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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
地上へ、ありもしない希望を拵えて
162/194

閉ざされているのではない、向かわずともよい

 ウィーパを抱きかかえた大司教を先頭に、門徒たちの列は進む。


 人間たちの死体が集結させられた廃棄物処理エリアには排水管を経由してたどり着いたリズァーラーたちであったが、すでにその排水管内は"神"と呼ばれる巨大な菌糸の塊でギチギチに詰まってしまっている。


 血肉の山から吸い続ける膨大な量の養分を、本体へと送り込む菌糸の根は瞬く間に膨張し、地下都市内を縦横に走る排水管内を見る間に埋め尽くしたのであった。


「門徒の皆さん、我らは胸を張って歩きましょう。もはや、何者も我々リズァーラーを阻むことなどありません。」


「はい、大司教様!俺たち、この日をずっと待ちわびていましたぜ!」


「最下層のブラックマーケットから、地上に繋がる最上層の居住区へ!俺たちはいよいよ、堂々と乗り込めるんだ!」


 歓喜の声をあげ、大司教の背後でわめき立て、騒々しく地上世界へと向かうこの列は進んでいく。これほどの喧しさに囲まれ続けることはハリコもキャシーも経験したことなどなかった……地下都市という管理社会で、自由に騒げる者などこれまで居なかった。


 彼らの興奮が、殊に高まったのは、地下都市の下層街と上層街を隔てる巨大な門にたどり着いた時のことであった。


「開けなさい、この門を。貧しく満たされぬ民たちと、恵まれて富める民たちを隔て続けた、この門を。」


「承知しました、大司教様!俺たち自らの足で蹴破ってやりますぜ!」


 地下の社会構造を象徴的に示す、下層街および上層街という区分。この街に住まう市民たちは、決して自由に行き来することなど許されなかった。そも、生存リソース管理のため、あてがわれた居住区から出ていく行為自体にまず許可が下りない。


 リズァーラーたちは、おなじみの排水管および設備管理トンネルを経由して行き来できていたが、酸素供給も照明もない排水管を人間が通行できるものではない。


 唯一、人間が通行可能な経路が、大司教率いる列がたった今行き当たった、巨大な金属製の門であった。


「御覧なさい、門徒たちよ。なんと堅牢で、冷酷で、そして錆びついた門でしょう。管理局の傲慢と独裁が、そのまま刻み付けられているようではありませんか。」


「錆びつきもするでしょうよ、いっぺんも開いたことなんてないんだから!コイツをついに開け放つってわけです、俺たちが!」


 大司教の言葉に応えた門徒のひとりが言った通り、少なくともこの場に居る者たちは、この下層街と上層街を隔てる門が開かれたところを見たことなどなかった。一度でも、開かれたという情報すら流れたこともなかった。


 むろん、門を開かずとも、警備部隊に融通が利く人物であれば……たとえばカティーのように、行き来自体は不可能ではなかった。そんな人物は、地下都市の富裕層の中でも、ごく一握りの市民だけであったが。


「門徒たちよ、苦戦していますか?よく仕組みを見るのです、自棄を起こして、門に己の身体を叩きつけるような真似をしてはなりませんよ。」


「は、大司教様、あなたの仰せであれば、必ずや門を開くすべを見出してみせます。」


 しばらく門に取り付いた集団は、その屈強な身体を押し当てたり、力任せに蹴りを入れたりしていたが、その程度では開く気配などない。


 常にある程度の湿度が保たれ、新鮮な空気が送り込まれず淀んでいることも多い下層街側は、赤茶けた錆が至る所に浮き出ていた。門を支える蝶番がこちら側にある所を見るに、下層街側へと開く構造であるらしい。


 万が一、上層街へと突破しようとする市民が殺到したとしても、押すのではなく引かなければ開かない構造が進行を阻む設計だったのだろう。


「門徒たちよ、いくら力尽くで押しても開きませんよ。引くのですよ。」


「わかってます、大司教様。門を蹴破ろうとしてたバカにもきちんと言って聞かせました……けど、コイツはなかなか、頑固ですぜ。」


 今は、烏合の衆とは異なり、大司教に率いられた門徒たちが集まっていたため、目的達成に直結しない行動は中断させることが出来ていた。


 錆びついた門が動き始めるまでが、一苦労であったが。まず、門の向こう側へと通り抜ける手段だけは見つかった。大掛かりな門を開かずとも、その脇に設置されている警備部隊の詰め所を通り抜ければ、上層街の側へ行くことは出来たのだ。カティーも、ここを通り抜けたのだろう。


 しかし、大司教はあくまで門を開けることを望んだ。地下都市の最下層で機を待ち続けた彼は、地上へと至るまでの過程にいちいち象徴的な意味合いを見出したかったらしい。


「警備部隊の元詰め所を抜けた連中が、反対側で閂を外しました。そりゃ、こっち側に門を解錠できる仕掛けが無いのも、当たり前ですぜ。」


「賢明なことです、門徒の皆さん。どれ、私も手を貸しましょう。」


 解錠の仕掛けが無いのと同様、下層街側には門を引き開けるに都合が良い取っ手なども設けられていない。徹底して、門は貧困層の下層民たちがこじ開けられないような構造となっていた。


 早くも上層街側へと入りこんだ門徒たちが、反対側から門をじりじりと押し開けていく。大司教はウィーパを片腕に抱いたまま、もう片方の手で開きかけた門の隙間に手を入れ、引っ張った。


「さぁ御覧なさい、地上への道は開かれます、皆さん!神と共に、我らは日の目を見る世界へと、また一歩近づくのです!」


「おぉ、門が開いていく!さすがだ、大司教様!」


 さすがに並外れた長身を誇る大司教といえど、今、門を開いた力の大半は反対側から渾身の力で押している門徒たちによるものだったろう。


 しかし、大司教が手を掛けたとたん、まるで門自らが道を開いたかのようにすんなりと開いたのだ。ハリコとキャシーは、後方で待機している門徒たちに挟まれたまま動けず、ただこの光景を見守るばかりであった。


「おい、テメェらも見ているか?すげぇだろう、俺たちの大司教様は。あの方が望めば、かならず道は拓かれるんだ。」


「た、たしかに、すごい……大司教の方から、光が差し込んでいる。」


 当然のごとく、今までほぼ開かれなかった門の上部や、蝶番からは砂埃や砕けた赤錆が粉となって降り注いだ。ちょうどその粉塵が、上層街から差し込んでくる街灯の光を浴び、なにやら神々しい光の筋を演出したのである。


 図らずも心奪われているような言葉を口にしているキャシーは、それを目にしたに過ぎない。


「ウゥ゛ー……。」


 目の前の光景に感じ入るほどの感性も持ち合わせないハリコは、ただ不満げに唸っているだけであったが。


 とはいえ、たった今起きたことは偶然の現象に過ぎなかったものの、少なくともこの大司教という人物が、とことんまで集団の心理を掴む才と運を有していることは事実ではあった。


「さぁ、門徒の皆さん。地上への旅を続けましょう。我らは道をいくら阻まれようとも、決して足を止めることはありません。」


「俺たちは、あなたについていきます、大司教様!地上へ!地上へ!」


 大司教の腕の中で、ウィーパは全く関心なさげに、無表情のまま抱かれるに任せ続けていた。


 門徒たちを引き連れた大司教は、上層街の居住区画を進んでいく。贅沢に石畳を敷き詰め、下層街の倍以上の密度で設置された照明、街灯のおかげで、下層街と比べ格段に歩きやすくなっていた。


 騒ぎ立てている門徒たち以外に、声を出す存在はない。立ち並ぶ邸宅はことごとく静まり返り、中に冷たい闇だけを抱いている。あらゆる住民は、廃棄物処理エリアに投げ捨てられた後だ。


「なんと無駄の多い街並みでしょうか、大司教様。これほど広大な空間、労働者の住居や耕作地にすれば、人間どもももうちょい長生き出来たでしょうに。」


「門徒の皆さん、それでは神の生育が遅れてしまいます。人間たちの社会が早く崩壊するように、神の御意思が働いたのですよ。」


 大司教による説明は、あながち外れているわけでもなかった。ごく一部の富裕層のみが快適な暮らしを楽しみ、住民の大部分が困窮に喘ぎながら労働を続けていたのが地下都市の実態である。


 管理局が罰則と処刑でいかに住民の反抗を阻止し続けたとしても、いずれ生存用のリソースが尽きるのは時間の問題であった。少なからず食糧を必要とする労働力を、人間からリズァーラーへと置き換え始めた辺りから終わりは見えていたのだった。


「人間どもは滅びるのが必然だってわけですかい、大司教様。そりゃ、栄養分、水分、空気、ついでに光もなければ、まともに生きられない貧弱な生き物ですもんね。」


「光については、消えてしまえば我々も行動が困難となりますよ、門徒の皆さん。その機能も、もう終わりを迎えます。」


 大司教が言うやいなや……本当に、この男は己の言葉に説得力を持たせるうえで、悉く最適なタイミングをとらえていた……街路を照らしていた街灯が一斉に光を失う。当然ながら発電施設で冷却作業に当たっていたリズァーラーも居なくなっているため、発電機能が限界を迎えたのだ。


 外光の入ってこない地下世界では、照明器具が無ければ、完全なる暗闇が訪れる。


 一瞬で訪れる暗闇に包まれ、門徒たちは流石に足を止め、どよめいていた。四方、どちらを向いても己が盲いたかのように、何も見えない。このままでは、地上にたどり着くどころの話ではない。


「大司教様!我々は、どうすれば……どこへ向かえばいいんです!?」


「門徒たちよ、私の言葉を聞きなさい。」


 大司教は決して声を張り上げてなどいなかったが、大柄な門徒たちがざわつく声々を制して、彼の命じた通り全員が静まり返った。


 もちろん一帯は暗闇に包まれていたため、門徒たちも、同行させられているハリコも、キャシーも、大司教が何をしているのかは見えなかった。が、彼がしゃがんだらしい衣擦れ、そして腕に抱いているウィーパへと話しかける声だけは聞こえた。


「ウィーパ様、こうしてあなたをお連れするよう私が判断していたのも、神の御意思あってのことでしょう。どうか、ウィーパ様の目を以て、我らをお導き下さい。」


 現状における、最適解であった。ウィーパならば、暗闇を見通す視力を有している。


 ウィーパは現状、可視光では何も見えない空間で、視力を働かせられる唯一の存在であった。……ハリコが、蘇生を望んでいるマナコは、活動停止状態なのだから。


「わかりました。」


 大司教からの要請に対し、ウィーパは存外にも速やかに返答した。


「完全な暗闇に囲まれていては、誰も地上へはたどり着けませんね。僕が皆さんを菌糸としてあるべき場所へ、連れていく必要があります。」


 今まですっかり意思を無くしたように黙りこくって、大司教の腕のなかで無気力に揺られていただけの彼は、スタッと地面に降り、大司教の腕を引いて歩き出す。


 それも、必然であった。この暗闇で大司教と門徒たちが立ち往生していては、本来のリズァーラーの役目を果たせない。"神"と呼ばれる巨大な菌糸の塊と一体化し、地上を覆い尽くす菌糸の土壌の一部となるのが、リズァーラーの役目なのだから。


「ウィーパ様が、我らを導いてくださいます!門徒の皆さん、私の背についてきてください。はぐれぬよう、皆で身を寄せ合うのです。」


「さすがだ、ウィーパ様、大司教様!やっぱり、敬虔な我々は、何事にも道を阻まれることなどないんだ!」


「再び歩み出そう!地上へ!地上へ!」


 大司教の扇動に従い、再び活気を取り戻して一斉に歩き始め、叫び始めもする門徒たち。


 ハリコとキャシーは彼らの列の中に挟まれたまま、そして異様な雰囲気に吞まれたまま、先の見えぬ旅路を前へと進むほかになかった。

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