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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
何者も悼むべきにあらず
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忌みを封じた背後こそ寒ければ

 金庫室の中をウロつくハリコが確認を終えた後、自分たち以外に動く存在が無いことに安堵を取り戻した警備兵も中を覗き込む。


 管理局職員たちの死体が、彼ら自身の屎尿溜まりに浸かって存分に腐敗している様を目の当たりにした警備兵は、まもなく携行照明の光とともに視線を背けた。


「分かってはいたが、酷い有様だな。腐り切って膨れ上がって、ただ転がってやがる。地下都市を管理する仕事の連中も、自分の死に様ばかりは管理できなかったってわけか。」


「ウァゥ゛、ウ゛ゥ゛ゥ゛ー。」


「あぁ、悪い、俺が照明を当ててないと、見えないよな。ただ俺も、この扉を開けっ放しにしたくはない。備蓄品を見つけたら持ち出してくれ、サッサと封鎖しちまいたいんだ。」


 職員たちの変わり果てた遺骸と顔を合わせることは容易に想定できたろうが、それでもなお警備兵が金庫室の扉を開いたのは、やはり備蓄されていた食糧や飲料水の類を狙ってのことであった。


 しかもリズァーラーであるハリコが居れば、彼に命じて内部の物資を取り出させることが可能である。自分が死に追いやった職員たちが怨嗟の表情を浮かべて倒れている場へと、警備兵が自ら踏み込んでいくことは耐えがたい忌避感を伴うものだったろう。


「いいか、全部は取り出さなくていいぞ。その腐敗してる死体の体液で汚されてないものを持ってこい、汚れてるのは菌まみれになってるだろうからな。」


「……ウ゛ン。」


「目ぼしい物資を取り出したら、扉に寄りかかってた奴の死体も中に押し込んでくれ。コイツの腐った身体が挟まって、金庫室を閉められない。」


 命令に従順である様子を示すためにも、ハリコは金庫室内を探す。警備兵自らが死体に触れることを嫌悪しているのならば、金庫室内から倒れ込むように転がり出た死体があるかぎり、閉じ込められる恐れも無い。


 携行照明の光を投げかけてはくれるものの、警備兵自身は金庫室内を凝視してはいなかったため、光の届く範囲は不規則に揺れ、灯りとして頼りなかった。


 が、物資が散乱しており、死体から流出した雑菌まみれの体液に触れていないものが数少ないことだけは、ざっと見まわしただけでも見てとれた。


「おい、何を手間取ってるんだ。さっさと閉めたいと言ってるだろ、死体に湧いた菌がこっちの部屋にまで入ってきちまう。」


「ウゥ゛ゥ゛ー、グゥ゛ゥ゛。」


「……あぁ、こいつら、死ぬ間際にはヤケクソになって暴れてたからな、ほとんどの物資はこいつらに汚されちまってるか。」


 真っ暗闇の中、もはや自分たちが金庫室内からの脱出も叶わぬと分かって、自暴自棄になった職員たちによって備蓄物資の棚はなぎ倒されている。


 一応は空気の携行タンクも保管されてはいたが、それを我先にと入手しようとした職員たちの間でつかみ合いが起きたのだろう。上等なスーツが引き破られ、無数のひっかき、噛みつき傷のついた死体の近くに、まるで手を付けられていない携行タンクは転がっていた。


 あちらこちらと見回していたハリコは、どうにか倒れた棚の上に残って、床に広がる雑菌まみれの体液に触れずにいた飲料水の箱だけを持ち出した。


「……それだけ、か?まぁいい、こいつらの糞尿で汚された缶詰なんか、食いたくもない。本気で他に何も食うものが無くなれば仕方ないが、今は地上世界に探索に行けるお前が居るんだからな。」


「……ウ゛ゥ゛……。」


「それをこっちに置いたら、扉のところに転がってる死体を金庫室の中へ押し込んでくれ。さっきから何度も言ってるが、さっさと閉めたいんだ。」


 ハリコが飲料水の箱を金庫室の外へ持ち出したのを確認したついでに、足元の死体へ照明を向けた警備兵は、小さく嫌悪の呻き声とともに顔をそむけた。


 その死体の白濁した目、体細胞が壊れて不自然に縮んだような顔、それが断末魔の表情と共に警備兵へ恨みがましい眼差しを返したように思われたのだ。


 もちろん、リズァーラーであるハリコにとっては、そういった死体も単に質の悪い栄養源にすぎなかったが。


「俺が手伝わなくてもいいよな、お前は処刑した市民の死体を持ち去る仕事を続けてたんだから。」


「ウゥゥ゛、グルゥ゛ゥ゛。」


 ハリコは死体の両足を抱え、金庫室の中へと引っ張り込む。腐敗した死体の脚は、そのぶよぶよした皮膚の下で水風船のように柔らかかった。


 むろん、これらの死体を養分液へ加工すれば、死んで間もない人間の身体と比べて圧倒的に栄養価は低いものの、マナコの身体を再び活動させられる希望が持てないわけではない。


 ……が、仮にそれを実行するならば……少なくとも、マナコの身体を預けておいた場所は、この警備兵に知られてしまうだろう。暗闇を見通す能力を有するマナコの存在は、唯一携行照明を所持しているという警備兵のアドバンテージを消してしまう。


 何よりも、ハリコはマナコと再び一緒に居られるようになった時、人間に存在していてもらいたくはなかった。自分たちだけで、居たかった。


「……ウゥ゛ー。」


「やっと済んだか、扉に挟まるようなものを残してないだろうな。手間取りやがって、さっさと金庫室を閉めるぞ。」


 そもそも、この警備兵が、金庫室内で腐敗し雑菌まみれの体液を垂らした死体を運び出すことに、合意するはずもない。


 この場所は彼にとっては、この世の最後にせっかく己のものとなった、地下都市管理局のトップのための部屋なのだから。命令を下す存在も、対立する存在も全て消え去った今、奪われる心配もなく好きなだけふんぞり返っていられる玉座なのだ。


 いかに、虚ろな統治であったとしても。


「散々嫌な物を見せられたあげく、持ち出せたのは水だけか。まぁいいさ、缶詰の汁を啜る以外に水分補給できないってのは、何とも侘しいものだったからな。」


「……。」


「とりまず、おかげさまで食欲が減退したのは間違いない。この水をどっか別の場所に隠して、それから……」


 警備兵の言葉を遮るように、部屋の外から、カターン、と堅い物音が響いた。


 ハリコと警備兵は、ハタと顔を見合わせる。警備兵は特に指針の無い今後の行動案を、ハリコはいかにしてマナコの元へ新鮮な死体を持ち帰るかの算段を、それぞれ考えていた最中であったが……この瞬間ばかりは、両者に共通した緊迫感が走った。


 自分たち以外に、動ける存在は居ないはずである。カティーは、あの屋敷のキッチンでただ唸り続けるしかできないし……ハリコしか知り得ない、まだ活動停止していない可能性のあるリズァーラーたちも、ここまでわざわざ来る理由もない。


「おい、今の、確かに聞こえたよな。誰か、この建物に入ってきたのか?」


「……ウ゛ゥ゛ー……?」


 警備兵同様、何が起きているのか知る由も無いハリコは、ただ目を丸く見開いて唸り返すばかりである。


 気のせい、あるいは他の要因の物音を聞き違えただけであれば、どんなにか胸中平穏でいられることか……自分ひとりだけが生き延びたはずの警備兵が、地下都市の中で常に警戒を怠れずにいるわけを、ハリコも理解しつつあった。

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