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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
何者も悼むべきにあらず
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骸を踏みしめ立ち残り、報いはいずれ返る

 ハリコは、警備兵の一挙手一投足をじっと見つめていた。


 彼の本来の目的からもそうする必要があったわけだが、そもそも携行照明を使用できる警備兵の付近にしか、見えるものは無かったのだ。人工的な光は他に無く、外光も入ってこない地下空間は完全な暗闇に閉ざされている。


 ハリコから受け取った食糧の缶詰を食料品の箱に収め、戸棚の陰へと隠していた警備兵も、ハリコが注いでくる視線に気づく。


「おい、まさかとは思うが、俺の居ない隙に食糧を勝手に取ろうって腹じゃないだろうな。」


「ウゥ、ウ゛。」


「リズァーラーは人間の食糧に手を付けないが、俺以外に生き残っている人間の命令を受けてお前が動いてるとなりゃあ、話は別だ。」


 彼が警戒しているのは、ハリコに命令を与えた人間の元へ、食糧を持ち逃げされることであろう。そんな人間など、居なかったのだが。今のハリコは、マナコの活動再開のみを目的としている。


 フルフェイスのマスク越しに猜疑の眼差しを向けてきた警備兵であったが、現状は彼にとって有利なままであった。警備兵自身も、現状を口にしている最中、自らそれに気づく。


「言っておくが、携行照明と蓄電池の備蓄は、ここに無いぜ。要するに、お前は俺が光で照らしてやる範囲でしか、マトモに行動できないってワケだ。地上に露出してるエリア以外、完全に真っ暗闇なんだからな。」


「……ウ゛ゥ゛……!」


「と、すれば、お前を無駄に疑い、監視する手間もある程度省けるというわけか。なるほど、管理局が一般市民に照明器具を所有させず、停電一発で行動制限できる都市を作ったのも納得だ。」


 管理局の築いた地下都市の下で激務を味わっていた警備兵であったが、その地下都市の構造がもたらす恩恵を利用せずにはいられなかった。


 確かに、ハリコは暗闇で視力が利かないリズァーラーなので、照明器具が使える警備兵に頼らなければ移動もままならない。ますます、ハリコが彼に不従順を示せば不利な状況に追い込まれることは確実であった。


「まったく、必需品の置き場を分散させておいて正解だった。俺以外に生き延びた奴がいない、だなんて確証は無いからな。ごっそり持っていかれる懸念は無駄じゃなかった。」


「ウ゛ゥ゛ゥ゛ー。」


「真っ暗闇に包まれた、広大な地下空間だ。灯りを消せば、自分の真隣りすら見えないんだぜ?無数の居住区、セクターが連なっている地下都市の、どこにまだ生き延びてる奴が潜んでいるとも知れないだろ。」


 空気供給が途絶え、死肉の栄養分も"神"によって吸い尽くされた地下都市で、リズァーラーも人間も生き延びているとは思えなかったが……実際に、上層街に居残っていたカティーと遭遇したことで、警備兵の想定する懸念は確実性を増したようであった。


 暗闇の中に、自分以外の何者かが潜んでいる。いつ、襲撃されるか、あるいは生き延びるための必需品を奪われるか、分からない。都市が滅びてなお、この警備兵は猜疑と警戒で思考を満たし続けていた。


「だが、せっかく、比較的従順なリズァーラーであるお前に会えたんだ。もう少し、お前を信頼できる材料が増えたっていい。俺が照明で光を当てていない限り行動できない、って以外にも……。」


「……ウゥ?」


「お前に本来命令を下していた管理局の人間が、確実に死んでいること、確認してもらおうか。俺の口から伝えられただけじゃ、半信半疑ってところだろうからな。」


 警備兵は相変わらず、ハリコが地上から食糧を持ち帰ってきたのが、管理局上層部による命令に従ってのことだ、と思い込んでいるらしい。


 彼は携行照明の光で部屋の壁を撫で、その一角、壁に埋め込まれた重そうな金属扉を照らした。本来、ここは金庫として、貴重品を収めておくためのスペースであろう。


「上層街にサイレンが鳴り響いた時、家の中に暴漢が踏み込んでくるのを恐れた市民は、リズァーラーが押して走らせる車に乗って逃げ出した。そのまま、廃棄物処理場へ投げ捨てられちまって、マヌケな最期を迎えたわけだが……。」


「……。」


「管理局のお偉方は違う、どんな屈強な野郎が攻め込んできても、耐え凌ぐだけの頑丈な金庫と、十分な備蓄を備えてたからな。わざわざ逃げ出すことなく、この中に立て籠もったんだ。」


 外部からは結局、傷ひとつ付けられることの無かった金庫の扉を照らしながら、警備兵は語る。これもまた管理局の体制を、端的に示す状況であった。


 上層街、富裕層の市民の屋敷であっても、不従順な市民であると判断されれば、警備兵が強制的に踏み込むことが可能でなければならない。一方、管理局の建物だけは外部からの侵入を防ぎきるだけの構造を備えている。


「実を言うと、この扉はあんまり開けたくないんだ、開けたって、何も問題はないはずなんだけどな。ばかりか、ここには食糧や水もそこそこ備蓄されてるはずなんだ。」


「ウ゛ゥ゛ー……?」


 警備兵は、携行照明を肩のホルダーに固定し、金庫扉の重いハンドルを回している。彼は暗証番号を知っているのか、すでにハンドルのロックは解除されているようであった。


 本来発電施設に配属されていた警備兵が、管理局本部の建物にある金庫の暗証番号を知っている理由は、自身の口から語られた。


「何もかもが終わって、リズァーラーが立ち去った後、俺は真っ先にここに来たんだ。別に管理局のお偉いさんを守るつもりなんてない、きっとたんまり食糧やら水やらを溜めこんでるだろうと思ったからな。」


「……ウン。」


「この管理局長室にたどり着いて、頑丈な金庫の扉がビクともしないのを確認して、俺は一瞬落胆した。だが、俺にとっての救いはあったんだ。中に籠ってる連中、まだ生きてたからな。」


「ェ゛……?」


 ハリコはじっと聞きながら、警備兵が語る話がどのように進むのか、推し量りかねていた。


 扉が開く状態に近づいたのか、ハンドルが重くなったためか、警備兵がハンドルを回す速度は徐々に遅くなっていく。


「連中、食糧と飲料水だけはしっかり備えて籠ったらしいが、マヌケなことに照明器具を持ち込まなかったらしい。そりゃ、停電が起きてない間は、金庫の中にもしっかり灯りはついていたはずだからな。」


「……。」


「灯りの無い状態で金庫室に籠れば、どうなると思う?自分たちの身を守るためにガッチリと施錠した扉を、内側から開くための操作が出来なくなる。どこに扉を開放するためのハンドルがあって、レバーをどう動かせばいいのか見えないんだ。」


 人が内部に入れて密閉出来るような金庫の場合、閉じ込められても脱出できるように緊急操作用のハンドルなどが内側に備えられているはずである。


 が、暗闇に閉ざされて、その操作が困難になることは、ハリコもすでに大司教と門徒たちとともに地上へ向かった道中で経験していた。金庫でも何でもない、ただの門を開くだけの操作に幾人もが同時に取り掛かり、手探りで散々手間取っていたのだ。


「いや、でも、タッチパネルやボタン操作と違って、ハンドルやレバー操作なら、視覚が利かなくても触感でどうにかできるかも知れないな。現に、外から見てる分には、開閉用のハンドルが動きかけてたからな。」


「グルルゥ゛……。」


「あぁ、俺はこの金庫の扉、閉じたままであってほしかったんだ。中から、管理局のお偉いさんがぞろぞろ出て来て、俺に命令を与え、こき使われるのかと思ったら……ハンドルを止めとくのは簡単だった、内側から開くためのハンドルの方が小さいんだから。」


 回転半径の大きい、金庫の外側のハンドルの方が力をかけやすいのは、テコの原理に従えば必然であった。


 内側から開かないことに気づいた管理局職員たち、および管理局長らは声をかけたのだろう。外側に居て、自分たちを金庫の中から解放してくれるはずの警備兵に向けて。


「外側からも開く努力をしていると嘘を伝えて、金庫の中の連中から暗証番号も聞き出せば、あとは声を通じさせる必要もなくなった。ハンドルは、持ち手が動かせなくなるように、折り取った椅子の脚で固定した。」


 警備兵は、一旦ハンドルを回す手を止めて、肩のホルダーに固定した携行照明を持ち、天井付近の一角へ光を向ける。


 壁の一部から、丸まった布の束が飛び出していた。いや、もともと壁に開いていたダクトの中へ、布の塊が力尽くで押し込まれたような状況であった。


「あの通気用ダクトを塞いでしまえば、呼吸のために新鮮な空気も得られなくなる。都市全体に空気供給が行きわたらなくなるのも時間の問題だが、目障りなお偉いさんをくたばらせるんなら、早い方がいい。」


「……ウゥゥ゛。」


「管理局長の部屋に敷かれていたのは質のいい絨毯だ、きっちり詰め込めば密閉状態も良い。俺に助ける気が無いと悟ったのか、金庫室の中からは金切声やら悲鳴やらが響いていたが、意外と早く静かになった。」


 警備兵は、再び金庫室のハンドルを回す作業に入る。ハリコという話し相手に、自分の所業の詳細を吐き出したおかげか、それまでの逡巡を振り切ったかのように手際は一気に速まった。


 ハリコはと言えば、確かに同じ人間を助けるどころか死に追いやった警備兵の所業にも目を丸くしてはいたが、新たに見出した可能性について酷く緊張していた。


 ……ということは、この金庫室の中には相当数の死体が残されているのではないか?


「でもな、今でも時々、この金庫室の中から、扉を叩くような音が聞こえるんだ。おかしいだろ、人間が生きてられるはずないんだぜ。」


「ウ゛ゥ゛ー……。」


「お前と同じ、リズァーラーを一緒に連れ込んだって可能性もあるか?……いやいや、ねーだろ、管理局の建物内にリズァーラーを上がりこませること自体ありえないし、仮に居るなら侵入者のエサとして外に出しておくだろ。」


 その点は、ハリコも同感であった。万が一、金庫室に閉じ込められた人間たちが死に至った後は、リズァーラーにその血肉を養分として吸われる末路が待っているのである。


 この地下都市で最も高い地位を占めている彼らが、そのような可能性を良しとするはずもなかった。


「俺の耳鳴りか、勘違いかもしれない。けど、この金庫室に閉じ込められて死んだ連中が、俺のことを文字通り死ぬほど恨んでたのは間違いないんだ。」


「……ウ゛ン。」


「だからさ、万が一にも、この扉が開いた時、俺に襲い掛かってくる"何か"が居たら、お前が対処しろ。お前、人間を処刑するのが仕事だったんだろ。」


 ただ目を丸くして聞いているハリコからの返答を待たず、警備兵は思い切って金庫室の扉を一気に引き開けた。


 ドサッ、と音を立てて転がり出てきた肉体を前に、警備兵は過剰に反応して大袈裟に後方へ跳び退いた。ハリコも即座に姿勢を低くし、警備兵が構える照明の光だけを頼りに、飛び掛かってくる相手がいれば即座に躱せるよう備える。


 ……だが、それ以上に動く存在は無かった。金庫室の扉に寄りかかり、力の限りに扉を叩き続けていたのであろう職員の死体が、扉が開くと同時に倒れ込んできただけであった。


「おい、中に入って、まだ動ける奴がいないか確認しろ!」


「ウゥ゛ゥ゛ー……。」


 携行照明の光を中に注ぎながら、そう指示を与える警備兵を前に、ハリコは多少躊躇した。


 死肉が腐敗し、垂れ流された屎尿の悪臭がすさまじかったのは、リズァーラーにとって関係のない話である。それ以上に、自分が金庫室の中に入った直後、扉を閉められてはそれでおしまいだと感じたためである。


 しかし、ハリコ以外には地上へと食糧を漁りに行ける存在がおらず、また金庫室の中にある程度は水も食糧も備蓄されていると考えられることから、そのように閉じ込められる可能性はかなり低かった。


「ウ゛ン゛……。」


「隅々まで確認するんだ、貯蔵物資の影に隠れたまま、俺に仕返しをしようと企んでる奴が残っているかもしれないからな!」


 自分への報復を極度に恐れつつも、残されているはずの物資をも欲している警備兵の、上ずって強張った声が響く中、ハリコは金庫室内部へ踏み込み、背後から照らされる光を頼りに見渡す。


 今の彼にとって興味があるのは、職員たちの死体であった。……たしかに、カラカラに乾涸びていた死体ほどに絶望的な状況では無かったが、垂れ流された糞尿から繁殖した菌類によって、あらかた栄養分は貪り尽くされた後であった。


 長らく待たせ続けているマナコに捧げる栄養分とするには、あまりにも質の悪い死肉であるとハリコは感じていた。

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