だが、何かが引っかかる。何故このタイミングで、善神の器に関する書類が回ってきたのだろうか。


「……いや、こうも考えられなくないな。死の女神(モルエル)が刈り取っていない、まったく別の魂が紛れ込んだんだって」

「はぁ? 死の女神(モルエル)が刈り取ってない死者の魂なんて存在するわけないじゃない。死の女神(モルエル)が魂を狩らない限り、人は死なないのよ(・・・・・・・・)?」

「それはそうだけど、さ。……そもそも、善神の器は善神側が構いに構って生まれるモノだ。闇の神以外のすべての神が、彼にありとあらゆる祝福を授けてるんだよ。異常が見つかったら、すぐにでも僕のところに文句が飛んでくると思わなくもないんだよね。なのに、そんなことはなかった。ということは……」

「……十一の善神の中の誰かが、他の神々に内緒でこっそり器の魂に細工して……その事実を握りつぶした、ってこと?」

「ああ。死の女神(モルエル)を介さずに得た死者の魂が、善神の器のための魂に作り変えられたんだ。それも細工の一環……いや、それこそが細工なのかな」

「だけど、どうやってそんな魂を手に入れたわけ?」

「このセカイの住人の魂が使えないなら……そうだな、異なるセカイとか? ないわけじゃないだろう。このセカイとすべての法則が異なるセカイだって、探せば見つからなくもないはずだ」

「真面目に聞いたわたしが馬鹿だったわ。ほら、くだらないこと言ってないで続きをやってちょうだい」


 書類は乱暴に突き返された。かなり真面目に話しているつもりだったのだが、残念だ。


(でも、気にならなくないんだよなぁ)


 最低でもルドルリヒトとエイソル、必要なら他の主神。彼らに話を聞いたほうがよさそうだ。だって、あまりにも異常なのだから。

 死の女神(モルエル)が回収するのは死者の魂だ。死の女神(モルエル)の鎌が振り下ろされない限り、人が死ぬことはない。生者の魂は、新たな生者の魂の材料にできないのだ。死の女神(モルエル)に魂を奪われた時点でその者は死に、数秒前まで“生者の魂”だったものは“死者の魂”に変わる。

 それでも、もしも死の女神(モルエル)に頼ることなく魂を奪えるのなら。そんなことをすれば、その魂の本来の持ち主は空っぽの肉の器を抱えることになってしまう。息だけはできるが、永遠に目を覚まさないままだ。それはもはや死んでいるのと変わりない。

 死者の魂は例外なく冥府に送られるし、例外なく浄化されて新たな生者の魂となる。肉の器は設計図を使い回して作られることもあるが――――そこまで考えて、リートは一つの答えに辿り着いた。


「……そういえば、当代の善神の器はエニス=アール=ライのオルトなんだけどさ」

「ああ、もしかしてライ将軍のこと? あれよね、レテネイの大英雄。サウィンダーの寵愛者だったのに、結局サウィンダーにはあの女の子がなったんだっけ」

「その通り。彼は残念ながら、最後の最後で神の座には至れなかった。彼は負けてしまったからね。だから、ツィーカが新しく寵愛者になった。……そうやって無意味に死んだエニス=アール=ライの魂だけど、あれについての始末書が来たことはなかったっけ?」


 尋ねる体を装っていたが、訊くまでもなく答えはわかっていた。エニス=アール=ライの魂は、冥府から消失(・・)しているのだ。リートが神の座について間もないころ、ツィーカが神の座についてすぐ。何者かによって冥府が荒らされたことがあり、彼の魂はその時に失われたとされているが真相は定かではなかった。


「僕は、肉の器ができるところとかはよく知らない。だから顕現しない限り人の顔なんて見分けがつかないんだけど……善神の器の身体ができるとき、やたら設計図について口を出した神がいるそうなんだよね。別に、その神は素行に問題があるわけじゃなかったし、使うべきだと力説した設計図も妙な人間のものじゃなかった。だからそのまま認可されたって、ティスアイファスが言っていたはずだ」


 ネフェルもリートの言わんとすることを察したらしい。まさか、そう呟いた彼女の顔は一瞬にして蒼白になっていた。

 このセカイの民のものだとは思えない魂。このセカイの民のために作られた肉の器。設計図を同じくする身体にもともと入っていた魂。その身体には――――古い(・・)魂より、新しい(・・・)魂のほうがずっと馴染むのではないだろうか?


「ごめんネフェル、ちょっと出かけてくるよ。他の連中(かみ)に会わないと」

「あ、ちょっと!」


 ネフェルの静止もむなしくリートは立ち上がった。ネフェルにとっては懐かしくもある少年時代の彼、けれどネフェルの記憶にはない現代風の服をまとった姿が一瞬にして揺らぐ。次に現れたのは、今の彼の本当の姿だ。ローブをまとう人型の闇。そう表現する以外に言い表せない無貌の主は、漆黒のローブをなびかせてその場から消えてしまった。


「もうっ! 眷属神(わたし)じゃ主神(あなた)の代わりはできないんだけど!? 留守番ぐらいならやるけど、私は罪の女神(じぶん)の仕事しかしないんだからね!」


 案の定返事は帰ってこなかった。どうせ聞こえないとは思うが、苛立ち混じりにネフェルは叫ぶ。


「いってらっしゃいませ、闇と混沌の神(ケルハイオス)様ー!」


* * *


(気づかれたか)


 遥か天の彼方、神の領域で騒ぎが起きた。そんな眷属の報告を聞いて爪を噛む。受肉して人間の領域に顕現してからそう日が経っていないはずだが、もう嗅ぎつけられたようだ。だが、こちらのほうが早い。千年も前から計画していたことだ、今さら邪魔はさせない。


「カイル! 権能の使い心地はどう?」


 学院の敷地内の片隅にある、休日ということで人気(ひとけ)のない修練場で雨に打たれながら剣を振るう少年がいる。周囲にはいくつもの簡素な人形だったものが二つに斬られて転がっていた。すべて彼が斬ったものだ。

 今現れたとでも言うように、可愛らしい少女を装って彼に微笑みかける。計画に欠かせない最後のピースは、何も気づかず能天気に笑った。


「ぼちぼちってところかな。でもなんか、思ったより馴染んでてさ。一昨日初めて使ったとは思えねぇって感じだな。ちょうど雨も降ってきてくれたから、雷に反応して切れ味が増してるのかもしれねぇけど」

「そう、それはよかった。さすがわたしの見込んだ英雄だわ」


 それはそうだろう。彼は、導きの書(カノン)を手にする前から雷と勝利の神の権能と共にあった。姿を見せることはしなかったとはいえ、ツィーカが遠巻きながら力を貸すことだって多々あった。それもすべては、来たるべき日に備えてカイル=ディンヴァードにサウィンダーの権能を扱う感覚をなじませるためだ。

 導きの書(カノン)を手にしたことで、カイルは自分でその権能を―人間が行使できるレベルにまで弱まったものとはいえ―使えるようになった。たとえカイルより早く権能を使い出した者がいても、幼いころから馴らされてきた(・・・・・・・)カイルの成長速度には敵わない。存在する当代の寵愛者、その中の誰より早くカイルが神の領域に立ち入れる。

 神の領域、そこは人間の感知できない概念の世界だ。神々が暮らすのは天上、魔王が封印されるのは地の底と違いはあれど、そこに辿り着くまでに踏むべき手順は変わらない。

 神の領域へと繋がる正しい道を辿るのも、そこに通じる扉を開けるのも、神でなければできない。ただの人間であっても、神に導かれるならその場には至れるが――――そこに通じる道を知り、かつ神格を持つ者の手によって扉が開かれてなければ足を踏み入れることもままならない。導きの書(カノン)を持ち、神格を得ることこそ、魔王のもとに辿り着くもっとも手っ取り早く正確なやりかただった。

 導きの書(カノン)は、隠された神の領域への道を示してくれる。扉を開ける術(すべ)を教えてくれる。新たな神になる力を与えてくれる。導きの書(カノン)は特別な存在であることの証であり、物語に焦がれる子供にとってはまさにうってつけの小道具だった。

 だから人は導きの書(カノン)を求めるのだ。けれどツィーカは違う。ツィーカは他の有象無象のような理由で導きの書(カノン)を使ったわけではない。ツィーカにとって雷の導きの書(カノン)は遺品だ。ツィーカは自分が英雄になることも、神になることも望んでいなかった。ただ、愛する人が遺した本を継ぎ、愛する人の遺志を継いだだけ。愛する人が到達できなかった高みに辿り着いた彼女が次にすることは一つだ――――愛する人を、ここに招く。


「実は……ついに邪神が動き出したの。わたし達に勘づいたみたい。早く魔王を倒さないといけないわ。わたしも時間稼ぎはするけど……遅くとも明日の朝日が昇る前に片付けないと、邪神が邪魔をしてくるはずよ。魔王と邪神を同時に相手取るのは、さすがのわたし達でも厳しいわ」

「マジかよ!? めちゃめちゃ付け焼刃だけど!? うわー、もっとマジメに修行とかしてりゃよかった……」

「大丈夫よ、カイル。あなたはわたしが見込んだ英雄だもの。誰が相手でも、きっと勝てるわ」


 そのためなら、他人の命を犠牲にすることもいとわない。愛する人以外はどうでもいいから。

 そのためなら、世界を壊すことになっても構わない。愛する人を殺した世界など大嫌いだから。


「だけど気をつけて。貴方が使える導きの書(カノン)の権能は絶対じゃないの。貴方はまだ“寵愛者”、導き狂わぬ因果の剣(ロンヴォードボール)を完璧に使いこなすことはできないわ。万全の準備をして望んでちょうだい」

 

 カイルが手にする、導き狂わぬ因果の剣(ロンヴォードボール)と銘打たれた雷をまとう剣。勝利の神の権能と名を同じくするそれは勝利の神の神器であり、権能の象徴だ。愛しいあの人が、命を賭してまで求めた剣。最後の最後であの人を裏切った力。あの人にとっては最後になった戦場で、不完全なサウィンダーの剣は別の神の寵愛者が持つ権能の前に敗れ去った。あの戦で勝っていれば、雷と勝利の神(サウィンダー)の名は彼のものになっていたのに。

 あの人が振るい、ツィーカが受け継いだ忌まわしき剣が、あの人と同じ顔をした少年の手にある。その事実が嬉しくて、疎ましくて。けれどもう、誰にだってあの人は奪わせない。あの人は、ツィーカのところに帰ってくる。勝利の剣が、最後の最後で敗北を招くようなことはさせない。最後に笑うのはツィーカだ。


「わたしを……ううん、世界を助けて。頼れるのはあなたしかいないの……!」

「わ、わかった。油断はしねぇよ。待ってろツィーカ、すぐに俺が魔王も邪神も倒してやるからな!」


 けれど理はあの人の存在を赦さない――――だから、世界ごと叩き潰す。

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