表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/18

人目があるから

「これにSLのペダル付けといてくれへん?」


 落車騒動で入口側に来ていた店員さんは、私の買う自転車を自転車立てから下ろして奥に運んだ。


「おお、コルナゴですか。いいですね〜。あ、いらっしゃいませ、こんにちは〜。」


 奥の部屋の左側にある関係者スペースから、小柄な男の子が顔を出す。


「初心者さんやよ。」

「え。ビンディング大丈夫すか?」

「楽な方がええって。」

「そんならまあ、ビンディング一択ですかね。」


 大きめのエプロンには、ところどころに黒い汚れが付いている。


「メカニックの人ですか。」

「そうですね。ホビーレーサーでもありますよ。そこに優勝した瞬間の写真ありますよ。店ではあんな感じですけど、レースやと人が変わったみたいにカッコええんです。」


 ハンドルを握ると人が変わる。

 車みたいなことが自転車でも起こるのだろうか。

 そんなことを考える。


「おお、なんか主人公みたいですね。」


 ウェア置き場に戻りながらレジカウンターを見ると、雄叫びが聞こえそうな顔でガッツポーズをした写真が貼ってあった。


「通勤もロードバイクなんですよ。」

「まさか、200キロ先から来てるとか。」

「はは。流石にそれはないです。たぶん、20キロくらいですかね。」


 あれ?なんか急にお手頃な気がする。

 そして、私の通勤距離と同じくらいだ。


「ぴっちり服で通勤かぁ……」

「サイクルウェア用のスカートとかもありますよ。」

「え、でも空気抵抗になるんでしょ?ちなみに、おすすめのメーカーとかってあるんですか?」

「楽に走るためって目的やったら、カステリがおすすめです。」

「カステラ?」

「カステリです。このサソリのロゴのやつです。」


 店員さんは、着ているウェアに付いているロゴを見せる。

 隣では、女の子も同じ主張をしている。


「えーと。特に好みとかはないので、それにしてみます。」


 ハンガーに掛けてあるウェアのうち、サソリマークのものを順番に見ていく。


「あれ、スカートないですね。」

「カステリからは出てへんかもしれません。レース特化なんで。カペルミュールとか、別メーカーのを重ね着するとええですよ。用途とかに合わせてください。」

「なるほど。ところで、なんかクッション付いてますが。」


 手にしたもの全てに、真っ赤なクッションが付いている。


「これも、楽に走るための工夫です。」

「色のせいで、お猿さんのお尻みたいなんですけど。」

「カステリのカラーが赤やから、しゃあないですね。正直、血液汚れはきれいに落ちたかわかりにくいです。そこら辺の工夫については、後でお教えします。」


 それでも、選ばれる理由があるのか。


「なんか、レスリングのユニフォームみたいですね。」

「そうですね。だいたいのお客さんがそう感じるかもしれません。パッドがズレへんとか、この形にも意味はあります。」


 これ、もしや男の人がいるところでは買いにくいのでは?


「あの、ウェアについては後日でもいいですか?」

「そうですね。構わないですよ。後日来られるんでしたら他のものも後日にされますか?」


 どこまで察してくれたのかはわからないが、店員さんは私の申し出を快く了承してくれた。


「じゃあ、今日の分だけでもお支払いしますね。」

「わかりました。では、計算してしまいますので、お待ちください。」


 色々買ったな。

 ついにあの子がうちに来るのか。


「ねえ。表の自転車、お姉ちゃんの?」

「え?そうだよ。」

「お家、近いの?」

「まあ、あのママチャリで行けるくらいには。」

「そうなんだ。」


 会話、終了。

 女の子の家とか聞けばいいのかもしれないけど、私は深入りを避けてしまう。

 大した情報でもないのに出し渋るから、相手も壁を感じていることだろう。


「ショップライド、来る?」

「え?うん。色々と教えて貰えるみたいだし。」

「そっか。」


 会話、終了。


「店員さん。これ、ツールボックスに入るかやってみていいですか?」

「あ、いいですよ。パッケージとか要らないものはこちらで捨てておきます。あと、ハサミです。」

「ありがとうございます。」


 炭酸ガスボンベとそのアダプター。

 タイヤレバーっていうのか、これ。

 チューブは箱から出して、自転車用万能工具。

 そして、ワイヤーロック。

 これだけでもう、パンパンだ。


「入った。」

「全部いけました?」

「見てください。鍵を一番上にしたんです。一番よく使いそうでしょ?だから、全部出さなくても取れるようにしました。」

「ええと思います。」

「大発見です。」


 網状の仕切りの中に、キーロックの一部を差し込んで、開けても落ちない工夫もしてある。


「パパ。私、一人で参加するから。」

「へ?」

「ショップライド。」

「そうか。……ママに店まで送ってもらうか?」

「一人で参加するの!」


 なんかまた、ホームドラマが始まった。

 えー、お願いだから、泣き出すとかやめてよ。


「そうか……そうか。そうかそうか。」


 ぎょ。

 お前が泣くんかい。

 女の子のお父さんは、何度も頷くようにして、静かに涙を流していた。


「あーあ。お父さん泣いちゃったねぇ。」

「私、悪くないもん。」


 店員さんが、その様子を茶化す。

 女の子は、なぜか私の後ろに隠れる。

 おい、私を巻き込むな。


「えーと、じゃあ色々教えてね。と言うべき?」

「任せて!」


 女の子は、誇らしげに胸を張る。

 しまった。

 なぜ自ら巻き込まれに行くような真似を。


「ペダル付きましたよ。」


 奥から私の新しい自転車が現れる。


「こっちで高さとか調整しましょか。」


 メカニックの小柄な男の子が、入口のスペースに自転車立てを用意した。


「お姉ちゃんの邪魔しちゃアカンで。見るなら離れて見とき。」

「うん。」


 いや、見られてると落ち着かないんだが。


「せっかくなんでシューズも履いてみてください。クリート位置も調整します。」


 言われるままに、新しいシューズを履いて、ダイヤルを締める。

 それで立つと、つま先が上がるような、変な感じがする。

 男の子がそっと用意してくれた椅子に腰掛ける。


「いっぺん付け外しもやってみましょか。この上やったらコケへんので。」


 クリートと呼ばれる三角形の部品を指の位置とかを確認しながら固定し、いざ付け外し。


「トップチューブを跨いで、片方だけ嵌めましょう。先端を引っ掛けて、ペダルに立つような感じです。ペダルが回らんように、ブレーキは握っておいてください。」


 ガチン。

 すごい音が鳴って、ペダルとくっついたのがわかる。


「いいですね。嵌めた方の足を反対側に回して、高い位置に持ってきましょう。次はそのペダルを足場にして、サドルに座ります。」

「足場にするには、前側の高い位置で、ブレーキ。よっと。」


 ママチャリと変わらないからできるけど、止まって乗るのは変な感じ。

 何より、逆回転でペダルが付いてくる。

 手が、遠い。

 ママチャリより、ハンドルが明らかに低い。


「すごい前のめりですね。」

「あー、高いかもしれませんね。ちょっとポジション見ます。」


 その後、店員さんも参加して、そんなところまで?と思うくらい、色んな箇所の調整が続くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ