自由意思の人間を、信頼はし難く
廃棄物処理エリア、住民会会長を殺害した罪にて、キャシーを捕えた処刑担当チーム。
仲間たちを統率するベスタは、捕えたキャシーの身柄をすぐに排水管の外へと連行しようとはしなかった。連れ出せばまもなく、手に手に鈍器を握り締めて血走った眼で待ち構えている住民たちに取り囲まれる。
排水管外部からの光も届かぬ真っ暗闇の中、ベスタはキャシーへと話しかけた。当然、暗闇の中では相手の姿は見えない。互いの声の位置を頼りに顔を向けての対話であった。
「あなたの相方、ウィーパから話は聞いてる。」
「……喋れる状態に戻っていたのか、アイツ。」
「あなたは、今新たに会長の座についている男から命令され、前会長を殺害した。間違いないわね?」
ベスタからの問いかけは、暫しの沈黙をもって返される。
この場で唯一、暗闇を見通せる視力を有しているマナコは、キャシーの表情に口惜しさが存分に浮かぶ様を見ていた。ようやく自分の感情を整理し終えたのか、キャシーは声量を抑えて答える。
「その通りだ、ウィーパの身柄を拘束され、私は逆らえなかった……だが、そのことが判明したところで、私を処刑するという決定事項が覆るわけではないんだろ。」
「えぇ、管理局は決して、下した命令を撤回しない。けれども、あなたへウィーパからの提案を伝えると言ったら、無視するつもりはないでしょう?」
再び、キャシーは黙り込んでいた。やはりマナコだけが、彼女の顔に動揺の表れている様を見出していた。
この間、ハリコは暇そうに排水管の片隅で座り込んでいたが、ヤキバはあえて足音を立ててあちこち探し回るフリをしていた。仮に排水管出口で待ち構える住民が、内部の音を聞いていたとしたら、この会話を盗み聞かれぬよう打ち消す雑音が必要だった。
「ウィーパは、何と言っていた。」
ようやく返答したキャシーの声色は、深く沈んでいた。
連れ添い続けたパートナー、ウィーパの現状を憶測し、尋ねる行為そのものが、耐えがたい不安を煽り立てているかのようであった。
「人間たちは、リズァーラーの再生能力を失念している、と。あなたも喉を裂かれたのでしょう、余計な事を言わないように。けれど今、十分に会話できるほど声帯は再構築されている。」
「私が喋れたとして、何が出来る。リズァーラーに権利はない、何を主張しようとも、どれほど真実を述べ立てようとも。」
地下都市の人口の大部分を占める、貧困層の住民。彼らよりも更に下の階級、死した体に人権無しとされるのがリズァーラーである。
ハリコとマナコ、ベスタにヤキバたちが、管理局から処刑任務を命じられる立場にあるのも、いかなる真実に気づいたとて、下された命令に意見する権利がないためでもあった。リズァーラーは、人間の指示から外れた行為を決して許されない。
だからこそ処刑担当チームは、これまでの任務にて、どれだけ理不尽な理由で処刑される市民が居たとしても、それを中止することはなかったのである。
「その通り、私たちリズァーラーは、自分の主張を聞き入れてもらえる立場じゃない。けれど、情報を伝える役目はある。」
「……何が言いたい。」
「管理局の役目は、この地下都市を統治し、秩序を乱す者を処刑すること。管理局は、リズァーラーよりも、人間の犯罪者の存在をより重く受け止める……人間は権利を有し、自由意思で行動できるのだから。」
これ以上会話を長引かせ、排水管の外で待ち構える住民たちを不審がらせるわけにもいかないベスタは、具体的に取るべき行動ではなく抽象的な理念だけを確認させる。
マナコは相変わらず言葉の真意を汲み取れず、頭の情報伝達菌糸の中に疑問符ばかりを浮かべていたが、暗闇の中でキャシーの表情が一つの決意に引き締まった様だけは見えていた。
キャシーは顔を上げ、やはり闇の中では相手の顔も見えていなかったが、ベスタの声が聞こえていた方をまっすぐ向いて告げた。
「私を連れて行ってくれ、処刑される前にすべきことは分かった。」
「その前に、マナコ。キャシーの喉元に傷跡は残っている?」
ベスタから問われて、ようやく明確な指示を与えられたマナコはキャシーに近寄って喉元を覗き込む。
「はぁい、残ってますねぇ。けど、ほとんど治りかけですねぇ、だいたい塞がっちゃってるかも。」
「人間たちに、キャシーの喉が治っていると悟られては面倒ね。キャシー、その傷跡をもう一度開いて。もちろん、喉を潰さないように。」
「処刑される前の、最後の命令がとんだ内容だな。」
キャシーは毒づきながらも、自らの喉元へ手をもっていき、指先で傷口を探り当て、表皮の下に両手の指を差し込んで傷口を開き直した。ブチ、プチと菌糸のちぎれる、小さく湿った音が近くにいる者の耳元に届く。
この時点で、ベスタはあえてキャシーへ、処刑実行後も活動状態を長らえさせ得る可能性について伝えていなかった。キャシーが嘘や演技を苦手とすることは、以前までの邂逅で知っていた。本気で自分が処刑され、活動不能状態になるのだとキャシーには信じ込ませておく必要があった。
「キャシー、どうか処刑執行時に抵抗しないで。リズァーラーはあくまで人間の命令に忠実なだけで、管理局に対しても協力的だと示していなければ、ウィーパを助け出す手立ても失われるから。」
「分かっている……私が居なくなった後、あの子は……ウィーパは、無事に活動し続けられるだろうか。」
「ウチのチームに来てくれればありがたいんですけどねぇ、暗闇で視力補佐できるリズァーラーが今のところ私しかいませんからねぇ。私もリコくんと一緒に活動できる時間が増えるんですけど、ねー。」
「ウゥ?」
キャシーの胸中も分からず、能天気なことを喋り続けるマナコは既にハリコと手を繋ぎ、排水管の出口へと向かっていた。ベスタとヤキバも、キャシーの肩を両側から支えながら立ち上がらせ、マナコの軽い足音について行き暗闇の排水管を抜け出す。さすがにキャシーとは初対面のヤキバは、彼女の全身から無数に突き出た金属片が体に食い込む感覚に驚いた様子であった。
排水管内部から戻ってきたリズァーラーたちを出迎え、住民たちの放つ殺気はますます露骨に強まったようであった。緊迫感そのものが、この場の空気の代わりに押し詰められていた。
「皆、管理局の職員さんが処刑を確認なさるまで、手を出すんじゃないぞ。今すぐにでも、前会長を殺ったリズァーラーをブチのめしたいのは、俺だって同じだ。」
新たに会長の座についた男が、周囲のどよめきが大きくなる前に住民たちを制する言葉を掛ける。
彼の表情は、変わらず冷静さを保ったままであった。排水管内部を辿って遠方まで逃げ切っている可能性があったキャシーが、すぐ連れ戻されたことについても何ら意外ではなかったらしい。
この時点で、事態は全て新会長の男が想定した通りに進んでいた。ベスタも、彼の思惑から外れた振る舞いを見せぬようにと、表情を変えず周囲へと告げる。
「皆様、道をおあけください。こちらのリズァーラーを、市民生活管理局立ち合いのもと、住民会の集会所前にて処刑いたします。」
「……。」
「ふん、やはり奴は声を出せないか。前会長が殺害された理由を問い質してやりたかったが、喉が裂かれているなら仕方ないな。」
キャシーは黙ったままであったが、完全にうなだれてはおらず、自分が進んでいく先を真っすぐに睨み付けていた。彼女の喉には、周囲からも確認できる傷跡が……先ほど敢えて広げた傷跡が、ハッキリと刻まれていた。
リズァーラーは発話出来ない状態が続いているのだろうと思い込んだ新会長は、満足げに小さく頷いている。この場で驚きの表情を浮かべているのは、初めて明るい場所で、全身から金属片の突き出したキャシーの姿を見たヤキバだけであった。
やがて住民会集会所の前に到着した時、既に野次馬たちの騒ぎを聞きつけていたのだろう、管理局職員は建物の入り口に立って処刑チームを出迎えていた。
「おや、おや。これまた物騒な見た目のリズァーラーが居たものだね、体中に刃が突き出ているとは。こんなものが我々の管理下から外れた存在であっては面倒だ、さぁ、今すぐコイツを処刑したまえ。」
「了解しました、処刑プロセスを開始します。」
ベスタとヤキバは、キャシーの両肩を押して地面に座らせる。無理に押さえつけずとも、既にキャシーは自力で立っていられないほどに養分を枯渇させてしまっていたが。
何らの打ち合わせもしていないような顔で、ベスタはリズァーラーから水分を奪うための乾燥剤が詰められた瓶を取り出した。周囲の野次馬が乱入せぬよう、管理局から派遣された警備兵たちが取り囲み、辺りは緊張感とともに静まり返っている。
顔を上げたキャシーが、ハッキリした声で喋り始めるには絶好のタイミングであった。
「聞いてくれ。私は、ここの会長の排除を、今新たに会長となった男から命令された。それに従って、私は殺害を実行したんだ。」
「ん?何だって?」
管理局職員は、あくまでノンビリとした口調、ほぼほぼ他人事のように聞き返したのみであった。
キャシーの進言は、彼女が当初危惧していた通りの反応を得てしまったかのように見えた。すなわち、リズァーラーが何を語ろうとも真っ当に相手になどされず、人間の都合に悪い内容は聞き流されるというものである。
もう喋ることが出来ないと思われていたキャシーが口を開いた際は、さすがに新会長の男も慌てた表情を浮かべた。が、管理局職員が大して緊迫感の無い反応を示したことに安心したのか、即座に落ち着いた口ぶりで喋り始める。
「人間のことを何も理解していない、リズァーラーらしい苦しまぎれだ。俺がどれだけ、前会長に忠誠を誓っていたか、知る由もないだろう。人間には、絆というものがあるんだ、愚かなリズァーラーには分からんだろうがな。」
「私が喋っていることは真実だ、お前こそ、他の者たちを騙している!私は命令に逆らえなかった、前会長を殺す理由などもとより無かったんだ!」
こうなるはずではなかった、とキャシーは焦り、声色を高める。ウィーパほど周到な性格ではないキャシーは、このままでは迂闊なことを口走ってしまいかねない。
ベスタが今、彼女にアドバイスを与えることは出来なかった。管理局職員や警備兵たち、周辺の住民たちから注目されている今、ベスタは純粋に処刑執行の準備を進めるリズァーラーとして振舞うしかできなかった。
場合によっては、自分たちにまで非が及ぶ前に、キャシーを処刑してしまう選択肢もベスタの中には浮かんだ……。
「つまり、新たに住民会会長となった、その男もまた殺人の罪で処刑されるべき、というわけだな。」
管理局職員の返答は、キャシーの進言をそのままに受け入れるものであった。
思わぬ反応を前に、キャシーは口を噤む。同時に新会長の男も言葉を失っていたが、こちらは顔色をみるみる蒼ざめさせ、絶句しているという表現のほうが正しかったろう。
先ほどまでの冷静さが支柱を失い、彼は震える唇で空中を幾度か咥えたのち、かすれた声で反論を始めた。
「管理局……職員様、何をおっしゃっているのですか?俺は、前会長を殺していません、そのリズァーラーは出まかせを喋っているだけです。それとも、人間よりも卑しいリズァーラーを信頼するおつもりですか?」
「何を今さら。人間を信頼できないからこそ、我々管理局が存在するのだろう?リズァーラーは卑しく、低能だからこそ我々の駒として使っているのだ。リズァーラーどもに、嘘を吐く能力は無い。」
管理局職員から言い返され、新会長の男は口を喘がせたまま、言葉に詰まっている。
普段の冷静さが保たれていれば、更に反論を続けることも可能だったろうが、今の彼は処刑の矛先があまりにも唐突に自らへと向いた事実を前に、脳内の思考回路もマトモに動いていなかった。
「だが、リズァーラーと違って、人間は賢い。嘘を吐き、他人を欺ける。そも、たかがリズァーラー1匹に我々が大騒ぎすることはないさ、こうして職員自らがわざわざ出向いたのは、現地に秩序を乱す人間が潜んでいると嗅ぎ取ったからに他ならない。」
「最初から、そのつもりで……!」
「さて、証言も取れた。予め印刷してきた、この処刑指示書も効力を発揮する。」
管理局職員の男は、スーツの内ポケットから綺麗に折りたたんだ書類を取り出し、随伴している警備兵の一人に手渡す。
警備兵が書類を広げ、高々と掲げて周囲に示す。指示書には、処刑対象の顔写真として、新たに会長となった男の顔がもとから印刷されていた。




