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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
地上へ、ありもしない希望を拵えて
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求められず、無為なるは自由の意思

 停電は地下都市全体で発生しているらしく、どちらに目を向けようともわずかな灯りすら見ることも叶わない。頭から真っ黒い布を被されてしまっているのではないか、と錯覚するほどの闇で包まれている。


 復旧の目途など無く、復旧する必要を見出す者も居なかった。全ての住民は死に絶えて菌糸の養分と化し、今ハリコとキャシーと共に列を為している門徒たち……すなわち、リズァーラーたち以外に動くものはない。


「ウィーパ様、あなたに我らの進むべき先はお委ねいたします。きっと、日の目の見えるところまで、連れていってくださいますね?」


「はい、来てもらう必要があるので。」


 列の先頭、大司教の手を引っぱって、門徒たちの列を率いているウィーパは、感情のない声で答えている。瑠璃色の瞳が仄かな光を帯びて、何者も視力を働かせられない暗闇を見通している。


 必要、というのは、地上世界を覆い尽くしている菌糸に一体化する必要がある、という意味だ。この地下都市で自らの延命を図っていた人類の死肉は養分となり、巨大な菌糸の塊たる"神"は根を下ろしてその養分を吸い上げている。


 あとは、悉くの養分を地上に届ければ、世界が新たな時代を構築するための土壌は整う。すなわち、今なお活動を続けているリズァーラーが、地上に到達すればよいのだ。


「門徒の皆さん、これは宗教的な経験です。光無き道、闇に閉ざされ見えぬまま、我らを導く教義、ウィーパ様が進むべき先を示してくださる!」


「たしかに、その通りだ!なんて頼りがいのある導きだろう!」


「闇の中で、こんなに心強い案内を得られるとは、俺たちは幸せです!」


 大司教および率いられる門徒たちは、当のウィーパとは全く異なった認識で現状を受け止めていたらしい。


 門を開いた時といい、いちいち宗教的な観念に結び付けたがる大司教は、この暗闇のなかでウィーパの手に縋って進んでいるだけの行為をも、大仰な言い回しで表現して門徒たちからの賛同を得た。


 相変わらず、難しい言い回しを理解できないハリコは、ただ門徒たちに挟まれて身動きのとれぬ状況に不満を示し、唸っているのみであったが。


「ウゥ゛ゥ゛……。」


「さすがは、ウィーパだ。管理局が無くなった後も、この地下都市が崩壊した後も、リズァーラーたちを先導し続ける立場にあるのだな。」


 同じく門徒たちの列に閉じ込められて連行されている立場でありながら、キャシーの方は大司教の言葉に感じ入っている様子だった。


 彼女が元来有する、ウィーパに対しての揺ぎ無き信頼も、その心境の元となっていただろう。自分たちが事実上、大司教と門徒たちによって拘束されたままの移動を強いられている現状の認識を、その感銘が薄れさせてしまっていた。


「ウー……。」


 ハリコは唸りつつも、視力の働かぬ暗闇の中ながら、後ろへと顔を向ける。


 列の後方には、大司教と門徒たちが地上世界を旅する際、必要となる栄養分を蓄えた死体の収められた箱が担がれているはずである。真っ暗闇の中では、視認も出来なかったが、あれを持ち帰れば、マナコを活動再開させられる……。


 すぐ隣にいた門徒のひとりが、ハリコが不穏な動きを見せているのを感じとり、彼の肩を掴んだ。


「おい、全員が見えてねぇと思って、逃げ出そうとするんじゃねーぞ。お前も一緒に地上世界へ来るように、大司教様が仰ってるんだ。」


「グゥゥ、ウ゛ゥ゛。」


 真っ暗闇の中、完全に自分の動きを悟らせないことは困難ではあるが、せめて騒ぐなりして混乱を引き起こせば、その隙にあの死体を奪うことも出来るのではないかとハリコなりに考えていたのだ。奪ったところで、持ち帰るのが一苦労かもしれないものの。


 計画立案や策略など、全く得手ではない彼が、その目論見を通すことはたちまち阻まれてしまったが。搬送されている死体をハリコが狙っていることまで、門徒に察されたわけではないだろうことはまだ救いだった。


 ウィーパの率いる列の先頭は、いよいよ上層街の居住区を隅まで歩き切ったらしい。何かに行き当たったように、前方の門徒たちが立ち止まる。


「ウィーパ様、この先は行き止まりのようですが……?」


「門があります。開けて、進んでください。この先に、崩落事故を起こした最上層の居住区があります。」


「おぉぉ……!いよいよ、ですな!門徒の皆さん!暗闇の中ですが、ここに門があります!手探りで、開く手段を見つけるのです!」


 大司教が感極まった声を上げ、それを耳にした門徒たちは我先にと手を前に出し、門へと取り付く。


 目が見えない暗闇の中で、彼らの振る舞いが実にマヌケであったことは、暗闇でも視力を働かせられるウィーパだけに見えていた。最上層へと通ずる門へとそもそもたどり着く前に、見えない足元の段差に蹴躓いて転び、後ろから寄ってきた別の門徒が足を絡ませて連鎖的に転倒していく。


 別の者は、自分が向かっていった先が前方だと信じながら全く見当違いの方向へと進み、ただの壁を両手でまさぐりながら、門を開くための取っ手を探している。


「……不必要な存在は、労働作業に全く適しませんね。」


 感情のない声で、ウィーパは呟いた。誰に伝える必要もない内容を述べることもまた、不必要な行為ではあったが、それでも口をついて出るほどに愚かしい振る舞いの数々が目の前に繰り広げられていたのである。


 転倒したまま、起き上がれずにいる面々の身体を乗り越え、どうにか門へ取り付いた者も、取っ手を握ったままどう操作すればいいのか分からぬまま、意味のない方向へ力を掛けている。下層街を隔てる門とはちがい、手入れされて錆もないこの門は、開閉操作も円滑であったはずなのに。


 並の人間を遥かに超える労働力を有していながら、この場に群がった門徒たちはただひとつの門を開くだけで無為に時間を費やしていった。


「グルルゥ゛ゥ゛」


「お前は、俺がしっかり確保してるからな。さっきからゴソゴソと、何故逃げ出そうとする。大司教様の命令通り、俺たちと共に地上世界へ行き、日の目を見ることは幸せなことのはずだ。」


 状況は確かに混乱していたが、ハリコは相変わらず屈強な門徒から肩をつかまれたまま、押さえつけられて身動きが取れなかった。


 明確な動作指示が無く、各々に行動の判断を任されれば全くの無能と化す門徒も、大司教からの言いつけに対しては忠実であった。それが、ハリコによる死体強奪を防ぐという的確な効果をもたらしている。


 現状は、まさに「ただ命令に忠実である」というリズァーラーの本懐をこの上なく分かりやすい形で示すものであった。


「門徒たちよ、落ち着いて行動なさい。道は、必ず開かれます。最上層へと至るための門、我が前に間違いなくあるのですから。」


「大司教様の、仰せのままに!」


 門徒たちを率いる大司教も、具体的な指示ではなく、漠然とした励ましの言葉をかけるのみであった。下層街から上層街へ入る時と違い、彼もまた暗闇に包まれ何も見えぬのだから、仕方のないことではあったが。


 散々に無駄な手間をかけ、ようやく門が開くに至るまで長い時間がかかった。


「おぉ、大司教様!あの光は!」


「あれは……地上世界の光です!門徒たちよ、我らはついに日の目を見る時が来たのです!」


 開いた門の外から、柔らかな光が差し込んでくる……リズァーラーたちが見慣れた人工照明の、無駄に眩しく、無機質で、目を刺すような光とは全く異なる類の光である。


 マナコのもとへと死体を持って帰ることばかりに執着しているハリコも、思わず目を奪われてしまう、抗いがたい魅力を有した光であった……すぐさま、大司教に続いて光のもとへ殺到する門徒たちの狂乱が一帯を包み込んだが。


「さぁ、行きましょう、門徒の皆さん!私とともに!」


「光のもとへ!地上へ!地上へ!!」


 鋼鉄製の門は両開きだったのだが、片方しか開いていなかった。暗闇の中、片方の取っ手が力尽くで本来動かない方へと捻じ曲げられてしまっていたため、そちらの扉は固定されたままであったのだ。


 狭い門へと、一度に大勢が押しかければ、当然ながら身動きは困難になる。幸いにも、リズァーラーたちは人間と違って身体の損傷をものともせず、そして大司教の言葉には忠実であったため、秩序が完全に崩壊しきることは無かったが。


 ハリコにとっては、彼らの大司教に対する忠誠心は不都合であった。傍らを見れば、ハリコの肩を掴んで押さえ続けている門徒が離れず、その更に向こうには、キャシーの身柄を両脇から拘束し続けている門徒たちの姿もあった。


「あぁ、俺たちも早く、あの光のもとへ行きたい!」


「ウゥ゛ゥ゛。」


 行けばいいじゃないか、とハリコは唸って聞かせるが、門徒はしっかりとハリコの肩を掴んだままであった。


「だが、大司教様から、コイツらをちゃんと連れてくるように、命令されているからな。」


「ウィーパ、ウィーパは、無事なのか?」


 ただ唸っているだけのハリコと異なり、キャシーは明確に不安の表情を浮かべていた。


 大司教と共に列の先頭に居たウィーパが、狭い門に押し寄せ、殺到していく門徒たちの下で踏みつぶされているのではないかと案じていたのだ。しかし間もなく、混雑の向こう側、ウィーパの身体を抱きかかえている大司教の姿がチラと見えた。


「お前が心配しなくても、大司教様はウィーパ様と一緒だぜ。」


「あぁ、俺たちには、あの方々が必要だ。ウィーパ様が大司教様を導き、大司教様が俺たちに道を示してくださる。」


 やがて、押し合いへし合いしながらもどうにか門を通り抜けた先頭集団を確認し、ハリコとキャシーを拘束している面々も歩を進め始める。


 抗えぬ魅力をはらんだ光を目にして突発的な行動に走ったリズァーラーが、考えられる限り最も非効率な通行の様を見せつけたのに対し、大司教の命令を忠実になぞっている面々は、実にスムーズに門を抜け、最上層居住区へと至ったのである。


「おぉ……やっぱり、大司教様についてきて良かった!見ろよ!こんな光景、地下都市で暮らし続けてたら絶対拝めねーぞ!」


「ウゥ……!?」


 隣の門徒が指さした先の光景に、ハリコも思わず感嘆の声をあげる。


 地下都市最上層は、いつぞやカティーがハリコを連れ込んだ居住区である。地上からの崩落事故を起こし、現状は唯一地上世界へと露出している区画となっている。


 今、ハリコの目の前では、崩落の跡である大穴から、無数の胞子が降り注いでいた。地下にては決してお目に掛かれない自然光……日の光が差し込み、キラキラと空中を舞う胞子が乱反射の煌めきを惜しげも無く披露し続けていた。

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