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装備

「えらい長いことやってましたね。」

「個人的に未知の大冒険ですから。詳しい人に聞けるときにやっておかないと。」


 ショップライドに参加したい理由と同じだ。

 この店の立地的に、自転車レーンがあるというのもいい。

 住宅街で行ったり来たりする勇気もないし。


「何か、聞いておきたいことありました?」

「思ったよりなんとかなりそうなので、特になかったです。」


 結果としてビンディングについてこれと言って質問は出てこなかった。


「とっさに外すとか無理そうなくらい、かっちりですね。」


 ペダルと靴が一体化するなんて危ないと思った。

 それはその通りで、だから練習をすすめられたのだ。

 だけど、走っているうちに思い付いたことがある。

 スキーやスノボも固定されているじゃないか。


「走りながらだと一体感がよくわかります。そして外すときがちょっと怖いです。」


 でも動いているときに付け外しすることはないかもしれない。

 踏んだり引き上げたりするから、外すときは捻る必要がある。

 初心者の私にとって、この動きがふらつく原因となるのだ。


「最初のうちは特に硬いですからね。」

「緩くなるんですか?」

「そうですね。ここの黄色い部分が削れてきたら、新しいのと変えましょう。」

「削れるんですか?」

「そうですね。そのまま歩くと特に削れやすいです。」

「間違えて両方外しちゃって、思いっきりアスファルトに足付きました。うわ、ガジガジだ。」


 片足を持ち上げてみる。

 すでに傷だらけだ。

 とっさに足を付いたときのみならず、普通に自転車を手押しして歩いて来てしまったのだ。


「ゴム底やないから目立ちますね。コンビニくらいやったらええですけど、クリートカバー持っとってもええと思いますよ。」

「へえ。そんなのもあるんですね。」


 何かに特化したものは、不便がつきものなのだ。


「あれ。今私、ナチュラルに自転車を杖代わりにしてましたよね。」


 ロードバイクは、ママチャリの後輪に付属しているようなスタンドがないのだ。

 だから常に支えておかなければならなかった。

 店内ではビンディングシューズが滑りやすかったからかもしれない。


「真剣に練習した成果ですね。」

「そうそう。手をカチッとハンドルに固定して。いやいや、練習したのは足ですって。」

「ノリ良いですね。」

「関西わりと長いんで。ちなみに、手はくっつかないですよね?」

「滑り止めとか衝撃吸収目的で、専用の手袋がありますよ。何より落車したとき剥き出しやと守るもんないですから。」


 また、落車の話だ。

 単車はおろか、原チャも乗らないからわからないけど、生身で車道を走るのだ。

 バイクのお店でも、似たような説明はするのかもしれない。

 店内のテレビの中では、相変わらず選手たちが走る様子が映し出されている。

 フルフェイスやプロテクターを付けることなく、防御らしい防御はヘルメットだけだった。


「これ、どれくらいのスピード出てるんですか?」

「初心者でも時速20キロやと遅いくらいですね。登り坂やと最初は歩く方が速いくらいですけど。」


 いまいち数字で言われてもピンとこない。

 いや、車のイメージが先行して、20キロで遅い方という感覚については共感できるのだ。

 ただ、自転車で、人力でそれを出すということについて、実感が湧いてこないのだ。


「速度なんて、わかるんですか?」

「サイクルコンピューターっていう機材を付けたらリアルタイムで見れますし、スマホアプリとかでデータ集計できるもんもありますよ。」

「うわ、充電し忘れて役に立たない未来が見える。」

「充電式は毎回充電。お察しのとおり忘れたら突然使いもんにならんくなります。そんなあなたにオススメしたいのがこちら。このパドローネデジタルやったらボタン電池で5ヶ月くらい保ちます。」


 通販風の言い回しを忍ばせる店員さん。

 関西人の血を起こしてしまったのか。


「5日じゃなくて?」

「はい。使い方にもよるんでしょうけど、半年近く保ちます。」

「そっか、カラーじゃないからバックライトいらないんだ。」


 おすすめされたサイクルコンピューターはモノクロのデジタル表示だ。

 キッチンタイマーとか、毎日充電しないもんね。


「あ、じゃあこれ、夜は全く見えないんですか?」

「鋭いですね。夜走られるんやったら、高いやつの方がええです。」


 やっぱりカラーは高いのか。


「まあ、それは夜走る日が来れば考えます。」

「スマホ付けてアプリ使てる人もいてますね。GPSなんで精度は全然ちゃいますけど。」

「それは、ながらスマホになって危ないのでは?」


 歩きスマホ、略してアホ、みたいな。


「それも必要に応じて、ということで。」

「それでええと思います。ガチレーサーになる未来が来たら、心拍計やパワーメーターなんてのも説明させてもらいますね。」

「流石にそれはない。と思います。一応。」

「ロードバイクは機材に助けてもらうスポーツです。体育の成績が悪うても、他の運動がからきしやっても、ロードバイクやったら速く走れるかもしれませんよ?」


 物語ならこういうのが伏線だったりするんだろう。

 実は私には、凄い自転車の才能があるかもしれないってね。


「逆上がりできなくても二重跳びできなくてもですか?」

「ロードバイクは座っててええスポーツなんで。」

「そういう見方もあるんですね。」


 その発想はなかった。 


「一応言っておきますが、なんか運動始めたいとは言ったかもしれませんけど、そこまで運動が不得意というわけじゃないです。」

「大丈夫です。昔バク転できたとしても、今はできへんもんです。大人になるってことは、そういうことです。」

「今も昔もバク転なんかしません。いや何の話ですか。」

「何の話ですかね。ついでなんで、ライトも選びましょか。」


 店員さんは、脱線し掛けた話題をあっさりと切り捨てて、同じ並びにある必需品を進めてきた。


「流石にライトは充電式ですが、サイコンと同じメーカーのんもありますよ。」

「連動して速度が落ちるとブレーキランプが光るとか?」

「なるほど。でもこれ、連動してへんくても光り方変わるんですよね。」

「ホントだ。加速度センサ付いてんですかね。」

「さっきからちょいちょい思てたんですけど、機械系強いんですか?」


 確かに、女子で理系というのは珍しいかもしれない。

 高校のとき、クラスの女子は実際に少数派だった。


「あれやったらサイコンの設定とかご自身でされます?」

「設定とかあるんですか?」

「タイヤの周長を入力する必要があります。じゃないと正確に速度計算でけへんのんです。」

「90分掛けて一万歩歩きました。さて、時速何キロでしょう。」

「え?」

「ただし、歩幅は60センチとする。みたいなことですね。」

「何の話ですか。」

「私なりに設定項目を解釈してみました。一回転で進む距離が分かれば、速さが出せそうです。」


 原理の見当はつく。

 直径を計ればいいのか、外周にメジャーを当てるのかな。

 製品なんだから調べれば分かるか。


「確かに原理的には、何回回ったかわかるだけで色々分かるんがサイコンです。けどその説明刺さる人どんだけおるんですか。」

「一万歩って1時間半も掛かるのか。っていう発見が最近ありまして。」

「なんか運動始めよかな、からの、ウォーキングはない。ってなったエピソードやないとええですけど。」

「う。」

「まさかの当たりですか。お客さんは、ロードバイクにして正解やと思いますわ。」

「私も薄々そう感じているところです。」

「そや、今ならウェア選びもいけますね。ええのん揃えて楽に楽しみましょ!」


 奥にはいるのだろうが、今も他のお客さんはいない。

 ウェアも手袋もカステリで揃えて、いよいよ支払いのときが迫っていた。

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