期待を奪い去るは光、時と共に容赦なく
門徒たちは上半身だけとなった大司教の身体を、死体を詰めた箱の蓋の上に固定するという、傍から見ればどうでもよいことに躍起となって試行錯誤していた。
ただ箱の上に寝かせるだけであれば簡単かつ確実に固定できたのだが、それでは搬送される荷物扱いと何ら変わりない。大司教の威厳を保つためにも、どうにか上半身だけで蓋の上に直立させる必要があったのだ。
「神から、菌糸の束をいくつか分けていただいて、持って来なさい。それを私の身体と死体の箱の間に敷き詰めれば、神から分けていただいた菌糸はたちまち成長し、箱と私の身体を繋ぎ留めるでしょう。」
「えぇっ、大司教様。畏れ多くも、神の身体を一部ちぎって持ってこいと、そう仰せなのですか……?」
「我が身を信仰に捧げた、この姿を皆に示すためです。神もきっとお赦しになります。」
"神"と崇める菌糸の巨大な塊から、その一部をちぎり取ってこいとの命令に、門徒たちは狼狽えを隠せない。その正体が単なる菌糸の塊であるとは分かっていても、今まで神格化して崇め続けていた対象に他ならないのだから。
とはいえ、大司教から示された、明確な命令が彼らの行動決定を優先した……門徒たちは、自分の意思を大司教の教えに委ねきっていた。
「では、どの程度持って来れば良いでしょうか、大司教様……。」
「さほど多くは不要です。私のちぎれた体の断面、その全体を覆うほどで構いません。」
さっそく門徒たちは、"神"の身体の一部を引きちぎる作業にとりかかった。文字に起こすと大層な内容であるようにも見えるが、所詮はノロノロと地表を這いずる巨大な塊から、綿のような菌糸を引きちぎる程度のことである。
それは余りにも容易な作業であった。門徒たちは、各々控えめな量を手に取ったつもりであったが、あまりにあっさりと菌糸の塊をちぎり取れたため、集まったのは少々過剰な量となっていた。
「これでよろしいでしょうか、大司教様。」
「えぇ、結構です。それを死体を詰めた箱の上に敷き詰め、さらにその上に私の身体を立てて支えなさい。」
"神"の身体からちぎり取られた菌糸は、地下都市住民全員の血肉という膨大な量の養分を吸ったばかりであり、その生育は常ならざる速度である。
箱の中に収められた死体の臭いをかぎ取ってか、あるいは箱の蓋に染みついた血痕に反応してか、"神"の身体からちぎり取られた菌糸は箱の上に敷き詰められ、たちまちその場に根を張るかのごとく四方八方へと伸び始めた。
「何を愚図愚図しているのです、私の身体をその上に立たせて乗せなさい!」
「は、はい大司教様、今すぐに。」
門徒たちは、自分の身体に巻き付いてこようとする菌糸の群れに本能的な恐れを感じ、逃れるように後ずさっていたが、大司教は自らの身体を座すべき場に据えるよう急かした。
"神"の身体からちぎり取られた菌糸は、大司教の期待していた通りの挙動を取った。すなわち、しっかりと箱にしがみついた無数の菌糸が、下半身がちぎれた大司教の身体の断面へと絡みつき、死体を詰めた箱と一体化したかのような状態を作っていったのだ。
「あぁ、神の菌糸は、我が体を受け入れてくださった。まるで、もとから私の身体であったかのように、私の上半身を繋ぎ留めていただいています!」
「さすがは大司教様だ!神に最も近しい菌糸をお持ちだったんだ!」
周囲の門徒たちは、とりあえず口々にこの大司教の有様を褒め称えたが、直方体の箱から上半身が生えているという冗談のような大司教の姿に、果たして全員が感銘を受けているかは怪しいところであった。
当然ながらハリコは賞賛するどころの騒ぎではなく、ますます死体を強奪しづらくなってしまった現状に不満の唸りを示している。キャシーはと言えば、五体満足なまま確保できたウィーパの身体を抱きしめるのに必死である。
「さぁ、門徒の皆さん、私を担ぎ上げなさい。いよいよ、次なる人間の都市を見つけ、神へとさらに養分を捧げるための旅が始まります!」
「おぉー!我々のお役目は、まだ終わりではない!……何と唱えるべきでしょうか。」
これまでは「地上へ!」を連呼するのが門徒たちの習慣となっていたが、地上世界への到達という目的は既に達成されてしまっている。
他者から与えられた言動をなぞらなければ信仰心を示すことが出来ない門徒たちからの無垢な問いかけに、大司教も一瞬言葉につまりつつ、しかし流石に時間をかけることなく答えを示してやっていた。
「分かりやすい方が良いでしょう、『次の街へ!』と唱和しなさい。神も我らの叫びを聞き届け、導いてくださるはずです。」
「なるほど、まさに俺たちを奮起させる言葉でもあり、神への祈りでもある!次の街へ!次の街へ!」
声を揃えて叫びながら、門徒たちは大司教を……正確には、死体を詰めた箱の上から大司教の上半身が生えたような状態のものを、共に担ぎ上げた。
まるで、大昔の人類の文明における、祭りの神輿のような運び方であった。箱と癒着した姿の大司教が地表に放置されていては異様さもますます際立っていたものの、門徒たちによってこのように担ぎ上げられれば、どうにかそれなりに、様にはなるようだった。
「ウィーパ様は、どこですか?次なる人間たちの街へとたどり着いた時は、ウィーパ様のお導きが必要です。」
「ウィーパ様?おい、そこの、ウィーパ様を連れてこい!」
大司教からの指示を受けた門徒たちは、未だにウィーパを強く抱きしめているキャシーへと粗暴な声を投げかけながら詰め寄っていく。
キャシーは一瞬、明確な敵意を込めた視線を彼らに向けた……いずれにせよ、複数の門徒たちを相手にすれば、ウィーパを庇うキャシーの側に勝ち目などなかったが。それに、彼女自ら、どこか別の居場所を見出すことも出来なかった。
「おい、大司教様のお言葉が聞こえなかったのか?ウィーパ様を連れて、こっちまで来いと言ってるんだ!」
「……分かった。」
優秀なウィーパの才能が評価され必要とされているのならば、キャシーにはそれを阻む選択などなかった。これ以上の余計な騒動を起こすまいと、結局キャシーはウィーパを抱きしめたまま、門徒たちに促されるがままに大司教の傍へと寄っていった。
ハリコもまた、ついでのように連れていかれる。大司教は今やハリコの存在になど言及しなかったが、門徒たちは一度示された命令を忘れていなかった。
「お前も、来い!ウィーパ様と行動を共にするリズァーラーとして、働くように大司教様から言われていただろう。」
「グルルルゥ゛ゥ゛。」
門徒のひとりに首根っこを掴まれて引っ張られ、ハリコは変わらず不満げに唸り続けていたが、彼はまた別の理由でこの集団から離れる気などなかった。
大司教の上半身が文字通りに癒着してしまった箱の中には、死体が詰まっている。地下都市内部からはかなり離れてしまったが、現状確実に入手できる養分は、あの中に入っている死体をおいて他にない。
完全な状態の死体でなくともいい、腕や足の一本でも噛みちぎって、マナコのもとへ持って帰りさえすれば……その思いばかりを胸に、門徒たちに追従するハリコが思いのほか従順だったため、ハリコを連行した門徒は首根っこを掴む手を緩めた。
「お前みたいな能無しも、大司教様と旅路を共にすることに、意味を見出したのか?ま、こんな地上の世界を見せられちまったら、大司教様の凄さが嫌でもわかるってもんだよな。」
「ウゥ゛ゥ゛。」
ハリコは曖昧な唸りしか返さなかったが、門徒は自分の思い込みを元に、ひとり勝手に頷いていた。
とはいえ、地上世界を目の当たりにした今、「ここではない、どこか」別の場所を求めて旅する者たちには、導く存在が必要であることは間違いなかった。どの方向に視線を投げかけても、見通せぬほどの遠くまで延々と胞子の降りしきる大地が広がるばかりなのだ。
道標も、その代わりになりそうな人工物も、何もない。進むべき道を示しているのは、先ほど地下都市から這いずり出てきた"神"の巨体、悪臭を放つ菌糸の塊だけであった。
「御覧なさい、門徒の皆さん。神は迷わず、次なる目標へと進んでいます。神の導きのままに、我らも随伴しましょう!」
「神と大司教のお導きさえあれば、俺たちは迷うことなどない!次の街へ!次の街へ!」
門徒たちは気勢をあげ、大司教の上半身がへばりついた箱を高々と掲げ、ゆっくりと歩き始めた。
ゆったりした歩み出しにならざるを得なかったのだ。大量の菌糸によって巨体を為した神が、地表を這いずっていく速度は、その外見にたがわず、恐ろしいほどに遅かったのである。
「門徒たちよ、私の乗った箱は、肩に担ぐ形で構いませんよ。この先、新天地を目指す旅は先が長いでしょうから。」
「は、仰せのままに。」
門徒たちが余計な行動力を費やさぬよう、大司教が早々に指示を下したのも、当然の判断であった。
この遅さのまま、果て無き胞子と菌糸の大地を、明確な目標地点のあてもなく、彷徨い続けるというのか。あまりにも気が長すぎる旅路の始まりを実感し、ハリコは彼らとは道を共にすまいと決意を新たにしていた。
どうにかして、死体を強奪しさえすれば、この集団から離れられるんだから。




