繋がり
「こんにちはー。」
「あ、いらっしゃいませー。」
入口から、ぴっちりとした服装の男の人が呼び掛ける。
店員さんが返事をすると、カツカツと足音を鳴らして入って来た。
「あら、今日はどこ走って来やったんですか?」
「北の方を軽めに走るつもりが、100キロ超えてもたわ。」
「パパが道間違えたからでしょ。」
「まあまあ。帰って来れたんやからええやん。」
男の人の後ろから、小柄な女の子が顔を出した。
あれ、今日って平日だよね。
「あ、こんにちは。」
「どうも。こんにちは。」
男の人が挨拶してきたので、とっさに返す。
「接客中やったんやったら僕らはほっといてええよ。店長おる?」
「店長やったらもう帰って来ると思います。」
店員さんとやり取りする男の人の陰に、女の子は半歩身を隠した。
「100キロも走ったん?やったやん!」
「初めて行けた。」
そんな女の子に、笑顔で話し掛ける店員さん。
「補給、大丈夫やった?」
「コンビニ、初めて入った。思ったより大丈夫やった。」
「すごいやん!」
店員さんと話しながらも、こちらをちらちらと気にする女の子。
「私が小中学校の頃はコンビニは怖いところで、近寄ろうとすら思わなかったなぁ。」
表に灰皿が置いてあって、ガラの悪い人たちがたむろする場所。
夜には飾り立てたバイクが集まっていて、近付こうものなら何をされるかわかったもんじゃなかった。
「あ、いえ。ごめんなさい。ちょっと昔を思い出しただけで。」
そう考えると、安全になったもんだ。
店員さんが、ありがたい存在だと言うのもわかる。
今や地方でもわりと見つかる。
車道を走るなら、財布さえあればなんとかなると思える。
「私、すごいことできちゃったん?」
「ん?ああ。そやで。流石、自慢の娘やわ!大物になってまうなぁ。そうなってもパパと走ったってな!」
「そっか……そっか。うん、私がパパと走ったげる!」
あれ。
なんか、おかしな方向に話が進んでない?
ホームドラマみたいな。
「お姉ちゃんもロードバイク、買うの?」
「え?私?うん。なんか始めようかなーって思って。」
「どれ買うの?」
「えーと、この子。」
「ふーん。」
会話、終了。
「あー、店員さん。私、靴選んでますね。」
手前と奥の部屋の境目にある壁を回り込んで、シューズの棚にサッと逃げ込む。
あれ、このホイール、まだ回ってる。
「すみません。すぐ行きますね。」
「あ、ホンマにええッスよ。僕はそこでカタログ見ときますんで。」
背中越しに、テレビの下にあった椅子のところに行ったことを察する。
「ビンディング買うの?」
「うわっ!びっくりした!」
「ごめん。ねえ、ビンディング?」
「うん。そのつもりだけど。」
音もなく近付いた女の子のシューズは、普通のスニーカーに見える。
「私が欲しいのは、こっち。」
靴を二つ選んで手に取って、くるりと底を上にする。
靴に穴があるものと、三角の部品が飛び出しているもののうち、後者を私に向ける。
27.5センチ。
「デカいね。」
「このデカさが、いい。」
「そうなんだ。」
お父さんへの憧れだろうか。
どう見てもブカブカなんだけど。
「お父さんにプレゼントしたいの?」
「え?お姉ちゃんが履くんだよ?」
「いやぁ、ちょっとデカいかなー。」
「……このデカさがいいのに。」
「そうなんだ。」
会話、終了。
店員さん、助けて。
「お待たせしました。一度に長く乗るんやったら、このタイプのビンディングがええですよ。ホイールと同じで、ロス少ないですから。」
願いは通じ、タイミング良く店員さんが戻った。
ホイールは、回転を止めていた。
あるいは、店員さんが止めたのかもしれないが。
「つまり、楽ってことですか?」
「バイクに乗ってる間はそうですね。さっきのお父さんが履いとったんですけど、歩きにくいんですよ。」
「あのカツカツ鳴ってたヤツですか。」
「そうです。ゴム底やないんで、タイル床とかは滑りやすいですね。」
「でも、一番楽。」
「そうです。」
「じゃあこれにします。」
「毎度ありー。じゃあ色々履いてみてサイズ選びましょか。」
ここから選んでくださいと言われた棚を見る。
並んでいる他の靴には、三角の部品は付いていなかった。
靴屋さんでの試し履きのように、座って足を入れてみる。
パチ。ジー、ジー。
「あ、ありがと。」
「どういたしまして。」
靴に付いているダイヤルを操作し、女の子が靴紐代わりの紐を締めてくれる。
「これを引っ張ると、緩むんやよ。」
パチ。
「おお、本当だ。天才かよ!」
「へへへ。」
いや、この仕組みがね。
まあいいか。
それを指摘するのも野暮ってもんだ。
「こっちはダイヤル二つあるよ!」
「ホントだ。白だしこれにしよっかな。店員さん、これにします。」
「決めるの早いですね。」
「そうですか?他にも買うものあるし、こんなもんじゃないですか?」
「まあそうすね。深い意味やないです。じゃあ次は、ウェアですね。」
「やっぱりぴっちりしたやつがいいんですか?」
店員さんが着ている服。
さっきのお父さんが着ている服。
女の子が着ている服。
ここでの少数派は、完全に私の方だった。
「ビンディングまで買うて、空気抵抗デカい服で乗ったらもったいないですよ。何より巻き込まれたら危ないです。」
「ちなみに、巻き込まれたらどうなるんですか?」
「速度にもよりますが、落車するでしょね。」
「落車。コケるってことですかね。」
「もっと派手なヤツも含みます。」
なんか、とんでもないことをさらっと言われたんだけど。
「あーっ!」
「どうされました?」
「パパ?!」
テレビのところにいる男の人が叫ぶ。
その周辺がウェア置き場だった。
「いや、ごめん。でっかい声出して。落車してん。ハスッたんかな〜。痛たたた。」
いやだから、タイミング良すぎるでしょ。
テレビには、服の破れた選手が映されていた。
そして、リプレイ。
落ちるというより、急にバランスを崩して、弾かれたように吹っ飛んだ。
「うわ〜、痛たたた。」
うん、君たちは紛れもなく父娘だ。
父親に続き、まるで自分がコケたみたいなリアクション。
わからなくもないが。
「服が巻き込まれたんですか?」
「いや、これは集団走行中に他の選手と接触したんですね。ショップライドでは、交通ルールを守って並走禁止ですからね。車間距離も空けてください。」
「え、またショップライドやるの?」
「うん。二週間後くらいの日曜日かな。」
「パパ、行きたい!」
「え?日曜日?うわー、ちょ〜っとムリかな〜。」
「えー。祭?ゴルフ?」
「祭仲間と毎週ゴルフ三昧です。」
「……パパ嫌い。」
恐縮する父親と、不機嫌になる女の子。
「パパ嫌いはちょっと良くないな。」
「じゃあ、ゴルフ嫌い。」
「祭は?」
「日本人の心!」
「ぶはっ、何だそれ。」
思い掛けない元気な返事に、思わず吹き出す。
「ツール・ド・フランスも似たようなとこありますけどね。ここらの秋祭りほどやないですけど、伝統です。今の時代にこの規模の祭を新しく作るんはほぼムリですからね。」
「確かに。祭を理由に学校とか仕事休めたりしますし、ここらから総社まで含めたら1か月以上祭期間みたいなもんですからね。」
「ツールは21日間走るんよ!フランスをぐるっと一周するんやって!」
「え?噓でしょ?じゃあ今流れてるのはそのうちの一日ってこと?」
「そうですね。長いステージは、200キロを超えますし、獲得標高は富士山を超えたりします。」
「それを、21日?」
そりゃ100キロでも初心者扱いになるか。
目指せ、淡路島一周。
今のところ、できる気が全くしないが。




