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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
何者も悼むべきにあらず
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世に出でて高みに立てば、真っ先に刈られ

 真っ暗闇の地下都市上層街を、ハリコは警備兵の後について移動していた。


 灯りは、警備兵が構えている携行照明の細い光線のみであり、一切の外光が入り込んでくることなどないこの場所では、彼の掲げる光に頼らなければマトモに行動もできない。暗闇をも見通せるマナコの不在が、ますます強く思い起こされる状況でもあった。


「リズァーラー、お前はここらの街区を歩き回った事もないだろう。この地下都市全てを統括していた、管理局の所属だったってのにな。」


「……ウ゛ゥ゛。」


「それも当然っちゃ当然だ、警備兵をやっていた俺自身が、自由な行動を一切許されてなかったんだから。人間より地位の低いリズァーラーは、ますます束縛もキツかったはずだ。」


 今や何を警備する必要もなくなった警備兵のお喋りに、相槌代わりの唸り声だけを返しつつ、ハリコは相手の首筋を凝視しながら追従しつづけていた。


 本来、人間の背後を取れている状況は、首筋への噛みつきを得意とするハリコにとって大きなアドバンテージである。が、一度人間の殺され方を見知った警備兵は今、首筋を金属板と鋼線で防御しているのだ。


 だからこそ、かつて処刑担当リズァーラーとして活動していたハリコ相手にも、警備兵は悠々と背を向けて歩き続けていられるのである。


「しかし、結局はこのざまだ。地下都市の人間は、管理局の指示という建前のもとに、ことごとくリズァーラーに殺された。何もかもを管理しているハズだって思い込みが、そのまま管理局を盲目にしてたんだ。」


「ウゥ゛ー?」


「お前に言ったって、理解できねーか。そりゃ、個々のリズァーラーは与えられた命令に従ってただけだもんな。根本で命令を下した大元が誰なのか、俺にはもはや知りようがない。」


 それは地下都市最下層ブラックマーケットで門徒たちを率いていた大司教でもあり、上層街の富裕層に紛れて工作を行ったカティーでもあり、具体的な計画立案を担っていたウィーパでもあったろう。


 が、地下都市壊滅の黒幕が何者であるか知ったところで、もはや誰も生き延びておらず、瓦礫ばかりが残された孤独な状況が変わるわけではない。


「だが、現状は悪くない。誰が命令を下すか、誰に命令を下されるか、まってく気にする必要なんか無いんだからな。」


「……。」


「信じられるか?警備兵は一般市民よりも良質の食糧を口にできる代わりに、睡眠時間以外ほぼ勤務時間だぜ?貧困層の連中でさえ、労働の合間には休憩もあるし、帰る家はあるし、せっせと子作りに励んだりできるってのによ。」


 数の限られた警備兵だけで、地下都市全域の治安を維持し、市民一人ひとりに対し目を光らせ続けるとなれば、自由時間皆無の激務となるのも当然であった。


 ことに、治安の悪い居住区へ配属された警備兵などは、勝ち目など一向気にせず襲撃を行う暴漢などにも対処し続けねばならない。警備兵のなり手が見る間に減っていき、人員補充が困難となるのは必然でもあった。


「真面目に生きて働いてりゃあ、いつかマシな暮らしが手に入ると信じて懸命に警備任務を続けてたけどよ……俺は真面目だったんじゃない、他の連中よりも頭の回転が鈍かっただけだ。」


「……ウ゛ゥ゛……。」


「警備兵を担当してた人間が居なくなるのは、そりゃ犯罪者からの襲撃でやられちまうのもあるだろうが、だいぶ限られてる。大抵は、管理局内部とコネを持ってる指揮官にすり寄って、上手く立ち回った奴が内勤のポストにありついて、警備部隊から抜けていくんだ。」


 ある種、それが最も賢い選択であった。水分と養分さえ補充されていれば状態の変わらないリズァーラーと違い、人間は年月が経つほどに老化し、体が衰えていく。


 だからこそ、一定期間警備兵として任務に就いた後は、管理局職員としてのデスクワークを得るのが理想であったのだが……そのような出世を得る道は、正規のものではない。


 今ハリコに背を向けて歩き続けている警備兵のように、愚直に自らの任務を全うし続けるだけの者には、決して開かれない道であった。


「まぁ当然だよな、隊員の数が減って行きゃあ、クソ真面目に警備兵を続けてる奴に負担がのしかかってくるってのは。だから、リズァーラーに装備を与えて警備兵をやらせるって話が来た時は、不信感よりも嬉しさの方が強かった。」


「ウ、ウ゛ー。」


「こんだけ人が嫌がる仕事こそ、リズァーラーに任せりゃいいって俺も思ってたからさ。そりゃあ、とうとうリズァーラーがやるようになった仕事を、俺まだ続けてんのかって思いもしたけどよ。」


 喋りながらも警備兵は、携行照明の光を足元へと向ける。そこからは上へ向かう幅広の階段が続いており、真っ暗闇の中で磨き上げられた石造りの段が光を反射していた。どうやら、立派な建造物のエントランスに到着したらしい。


 自分が階段を上がる時のみならず、後ろからついてくるハリコのためにも照明の光で階段を照らしているあたり、この警備兵が根底に持つ真面目さが窺えた。


「そのころまで来たら、警備兵をやめる道自体が消え失せてるも同然だった。リズァーラーと違って、命令を受けずに自分で判断を下せる人間の警備兵は、希少な存在になってたからな。」


「……ウ゛ン。」


「こんな仕事を、死ぬまで、俺の寿命が尽きるまで、ずっとやらされんのかと思ったら……いや、思わないようにしてた。考えても仕方ないし、考えて気を滅入らせるだけ無駄だったからな。」


 管理局によって維持されてきた社会は、構造上は閉鎖的な地下空間での居住を続けられるだけの要素を備えてはいたものの、その中での生活の維持を望まぬ者たちを少なからず抱えた社会であった。この警備兵も、その一員であった。


 警備兵に連れられたハリコは、ガラスで作られた開きっぱなしの入り口を通り抜けていた。この世界ではもはや生産する手段も技術も無いガラスを、ふんだんに使用した入り口に遅れて気づいたハリコは、通過した後に思わず振り返る。


「あぁ、驚きだろ?これが管理局の入り口だ。ガラスで出来たエントランスなんて、簡単に割られてぶち破られるだろうに、これ見よがしに全面ガラス張りで作られてんだぜ。生憎、もう明るい場所で管理局の建物を見物する手段はないけどよ。」


「ウゥ゛ゥ゛……。」


「お偉いさんの見立て通り、ここが襲撃されることなんか一度も無かった。直接的な戦闘が行われることなく、自分たちの作った命令系統に殺されて終わったんだ。」


 入り口が開きっぱなしだったのは、おそらくリズァーラーたちの不穏な行動を察知して駆け出していった職員たちのためであろう。管理局の建物内は何者に踏み込まれた痕跡もなく、全く荒らされていない状態であった。


 そもそも、散らかるような物品自体が存在しなかったが。磨き上げられた廊下の床に警備兵の持つ携行照明の光が反射し、壁や天井が真っ白に統一されていることも相まって、頼りない光一つでも思いのほか内部は明るく照らし出された。


「殺風景なもんだろ。ただ、これが合理的だったらしい。停電が発生した場合も、僅かな光量で屋内が十分に照らされるように設計されてる。他の居住区が、ひとたび暗闇になったら何も見えなくなるのとは全く違ってな。」


「……ウ゛ー。」


「だが、あらゆる場所がピカピカに磨き上げられてなきゃ、その効果も薄くなる。あくまで噂だが、管理局の建物内をただ掃除するだけの役職もあったらしいぜ。よほど信頼に足る人間じゃなきゃ入れない建物だ、給与も並みの労働者の数倍はあったろうな。」


 指示された文書を作成するだけの役職に、管理局内を掃除するだけの役職。先人たちが築いた社会構造に頼りながら、可能な限り楽に暮らしていきたいと企てる世代の思惑が、そのままに反映された仕事であった。


 もはや、文句を言うべき相手はことごとくこの世を去ってしまった後だったが。いくつか扉を通り抜け、らせん状に上がっていく階段をのぼりながら、警備兵は背後をついてくるハリコに話し続ける。


「だいたい、管理局から下される命令だって、誰が出してんのか怪しいもんだった。俺が発電施設の警備任務に就いてた時だって、最初は管理局職員が直接指示書を持ってきてはいたが、そのうち雑用はだいたいリズァーラーに任されるようになった。」


「……。」


「分かるか?同じ警備兵の恰好をしているとはいえ、リズァーラーが俺の元に命令を持ってくるんだぜ?一応、管理局から発行されたってことにはなってたけどよ、人間であるはずの俺がリズァーラーから命令されてるような気分にさせられたもんだ。」


 その点は、ハリコ達も同じような経験をしていた。そもそも最初から、処刑担当リズァーラーへと直接任務内容を渡すのは、同じリズァーラーである管理官だった。


 管理官の元へ人間の職員が訪れることは幾度か確認されていたものの、管理官は理性を失い、職員も来なくなり……最終的にはウィーパが管理局から指示を持ってきた、という体でハリコ達へ処刑任務を通達するようになったのだった。


「お前たちが発電施設に来た、あの時だって妙な命令を渡されたんだ。所長をリズァーラーどもが処刑しに来るんなら、真正面からわざわざ来ないだろう、って警備兵たちは想定してた。だから、施設内部の警備を厚くすべきと現場は判断してたんだ。」


「ウゥゥ゛?」


「だが、あの直前に、正面入り口への警備へ人員を回すように指示が来た。おかげで、人間の警備兵は二手に分断されちまってたんだ。指示書を持って来たのは、リズァーラーの警備兵だった。今となっちゃ、誰が下した命令か分からん。」


 管理局からの指示だ、として正式な文面での通達があれば、従わないわけにはいかないという構造。


 地下都市はリズァーラーを使役する管理局によって維持され、管理局が使役しているはずのリズァーラーによって終焉を迎えたのであった。


「もう、どうでもいいことばかりだけどな。あんとき、所長を処刑してくれたお前には感謝しているんだぜ。おかげで目が覚めたんだ、こんな地下都市のルールに従ってても得は無い、せめて俺が生きたいように生きるんだって思うことができた。」


「……ウゥ。」


「この部屋だって、地下都市がマトモに機能してたら、まず踏み込むことが出来ない場所だ。みろよ、あのバカでかい背もたれの椅子を。」


 重々しい扉を開いた先はやはり暗闇であったが、警備兵が向けた携行照明の光は、座った者の姿を優に隠してしまうであろうほどの大きな椅子が、大型のデスクの向こう側に鎮座していた。


 おそらく、管理局のトップ、地下都市の全てを支配する人物……すなわち管理局長だけが座することを許される椅子だったのだろう。この部屋自体、限られた照明ではすべてを見通すことはできなかったが、地上から回収された貴重な調度品の数々で飾られているようであった。


「お前、座ってみるか?もう誰に見咎められることも無いんだぜ、社会構造最底辺のリズァーラーが、この地下都市の最高位の座に就いてるなんて、なかなか楽しい構図だろ。」


「ウ゛ゥ、ゥ゛ゥ゛ー……。」


「どうした、そんな緊張する必要なんかもう無いんだって。それとも、まだ俺の事を警戒してんのか。言っただろう、利用価値がある存在を、人間はわざわざ壊したりしないって。」


 言いながら、警備兵は部屋の隅の方へと向かう。暗闇の中でも豪勢な設えの端々が見えるこの部屋にふさわしく、重厚かつ磨き上げられた木目の棚、その陰から粗末に古びた木箱を引っぱり出している。


 そこには、彼が発電施設の所長室から持ち帰ってきた分の残りと思しき食糧の残りが詰め込まれていた。あの後も地下都市内をウロつき回り、集めてきた分も足されているだろう。


「この食糧が徐々に減っていくたびに、俺の命の終わりが近づいてる実感を味わう羽目になってたが、地上に出ていけるお前がいるなら、まだ希望はあるわけだ。」


「……ウゥゥ。」


 確かに、人間が暫しの間、生き延びられる程度の量しか、そこには積まれていなかった。ハリコが先ほど差し出した、たった一つの缶詰も、加わるに十分な量と見えるほどだった。


 とはいえ、ハリコにとっては十分な量に見えた。少なくとも、この警備兵が飢餓状態に陥ることなく活動続行な程度には栄養を取れているだろうことは確認できたからだ。


 あとは、その死体をマナコの元へ持っていく手段を見出すばかりであった……その条件を達成することが、あまりに高い壁であったが。

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