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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
地上へ、ありもしない希望を拵えて
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捧げたのならば、求めてはならぬ

 地下都市を埋め尽くしてあふれ出た菌糸の巨大な塊、その表面によって押し出されるようにリズァーラーたちは地上世界へと至る。


 表面に寝転んで運ばれているうちはフワフワとした感触を全身で味わえはしたものの、当然ながら単なる菌糸の塊が、地上へと運び上げられた者たちの降り心地など考慮するはずもない。


「ウ、ウ゛ワ゛ァ゛ァ゛!」


 急に傾斜角度のついた菌糸の塊の表面から転がり落ち、ハリコは濁った叫び声を上げつつ地表面へと叩きつけられた。


 厚く堆積した胞子や菌糸の層のおかげで、衝撃は大幅にやわらげられていたものの。這いつくばったままハリコが見上げれば、果てのない空間、遥か頭上を真っ白く覆い尽くしている雲の層……すなわち空がいっぱいに広がっていた。


 地下都市では決して見ることのできない、途轍もない広がりだった。


「ウゥゥアァ……。」


 そのようにハリコが見惚れていなければ、あるいは彼の本来目的とするところは早々に達成できたかもしれない。ハリコ同様に地下から押し上げられ、"神"と崇める菌糸の表面から、門徒たちは死体を収めた箱ともども転がり落ちていた。


 ゴロゴロと転がり落ちては勢いよく地表に叩きつけられる門徒たち。とはいえ、ハリコ同様に柔らかな地表に受け止められて、ただでさえ頑健な身体が損傷することなどなかった。


「これが、地上の世界……日の目の見える所……何と神々しい……。」


「俺たち、ついに、あの地下都市を抜け出せたんだな……!」


 門徒たちは各々、投げ出された体勢のまま、あるいは腰を抜かして座り込んだまま、呆れるほどに広大な世界を感極まりながら見回している。


 地下都市の最下層に住まわされ続けていた彼らは、地上世界へと出てこれた現状そのものにも感激していたのだ。が、思えば大司教によって地上世界から物品を回収してくる作業にあてがわれていたリズァーラーならば、幾度も経験していたことである。


 彼らがいちいち宗教的な意味を付与しながら達成した地上への脱出は、単なる物品回収の雑用と同等の行為であった。それは実に滑稽な矛盾でもあった。


「……ウ゛ゥ゛ゥ゛。」


 地上の光を拝んだ門徒たちが、それぞれてんでんバラバラな体勢で神を崇めだしたのを余所に、ハリコの中では目の前に広がる光景をどこかで見たような記憶が蘇りつつあった。


 空中を漂う無数の胞子によって乱反射し、影を作らぬ光。足元の地面と、遥か上空を覆い尽くしている雲、いずれも真っ白にずっと遠くの地平線まで続き、その境目もまた白くぼやけて明らかではない。


「ア……。」


 あの処刑任務の合間を過ごしたリズァーラー用の拠点で、目を閉じてじっとしている時に得た幻視と同じ光景であった。


 ただ、幻視では感じ取れなかったこととして、この場は生暖かい空気で包まれていた。胞子を降り注がせ続けている雲のフワフワとした層が、全世界の湿度と温もりを閉じ込めているかのようであった。


 それに、ハリコの胸中に畏敬の念を感じ起こさせた、あの巨大な菌糸の塊も無い。たった今、地下都市の居住区ひとつを埋め尽くしながら地上へ這い出ている"神"も巨体ではあったが、幻視の中で見た存在ほどの大きさではなかった。


「ウィーパ?……どこだ、ウィーパ!ウィーパは、無事なのか?」


 一方で、ハリコや門徒たちから僅かに遅れ、菌糸の塊から地表へと転げ落ちたキャシーは、周囲の光景に見惚れることもなくウィーパが健在であるか求めていた。指示を与え続けてくれていた存在を求めるのは、リズァーラーとしての純粋な反応であった。


 ウィーパなら、大司教がその腕の中から手放していなければ、まだ彼に身体を抱かれたままのはずである。


「大司教様?……大司教様!ご無事ですか!」


「あぁ、何も心配はいりませんよ、門徒の皆さん。」


 地上へとせり上がった部分が相当の高さに達し、徐々に横に倒れて這い出す形となっている、巨大な菌糸の塊。"神"として崇めていたその巨体の側面から、当の大司教は上半身だけをはみ出させて返答していた。


 ありとあらゆる地下都市住民の死体から血肉を吸収し、放つ悪臭は凄まじいものとなっている"神"。地下都市から地上へと、ぽっかり空いた大穴から這い出して来る様は、あたかも巨大なスケールで排泄行為が行われているかのごときである。


 その中から上半身を覗かせている大司教の身体は、まるで消化しきれずにそのまま排泄物に混じっている食べ滓めいた有様であった。


「ウィーパ様を抱いて差し上げていたので、その重さの分だけ沈み込んでしまったようです。しかし、ウィーパ様はご無事です。まずは誰か、ウィーパ様の身を引き取っていただけますか?」


「私が引き受ける!ウィーパ、無事だったんだな!」


「……。」


 大司教の呼びかけに、キャシーが真っ先に駆けつけ、彼の腕の中からウィーパを引き取り、そのまま抱きしめた。またもキャシーの全身から突き出た金属片に刺されながら、ウィーパは無表情のまま、なされるがままに身を任せている。


 暫し呆然と地上の風景に見惚れていた他の門徒たちも、大司教からの呼び声に目を覚ますように、本来の働きへと戻っていく。死体を詰めた箱を拾い上げ、柔らかな地表の上で箱が損傷していないことを確かめている彼らに気づいて、ハリコは呆けていた自分自身を恨んだ。


 せっかく、死体を奪って逃げる絶好のチャンスだったのに……一方で、門徒たちは下半身が"神"の菌糸の中に埋まったままの大司教へと手を差し伸べていた。


「大司教様、そこから離れられますか!」


「俺たちが引っぱり出した方が良さそうですか?」


「えぇ、頼みます、門徒の皆さん。どうにも、力を入れようにも、脚が動かせないもので。」


 さきほど、せり上がってきた菌糸の海に呑まれていった者たちも、全身に菌糸が絡みついて身動きのとれぬまま、"神"の体内へと埋没していっていた。


 ウィーパの体重の分だけ沈み込んだ大司教の下半身も、同様の状態なのだろう。大司教の人並外れて大きな腕を掴み、屈強な門徒たちは彼らなりに慎重に引っぱり出していく。


 ブチ、ブチと菌糸のちぎれる音と共に、大司教の身体は存外にあっさりと"神"の体内から引き離された……ホッと一息ついて、大司教の方を見た門徒の一人は悲鳴を上げる。


「ヒィッ……!?だ、大司教様、体が……!」


「そ、そんな、俺たち、そこまで無理やり引っ張ったわけじゃないのに……!」


 大司教の身体からは、下半身が無くなっていた。


 彼の腰から下には、ちぎられた綿のように無数の菌糸がはみ出ているばかりである。大司教が埋もれていた場所へいくら目を凝らしても、彼の下半身の残骸や痕跡はまるで見当たらなかった。


 人間の死体や、不要となったリズァーラーたちの身体を取り込んでいったのと同様、"神"は自らを構成する菌糸の一部として、埋もれてしまっていた大司教の下半身だけを分解、吸収していたのだ。


「落ち着きなさい、門徒の皆さん。」


 慌てふためき、狼狽える門徒たちに向かって、上半身だけの姿となった大司教は静かに語り掛ける。


 当の彼も、内心では壮絶に慌てていたものの。もとより血の通わぬリズァーラーであればこそ、自分の腰から下が消え失せていたことに気づいた際も、顔から血の気が引く様を門徒たちへ披露せずとも済んだのだ。


「私のこの姿もまた、神によって与えられた命運によるものです。地上世界へと持ち上げられる際、私の下半身だけが神の体内へと沈み込んでしまったのは、ウィーパ様を抱いて差し上げていたため。いわば、我が信奉心の証なのです、この姿は。」


 いつも堂々たる体躯を誇るようにシャンと延ばした長身から響き渡る説法も、今は地面に這いつくばり、辛うじて両腕で上半身を起こしながら行っているため、かなり見劣りのするものであった。


 とはいえ、一応理屈は通っている。それにこの門徒たちはつい先ほど大司教の教えに従い、"神"の身体に呑み込まれることなく地上への到達に成功したばかりである。


「さ……さすがは大司教様です!その身を神のために捧げるなど、並みの信仰心では真似できません!」


「俺たち門徒とは、覚悟のほどが違うってわけですかい!これからもあなたについて参ります!」


 自らを讃える声々に囲まれながら、大司教はしばらく目を閉じて、静かに頷いていた。


 敬虔で寡黙な聖人を気取らなければ、この場を乗り切ることは出来そうになかった……自分の下半身が消え去った実感、これから半永久的にその姿のままだということをハッキリ自覚するごとに、言葉を選び紡いでいく冷静さを保つことは困難になっていったのだ。


 門徒たちは大司教を口々に褒めていたが、それ以上のことは出来なかった。いかにして、下半身を失った大司教を、これからの地上の旅に同行させるか、妙案を浮かべるだけの思考を有する者は居なかった。


「あぁ、神が歩んでいく!我々は、神にこれからも導かれるのですね!」


 ズルッ、ズルッ、と菌糸の土壌の上を這っていく、菌糸の巨大な塊。いきなり超重量級の身体を与えられて戸惑うナメクジのごとく、不器用な這い進み方であった。


 それを指さしながらの門徒の叫びに、大司教はどうにか答えを返すほかなかった。


「えぇ、我々は導きの通りに進まねばなりません……私は足を文字通りに失ってしまいましたが、願わくば、門徒の皆さんと共に行きたいものです。」


「もちろんですとも、大司教様!しかし、いかにしてお運びいたしましょう?」


 屈強な門徒の腕力をもってすれば、それこそ体重が半減した大司教の身体を、肩に担いだり小脇に抱えたりするなどして運搬することなど容易いであろう。


 しかし、それではあまりに恰好がつかなかった。今の今まで、宗教的な意味合いをいちいち行為に付与し、ここまでたどり着いた旅路なのだ。誰に見られて困るものではなかったとしても、門徒集団の中で大司教が占めるべき立ち位置を無下にはできない。


「地上の旅のため、死体を詰め込んで運んでいた木箱があるでしょう?その上に私の上半身を乗せていただきたい。導かれるべき先を見通すことも、皆さんの姿を見ることも今まで通りに叶います。」


「たしかに、仰る通りです!さっそく、お運びする準備にかかりましょう!」


 門徒たちは大司教から告げられた通りに、死体を詰めていた箱の周りに集まり、大司教の上半身を抱きかかえながら、いかにして不格好ではない乗せ方が出来るかと試行錯誤を始めた。


 その効率の悪い手際で一仕事終えるまでにどれほど待たされるか、知れたものではない。放っておかれているウィーパの身体を大事そうに抱きしめているキャシーの隣で、ハリコは低く不服そうな唸りを続けていた。


「ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……。」


 死体入りの箱の上に、大司教の上半身が固定されては、ますます死体を強奪するのが困難になってしまう。


 無事に地上世界へと出て、"神"と崇める菌糸の塊に導かれることを嬉しがっている門徒たちと、彼は真逆の心境を抱いていた。

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