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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
道具は決して嘘をつかない
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疲弊しきれば、闇にこそ逃げ場を求め

 現地における調査をひと段落させ、ベスタはハリコを連れて、待たせている仲間の元へ戻った。


 ヤキバは彼らを見送った時と同じく、壁に身をもたせ掛けたままの姿勢で待ち続けていた。一方のマナコは排水管の壁面を這い覆っているカビの菌糸をこすり取っては手に擦りこみ、いわば腹の足しにしていた様子だったが、戻ってきたハリコを視認すると同時に暗がりの中から飛び出してきた。


「おかえりですよぉ、リコくん!ずいぶん遅かったもんですから、また両手足を切断されてでもいるんじゃないかと心配してたんですよぉ、えへへぇ。」


「ウゥ゛……ウ゛ッ。」


 マナコの語る物騒な憶測にハリコは低い唸り声を返しつつ、自分の胸元に飛び込むような勢いで抱き着いてきたマナコなりの歓迎に呻き声を上げた。


 彼女の身体から立ち上るカビ臭さ、死肉の匂いは嗅ぎ慣れているつもりであったが、それをこのような至近距離で感じる頻度は最近妙に増えたとハリコは感じていた。一時、四肢を失ったハリコの行方が分からぬ状態を経験したマナコは、彼の存在が近くにあることを常に確認したがるようになったらしかった。


「今さらですけど、リコくん、何だかたくましくなった気がしますねぇ。シェルさんの手足を移植したおかげですかねぇ。」


「ウゥー。」


 抱き着くついでにハリコの腕や肩をまさぐり回していたマナコは、確かに今さらながらに気づいたことを口にしていた。


 死した身体に宿った菌糸が活動しているに過ぎないリズァーラーは、生きている人間のごとく成長することなどない。が、以前はマナコと並ぶ小柄さだったハリコは今、マナコよりも若干ながら上背があった。リズァーラーの中でも比較的長身だったシェルの特徴が、移植された手足によって受け継がれていたのだ。


 ハリコがウィトゥスの研究施設から戻ってきたときにも既にマナコは気づいていただろうが、こうしてかつてと同様の処刑任務の場に身を置いた時にはますます鮮明に感じ取れるらしかった。


「二人とも、無駄話は止めて。」


 なおもハリコに対して興奮気味の語りを続けようとしたマナコの言葉を、ベスタが遮る。


 常の生真面目さもそこにはあったろうが、ベスタとしては今ここに居ない、そして今後も戻ってくることが絶望的となった自分のパートナーの話題を、軽々しく扱われることを認めがたく感じてもいたのだろう。


 そして、危機を無事に乗り越えて再び自分の相方と共に活動できている、ハリコとマナコの睦まじい様子を見せつけられることも。


「今回の任務で、私たちの処刑標的となるリズァーラーはほぼ特定できた。キャシー……今までも私たちの任務にたびたび介入してきた、管理局に所属していないリズァーラーよ。」


「例の、トゲトゲが体から突き出してるお方ですかぁ?厄介ですねぇ。」


 おそらく名前を告げられただけではその相手を特定し得なかったのだろうマナコが、外観だけを頼りにした印象を答える。


 一方で、その相手と一度もまみえたことの無いヤキバの方はポカンとしていた。とはいえ、理解できぬものを前にして思考が停止するハリコやマナコとは違い、彼は即座に警戒の色を表情に示した。


「やはり人間を殺害し得る能力を有するだけに、簡単に処刑できそうなターゲットではないようですね。自分たちと同じリズァーラーである以上、暗闇や無酸素状態を作り出して動きを制限することもままならないでしょう。」


「いえ、今回は暗闇がこちらの利に働く可能性が高い。キャシーは視覚に変異をきたしているタイプのリズァーラーではないの、彼女と組んでいるウィーパが暗闇を見通す能力を有しているのだけれど、ウィーパは今現地にて捕えられている。」


 リズァーラーが基本的に2体で組んで行動しているのは、地下空間における暗闇での行動をサポートする者と、攻撃対象に噛みつくなどして絶命させる者、それぞれの役割を分担し連携するためである。


 たとえばマナコは照明のない真っ暗な状況でも周囲を視認できる目をもって誘導を行い、見出した処刑標的をハリコはその異常発達した顎で噛み殺す、といった形のコンビである。キャシーの場合も、その相方であるウィーパに暗闇での行動を大きく頼っていた。


 それを鑑みれば、現在ウィーパが現地住民の元に囚われていることも含め、一切の照明器具が存在しない排水管内でキャシーが満足に逃走しおおせることは確かに考え難かった。


「現状のキャシーは、遠くまで逃げることが出来ない。彼女が逃げ込んだ排水管の入り口は現地の住民によって特定されてる、あとは私たちが入って行って身柄を確保、処刑を行う。」


「了解でぇす、じゃあ私が先導して探しに行けば、すぐ見つかりますねぇ。」


 能天気な声で楽観的に答えるマナコであったが、シェルが居なくなった今、マナコだけがチームで唯一の暗闇を見通せるリズァーラーである。


 どこまでも警戒の色を示さない彼女を、ベスタは窘めた。


「いくら相手が暗闇の中で視力が利かないと言っても、あなたの足音を聞きつける聴覚は十分に働いている。不用心な状態で踏み込んでいって、キャシーにあなたの身を捉われては、一気にこちらが不利になってしまう。」


「分かってますよぉ、慎重に行動しますからぁ。私の傍にはリコくんがいますし、何かあったらすぐ守ってくれますよぉ、へへぇ。」


「ウゥ。」


 以前キャシーと対峙した際、相手に力負けして身体ごと引きずられてしまった記憶が、まだ残っているハリコ。頼りなさげな唸り声だけを上げている彼の腕を、マナコは嬉しそうに掴んで笑っていた。


 ベスタはあくまでも冷静に振舞っているつもりであったが……自分が今、敢えてハリコとマナコから目を背けたことは否めなかった。


 ヤキバ、マナコも引き連れた四名で現場へと戻った時、キャシーが逃げ込んだと思しき排水管入り口付近には、大量の住民たちが集まっていた。手に手に工具や廃材を鈍器代わりに握り締め、血走った眼を光らせている様は、山狩りという呼称が相応しいようにも見えた。


「こんだけ人が集まれば、俺たちだけで会長を殺したリズァーラーを叩きのめすぐらい出来るんじゃねぇか?携行の照明具に、空気タンクもあれば排水管の中も行けるだろ。」


「気持ちは俺も同じだが、ダメだ。管理局は、今も変わらず自分たちがリズァーラーを管轄できることをアピールしたいらしい。」


 そのようなことを語り合いながら、到着したベスタたち処刑担当リズァーラーへと向けられる視線は刺々しかった。


 目の前に居るのが管理局に所属しているリズァーラーでも無ければ、問答無用で私刑でも開始しそうな剣幕であった。なればこそ、合法的に存在を糾弾し、叩きのめせるリズァーラー捕縛の現場に皆が殺到しているのだろう。


 彼らが感情に任せた行為に走る前にと、ベスタは新会長の男に告げる。


「ご存知のことかとは思いますが、我々が排水管内部で前会長さんを殺害したリズァーラーを捕縛して連行しても、処刑が完了するまでは手出し無きように願います。」


「分かっているとも、俺たちだって管理局の逆鱗に触れる気はない。その処刑とやらが完了した後となれば、流石の俺も皆を制止出来るかどうか分からんがな。さっさと捕まえてこい、どれだけ待たされていると思ってる。」


 ぎらついた目の住民たちを数多背後に付き従えて、新会長の男は吐き捨てるように答えた。表情から冷静さは崩していなかったものの、長らく管理局職員に居座られることは彼としても居心地の悪い状況だったらしい。


 当の管理局職員はといえば、やはり住民会の集会所に居座ったまま、姿を見せていなかった。いよいよ処刑が間近という情報は飛んだのか、派遣された警備兵の数ばかりは増えていたが。


「では、出発。マナコの視界補助を受けつつハリコが先導して。私とヤキバは、自力で視認できる範囲にとどまってサポートする。」


「了解ですよぉ、ささ、処刑対象のあぶり出しです、ワクワクしますねぇリコくん!」


「ウン。」


 ベスタからの指示を受け、マナコはハリコの片腕をぎゅっと掴んだ状態で真っ暗な排水管へと踏み込んでいった。


 大昔、かつて人間たちが地上に文明を築いていた時代……お化け屋敷や心霊スポットと呼ばれる場所へ踏み込んでいくカップルのごとき振る舞いであった。そのような時代があった事自体、現在は知る者など存在しなかったが。


「マナコ、ターゲットはさほど遠くない位置に潜んでいる。排水管内では、無駄なお喋りを止めて。」


「分かってますよぉ、でもどうせ足音は聞かれると思いますけどねぇ。」


 引き続きベスタからの忠告が飛ぶも、マナコは大してそれを重要視するような態度も見せなかった。


 改めてマナコを注意しようとベスタは口を開きかけ、やめた。自分の喉の奥に用意していた言葉は、理に適った内容に違いなかったものの、マナコに対しいつにもまして神経質に注意を与えている自分に気づいたのである。


 傍らを見れば、ヤキバが心配そうにベスタを見ていた。状況に対する不安と、ベスタの様子を案じる思いが重なりあった表情であった。


「……心配しないで、マナコ達だって処刑任務を幾度も達成してきたコンビなんだから。」


「先輩たちを信じ、任せます。」


 当のマナコ達はと言えば、既にベスタやヤキバの視力では視認がほぼ不可能な闇の中へと踏み入っていた。


「リコくん、新しい手足をシェルさんからいただいて、初めての任務ですからねぇ。さっそく大仕事ですねぇ。」


 マナコはベスタからの忠告を無視するようにお喋りを続けていたが、何らの計算も無く不用意な振る舞いを取っていたわけではない。


 先ほど彼女自身が告げた通り、汚水やカビで覆われた排水管内部では、どれほど足音を忍ばせようにも聞き取られてしまう。完全なる静寂の中では、動く存在の位置を隠匿することは不可能だ。


「しかしシェルさんは、別に肉弾戦が得意だったわけじゃありませんからねぇ。大丈夫ですかねぇ?」


 だからこそ、マナコは喋り続けていたのである。彼女の声は排水管内を反響し、他の音を上書きしている。


 既にハリコは、マナコと別行動をとっていた。マナコは彼と隣で喋り合っているように振舞いつつ、ハリコが真っ暗闇の中、身を潜めているキャシーのもとへ四足歩行でジリジリと距離を詰めていく様を見つめていた。


「ま、リコくんであれば、新しい手足でも問題なく処刑標的を捕まえられますねぇ。そこです。」


 マナコは先ほどまでお喋りを続けていたのと語調を変えぬまま、ハリコへと指示を出した。


 四つ足で何も見えぬ前方を睨みつけていたハリコは、そのまま見えぬ標的目がけて一気に飛び掛かり、牙を立てた。全身から鋭利な金属片が突き出たキャシーに組みつけば、その幾本かは当然ハリコの身体に刺さったが、怯むことはない。


「ガルルウ゛ゥ゛!」


「がぁッ……!?クソッ、この暗闇で、こうも正確に……!」


 キャシーは反射的に、飛び掛かってきたハリコへと反撃の刃を振り下ろすも、既にハリコは身をひるがえして距離を取っている。


 完全なる闇の中、視力が利くのはマナコだけである。ハリコの背後にまわり、彼の作業服の襟首をつかんで次に取るべき行動を無言のままに指示した。


 すぐさまに、ハリコはキャシーが警戒していない方向へ回り込む。さすがに足音を聞きつけてキャシーは向き直るも、既にハリコの二度目の噛みつきが首筋に入っていた。


「グルルゥ!ガルゥ!」


「ぐ……ッ!ウィーパが、居てくれれば……!」


 以前、自分が力尽くで引きずられた記憶のあるハリコは、渾身の力でキャシーの身体を抑え込み、首元へ全力で食らいついている。キャシーの体表から突き出た無数の金属片は、ますますハリコの身体に突き刺さっている。


 が、予想に反し、キャシーはそれ以上の目立った抵抗を見せなかった。気づかぬハリコはそのまま力み続けていたが、マナコ達へ追いついたベスタの声が響く。


「ハリコ、マナコ、そこまでにして。管理局職員や、現地住民たちの前で処刑を行わなければならない。原形をとどめていない姿を見せても、処刑標的だと認識してもらえない。」


「グルルゥゥ゛……。」


「はぁい、リコくん、引いてくださいねぇ。にしても、あんまり抵抗してきませんでしたねぇ、もしかして養分不足ですかねぇ。」


「……。」


 マナコからの問いかけに答えるはずもなかったが、暗闇の中でぐったりと横たわっているキャシーは、間違いなく活動用の養分が枯渇しかけた状態であった。


 ウィーパの身柄が囚われた際に奪還しようと奮闘したためか、前会長の殺害および逃走時に体力を浪費してしまったためか、あるいはその両方か……キャシーは、はなから捕縛の容易な状態で排水管の奥に潜むばかりだったのである。

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