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血筋は三日坊主

「乗って帰られますか?」

「ママチャリ置いて取りに来ます。」


 そうか、乗って帰るなんて選択肢があるのか。

 支払いを済ませた私に提案された内容は、考えたら当たり前のことなのに、どこか新鮮だった。


「シューズと取り付けたもの以外は、今持って帰られます?」


 ウェアとかかな。

 それくらいならママチャリのカゴに入るけど、地味にでかいのが空気入れだ。

 それから、洗車セット。

 ロードバイク用品で大きいものは、家で使うものばかりである。


「結構かさばるものもあるので、一旦帰って車で送ってもらいます。」


 地元には有名企業の工場地帯がある。

 そのお陰でうちの母親は専業主婦だ。

 だからこの町に越してきたとも言える。

 それだけに、余計に兵庫県唯一のロードバイク専門店というこの店が、より一層運命的に感じるのかもしれない。


「ダメなら歩いて来ます。あー、てことはある程度持って帰った方がいいか。入るかな。」

「試供品でよろしければ、サコッシュお付けしますよ。」

「ロードバイク買ったらサコッシュが貰えるとか、おしゃれですね。」

「あー、サコッシュと言えば普通はそんなイメージかもしれませんね。詳しい歴史は知らないですけど、ロードレースでチームメンバーの補給をまとめて受け取るときに使われるんですよ。」

「え、さっき優しい人が車から一本ずつ受け取って、ウェアの中に何本も入れて配ってましたよ?」

「おお。意外としっかり見てますね。」

「たまたまです。」

「紳士スポーツとも言われますから、優しいんでしょうけど、チーム戦術なんですよ。ルール上は個人競技らしいですけどね。」

「なんか、不思議な感じに聞こえますが。」

「伝統競技なんでそんなもんです。」


 何かに特化したせいで不便になり、そのうえでの工夫だ。

 そう考えて思い返すと、新たな面白さを発見した気分になる。


「走りながら沿道に立つスタッフからまとめて受け取れるように、補給エリアやとサコッシュを使うんです。」

「走りながらって、何キロ出てるんでしたっけ?」

「活性化してなければ25キロくらいには減速したりしますが、それまでにポジション争いとかがあります。その争いが収束せんかったら、50キロとかになる場合もあるかもしれません。」


 なんかよくわからない解説だけど、要点はわかった。


「50キロで走る車の窓から手を出して受け取るって考えたら、正気の沙汰じゃないですね。」 

「そうですね。だから選手もスタッフも、めちゃくちゃ練習します。」

「マラソンの補給とは一味違いますね。」

「そこで使われるんが、このサコッシュです。」

「口が広くて、空気入れ入れても落っこちそうですね。」

「何もちゃんと肩掛けにせんでも、カゴから飛び出さんようにお使いいただければええですよ。」

「確かに。」


 補給での使い方で荷物を運ぶことをすすめられたわけじゃないんだった。

 結局、ウェアとか洗浄セットをサコッシュに入れて、前カゴから少し飛び出した空気入れの上に乗せた。


「じゃ、またすぐに来ます。」

「無理なら別の日でもええですよ。」

「いやいや、最初はなんとなく半月先納車くらいに思ってましたが、今となっては少しでも早く乗りたいです。」


 ショップライドがそれくらい、みたいに話していたせいでもある。

 そのときの心境は、そんなものかといった感じだったのに、今や次の休みはどこに乗っていこうかと考えているくらいだ。

 これなら続けられそうだ。

 そんなことを考えながら、随分と重く感じるママチャリで帰宅した。


「ただいま。自転車買ったよー。」

「あら、今のどこか調子悪いの?」

「ううん。そうじゃなくて、ロードバイクっていう、スポーツ用のやつ。」

「あら、血は争えないのね。」

「え?どういうこと?」

「転勤前だけど、お父さんも何か、職場の流行りとかで買った時期があるのよ。」

「じゃあ随分前だね。まだどこかにあるの?」

「すぐに売っちゃったわよ。最初は健康のためとか言っちゃって、通勤に使ったりしてたんだけどね。」

「えぇ。全然記憶にないんだけど。」

「あんたまだちっちゃかったからね。」


 言われて見れば、なんか細い自転車を家に持って入って来たような記憶がある気がする。

 一軒家の今とは違い、随分と狭かった頃の、幼い記憶。


「なんで自転車ブームなんか起こったの?買っといてなんだけど、自転車は健康のためというより、近所への用事とか買い物とかを楽にするってイメージなんだけど。」

「中野浩一が有名だったからね。世界の中野、知らない?」

「え?ツール・ド・フランスで日本人活躍したの?」

「違うわよ。中野浩一は競輪選手。ツール・ド・フランスがマラソンだとすると、競輪は短距離走なのよ。」

「確かに。日本で自転車と言えば、競輪か。」


 うちでは誰もギャンブルをしないから、あまり見たことがない。

 そしてそんな家庭環境のせいか、全ての賭け事に付き纏うイメージとどうしてもセットになってしまっている。


「でもどっちかというと、火付け役はツール・ド・フランスかも知れないわね。NHKでしばらくやってたのよ。」

「家で見た記憶なんてないけどな。」


 競輪選手に限らず、瞬発力系のスポーツ選手には別世界感を覚える。

 それに対してマラソン選手や今日見た選手たちはスマートだ。

 案外、ランニングやロードバイクのブームというのも、そんな印象によるとっつきやすさからなのかもしれない。


「そう言えば最近は全然やってるの見ないけど、なくなっちゃったのかしら。」

「お店でDVD流れてたけどな。」

「そうなの?」

「まあ、いつのやつか知らないけど。」

「そうなのね。で、その買った自転車はどうしたのよ。」

「そうだった。ママチャリで行ったから、取りに行かなきゃいけないんだった。」

「送ったげようか?」

「やった。それならウェア着てみようかな。」

「ウェアまで買ったの?本格的ね。」

「血は争えないんだよ。飽きっぽいから少しでも楽に走れるようにと思ってね。」


 宣言するようなことでもない情けないことを堂々と言い放ち、ウェアを着用することにした。

 ぴっちりしたウェアは、店員さんと同じようなシルエットにしてくれる。

 ただし。

 うわぁ、これはしばらく本気で乗らないとダメな気がする。

 こうして、人目が気にならないところでしばらく頑張ってみることを決意するのだった。

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