偽を修正するのは真であると限らず
廃棄物処理エリアの男たちから話を聞いて、ベスタの中では当初の予想がいくつか修正されつつあった。
この件にかこつけて、無関係のリズァーラーを処刑させようとしているのではないか、という予想は真っ先に消えた。廃棄物処理エリアにおける労働は依然として人間の手に委ねられており、リズァーラーへの置換は全く行われていなかった。
だとすれば、リズァーラーを処刑させることではなく、殺害そのものに現地住民の思惑は働いていたのではないか。すなわち、この居住区における住民会の前会長を、排除しようとする思惑である。
「一つお聞きしたいのですが。」
「何だ?」
「今回の件で、リズァーラーが会長さんを殺害した動機は何だと思われますか?私どもの処刑任務に対しても協力的だった会長さんが、リズァーラーから襲撃を受ける謂れは無いように思われます……処刑される側の、人間さんから恨みを向けられることこそあっても。」
ベスタは発言の最後の部分を発すべきか否か、口にする最後の瞬間まで迷ったが、相手が言葉を濁す余地を生まぬよう言い切った。この現地に、管理局の職員と警備兵たちが来ていたことは、こういう局面において心強かった。
殺害された前会長の座を引き継いだ新会長の男は、極力表情を動かさぬようじっとベスタの顔を見つめ返していたが、その目の奥には僅かながらの動揺が覗いたようであった。
「前会長は、廃棄物処理の過程で拾得される資材や貴金属の類を売却し、少なからず利益を得ていた。それを奪おうとでもした奴が、リズァーラーを刺客として送り込んだのだろう。残念ながら、俺がすぐこの場の態勢を立て直したがな。」
「つまり、犯行に及んだリズァーラーは、何者かから指示を受けていたと仰りたいのですね。」
「そうだ。そもそも、リズァーラーは人間から指示を受けなければ行動できない連中だろう?」
男の返答は、一応は理にかなっていた。が、同時に現状へ更なる矛盾点を増やしたに過ぎない、嘘をカバーするための嘘である可能性も高かった。
リズァーラーが何者かから指示を受けて会長を殺害したのであれば、実行犯であるリズァーラーを捕えて処刑したところで、仇を討ったと言える状況からは程遠いはずである。にもかかわらず、犯行を主導した存在を見つけ出そうとする意思は今に至るまで誰も見せていない。
ベスタは、今のところ最も濃厚な容疑……目の前の男が、前会長を排除してトップの座を奪ったのではないかという予想へ直結する発言を回避しつつ、新会長へと言葉を返す。
「では、そのリズァーラーを捕縛し、処刑する前に指示の主が何者なのか、聞き出す必要がありますね。」
「……それは出来ないだろう。」
「何故ですか?」
「襲撃しに来たリズァーラーは、喉を切り開かれた状態だった。声を出せないようにされていたんだろうな、余計なことを喋らないように。ほら、実行犯に同行していたコイツも、喉をザックリと切られているだろう?」
住民会の新会長は、椅子に縛られているウィーパの方を顎でしゃくって示す。
さきほどから沈黙を保っているウィーパは、さきほど確認した時のまま、喉元を大きく切り開かれた傷跡を露わにしていた。ウィーパと常にコンビを組んでいるキャシーが、同じ措置を受けているとしても一見おかしくはなかった。
「……。」
「ウゥ……?」
ウィーパは何故かハリコの方へずっと視線を向け続けているようであった。ベスタと新会長が続けている対話の内容など意に留めぬ様子で、じっと見つめてくるウィーパの視線に戸惑うように、ハリコは小さく唸るばかりである。
そんなウィーパの振る舞いを横目で見ながらも、ベスタはいよいよもって決定的な矛盾点に勘付いていた。
男が説明した通り、この廃棄物処理エリアを訪れた時点でキャシーとウィーパが喉を切り裂かれ、声を出せない状態となっていたというのが嘘ではないとすれば……。
一言も自身の所属や来訪目的を説明せぬリズァーラーを、どうして会長のいる集会所内へむざむざ迎え入れることがあるだろうか。
「……お話はよく分かりました。私たちは更に手掛かりを見つけられないか、この椅子に縛られているリズァーラーの身柄を調査いたします。」
「今すぐ、前会長を殺害したリズァーラーを追跡しないのか?先ほども伝えたが、奴が逃走経路に用いた排水管は分かっているんだぞ。」
「これも先ほどお聞きしましたが、犯行に及んだリズァーラーは、ここから遠く離れることがないのでしょう?それに前会長さんを殺害するほどのリズァーラーであれば、こちらとしても何らの準備無しに捕縛へ向かうのは危険です。」
「フン……分かった、だが準備とやらに無駄な時間をかけるんじゃないぞ、皆も事態の収拾を待っているんだ。」
新会長の男は背を向け、この錆びついた倉庫の外で待つ住民たちの元へ歩いて行った。管理局から派遣された処刑担当リズァーラーが、うまく話に乗ったことを伝えに行くのだろう。
彼が離れて行ったのを確認しつつ、ベスタはウィーパが半ば開いた口元へと耳を近づける。彼女の推測が当たっていることは、間もなく示された。
「僕の声、聞こえますね?」
喉元の傷口は開いたままであったが、人間たちから言葉を発せぬと思い込まれていたウィーパは、掠れながらも声を出せていた。
囁き声のように微かながらも喋り始めたウィーパを目を丸くして見つめているハリコであったが、ウィーパが喉を切り開かれながらも声を出せている理由は、ハリコが四肢を取り戻したことと十分に関連していた。
「人間たちは、リズァーラーの身体修復速度を失念しているようです。」
ハリコが両手足を失いながらも、この短期間で再び自在に動かせる四肢を得たことなどは上層街でのみ報道された内容であり、この廃棄物処理エリアにまで伝わっていないのだろう。
ウィーパの喉の傷の奥では、既に複雑に絡み合った菌糸が声帯の再構築を進めていた。
「あまり時間を掛けられないわね。放っていては、あなたの喉の傷も見る間に塞がってしまう。あなたが声を出せないという思い込みを人間たちが捨てる前に、状況を進めないと。」
「えぇ、端的に伝えるべき事項のみお教えします。すでに推測なさった通りでしょうが、あの新たに会長となった男が、前会長の殺害を指示しました。僕の身柄が捕えられているため、キャシーは彼の命令に逆らえず殺害を実行しました。」
何ら意外でもない、そして新会長の男が告げた嘘がどれもこれも剥がされ、矛盾点も消え去る結論である。
前会長が目立った抵抗もなくあっさり殺害されたのも、護衛たちが居るにもかかわらず殺害を阻止できず逃亡まで許したのも、現場の人間たちが協力したためである。
側近たちが会長を殺害することで意志の統一を見た理由は、少なからず富を得られることや、前会長が人間を処刑するリズァーラーに協力的だったことなど、種々に可能性としては見いだされた。
「真相を教えてくれてありがとう……私たちがキャシーを処刑しなければならないことに、変わりはないのだけれど。」
とはいえ、管理局は一度下した処刑指示を撤回することなどない。
ベスタからはその旨を告げられたものの、短からぬ期間バディとして付き添い合ったキャシーを処刑することについて、ウィーパの反応は淡泊なものであった。
「処刑執行に問題はありません。あなた方が誤った標的を処刑してしまうことはないのですから。間違いなく、前会長を直接殺害したのはキャシーです。」
「本当に、構わないの?処刑は確実を期すように、リズァーラーの全身から水分を奪う乾燥剤を用いるようにと指示されている。」
いつも人間を処刑する時のように喉を噛み裂いたり、体を斬り刻んだりするだけでは、リズァーラーが活動停止することなどない。
ウィーパの楽観的な態度は、どうせ通常の処刑手段ではキャシーが死ぬことなどない、と高をくくっているが為ではなかろうかとベスタは危惧していた。が、その事実をもなお、ウィーパの顔色を変えるものではなかった。
「その乾燥剤は、以前この廃棄物処理エリアにおける任務にて、僕があなたの腕に対して使用したのと同じものですね。」
「えぇ、忘れもしない……あれから暫く、腕がひび割れて砕けるんじゃないかって、不安なまま過ごしたものよ。」
「実際のところ、あなたは指の一本も失うことなく修復できたのでしょう。」
ウィーパの指摘が、何を意味しているのかベスタは理解するまで多少の沈黙を要した。すなわち、もしも完全に体の芯まで水分が奪われ切っているのならば、外部からの衝撃などなくともまるで砂細工のようにボロボロと崩れていたはずである、ということだ。
傍らで聞き続けているハリコには、全く理解できなかったが。
「ウゥ……?」
「その乾燥剤をキャシーの身体に掛けた後、現地住民たちが寄ってたかってキャシーの身体を踏み砕いたりしないことを祈りましょう。そこまでされては、キャシーが助かるかどうか怪しいです。」
「そうならない方が、可能性として低いように思えるけれど……。」
「もう一つ、セーフティーは用意されていますよ。彼らによって僕が喉を切り裂かれたのと同じく、キャシーも余計なことを喋らぬようにと喉を裂かれています。」
そこから先をウィーパはまた明言しなかったため、ハリコは更なる不可解を表情に浮かべることとなってしまったが、こちらもベスタには意図が理解できた。
ウィーパが今こうして言葉を発せるほどにまで身体修復が進んでいるということは、キャシーも同様に言葉を話せるようになっているということである。
よもや、キャシー自身が証言の口を開くとは思っていない人間たちは、予期せぬ暴露を食らうこととなる。
「ちょうど、管理局の職員も来ていることですし。彼らの耳に入れば、殺害指示という明確な罪状は無視されないでしょう。」
「……え。」
しかし続いてウィーパが発した言葉に対しては、ベスタも意外そうな声を上げずにいられなかった。
ずっとここで椅子に縛り付けられていたウィーパが、管理局の職員の到来を知り得るはずがない。にもかかわらず、彼は確信しているかのように迷わず言い当てたのである。
ベスタがじっとウィーパの顔を見つめたのは、その不可解さのみが理由ではなかった。その不可解に相手が気づく可能性が十分ある状況で、敢えてそう伝えてきたウィーパの真意を図りかねてもいたのだ。
「ウィーパ……あなたは、何が目的で、この廃棄物処理エリアへ来たの?」
「ウィトゥス博士が、研究用の道具に使えそうな物を探してこい、と仰ったためです。最近は研究施設も、管理局から予算を渋られがちですので。」
スラスラと答えるウィーパは涼しい表情のままであった。




