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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
地上へ、ありもしない希望を拵えて
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先達無き導きは漂流に似たり

 地下都市最上層の崩落事故跡は、事故直後の状態のまま、あれ以降まったく手が付けられることなく残されていた。


 それもそのはず、跡片付けや復興など望むべくもない状態であった。居住区の天井部が崩落し、ほぼ全ての家屋が倒壊したうえ、地上から胞子と菌糸が降り注ぐ環境下で、生き延びた市民など居ない。


 最初からこの居住区が崩落するのを見越して、前もって準備した密閉式ベッドの中に籠り難を逃れたのはカティーであったが、彼女はそもそもリズァーラーだった。


「門徒の皆さん!御覧なさい!日の光です!あれこそ、地上の世界です!」


「おぉぉっ!ついに、遂にここまで来たんだ、俺たちは!」


 そんな足元の瓦礫になど、当然のことながら大司教と門徒たちはまるで意識を向けてなどいなかった。


 彼らが見ていたのは、この上なく柔らかで優しい陽射しが、舞い散る胞子とともに注いでくる、崩落穴の外の世界であった。歓喜の声を上げ、笑いさざめき、歓び騒ぎ、両の腕を突き上げた。


 大司教に心酔している彼らとは事情が異なっていたが、キャシーもまた、地上世界からの自然光に視線を奪われっぱなしであった。


「あれが、地上か……なんて不思議で、魅力的な光なんだ、ウィーパは、私にこれを見せたかったのか……?」


 いつも周囲を差すような鋭い眼差しのキャシーが、珍しく目を丸く見開き、ぽうっと惚けたような表情を浮かべている。


 当のウィーパは、相変わらず大司教の腕に抱かれたまま、無表情を全く動かしていなかったが。彼にとって、地上に出ることは直接の目的ではなかった……あくまで、地上世界を覆っている菌糸の土壌と一体になれれば、それでいいのだ。彼が何の感銘も覚えるはずもなかった。


 同じく連れてこられたハリコはと言えば、地上の光を目にした瞬間こそ視線を奪われたものの……今は興奮も収まっていた。カティーによってこの居住区へ連れてこられた時、そして崩落後に避難する時に、既に見ていた光景であった。


「ウゥ゛ゥ゛……。」


 ハリコの求めるところは、ずっと変わっていなかった。おそらく今は停電して真っ暗になっているだろう元研究施設の中、乾燥剤を浴びて活動停止したままのマナコを、蘇らせること。


 そのためには、血肉の滴るような、新鮮な死体が必要だ。地下都市住民の死体のほぼ全てが"神"の養分として捧げられてしまった今、数少ない残りの死体は、相変わらず列の後方の門徒たちによって担がれた箱の中にある。


「門徒の皆さん!崇めましょう、この光を!神は、我らを導いてくださっている!いよいよ向かうのです、光に満たされた地上世界へ!」


「導かれた俺たちは、幸せです!いよいよ、地上へ!地上へ!」


 大司教による扇動を受け、大興奮の渦中にある門徒たち。これから地上を行く旅路のため、彼らが養分として用意した死体を奪い取る好機があるとすれば、今だけであった。


 が、リズァーラーの本質は、与えられた命令を忠実にこなすことにこそある。改めて死体の箱を担いだ者たちの方を振り返ったハリコであったが、彼らはしっかりと血に汚れた箱を担いだまま、それを放置などしていなかった。


 強いて先ほどまでとの違いを上げるなら、ハリコの肩を掴んで拘束し続けている門徒が、大いに油断しているぐらいである。


「凄い、凄いな!ずっと地下都市の最下層で我慢させられ続けてた俺たち、とうとうここまで来たんだぜ!お前も、感激だよな!」


「ウ゛ゥ゛ー。」


 彼もまた門徒の一員として歓喜の極みにあり、勝手に傍らのハリコも同様の心境であろうと決めつけていた。掴んでいる肩をそのままにハリコの身を抱き寄せ、肩を組んで歓びを共有しているかのような体勢となっていた。


 いかに屈強で粗暴な門徒であっても、ここまで大司教の導きに従ってついてくるだけの純真さを持ち合わせているのだ。


「……ウ゛ゥ゛ゥ゛。」


 そんな彼に対して、決して賛同しているわけではない唸り声を返しつつも、ハリコは一つの決断を迫られていた。


 しっかりと拘束されていない今、ハリコは傍らの門徒の隙を突いて、その腕の中から抜け出すことが十分に可能な状態であった。しかし、死体の箱は門徒たちが肩に担いだままである。


 ハリコが逃走を図れば、いくら歓喜に湧いている門徒たちも、すぐさま警戒状態に戻るだろう。死体の箱の方へ向かっていっても、それを奪うどころか、屈強な門徒たちによって力尽くで取り押さえられるのが関の山である。




 ……だが、逃げるならば、これが最後のチャンスだ。




 どこへ向かおうとも、あの柔らかな日の光に満たされている地上に出たが最後、隠れる場所はない。今なら、この最上層居住区跡を一気に走り抜け、闇に閉ざされた地下都市の排水管へと駆け込み、門徒たちの追跡を逃れることは十分に可能である。


 そして、真っ暗闇の中、ハリコの目では見通せないながらも、手探りでマナコの元へと帰り、彼女の傍に居続けることも出来るだろう。全身乾燥しきって、頭部と胴体が切り離されたままの、マナコとずっと一緒に。


「……ウゥン。」


「うん?なんだぁ?首を横に振りやがって、テメェ。ま、所詮は管理局の手先だ、この荘厳さを分かるほどの頭も無ぇんだろうな。」


 ハリコの肩を抱き寄せていた門徒は、唐突に否定の意味を込め首を横に振ったハリコへ横目をやり、不満げに悪態をつく。


 が、実際のところハリコが否定したのは、自分自身の中に浮かんだ思考であった。やっぱり、マナコちゃんのもとに、養分を持って帰ってあげなきゃいけない。動くことも出来ず、ハリコからの呼びかけにも応えず、乾いたままでいずれ朽ちていく彼女の傍に居続けるのは、考えられなかった。


 一方、ひとしきり歓声を上げおえた門徒たちの中には、歓びの表情が薄れ、戸惑いの色があらわれつつあった。


「……ところで、大司教様。俺たちは、どうやってあの地上世界に出りゃあいいんでしょうか。」


「確かに地上への大穴は開いてますけど、随分高い場所にありますぜ。」


 それは、この最上層居住区における崩落事故が起きた後、ハリコの身柄を抱き上げたマナコと共に見上げた時と同様の感想である。


 元々、地上の光を注がせるために巨大な天窓の填まっていた枠は悉くが崩れ落ち、下に建築されていた数多の屋敷を跡形も無く押しつぶしている。すなわち、最上層の居住区と言えど、床から地表までの高さは相当のものであったのだ。


 都合よく地上に至るまでの階段も設置されていない。崩れ落ちた瓦礫は小規模な廃材の山となっていたが、とても地表に届くほどではない。さんざん地上世界へ至ると謳っていた大司教へ、向けられる視線に不審の色が含まれつつあったのも無理はなかった。


「門徒の皆さん、落ち着いて私の言葉を聞きなさい。我々は、神に導かれています。そう、今もなお。」


「そうは仰っても、大司教様。俺たち、このままじゃ誰も地上世界にたどり着けねぇんじゃねーですかい。」


「最後まで信じ抜く者こそ、真の救いを得るのです。見なさい!神が居ます!」


 門徒たちの中に渦巻く不審が、明確な不満へと変わるより先に、大司教はこの最上層居住区の隅を指さした。


 全く、人心掌握術と共に、自分にとって都合の良い現象を呼び込む運にも恵まれた大司教であった……ちょうど、先ほど門徒たちが通り抜けた最上層への入り口をいっぱいに塞いで、真っ白な菌糸の巨大な塊が入って来ようとしているところであった。


「あ……あぁ!神だ!神が来られた!」


「神よ!我らを地上へ!地上の世界へ、お導き下さい!」


 雑然と不満を口にしかけていた門徒たちは、再び一体感を得て歓喜の声を上げ始める。ハリコは再び、あの死体の箱を運ぶリズァーラーが隙を晒していないかと視線をチラと向けたが、相変わらず忠実に箱は担がれていた。


 "神"と呼ばれる菌糸の巨大な塊は、菌の塊らしく、全く動いていないようにも見えた。が、その位置は着実に変わり続けていた。


 まるで、菌が人知れず繁殖し増えていく様を、かなりの早回しで見せられているかのようであった。


「……。」


 周囲から賛美と歓喜の声を浴びながら、それは地上からの光降り注ぐ場所へと近づいて行く。


 真っ白な菌糸で全体は細長い、ぬめる表面を有し、目も手足も無く這いまわる虫のようだった……何よりも、大量の死肉を養分として取り込んで間もないためか、その全身からは途轍もない悪臭が放たれていた。


「門徒の皆さん!神の導きに感謝しましょう!これから我らを、地上世界へと連れていってくださるはずです!」


「神が、俺たちの目の前にまで来られた!触れるほど近くに!さぁ、地上へ!地上へ!」


 仮に生きた人間がこれと遭遇すれば、とてもではないが崇めるどころではなかったろう。しかし、大司教と率いられた門徒たち、すなわちリズァーラーたちは全霊の叫びを以て、この遭遇に歓喜を示していた。


 ありとあらゆる養分を吸収した、豊饒の象徴。地下都市の人間の時代を終わらせ、新たな時代への扉を開く存在。


 新たな時代の何たるかなど、誰も知らぬままに。

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