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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
何者も悼むべきにあらず
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坩堝の遺構は浅からず

 再起不能になる危機を幾度か乗り越え、どうにか地下都市へと戻って来れたハリコであったが、そこから先の道も困難を極めることが予想された。


 何しろ、電力供給は完全に絶え、設置された照明器具が機能することはないのだ。唯一、外から自然光が入り込んでくる、この最上層の崩落事故跡を除けば、地下都市内部は完全なる闇に包まれている。


「ウゥ゛ゥ゛、ウゥ゛。」


 だが、ハリコは自らを奮い立たせるように唸りをひとつ上げて、地下都市奥部へと足を進め始めた。


 ここでぐずぐずと時間を引き延ばしていても、何の進展も得られない。それに、全く未知の場所でもないのだ。マナコやベスタ、シェルがまだ健在だった頃に、処刑任務を引き受けながら活動し続けた地下都市。


 視力が利かぬ闇に閉ざされているのなら、手探りしてでも進めばいい……。


「……ウゥ?」


 が、この最上層居住区から奥へと進む前に、早くもハリコは異変に気付いた。


 崩落事故を起こした時のまま、全く瓦礫の片付けられていない街路は、空から降り注ぐ胞子と光にさらされて埃っぽい色に染まっている。


 その向こう側、他の居住区との隔壁となっている金属製の門が閉まっているのだ。


「……??」


 たしか、あの門は、この地下都市から出ていく時、大司教の指示によって門徒たちが散々に手間取り、どうにか開いたものである。


 門徒たちがわざわざ閉めるはずはなく、大司教に率いられた者たちが歓喜に浸りながら地上からの光へと向かっていった後、その門は開かれっぱなしになっていたはずだ。


 重い金属製の門が、勝手に閉じることはない。静かに胞子ばかりが降り続ける地上から、風が吹き込むことも無い。


「ウ゛ゥ゛ゥ゛ー。」


 確実に、門を意図的に閉じた何者かが存在する。


 人間たちは悉く死に絶えて養分となり、リズァーラーたちも身体を潰されて"神"と一体化したはずだったのだが、なおも活動を続けている誰かが地下都市に残っている。


 ハリコは低く唸りながら、多少歩調を遅くして、慎重に門へと近づき、取っ手に手を掛けた。


「……ッウ!ウゥ゛、グウ゛ゥ゛ゥ゛……!」


 力を掛けて一瞬、取っ手がビクともしなかった瞬間にはハリコも一瞬焦りを覚えた。


 仮に内側から門が動かないように封鎖されていては、ここまで苦心して戻ってきた道程が全て無駄になる。ばかりか、マナコとの再会も果たせず終わりのない時間を、この最上層居住区崩落跡の穴底で過ごす羽目になる。


 ハリコの危惧は現実とならず、小柄な彼が渾身の力で引っ張る門は、錆を噛んだ蝶番が軋む音と共にじりじりと開き始めた。


「グルゥ゛ゥ゛……?」


 どうにか自分が通り抜けられるだけの隙間を開けて、一応は警戒しながらそっと内部を覗き込むハリコ。


 当然、中は真っ暗闇である。仮に何者が内部で活動していたとしても、都市全体への送電を担っていた発電施設を復旧させられることはないだろう。新鮮な酸素の供給も停止しており、空気は淀んでいる。


 少しでも、最上層に注ぐ外光の恩恵を受けるため、ハリコは門の隙間に身体をねじ込むようにして、更に大きく開いていく。


「……ア。」


 実際に何かを見つけたわけではないが、その時になってハリコはようやく思い出した。


 大司教が門徒を引き連れ、"神"とともに地下都市を出発する直前、単独でその場を離れていった者が居たことを。当然ながら呼吸を必要とする人間ではなく、リズァーラーでありながら"神"との一体化も拒み、己が欲求に従っての選択をした者の存在を。


 カティー。


 大司教およびウィーパと共謀して地下都市社会構造の崩壊を促した、リズァーラーのひとりである。弱者保護団体なるものを結成し、上層街の富裕層市民のご機嫌を取りつつ、リズァーラーの"人道的な"雇用形態の確立を主導した。


 結果、上層街の市民たちはリズァーラーに押させて動かす車での移動が常となり、それが廃棄物処理施設へ車ごと自分たちが投げ捨てられる結末への布石となったわけだが。


「ウゥゥー。」


 人間の立場からは大悪人と評されただろうカティーだが、ハリコの視点からは、自分が四肢を失っていた期間に保護してくれた親切な存在、という認識であった。


 大司教たちが"神"とともに地上へ向かう直前に、カティーは誰も住民が居なくなった住宅街を目指し、解放感と共にウキウキと走り去っていた。狭苦しくみすぼらしい下層街を敢えて選ぶはずもなく、彼女がいるとするなら上層街居住区のいずこかである。


 少なくとも自分の認識の中では善良な存在であるカティーが今なお活動を続けている可能性は、ハリコにとって大きな心のよりどころとなった。あるいは、彼女の知恵を借りれば、マナコを活動再開させられる策も得られるかもしれない。


「ウ、ウゥ。ウゥー?」


 カティーに聞こえるかどうかは定かでなかったが、ハリコは闇の中へと呼びかける声を立てながら上層街居住区へと入っていった。


 相変わらず、全くの闇でその空間は占められているはずであったが……視界の隅にチラと何かが映ったような気がして、ハリコはそちらへ顔を向け、凝視する。


 真っ暗な場所では、僅かに見える程度の光は真正面から見るよりも、少し視線を外した方が見えやすいものである。凝視した先には何も見えず、改めて視線を外すたび視界の隅にチラとか細げな光が映ることを幾度か繰り返し、ようやくハリコは確信を得た。


「……ウ゛ン。」


 真っ暗闇の上層街居住区の一角、地下空間を贅沢に用いて建てられた屋敷の一室から、灯りが漏れている。


 地下都市全体の送電が断たれた現状、おそらく蓄電池を用いて携行用の照明を点灯させているのだろう。密閉された地下空間、炎を燃やしていてはあっという間に酸素が尽きる。


 おそらく、あそこにカティーが居る。弱々しい光の在り処へ向かって、ハリコは真っ暗な中で道の段差に躓いたり、唐突に視界を塞ぐ塀に顔面をぶつけたりしながら、徐々に近づいて行った。


「ウァゥ、ウゥー。」


 ようやく屋敷の裏口と思しき、小さな鉄扉の元にたどり着いたハリコ。


 やはり常時出入りに利用されていると見えて、地面に置かれた細い携行用ライトが一筋、鉄扉から屋敷の入り口扉までの道を示すように光を投げかけている。


 こういった携行用の照明器具は、市民が勝手に地下都市内の居住区を移動することの無いよう、本来無制限に所持を許可されるものではない。潤沢に蓄電池や照明を持ち運べるのは治安維持を担う警備兵に限られていたが、ハリコが気づけることではなかった。


「ウ゛ゥゥー……?」


 屋敷の扉は、敷地内に入るための鉄扉同様に、開いたまま放置されていた。


 建物内へと足を踏み入れたハリコは、耳をそばだてる。カティーが、この人の気配も絶えた街で、孤独に疑似的な生活を楽しんでいるのであれば、物音が立てられているはずだった。


 しかし、屋敷の中は静寂に包まれている。やはり何者かが行動した跡を示して、随所にペンのように細い携行ライトが置かれ、床に光の筋を伸ばしている。


「……?」


 ハリコは一旦完全に自分の動きを止めて、無音状態を保ったまま、さらに聴覚に集中した。


 耳鳴りとも紛うほどの低い音だったが、廊下の奥から、微かに唸り声のようなものが聞こえてくる。ハリコ自身が立てる唸り声とは似ていない、全く別の声質が唸っている。


 この場に活動可能な状態で居られる存在は、今まで考えてきたとおりカティーをおいて他にない。


「ウ゛ゥ゛!」


「……ぅー、うぅぅ……。」


 ハリコは、多少急ぎ足で唸り声の方へ向かった。


 もしも、カティーが何らかの原因で身動きが取れない状態となっているのならば、助けてやりたい。もしも自分がここに戻って来なかったら、カティーは誰からも助けてもらえぬまま、その身が乾涸びるまで延々と動けない状態で過ごすしかないのだ。


 かつて自分の面倒を見てくれた恩義を、ハリコは忘れていなかった。彼なりの声でカティーの名を呼びながら、唸り声が響いてくるキッチンへと足を踏み入れた。


「ウ!……ウァア!?」


「……ぅ、ぅぅー。」


 確かに、カティーはそこに居た。弱々しい携行照明がぶら下げられたキッチンの真ん中、床の上にあおむけに寝ころぶ姿で。


 だが、変わり果てた姿であった。全身は何か重みのある鈍器で叩き潰されたのか、四肢がそれぞれバラバラな方向へとねじ曲がり、動かせないでいる。


 その顔は、鋭利な刃物で執拗にめった刺しにされたのか、原形を留めぬほどに斬り刻まれていた。割れた眼窩から眼球の片方が飛び出し、顔面の中央が大きく穿たれて、辛うじて下顎に幾許かの歯が並んでいるのが見える。


「……。」


「ぁ……ああぅ……。」


 そこまで身体が欠損しても、それ以上死ねないのがリズァーラーであった。カティーは、目だけを動かしてハリコの姿を見つけ、手足を動かせない代わりに声で助けを求めるかのように、細々と唸り続けている。


 しばし、あまりに変わり果てたカティーの姿を前に呆然としていたハリコだったが、ハタと我に返り、姿勢を低くして部屋の壁沿いの暗がりに身を潜めた。


 明らかに、カティーは何者かによって暴行を受けていた。それも、彼女を激しく憎む者によって。


「ぁぁ、ぃあぁ……。」


「……グルルゥ、ウゥ゛ゥ゛ー……。」


 カティーという存在を憎んでいるのか、あるいは地下都市の人間社会を壊滅させたリズァーラーを憎んでいるのか……後者であれば、ハリコもその矛先を向けられてしまう。


 既に空気供給も絶えた地下都市の中で、人間が生き延びられるとある手段が存在することにハリコは気づいていなかったが、少なくとも自分への攻撃を警戒する備えをしておいたのは正解であった。

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