ママチャリと何が違うの
兵庫県で唯一。
運命という言葉は、朝になってもまだ輝いていた。
その言葉を見つけた翌日、私はママチャリで店へ向かった。
車でもいいのだが、なんとなく自転車を見に行くのに、車で行くと負けたような気がしたからだ。
県内のどこかから、わざわざロードバイクを買いに来る人がいる店へ、私は買い物へ行くのと変わらない格好で向かっていた。
店の名前は、Cicli Destino。
チクリ・デスチノ、かな?
意味は調べてない。
自宅から、ママチャリで五分ほどの場所にある。
近所と言えば、近所だった。
けれど、普段の買い物や通勤で使う道ではない。
何かの拍子に通ったことくらいは、あるかもしれない。
地図を見れば、知っている道から少し外れただけだった。
それでも、用事がなければ足を向けない場所だった。
線路を跨ぐ陸橋をえっちらおっちらと登り、転がるままに下る。
キイイと音を鳴らしながら減速し、見通しの良い道を真っ直ぐに進む。
地図が示す付近に来ると、中央分離帯の向こうに見付けた。
自転車を売っているようには見えない建物。
外には誰もおらず、商品も置いていない。
小さな扉が開いており、営業中だということだけがわかる。
店の前に、ママチャリを止める。
そして、扉から覗き込む。
「あの、自転車、どこに停めたらいいですか?」
小柄な女の人がいたので、声を掛けてみた。
店内には、ロードバイクが何台も並んでいた。
というか、壁に掛けられているものまである。
あれを、この女の人が下ろしたりするのだろうか。
「表にあるサイクルラック、どこでもいいですよ。」
そんな風に言われる。
「サイクルラックって何ですか?」
「あ~、その自転車かぁ。」
言いながらも近寄って来た店員さんが、私のママチャリを見て納得する。
「スタンドがあるならどこに置いてもらってもいいですよ。あ、でも砂利のところは車用だから、ラックの反対側がいいかな。」
「あ、やっぱりこれがサイクルラックなんですね。」
公園にある鉄棒みたいに見える、四つ足の鉄柱。
これくらいの高さなら、逆上がりできるな。
そんな風に思った。
「そうそう。ロードバイクにはスタンドが付いてないからね。どうぞ、入って見て行ってください。」
にこにこした営業スマイルもなく、自然体で迎え入れてくれる店員さん。
だけど、歓迎してくれているように見えるから不思議だ。
踏み入れてみると、右側には小物があり、左側には服が並んでいた。
中央から奥に掛けて、色んなロードバイクが並んでいた。
「家、近いんですか?」
「自転車で五分くらいです。」
「ママチャリで来る人初めてかも。それくらい珍しいです。」
「え、自転車屋さんなのに?」
「うーん、ロードバイクについて、どれくらい知ってます?」
「昨日、検索して知りました。」
「え、それで今日来てくれたんですか?」
「いや、兵庫県唯一のロードバイク専門店ってあって、どんなかな~、と思って。」
「めっちゃ嬉しいです!」
今度は、笑顔を浮かべてくれる。
「えーと、ママチャリと何が違うんですか?」
素朴な疑問だった。
まずはこれを聞かなきゃ話にならない。
「ですよね~。めっちゃわかります!私も最初、そうでしたもん。あ、丁度私のバイクあるんで、乗ってみましょ!それが一番わかると思うんで。お客さん私より背ぇ高いんで、ママチャリ感覚で乗れると思います。」
「え、あんな服着なくていいんですか?」
「何ゆーてるんですか。ロードバイクもチャリんこですよ?私のやつ今フラペにしてあるし、行きましょ、行きましょ。」
小物置き場の裏側に立ててある中から、一台の自転車を取り出しながら、会話が続く。
どうも、こっちに並んでいるのは使用感がある。
値札の代わりに、名札が貼ってあることから、お客さんの自転車を預かっているのだろうと予想した。
「こんな形の自転車、乗ったことあります?」
「いや、なんか男子用ってイメージでした。」
アパレルショップとは違った勧め方ではあるものの、やっぱりいいですとは言えない感じだ。
まあ、今のところ断る気はないけど。
「あー、確かに通学用とかもそうですよね。男子は後ろに足回して乗るけど、女子は前から、みたいな。」
「あんな乗り方しなきゃダメなんですか?」
「トップチューブあるんで、そう思いますよね。」
サドルとハンドルの間に、チューブというには太く、丸くもない骨組みが渡っている。
カタカナ英語だけど、わかりやすい名前で良かった。
「プロとかはそうかもですけど、基本的には先に跨って、漕ぎ出してからペダルに足を掛けます。」
ふと、この店のサイトでセールしていた自転車が目に入った。
それには、そもそもペダルが付いていなかった。
どういうことなのか。
「プロって、競輪?」
「あー、確かに。でも競輪は違うかも。なんか自転車固定した状態で跨ってるんちゃいましたっけ?言われるまで考えたことなかったです。」
「え、じゃあプロって何ですか?」
そう言いながら、自転車とともに外に向かう。
例えるなら、釣り道具のような音が鳴る。
骨太な見た目に反して、それくらい軽やかな音だと思った。
自転車を売る店の前の通りだからなのか、歩道と車道の間に、花壇みたいな植樹帯があって、自転車レーンが設けられているのだ。
「ロードバイクと競輪用の自転車って、実は違うんですよ。ロードバイクのプロもあるんです。ツール・ド・フランスっていう大会が一番有名なんですけど、聞いたことあります?」
「え、いや、知らないです。」
「そっか~、まあそうですよねぇ。一応、今店内のテレビで去年のかな?DVD流してるんで、後で見てみてください。」
知らない私を批判する感じはなく、仕方ないと思っているような返答だった。
「え?だってさっき、教会の空撮でしたよ?」
「そういうこともあります。」
観光地の宣伝でも流しているのだろうか。
というか、大会名がすでに、旅行のような響きだ。
「さあ、じゃあ乗ってみましょう!まずは縁石に足を置いていいんで、トップチューブに跨ってください。」
いろいろ説明を受けたような気がするけれど、ママチャリに乗れる私にとって、そう難しいものでもなかった。
そして、たったひと漕ぎで、ママチャリとの違いを実感するのだった。




