傷付かないために
ホイール。
え、タイヤじゃないの?
タイヤと言えば、車輪全体だと思っていた。
ところがどっこい。
タイヤはゴムのところだけで、その内側をホイールというらしい。
スペアタイヤとかスタッドレスタイヤとか、タイヤ交換と言えば車輪全体をまるっと交換するじゃないか。
なんかホイールと言われると、アルミホイルみたい。
と思ったら、アルミホイールというのまであるらしい。
そんなうんちくを聞きながら、ホイールの外し方を教わる流れに入った。
ちなみに、今残っているのはもう店長さんだけだ。
「この、ブレーキの横にあるツマミを上げます。」
「あ、広がった。」
「そうそう。ホイールを換えたときとか、自転車乗る前はここを確認すること。まあ、ブレーキが効くかどうかの確認でもいいけどね。」
「そうか、ブレーキがここを挟むまでが少し遅れちゃうんだ。」
広がるということは、離れるということ。
ブレーキレバーを握っても、すぐには届かなくなるのだ。
「ブレーキの引きしろにも限界があるからね。目一杯握っても効きが悪いなんてことにもなる。ちなみに、今ここって言ったホイールの外周部分を、リムと呼びます。」
「あ、リムってそのまんま外周って意味だ。」
「そうだね。どれくらい握り込んだら効き始めるようにするかは好みだけど、その位置は覚えておくといいよ。」
私はちょっと遊びがある方がいい。
下り坂ではブレーキに指を掛けて走りたいと思ったから。
店員さんも男性基準で作られていると言ってたけど、ハンドルからレバーが少し遠いのだ。
指を掛けるだけで少し力んじゃうと減速するのは嫌だ。
遠い位置だと力を入れにくいしね。
「自転車を停めてる間に、いたずらされたりなんてこともある。」
「うわ、また嫌な話。車ならブレーキ細工は殺人未遂くらいになるのに。」
「それは違う。」
なんだか少し強めに否定されたように感じ、内心少し驚く。
「細工の簡単さは、罪の重さと関係ないんだ。する側もされる側も、重罪だと自覚しにくいのが問題だよね。」
「え、そうなんですか?」
「そうじゃなきゃ困る。長い下り坂でブレーキが効かないと、最悪死亡事故になる。」
「確かに。そこの陸橋の下り坂でも怖かったのに。」
だから私は、下り坂で自然にブレーキに指を添えた。
「でも実際は、現行犯でもない限り犯人はそこにいない。走り出してから気付く。自分がどこかで戻し忘れたのかも、と考えてしまう。検挙される割合はすごく低いよね。」
「そっか。そうですよね。細工が難しいと証拠も残りやすいですし、逆にこっちは気付いたら自分で触っちゃいます。」
刑事ドラマなんかのイメージで、現場保存が大事なのはわかる。
触ってしまうと、指紋とかがわかりにくくなってしまうだろう。
防犯カメラに映りそうな位置に停めればいいのかも。
「まあ、そんなことも起こり得ると知っておこう、くらいの認識で、安全に楽しもう。」
「そうでした。ホイールの外し方のはずが。色んな気付きがあって楽しいですけどね。」
「じゃあやっちゃおうか。」
そう言って店長さんは、黒い自転車を持ち上げた。
「ホイールを外すと、フロントフォークとかリアディレーラーが直接地面についちゃうから、ひっくり返すといいよ。」
くるりとひっくり返すと、サドルとハンドルできれいに安定した。
フロントフォークは、前のフォーク?
前輪を挟んでるフレームのことかな。
「ブレーキのレバーと同じで、ホイールにもクイックリリースレバーと呼ばれるワンタッチ固定のレバーがあります。」
前輪のレバーを上げてくるくる回すとスポッと外れ、フォークと呼ばれる理由がはっきりした。
「ホントだ。形がフォークみたいですね。」
「ホイールが軸ごと外れるから、軸受けだけが残るんだよね。」
「後輪はチェーンが絡まりそうですね。」
「流石の観察力だね。」
「いえ、ママチャリのパンク修理は後輪の方が圧倒的に面倒だったので。」
「まあ、ママチャリは簡単にはホイールが外せないからね。じゃあ次は後輪を外してみるね。」
お馴染みのシフト変更で、今回は後輪側を一番小さい歯車に変更する店長。
「この状態が、さっき少しだけ言ったインナートップという状態だね。両方小さいギアということ以外に気付くことはあるかな。」
「なんか、前のアウターにチェーンが当たりそうです。」
「そうだね。前がインナー、後ろが一番外側という状態だから、チェーンが斜めになるんだよね。」
「あー、確かに。」
「後ろは内側に、前は外側に引っ張られるから、前が外側にチェーン落ちしやすいことがわかるね。」
それぞれの位置を指差しながら、ジェスチャーで引っ張られているような表現をする。
「後ろは落ちないんですか?」
「ちゃんと整備されてたら落ちにくいよ。ローとトップ以外なら隣に移るだけだし、プーリーがあるから横ずれしにくいんだ。」
「なるほど。」
スプロケットの近くにプーリーがある。
だからたわんだチェーンが暴れても、プーリーで揺れが止まる。
「外すときは、上のプーリーがスプロケットに引っ掛かって抜けにくいから、上のプーリーを押し下げてどける必要がある。」
前輪同様にクイックリリースレバーを緩め、そのまま上に引き上げるが、確かにスプロケットがプーリーに当たって外れない。
「上のプーリー部分を後ろに押し下げる方法は色々ある。バネが入ってるから、ディレーラーをちゃんと持つ方法が一番傷付きにくいよ。」
スポンとホイールが抜けるが、スプロケットにはチェーンが一部掛かったままだった。
でも後はチェーンと反対側に動かすだけだ。
「前から押し下げてもいいし、後ろから引っ張ってもいい。」
流れるように装着したかと思うと、さっと自転車を正しい向きに戻す。
「自転車をひっくり返さないなら、ちょっと後輪を浮かせて上のプーリーをどけてあげれば、重力でストンと落ちる。」
固定していないけど、プーリーに引っ掛かって落ちなかったホイールが、プーリーを引っ張ってどけたことでストンと落ちる。
「この方法は、ホイールの落ちる向きも勢いも重力任せだから、慣れないと傷付けるリスクがあるね。おっかなびっくりでいいから、ホイールもディレーラーも、どっちも手で制御しながら丁寧にやってみるといい。」
店長さんに促され、やらせてもらう。
取り付けは、逆の手順。
軸受けへの固定は、ネジでの締め込みの後、レバーでさらに締まることがわかった。
しかも、強く締め付けるとフレームが割れる。
その分を考慮してネジ締めは少し緩めにしておき、最後にレバーで丁度よく締める必要があった。
数値が出るわけじゃないから、ここは少し不安。
何回かやって、店長さんに確認してもらう。
レバーの向きによっては何かに引っ掛かって外れる可能性がある。
指を掛けられる程度にずらしつつ、フレームに沿うようにするといい。
疑問に合わせてそんな答えを聞きながら、何度も繰り返し練習し、最後は自分の自転車でやってみた。
「いやぁ、本当にしっかり練習するんだね。聞いた通りだよ。」
「聞ける人がいるうちに、ある程度慣れておきたいので。」
「いいよいいよ。作業だけなら動画とかもあるだろうけど、そのとき一番聞きたいことは聞けないからね。」
気が付けばもう、日が傾き始めていた。
買った初日だというのに、随分と熱中したものだ。
「遅くまでありがとうございました!まだまだわからないことだらけなので、また来ます!」
「今日みたいな日なら誰かしら相手してあげられるから、いつでもどうぞ。」
にっこりと笑った店長さん。
またまた見送ってもらい、一番軽いギアで90回転を目指すのだった。




