ウェアとチーム名
「いらっしゃいませー。あら、ウェアも着てきはったんですね。」
「せっかくなんで。」
購入時にいろいろマメ知識も教えてもらって、完ぺきに着こなしていると言っても過言ではない。
インナーはワゴンセールのを買ったり、靴下は家にあった五本指ソックスだったりするから実際にはダサいのかもしれないけど。
見えないところは適当。
というか、空気抵抗のためのカステリなんだからいいでしょ、という理屈だ。
なぜかそんな雑さを披露してから、さらに店員さんとは距離が近くなった気がする。
話題を共有できるって大事だよね。
「カッコいいですね~。せっかくやからぜひ写真も撮り直しましょう!」
支払いを済ませたとき、マイ自転車を持って、店の前で写真撮影をした。
ホームページのお客様バイク紹介というところに掲載するのだとか。
めちゃくちゃ笑顔で撮った。
「ダメです。ほら、これ。」
「あー、まあそうですね。」
私がある部分を示すと、店員さんはあっさりと引き下がった。
いや、お世辞でも否定してくれたっていいじゃん。
だとしてもお世辞だとわかっちゃうだろうけど、言葉はナイフとかって言うじゃん?
よし、とりあえずこの正直な店員さんにぎゃふんと言わせてやる。
「あの後店長帰ってきたから聞いたんですけど、プロ選手はインナーマッスルを鍛えるからなんやそうです。昔、自転車ブームがあったらしいんですけど、その姿を見た中年男性たちが勘違いしたって話です。」
「……店員さんって、意外とデリカシーない?」
先制攻撃加え、追撃まで食らう。
強烈なカウンターを叩き込まれるってこんな感じなのかな。
攻撃の素振りすら表に出したつもりもないのに、反骨精神を汲み取られたまである。
「いえいえ。現実を見さらしてもろて、長いこと続けてもらわなあきませんからね。ご購入いただけた方だけに見せる新しい一面です。」
「え、私、早まったのでは?」
見さらしてって聞こえたんだけど。
なかなかしたたかな人物だということか。
まあ、じゃなきゃ接客なんてやらないのかな。
私にはないスキルだ。
やはり私はカモネギということか。
「ふふふ、何ゆーてるんですか。今日からお客さんでもありながら、貴重な女性サイクリスト仲間です。簡単には逃がしませんよ~。」
「え、女性は少ないんですか?」
「そうですね。最近はアニメ人気とかで増えましたけど、サイズなんかが男性基準だったりするので。」
確かになんか、自転車のアニメがあるとか聞いたことがあるかも。
と思ったらまさにアニメ絵というか、カラー漫画の絵があった。
「ああ、まさにこれですね。宇都宮のプロチームとのコラボ商品です。お客さんがお土産に置いていったんですよ。」
栃木県のチームがなぜここに。
そして、このタイトル名とコラボでいいのだろうかと、他人事ながら不安になる。
まあ、アニメの内容を知らないからこそなんだけどね。
「これって実在する自転車メーカなんですか?」
「そうですね。ブリッツェンのチームバイクはメリダで、台湾のブランドです。ワールドツアーで活躍されてる新城選手もまさに、バーレーン・メリダ所属ですね。メリダもそちらにありますよ。」
ブリッツェンと読むのか。
ワールドなんとかはよくわからないけど、世界で日本人選手が活躍しているってことかな。
「このキャラのバイクはピナレロで、イタリアのブランドです。そちらも何台か置いてますよ。なんせ、チームスカイのバイクですからね。人気があります。」
「あれ、コルナゴは?」
「コルナゴはイタリアの伝統と格式ですね。」
台湾やイタリアの自転車がなぜここに、というべきだということになるか。
さっきの栃木県のくだりはナシで。
自転車はワールドワイドなのだ。
「個人的にはレース界のトレンドからは一歩退いた高級老舗ブランドっていうイメージです。復刻したアラベスクなんか、芸術品みたいでめっちゃキレイですよ。」
おお、店員さんの説明がなんかアパレル店員みたいだ。
「え、私のやつは可愛い感じですけど。」
「そう。それも賛否があって、ロゴが変わったんですよね。」
「え、あのクローバーは今年からなんですか?」
「あ、いえ。クローバーは伝統です。COLNAGOのフォントを変えてきたんですよ。これがまた、あのコルナゴがロゴ変えよったって感じで、わりとビッグニュースやったんですよね。」
「じゃあ私は、新しいデザインの可愛さにいち早く適応したってことですね。」
「あはは、ポジティブですね。」
「誰が何と言おうと、私はこの子だから買ったんです。」
「それでええと思います。個人的には乗ってもろてなんぼや思てますから。むしろ、購入動機とか独特で、正直お客さんみたいなタイプは珍しいです。大事にしてもらえたらと思います。」
むふふ。
こやつ、なかなか私の心をくすぐるのが上手くて困る。
「でも、コルナゴの自転車もそこのテレビに映ってたような。」
「あ、ホンマや。UAEってジャージ着てますね。」
「UAEってアラブ首長国連邦、でしたっけ?国のチームなんですか?」
「チームエミレーツって書いてありますね。」
白黒のウェアでSKYと書いた選手に紛れて、同じく白黒のウェアにUAEと書いた選手が映っている。
というか、まだ走ってるのか。
いや、別の映像かもしれないのか。
エミレーツって書いてあるなんて読めないけど、と思ったら、店員さんはタブレットで検索していた。
「エミレーツ航空の?」
「あ、そうそう!詳しいですね。」
「ヨーロッパとか行くときに関空から乗るヤツですよね。」
UAE、ドバイ、セレブ、芸術品、コルナゴ。
うん、私の中で何かが繋がった。
「このチームは強くないんですか?」
「そうですね。ここ数年はチームスカイ一強時代ですから。あ、でもチーム名イネオスに変わるみたいですけどね。」
「エネゴリくんの?」
「エネオスじゃなくて、イネオスです。」
「国名とかスポンサー名がチーム名にくっつく感じなんですね。」
「そうですね。まあ、選手もチーム名もコロコロ変わる世界なんで、解説者も間違えたり古い名前呼んだりしてますね。」
「自転車も変わるんですか?」
「そうですね。あ、UAEはその前はランプレ・メリダってチーム名で、メリダやったそうですよ。コルナゴ使い始めたんも、UAEになってから……あ、ちゃいますわ。もともとコルナゴで始まったチームがコルナゴに戻した感じですね。」
「そうなんですね。じゃあ、コルナゴ使い続けてるうちは、UAEを応援しようかな。」
せっかく趣味にするなら、ちょっとレースについても調べてみようかな。
そう。
このときはまだ、あの怪物の登場を予見だにしていなかったのである。




